勇者はやがて魔王となる

緑川 つきあかり

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本編

影から出でし鎧武者

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 身籠るエルフを不安げに一瞥する。

「外に出した方が良かったんじゃないか?」
「下手に動くより安全だろう」

「なら、もっと見晴らしの良い場所にするべきだったろうが」
「あぁ、全くもってその通りだ。省みるよ」

 玉座の間に飛び交う土石の瓦礫とともに、ぶんぶんと砲声なる拳を振るい回し、未だ弱点の掴めぬ二人は、息を揃えて首筋を掠める刃を、幾度となく紙一重で躱していた。

「流石に魔族に魔力制限は荷が重かったか!」
「あぁ、そのようだな」

「案を出せ!」
「封印石の破壊が最優先だ。兎にも角にも、あの鎧に傷を付けなければ、話にならない」

「その肝心な核が見つかっていないんだろうが……ッ!」
「こんな殺風景な場所に隠し場所など無い」

「つまり…」
「あぁ、恐らくはあの鎧の何かしらだろう」

「剣か!?」
「鎧の中が空ならば、内包している可能性が高いな」

「なら…」
「だが、あの剣の禍々しい宝石は、ただの飾りじゃないだろう」

「俺が隙を作ろう、お前は宝石をやれ!!」
「承知した」

 ウェストラは魔導書を片手に、死が彷徨う最前線へと潜り込んだ。

「喋れないのか?この野郎」

 この場では、全裸に似つかわしい魔法使いに、鎧は禽獣たる黒き眼差しを向けた。

 じりじりと間合いを詰める。

 鎧が大剣を頭上に振り翳し、カースに振るう間際、慎重に進みゆくウェストラに踵を巡らした。

「あっ……」

 そのまま流れるようにウェストラに刃を振るう。

 唖然とした表情で茫然と立ち尽くす。

「なーんてなぁ?」

 浮かび上がる影から忽然とせり出す黒き二つの刃が交差し、鎧の兜を掠めた。

 ほんの僅かに宙に浮く兜を目掛けて、足を蹴り上げる。

 だが、忽然と鎧の影から現れし者。

 二本の妖刀を携えし武者。

「我、主人の危機にて馳せ参じたり」

「は?」

 蹴り上げたウェストラの右足が宙を舞う。

 血飛沫と共に円を描いてふわりと浮かぶ。

「不遜なる狼藉者よ、切り捨て御免」

「チッ!」

 第二撃の刃を首を目掛けて斜に振るう。

「っっ!!」

 カースは二人の間を割り込むように眼前に入り込み、連なる鱗を纏った右腕を翳した。

「はっ!?」

 剣というには余りにも細く、弱々しい薄っぺらな金属の塊。

 だが、それは龍をも断つ刃と化す。

 刃は柔い葉野菜を切るように、スッと腕を軽々と裂いていく。

 紅き鮮血たる血飛沫を噴き散らし、儚げに無数の鱗が宙を舞う。

 僅かながらの一刹那。

 カースの瞳に映るのは、掌を突き出した勇者の姿であった。

「サラマンダー……蒼ッ!!」

 燃ゆる蒼炎が鎧武者を襲わんとする最中、背に跪く鎧が大剣を盾代わりに眼前に翳した。

 刃にぶつかる焔は、纔かに突き抜ける小火を残して雲散霧消し、パチパチと乾いた音ばかりが鎧武者の兜に当たるだけであった。

「ホーリースピア」

 思わぬ詠唱と伏兵。

 瀬戸際に立たされたカースでさえも、其の声に振り向かされた。

 殻を破ったエルフが樹木たる長杖から、神々しい光の槍を生み出していた。

 凄まじい回転と共に放たれる渾身の一撃。

 避けるには余りにも容易き間。

 だが、それ故にカースの心臓に迫った刃は歩みを止めて、退き下がった。

 一同は一斉に床を蹴り上げて飛び上がる。

 地を抉り取っても尚、回転を止めぬ槍に皆が目を奪われて息を呑む最中、

「……」

 武者だけが鮮血に染まった刃を眺めていた。

「不覚……次こそは必ずや仕留めまする」
「……」

 再び、其々が刃を向ける。

「先ずはあの装飾の破壊からだ」

「あぁ」

「言われなくても分かってんだよ」

「ハァハァ…ッ!!」

 静寂。

「サラマンダー…蒼ッ!!」

 膨らむ籠手から、猛き蒼炎が荒れ狂う。

「この刃に切れぬもの無し」

 流動体を二つに割くように一刀両断。

 勇者は疾くに二人に目配せをする。

 小さく頷くカースと、一瞥するウェストラたちは、失った足を立ち所に再生させ、足並みを揃えて駆け出した。

 鎧は大剣を上段の構えで虎視眈々と機会を窺い、鎧武者は鞘に収めしもう一本の刀の鍔を小突くように爪弾き、刃を振り払う。

 二刀流見参。

 悠然たる二者の立ち振る舞いに、カースは臆すことなく猪突猛進し、其のやや後ろを走るウェストラは囁くように何かを唱える。

「汝、我の求めに今一度、応えよ。聖なる光を帯びて、獰悪を極めし武神を檻に閉ざせ」

 勇者は瞳を瞑って立ち尽くす。

 閉ざした眼前に仄かに浮き出る紫紺の陣。
 氷剣を握りしめ、緩やかに重心を低く落としながら、溜め息を零すように吐き続ける。

「フーッッ……」

 ポタポタと止め処なく鮮血が滴り落ちる。

 全貌が映るほどの血溜まりを作り上げて。

「サンクトゥスカヴェア」

 忽然と煌々たる黄金の眩い光が鎧武者を取り囲む。

 鎧武者は咄嗟に右の刀を逆手に持ち変え、刃を振り投げる。

 カースの耳を貫き、胸元に突き刺さる。

 ウェストラに鋭い衝撃が走り、仰け反る。

「ッッ!10秒…いや3秒だ!!」

「充分だ」

 鎧は勇者の前方に予め刃を斜に突き立てる。

 勇者は徐に目を開くとともに、足を乗せながら首元から水平に刃を振るう。

 一閃。

 瞬く間に鎧の懐に潜り込みながら、双方のぶつかり合う視線。

 決する。

 鎧を横切った勇者と仁王立ちする鎧。

 其れ等の間の頭上に舞う。

 二足の片割れ。

 勇者は膝から崩れ落ちる。

 だが、

 パキッ!っと突き立てた大剣の宝石に亀裂が走る。

「見事」

 其の一言と共に宝石は打ち砕かれる。
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