勇者はやがて魔王となる

緑川 つきあかり

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本編

綺麗な魔法と次の地へ

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 不思議そうに小首を傾げるお転婆娘に根気負けした勇者は、膨らみのある籠手を天に向けて差し伸べた。

「どうするの?」

「掌を上に向けて、目を瞑ってくれるか?」

「うん」

 徐に手を伸ばしながら瞳を瞑った。

 エルフの額に、そっと籠手を翳す。

 パチパチッ!と掌から乾いた音が走っていく。
 
 エルフのピクリと瞼が動き、そっと瞳を開こうとするも、暫くの間を置き、ぎゅっと目を瞑り返す。

 そんなことを数回と繰り返していく内に。

「もういいよ」

 満を持して目を開いた先、燃ゆる炎が独りでに動き出し、小さき黄龍が両翼を広々と伸ばし、口から紅焔たる業火を放っていた。

「綺麗……」

 燃ゆる炎の生み出した動く絵が、御者の心すらも射止め、その場にいる者たちの視線を釘付けにする。

 掌に燃え盛る炎を目の当たりにしたエルフは、戦慄きながら慌ただしく立ち上がった。

「わぁ!!熱っ!」

「本物の炎じゃない。燃えないし、熱くもない」

 パチパチと乾いた音を立てて、幌に幾度となく当たるものの、一行に燃え移る気配などはなかった。

「ホントだ。熱くない」

 小煩く喚いていたエルフは、ホッと胸を撫で下ろす。

「でも、本当に綺麗……」

 炎に照らされ、仄かに浮かび上がる。

「色は感情を、炎は想像を形成している。他には記憶なども……」

「何て魔法!?」

 勇者が僅かに目を見開いて強張るのも束の間、徐に天を仰いで、ボソッと呟く。

「……もう忘れたな」

 再び、勇者は床に項垂れた。

「そっか。ごめんなさい」

 エルフは煩わしい掌を天に向けながら、再び、勇者の傍に静かに腰を下ろした。

 だが、次の地に着くまでの数時間、一切として駄々を捏ねることはなかった。

 赤竜の荒野。

「此処でいい」

 御者は緩やかに馬車を止め、一行は雑草さえも生い茂らぬ荒涼とした大地へ降り立った。

 高々とした岩山が聳え立ち、遥か上空の蜃気楼からは無数の赤竜の群れが彷徨っていた。

「もしかして、ここから歩き?」
「魔法使いの要望と時間的な問題により、此処からの移動は竜とすることにさせてもらう」

「……えぇ!」
「最初から、そうしておけばいいものを」

「でも!竜だよ!竜!倒してアンデット化するの待つの?」
「いいや、そんな荒っぽいことはしない」

 膨らむ籠手を天に突き上げる。

「サラマンダー…。紅」

 遥か上空にまで猛き紅焔が荒れ狂う。

 それは大空羽撃く赤竜の群れに届き得るほどに。

「おお!おぉぉ…ぇ、嘘」

 そして、白雲を突き抜けて、触れてしまう。

 赤竜の逆鱗に。

 勇者の頭上から、猛禽かの如く速さで、空を切り裂いて、降りかかって来る。

「全員、衝撃に備えろ」

 大地に割って降り立ち、囂々たる衝撃音が響き渡り、爆発の如く突風と舞い上がる砂埃に、一行は包み込まれた。

「目っ目がァァ!!」

 エルフの轟く悲鳴に、聞く耳も持たぬ4人は赤竜から一刹那も目を離すことなく、静かに注視していた。

 一行を凝視する赤竜の鋭き眼差しを。

 白髪は疾くに書物を開き、魔族は拳を握りしめ、勇者は徐に籠手を下げた。

「久しぶりだな」

 ギョッと、鋭い眼差しが勇者を捉える。

「お前の力を貸して欲しい」

 泳がすように一同を一瞥する。
 
 赤竜は、ゆっくりと瞬き、尻尾を引きずらせながら、地鳴りとともに背を向けた。

 馬車を踏み潰すのに他愛もない、数十メートルを優に超えた巨躯なる全貌を露わにして。

 煌びやかな紅き光沢の鱗に全身が覆われた厚き鉤爪を地に刻み、尻尾をピッタリと地に付ける。

「なんて?」

 目を擦りながら問う。

「許可が降りた、乗っていいぞ」
「やっったーー!!」

 エルフは両手を高々と天に突き上げながら、一目散に駆け出し、尻尾から広々とした赤龍の背に乗り込んだ。

「すっごーい!」
「落ちるなよ」
「落ちてくれて構わないから、黙ってくれ」

 次々と竜の背に乗っていく中で、勇者の背に佇む御者は頭を垂れて跪く。

「此処まで、ご苦労だったな」

「どうか、ご無事で」

「あぁ」

 勇者は、振り返りながら懐から硬貨を取り出し、そっと差し出した。

「顔を上げろ」

 顔を上げた先の絢爛たる金貨に瞠目した。

「っ!戴けません!!対価なら既に…」

「ならば、預かっておいてくれないか。次に会う時まで」

「……はい。承知しました」

 渋々、頷いた御者は、金貨を抱え込むように握り締め、再び、深々と頭を下げる。

「すまないな」

 次第に勇者の足音が離れていこうとも、決して僅かにも上げることなく。

「大英雄の勇者様が、硬貨に細工とは…」

「…」

「お前の底なしの醜悪さに、虫唾が走るよ」

 そう言い吐き捨て、そっと目をやる。

 未だ尚、頭を下げ続ける御者に向けて。

 鋭利な紅き鱗が一面連なる両翼を羽撃かせ、舞い上がる砂埃と共に飛び上がる。

「行こうか、次の地へ」

 勇者一行は飛び立った。

 ルクス神聖国、首都ルナルクスへと。
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