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良い夢と眼球エンド
最終回 恩返し
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服が水を含んで小石を積んだかのように、身体中に重くのしかかって纏わりつく。
必死にもがいて、水面に顔を浮かべても、直ぐにまた深い底に沈みそうになっていた。
上がるたびに、大きく息を吸い込んでも、思うように肺に酸素が溜められず、常に圧迫感と朦朧とした何かが僅かに冷静を保った心を頻りに襲っていた。
けれど、段々とその力さえも失われてゆき、暗くて澱んだ闇の底に沈んでいく。
その中で、其は明瞭に姿を現す。
あぁ、僕は死ぬんだ。
まだ幼き頃であったが故に、曖昧模糊な存在感であったが、突然と脳裏によぎった言葉が瞬く間に隅々にまで覆い尽くしていった。
口から零れていく水の泡ばかりが、ぷかぷかと天へと昇ってゆく。
眠いわけじゃないのに、何故だか視界が暗闇に呑み込まれて、唐突に睡魔に誘われた。
もういいや、これで。
これ以上、足掻いても意味なんてない。
そんなとき、何かが川に落ちた。
差し伸べた掌が届かない。
ほんの少しの力さえあれば、腕を伸ばさなければ、掴み取らなければ、決して。
最後の僅かな力を振り絞って握りしめた。
名前も分からない、その人の手を。
水から浮かび上がるとともに、閉じされていた視界が開けた。
「っっ!……朝か?」
徐に周囲を見渡す。
あのまま静寂なる居間の真ん中で、曙の空まで眠りについてしまっていたらしい。
妙な冷や汗を全身に滲ませて、ほんの僅かに息を切らしていた。
体を起き上がらせ、頬に滴り落ちていく汗を拭わんと手の甲を差し伸べた瞬間。
腕に黄金色の鎖が巻き付いた。まだ俺は、時計を後生大事にと握りしめていたのだ。
蓋を開けば、時の針は何事もなかったかのように、その歩みを淡々と進めている。
人の苦労も知らずにのうのうと。
そういえば、なんであの川に落ちたのだろう。それに、まだあの人の顔を思い出せない。
女性が男性か、どんな声だったかさえ思い出せていない。
死に際に立たされ、川に上がってからの、記憶がすっぽりと抜け落ちていた。
けれど、あの手を握った時の、水の中でも不思議と伝わった温もりが今でも忘れられない。
あの人は今頃どうしているのだろうか。
こんな毎日をどんな風に過ごしているのだろうか。
とは言っても、他の人には分からないのだろう。この気持ちも、この日々も。
……。
何故、琴音は知っていたんだ?
ふと、頭に浮かぶ一つの疑問。
それは次第に膨れ上がっていき、気付けば祖父の眠る寝室に駆け出していた。
「爺ちゃん。起きて、起きて!」
毛布越しから軽く揺すって、まるで死に際みたいな形相で瞼を閉じた祖父を叩き起こす。
破裂間際までの疑問が、自然と揺らす勢いが増していき、寝返り寸前まで達していた。
その時、遂に息を吹き返した祖父が、睨み付けるかのような鋭い眼差しを向けた。
「っっ!!」
疾くに拳を振り翳したが、俺の顔をじっと凝視すると、ホッと安堵するとともに拳を下ろした。
「颯飛か、びっくりさせんでくれ。心臓が止まってしまうかと思ったわ」
「孫を見るまでは死ねないんでしょ。こんな所でくたばってないで、起きてくれない?」
「昔は労りの心で溢れていたのに、いつの間に、こんな子になってしまったんだ……」
嘆きながらも、俺は強引に背中を支えて、上体を起き上がらせた。
「もう朝か」
「そんな事より、あの時計の事覚えてる?」
「時計?時計って何だ?」
「懐中時計の事なんだけど」
「……?」
耄碌したのかは定かではないが、恐らく、記憶の隅にも留まっていないのであろう。
……。
「ありがとう、おやすみ」
「もう寝れんわ、朝飯まだ?」
「ずっと寝てていよ、まだ当分来ないから」
「ホントに冷たくなったなぁ」
寂しげに声を震わせる祖父を顧みずに、俺は悠然と居間へと足を運んでいった。
見ることが条件で無いのは明白であったが、念には念を入れて正解だった。
なら、あの時に触れさせてしまったのが、きっかけで、琴音は自覚をしたのだろう。
そして、裏蓋に刻まれているのはきっと、先代の所有者たちが残した産物に違いない。
……そもそも、何故、傷が消えない?
ふと、一瞥する。
雨宿りの少女の姿がほんの一瞬、頭をよぎったのは言うまでもなかった。
けれど、それよりも俺の視線が注いでいたのは、蓋に残されたシミであった。
以前には無かった筈のシミ。それも、雨に打たれてからできたであろうもの。
古びているのに真新しい……。
刻印の意味。
「フッ……そういうことか」
願わくば、終わらぬ四季を君と二人で、いたかったよ。
けれど、琴音は望んでいない。いや、むしろ心の底では俺でさえも、そちら側に傾いているかもしれない。
でも、最後の足掻きをさせてもらおう。
時計の終わりを、己の肉体を、全人類の未来を賭けて、暗い底から這い上がろう。
ただ一人で。
あれから、一日たりとも頑なに家に出る事を拒んで、吸血鬼のような生活をしていた。
初めは、普段の会話が無に等しい父でさえも、必死な嘆願を繰り返していたが、やがて日を進めていく内に、見る影もなくなっていた。
年中、布団に引き篭もった祖父を除いて。
「颯飛。何か、大切な事をしてるんだな」
「まぁね、だからこうやって、現を抜かしてる」
「懐かしいなぁ。儂も昔は学校を嫌っててな、耳に穴が開くほどうるさかった鬼教師がお手上げになるほど、破天荒だったんだ」
「へぇ」
それと一緒にされるのは癪だが、雑音ばかりが行き交う場所では、唯一の息抜きでもあった。
「でも、お前は過去の儂とは違うようだな。心意気も、夢も、才能までも」
「まぁ、非行に走ってるって意味じゃ、あんまり変わんないと思うよ。実際、才能もドブに捨てているわけだし」
「ハッハッハッ。そうかもしれんな。でも、お前はその道に進むことに後悔していないんだろ?」
「まぁ、ね。でも、大切な人に見限られるってのは、ちょっと辛かったなぁ……」
「アイツはそういうのにうるさいからなぁ。
仕来りやら、マナーやらを人一倍慮るから、流石に周りの者も、うざがっておったわ」
「それが、父さんの良い所でもあるんだけどね」
「お前も同じような道を進むとばかり、思っておったよ」
「出来損ないの孫でごめんね」
あまりに包み隠すことのない本音に、間髪入れずに言葉を返してしまった。
「……。謝るな、さっきも言ったろ。自分の進む道が、間違っていないと思ったなら、前だけ見て歩きゃ良いんだ」
「……うん」
「但し、絶対に途中で投げ出したりするんじゃないぞ」
「ありがとう、爺ちゃん」
あれから諸々の処理に時間を割いてしまい、ようやっと一年の月日が経った頃。
大荷物を抱えて、玄関前に佇んでいた。
そして、祖父が珍しく和服姿の全貌を露わにして、俺を見送ろうとしていた。
きっと、いつもなら、こんな時に目を泳がせながら、茶化してくるのだろう。
そう、思っていたが……。
「颯飛。気を付けて、行ってきなさい」
いつになく真剣で僅かに強張った表情で、揺るぎなく鋭い眼差しを一点に向けていた。
「はい。行ってきます」
時の止まった時計の針を動かさんと、何度も、行ったり来たりを繰り返していき……。
再び、時計の針が、小煩く歩み始めた。
カチカチカチ。
まるで頭の中に住み着いたかのように、時の針が、煩わしく音を立てていた。
視界の半分もが暗闇に覆い隠されて、たまに、平衡感覚を失って倒れそうになるけれど、多くの他人たちに幾度となく救われていた。
それにしても、この一年の間に、頻りに人生観に囚われるとは思ってもいなかったが、終わりのない道行きにとって、幾らかの救いでもあった。
人は当て所ない膨大な時間の中で、自分なりの正解を求めながら、彷徨い続けるのだろう。
延々と続くレールの上を進む者、己自身で真っ暗闇の真っ只中で不恰好な道を作る者、本来とは異なる寄り道に逸れてしまい、ふらふらと何処かに消えてしまう者たち。
俺は、そんな遍く人々よりも、少しばかり長い闇夜を進み続けるようになりそうだな。
無意識に、いやあるいは意地かもしれないが、自らで逃げ道さえも絶ってしまった。
寂しげな両手の置き所を失って、そわそわしながらも、久々に無駄に堅牢な扉を開く。
望んでいるかも分からないのに、身勝手に重苦しき空間に足を踏み込んだ。
「久しぶり、琴音」
「颯飛、学校行ってないって本当!?えっ、眼帯……?け、怪我したの!?」
今まで見た中で断トツのトップを飾るほどのリアクションに、つい微笑んでしまった。
「ハハ。大袈裟だな」
琴音は派手にタオルケットを宙に舞い上げて、眼前に迫る勢いで、駆け寄っていく。
慈愛に溢れた掌をそっと右眼に当てがうが、それを遮るように徐に手を握りしめた。
蝶よりも花よりも丁重に。
「大丈夫だよ。痛くもないし、辛くもないから」
「……そう?」
「うん」
「何処か行くの?」
徐にか細い指を絡ませて、物憂げな表情を浮かべていく琴音の頬をそっと触れた。
「大丈夫だよ。必ずまた逢いに行くから」
「……」
また春が来る。
同じようでいて、少しだけ違う春が。
必死にもがいて、水面に顔を浮かべても、直ぐにまた深い底に沈みそうになっていた。
上がるたびに、大きく息を吸い込んでも、思うように肺に酸素が溜められず、常に圧迫感と朦朧とした何かが僅かに冷静を保った心を頻りに襲っていた。
けれど、段々とその力さえも失われてゆき、暗くて澱んだ闇の底に沈んでいく。
その中で、其は明瞭に姿を現す。
あぁ、僕は死ぬんだ。
まだ幼き頃であったが故に、曖昧模糊な存在感であったが、突然と脳裏によぎった言葉が瞬く間に隅々にまで覆い尽くしていった。
口から零れていく水の泡ばかりが、ぷかぷかと天へと昇ってゆく。
眠いわけじゃないのに、何故だか視界が暗闇に呑み込まれて、唐突に睡魔に誘われた。
もういいや、これで。
これ以上、足掻いても意味なんてない。
そんなとき、何かが川に落ちた。
差し伸べた掌が届かない。
ほんの少しの力さえあれば、腕を伸ばさなければ、掴み取らなければ、決して。
最後の僅かな力を振り絞って握りしめた。
名前も分からない、その人の手を。
水から浮かび上がるとともに、閉じされていた視界が開けた。
「っっ!……朝か?」
徐に周囲を見渡す。
あのまま静寂なる居間の真ん中で、曙の空まで眠りについてしまっていたらしい。
妙な冷や汗を全身に滲ませて、ほんの僅かに息を切らしていた。
体を起き上がらせ、頬に滴り落ちていく汗を拭わんと手の甲を差し伸べた瞬間。
腕に黄金色の鎖が巻き付いた。まだ俺は、時計を後生大事にと握りしめていたのだ。
蓋を開けば、時の針は何事もなかったかのように、その歩みを淡々と進めている。
人の苦労も知らずにのうのうと。
そういえば、なんであの川に落ちたのだろう。それに、まだあの人の顔を思い出せない。
女性が男性か、どんな声だったかさえ思い出せていない。
死に際に立たされ、川に上がってからの、記憶がすっぽりと抜け落ちていた。
けれど、あの手を握った時の、水の中でも不思議と伝わった温もりが今でも忘れられない。
あの人は今頃どうしているのだろうか。
こんな毎日をどんな風に過ごしているのだろうか。
とは言っても、他の人には分からないのだろう。この気持ちも、この日々も。
……。
何故、琴音は知っていたんだ?
ふと、頭に浮かぶ一つの疑問。
それは次第に膨れ上がっていき、気付けば祖父の眠る寝室に駆け出していた。
「爺ちゃん。起きて、起きて!」
毛布越しから軽く揺すって、まるで死に際みたいな形相で瞼を閉じた祖父を叩き起こす。
破裂間際までの疑問が、自然と揺らす勢いが増していき、寝返り寸前まで達していた。
その時、遂に息を吹き返した祖父が、睨み付けるかのような鋭い眼差しを向けた。
「っっ!!」
疾くに拳を振り翳したが、俺の顔をじっと凝視すると、ホッと安堵するとともに拳を下ろした。
「颯飛か、びっくりさせんでくれ。心臓が止まってしまうかと思ったわ」
「孫を見るまでは死ねないんでしょ。こんな所でくたばってないで、起きてくれない?」
「昔は労りの心で溢れていたのに、いつの間に、こんな子になってしまったんだ……」
嘆きながらも、俺は強引に背中を支えて、上体を起き上がらせた。
「もう朝か」
「そんな事より、あの時計の事覚えてる?」
「時計?時計って何だ?」
「懐中時計の事なんだけど」
「……?」
耄碌したのかは定かではないが、恐らく、記憶の隅にも留まっていないのであろう。
……。
「ありがとう、おやすみ」
「もう寝れんわ、朝飯まだ?」
「ずっと寝てていよ、まだ当分来ないから」
「ホントに冷たくなったなぁ」
寂しげに声を震わせる祖父を顧みずに、俺は悠然と居間へと足を運んでいった。
見ることが条件で無いのは明白であったが、念には念を入れて正解だった。
なら、あの時に触れさせてしまったのが、きっかけで、琴音は自覚をしたのだろう。
そして、裏蓋に刻まれているのはきっと、先代の所有者たちが残した産物に違いない。
……そもそも、何故、傷が消えない?
ふと、一瞥する。
雨宿りの少女の姿がほんの一瞬、頭をよぎったのは言うまでもなかった。
けれど、それよりも俺の視線が注いでいたのは、蓋に残されたシミであった。
以前には無かった筈のシミ。それも、雨に打たれてからできたであろうもの。
古びているのに真新しい……。
刻印の意味。
「フッ……そういうことか」
願わくば、終わらぬ四季を君と二人で、いたかったよ。
けれど、琴音は望んでいない。いや、むしろ心の底では俺でさえも、そちら側に傾いているかもしれない。
でも、最後の足掻きをさせてもらおう。
時計の終わりを、己の肉体を、全人類の未来を賭けて、暗い底から這い上がろう。
ただ一人で。
あれから、一日たりとも頑なに家に出る事を拒んで、吸血鬼のような生活をしていた。
初めは、普段の会話が無に等しい父でさえも、必死な嘆願を繰り返していたが、やがて日を進めていく内に、見る影もなくなっていた。
年中、布団に引き篭もった祖父を除いて。
「颯飛。何か、大切な事をしてるんだな」
「まぁね、だからこうやって、現を抜かしてる」
「懐かしいなぁ。儂も昔は学校を嫌っててな、耳に穴が開くほどうるさかった鬼教師がお手上げになるほど、破天荒だったんだ」
「へぇ」
それと一緒にされるのは癪だが、雑音ばかりが行き交う場所では、唯一の息抜きでもあった。
「でも、お前は過去の儂とは違うようだな。心意気も、夢も、才能までも」
「まぁ、非行に走ってるって意味じゃ、あんまり変わんないと思うよ。実際、才能もドブに捨てているわけだし」
「ハッハッハッ。そうかもしれんな。でも、お前はその道に進むことに後悔していないんだろ?」
「まぁ、ね。でも、大切な人に見限られるってのは、ちょっと辛かったなぁ……」
「アイツはそういうのにうるさいからなぁ。
仕来りやら、マナーやらを人一倍慮るから、流石に周りの者も、うざがっておったわ」
「それが、父さんの良い所でもあるんだけどね」
「お前も同じような道を進むとばかり、思っておったよ」
「出来損ないの孫でごめんね」
あまりに包み隠すことのない本音に、間髪入れずに言葉を返してしまった。
「……。謝るな、さっきも言ったろ。自分の進む道が、間違っていないと思ったなら、前だけ見て歩きゃ良いんだ」
「……うん」
「但し、絶対に途中で投げ出したりするんじゃないぞ」
「ありがとう、爺ちゃん」
あれから諸々の処理に時間を割いてしまい、ようやっと一年の月日が経った頃。
大荷物を抱えて、玄関前に佇んでいた。
そして、祖父が珍しく和服姿の全貌を露わにして、俺を見送ろうとしていた。
きっと、いつもなら、こんな時に目を泳がせながら、茶化してくるのだろう。
そう、思っていたが……。
「颯飛。気を付けて、行ってきなさい」
いつになく真剣で僅かに強張った表情で、揺るぎなく鋭い眼差しを一点に向けていた。
「はい。行ってきます」
時の止まった時計の針を動かさんと、何度も、行ったり来たりを繰り返していき……。
再び、時計の針が、小煩く歩み始めた。
カチカチカチ。
まるで頭の中に住み着いたかのように、時の針が、煩わしく音を立てていた。
視界の半分もが暗闇に覆い隠されて、たまに、平衡感覚を失って倒れそうになるけれど、多くの他人たちに幾度となく救われていた。
それにしても、この一年の間に、頻りに人生観に囚われるとは思ってもいなかったが、終わりのない道行きにとって、幾らかの救いでもあった。
人は当て所ない膨大な時間の中で、自分なりの正解を求めながら、彷徨い続けるのだろう。
延々と続くレールの上を進む者、己自身で真っ暗闇の真っ只中で不恰好な道を作る者、本来とは異なる寄り道に逸れてしまい、ふらふらと何処かに消えてしまう者たち。
俺は、そんな遍く人々よりも、少しばかり長い闇夜を進み続けるようになりそうだな。
無意識に、いやあるいは意地かもしれないが、自らで逃げ道さえも絶ってしまった。
寂しげな両手の置き所を失って、そわそわしながらも、久々に無駄に堅牢な扉を開く。
望んでいるかも分からないのに、身勝手に重苦しき空間に足を踏み込んだ。
「久しぶり、琴音」
「颯飛、学校行ってないって本当!?えっ、眼帯……?け、怪我したの!?」
今まで見た中で断トツのトップを飾るほどのリアクションに、つい微笑んでしまった。
「ハハ。大袈裟だな」
琴音は派手にタオルケットを宙に舞い上げて、眼前に迫る勢いで、駆け寄っていく。
慈愛に溢れた掌をそっと右眼に当てがうが、それを遮るように徐に手を握りしめた。
蝶よりも花よりも丁重に。
「大丈夫だよ。痛くもないし、辛くもないから」
「……そう?」
「うん」
「何処か行くの?」
徐にか細い指を絡ませて、物憂げな表情を浮かべていく琴音の頬をそっと触れた。
「大丈夫だよ。必ずまた逢いに行くから」
「……」
また春が来る。
同じようでいて、少しだけ違う春が。
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