異世界修学旅行で人狼になりました。

ていぞう

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第六章 ヒュドラ教国編

第170話 野営

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ライカスの街でラマさんを見つけたがラマさんは奴隷状態だった。

穏やかにラマさんを救出すべくラマさんの主人であるランデル辺境伯と交渉をしたが、ランデル夫人「メリア」の都合でラマさんを手放さない、いや手放せないそうなのだ。

手放せない理由は何なのか今はわかっていない。
その理由をつきとめようと手がかりを探しているときに、むこうから糸口がやってきた。

食事前の手慰みにイツキが弾いたピアノの音色に誘われてメリア夫人のほうからイツキに接触してきたのだ。

明日はヒュドラ教首都、シュンドラへ潜入するが、その際にランデル辺境伯と共に同じ宿に泊まりイツキがピアノ演奏を披露する手はずになっている。

たのみはイツキのピアノ。
メリア夫人の「ラマさんを手放せない理由」をなんとか探り出してもらいたい。


俺達はレストランでの食事を終え二階の部屋へ戻った。

アヤコがイツキの肘を掴みながら微笑んでいる。

「イツキさん。ピアノ演奏とても素敵でした。」

イツキは少し苫惑いながらアヤコを見る。

「あ、いや。たいしたことないです。僕の演奏なんて。僕の姉の演奏に比べたら・・聴けたものではないですよ。」

イツキの姉は俺達より二つ年上、イツキに似て物静かだが長いまつげと色白の小顔が印象的な美少女だ。

俺達がイツキの家に遊びに行くと、イツキの姉はいつもピアノを弾いていた。
イツキの姉のピアノを弾くときの横顔が美しすぎて何度かときめいたことを覚えて居る。

「うん。イツキのねえちゃん。ピアノ上手だったもんなオイ」

「そうだな、綺麗だしピアノも上手だった。でもイツキ」

「なに?」

「今のお前、ひょっとしたら、あの姉さんより上手になっているかも知れないぞ。ピアノ」

「そんなことないって。」

「いや、そんなことあるよ。だってあれほど騒がしかったレストランの客が一瞬で静かになって、みんなお前の演奏に聴き惚れていたもの。アンコールまでもらったしさ。」

イツキのスキルには「魅了」と「魅了」のサブスキルとして「音楽能力向上」というスキルが育っている。

武闘系のスキルを持つ者の多くにサブスキルとして「身体能力向上」というスキルが備わっている。

目の前のレンにもそのスキルがある。
戦闘能力を高めるための補助スキルだが、イツキの「音楽能力向上」スキルもそれに似たような役割をもっているのだろう。


「イツキさんのお姉様のことは知りませんけど、イツキさんのピアノの音色は他の人と何か違います。うまく表現できませんけど、イツキさんのピアノは耳から聞こえるのと同時に心に直接響くんです。よそ見していてもピアノが鳴れば心が音色に引っ張られるような感じです。」

イツキは頬を少し赤くした。

「ありがとう、アヤコさん。そう言ってもらえると嬉しいです。」

「イツキ、明日は、その音色でメリア様と仲良くなってくれ。そして・・」

「うん。わかってる。ラマさんを手放せない理由をさぐるんでしょ。」

このところのイツキは精神的に成長しているようだ。
以前のおどおどした態度がすっかり消え失せ、しっかりした青年になってきた。
特にピアノの演奏をする時のイツキは堂々として威厳がある。

俺はイツキの肩を叩いた。

「そうだ。頼んだぞ。」

「うん。」

レンもイツキの肩を叩いた。

「強くなってきたな。オイ」

「そりゃ一度死んだからね。もう怖い物はないよ。アハハ」

「さて、明日は早いからもう寝るぞ。」

「うん。」

イツキとレンが部屋を出た。
部屋に残ったのは俺とアヤコ。

イツキとレンを送り出したあと振り返るとアヤコがこちらに背を向けてベッドに座っていた。

俺はマジックバッグからゲートを取り出してその場に展開した。

「アヤコ」

「ヒャイ!」

アヤコは俺に背を向けたまま返事をする。

「準備できたぞ。」

「・・・わ、わたしはまだ・・・心の準備が・・その、・・やっぱり。でも・・」

「心の準備って、今まで何度か経験しているだろ?」

「いえ、じつはまだ一度も・・・そんなこと聞かないでください。」

(???)

俺は、こちらを見ようとしないアヤコの肩に手をかけた。

「ひえっ!!」

アヤコはベッドから跳び上がった。

「何してんだ?ゲートの用意できたぞ?慣れないベッドより自分のベッドの方が良いだろう?」

俺はアヤコをブラニまで帰して自分一人、この部屋でゆっくり休むつもりだった。

アヤコはゲートを見つめた。

「・・・・ウェヘヘ・・ソウ様の馬鹿!!」

なぜだかアヤコは悪態をつきながらゲートをくぐった。

本当は俺もアヤコの気持ちを分かっているけどね。


翌朝アヤコを迎えに行ってから全員で宿を出た。
本来ならばこの街で馬車か馬を購入してシュンドラへ向かう予定だったが、早朝にシムスさんの使いが来て「もし良ければ馬車を一台提供するのでシュンドラまで同道しませんか?」と誘ってきた。

ランデル辺境伯とはできるだけ親密になりたかったので二つ返事でOKを出した。
それにランデル辺境伯と行動を共にすればシュンドラの検問を問題なく通過できるはずだ。

宿から出たところでシムスさんが声をかけてきた。

「シン様、ご無理を申しあげてすみません。」

「いえいえ、同道させていただく上に馬車まで用意してくださり、ありがとうございます。遠慮無く使わせていただきます。」

「粗末な馬車しかご用意できませんでしたが乗り心地は悪くないはずです。どうぞごゆるりと。」

シムスさんの案内で俺達のために用意してくれた馬車に4人で乗り込んだ。
乗り込む前にランデル辺境伯に礼を言おうとしたがシムスさんが

「お気持ちは伝えます。主人の馬車には、もう奥様が乗り込まれておりますので、次に休憩するまでお待ちください。」

というので休憩地に到着してからランデル辺境伯に礼を言うことにした。

ランデル辺境伯の隊列は先頭に兵士5名、その後ろにランデル辺境伯とメリア様の乗る馬車、つづいて俺達、そして荷馬車と徒歩の使用人最後に兵士の順で編隊を組んでいる。

予め宿で仕入れた情報によるとヒュドラ教徒の巡礼は徒歩が原則だが、教会関係者と貴族は馬車で隊列を組むことが許されているらしい。

ただし使用人は徒歩なので隊列の進行速度は遅い。
ヒュドラ教の教義の中に

「苦行を行えば神に近づく」

との教えがあるらしく、徒歩での巡礼もその教えに習っているのだそうだ。
使用人の中にラマさんがいないか目で追ったが見つけることは出来なかった。

隊列には兵士が10名ほどいる。
この付近で魔物が出ることはないらしいが、時折、西の蛮族が旅人を襲うことがあるらしく、そのための用心のようだ。
馬車に乗り込む時に兵士長が挨拶に来た。

「兵士長のグデルと申す。シュンドラまで同道するとの事だが、道中賊が出るやも知れぬ。我々は主人の安全を第一とする。したがって万が一の場合は自分で自分を守るように。けっして我々を期待しないで欲しい。」

グデルの申し出はもっともだが、なんだか邪魔者扱いされたような気がして嫌な気分になった。

「はい。承知しております。我々もキノクニキャラバンの一員、自分の身は自分で守りましょう。」

「うむ。その意気や良し。」

グデルは部下を引き連れて先頭へと移動した。

ライカスからシュンドラまでの道のりはおよそ25キロ、隊列がゆっくり進んだとしても夕刻までにはシュンドラへ到着するはずだ。

街道をゆっくりと西進すると徐々に巡礼の数も増えてきた。
一週間後に行われるヒュドラ教、春の大祭に参加する人々だろう。
隊列はゆっくりと進んでいたが正午前になると街道から脇道へそれ始めた。
馬車の御者に質問したところ、昼食のために陣を張れる場所へ移動するとのことだった。

脇道を進むと滝の音が聞こえてきた。
隊列が止まったのは小さな滝がある川のほとりの開けた場所だ。

開けた草地の上に大きなテントが張られ、その横にランデル辺境伯の馬車が横付けになった。

扉が開く音がしたが、馬車から誰が降りたのかは分からない。
おそらくランデル伯とメリア夫人だろう。

俺達の馬車にシムスさんがやってきた。

「ここで休息致します。皆様方のお食事も用意しますので、おいで下さい。」

シムスさんが案内してくれたのは先に設営された大きなテントの横だ。
簡易の天幕とテーブル、椅子が用意されている。

側では火が起こされ料理人が肉を焼いている。
周囲には肉の焼ける良い匂いが漂っている。

その肉の匂いにつられたのか藪の中から二匹の小熊が出てきた。
料理人が小熊をみつけて肉を取られまいと小石を投げて小熊を追い払おうとした。

小石が一匹の子熊の額に当たり、小熊が

「ギュワーン」

と悲鳴をあげて逃げ出した。
小熊は何を思ったのか元の藪へは逃げ込まず、あろうことかテントの中へ逃げ込んだ。

残った一匹もテントへ逃げ込もうとしたが、様子を見ていた兵士が小熊をテントへ入れまいと槍の柄で子熊の頭を殴った。

小熊は

「ギュワオーン」

と大きな鳴き声を残して藪へと消えた。

その数秒後言葉では表せない獣のうなり声と地響きがした。

「ドッシ!!ドッシ!!ドッシ!!」

巨大な何かがこちらへと近づいているのが足音と気配で分かった。
その何者かは強烈な怒気と敵意を周囲に放っているのがわかる。

藪から出てきたのは二本足で立つ巨大な熊だった。
二本足で立ったときの熊の背の高さはおよそ5メートル。

俺の居た地球の最大種の熊、ホッキョクグマでも体長3メートルがせいぜい。
しかし今目の前に居る熊はどうみても体長5メートル体重2トンはあるだろう。

その熊を見た料理人は言葉も発せずその場に座り込んだ。
熊は料理人を右手一本でなぎ払う。

料理人は数メートル飛んで息絶えた。
兵士長のグデルと部下の兵士がテントを守るべく勇敢に熊の前に立ちはだかったが、この兵士達も構えた槍と共に体を二つに折られて息絶えた。

それを見た他の兵士は武器を放り捨てて逃げ出した。
他の使用人も兵士に続いて逃げ出した。

テントの中から

『クオーン』

と小熊の鳴き声がする。

大きな熊は逃げ出す兵士達にはかまわず、テントへと進む。

「やばいぞ、オイ。」

レンが熊に立ち向かおうと一歩踏み出す。
俺はマジックバッグから龍神の盾を取り出してレンの後を追う。

熊はテントの前に立ちテントをなぎ払った。
テントがなぎ払われるとそこにはランデル辺境伯、メリア婦人、そしてラマさんが居た。

熊がメリア夫人に向かって腕を振り下ろそうとした瞬間、ランデル伯がメアリ夫人を突き飛ばす。

ランデル伯はメアリ夫人を庇ったため右肩に熊の一撃を受けて、弾け飛んだ。
熊がランデル伯を追撃しようとした時、俺が龍神の盾をかざしながら熊とランデル伯の間にスライディングした。

「ガイーン!!!」

盾が熊の攻撃を弾き返す。
熊はなおも腕を振り回すが龍神の盾がことごとく攻撃を弾き返す。

俺が雷鳴剣を抜いて攻撃を仕掛けようとした時、レンから

「ちょっとまって。オイ」

と声がかかった。

レンは両手に小熊を抱えている。
レンは小熊を手にしたまま熊に近寄る。

小熊と大熊の距離が縮まった時、小熊から血の匂いがした。
その匂いを嗅いだ大熊が怒気を更に膨らました。

俺は盾を掲げながら、小熊にヒールを施した。
小熊の傷がみるみる癒える。

レンは、抱えた小熊を大熊の前で放す。
小熊は

「クオーン」

と鳴きながら大熊の元へトコトコと駆け寄る。

大熊の怒気が収まった。

二匹の子熊と母親だと思われる熊は、藪へ消え去った。

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