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第六章 ヒュドラ教国編
第169話 スキル「魅了」
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すまぬが、この件断る。」
思いもかけない答えだった。
ヒナを救出に向かう途中、偶然にもピンター達の母親「ラマさん」を見つけた。
力ずくでラマさんを救出することも考えたが、今は争いごとを起こすべきではないと考えて、ラマさんの主人と交渉を始めた。
交渉の相手はゲランの貴族ランデル辺境伯だ。
ランデル伯はキノクニとのつながりもあり、ラジエル侯爵とも既知の仲だという。
それらのことから考えて俺がキノクニの幹部として交渉すればラマさんを買い受ける交渉はまとまるだろうと安易に考えていた。
ところが返ってきた答えはNOだった。
「その、何か私が不都合なことを申しあげましたでしょうか。謝礼金ならお支払いするつもりですが。」
本当は買い受け金なのだがラマさんを購入するというのは気持ちの上で嫌だった。
「銭金の問題じゃ無い。ラマは・・・妻が手放さないだろう。というか手放せないのだ。」
俺はランデル伯をみつめた。
悪意のある顔では無い。
むしろ困った問題を抱えていると言った目だ。
「ランデル様、もしよろしければ、その手放せない理由というのをお聞かせ願えませんか?」
ランデル伯は少し間を置いて言った。
「すまぬが、それも話せぬ。キノクニとはもめ事を起こしたくないが、それとこれは別問題。すまぬが諦めてくれ。」
どうやら他人に話したくない事情があるようだ。
「わかりました。お手数をおかけしました。」
「いや。すまんな。他の事ならいつでも相談に乗るから尋ねて参れ。」
「はい。ありがとうございました。」
これ以上説得しても無駄だろうと思いランデル伯の部屋を後にした。
部屋を出てから階下に降りるとき、執事のシムスが声をかけてきた。
「残念でございましたな。お役に立てず申し訳ございません。」
「いえいえ。取り次ぎをしていただいただけでもありがたいです。お世話をかけました。」
俺はシムスに礼を言って自分の部屋へ戻った。
「どうだった?」
イツキが問いかける。
俺は首を横に振った。
「なんでだ?お金が足りなかったか?オイ」
「いや、金の問題じゃ無いらしい。ランデル伯の奥さんの方になにか事情があってラマさんを手放せないらしい。」
アヤコが俺を見る。
「その問題って何です?」
「俺にも分からん。それをこれから解明する。最悪の場合は・・・」
「「「最悪の場合は?」」」
「みなまで言わすな。」
三人とも頷いた。
「それより腹減ったな。飯食おうぜ。」
「そうだね。たまには外食しようよ。当地の料理も食べてみたいしね。」
「いいなそれ。オイ」
いつもならオオカミまで帰って食事をするのだが、たまには外食も良いかも。
4人で一階にあるレストランで食事をすることにした。
「ソウ。少し飲んで良いか?」
レンが俺に尋ねた。
「いいよ。でも酔っ払うなよ。」
最近俺もだがビールみたいな現地の酒、デミを飲むようになっている。
俺は今17歳で日本では飲酒してはいけない年齢だがこっちでは15歳から成人と見なされて殆どの男が15歳くらいから飲酒している。
イツキは全く飲まないがレンは食事のたびにデミを飲んでいるようだ。
頼んだ食事がくるまでレンとアヤコはデミを飲みながら話しているがイツキは所在なさそうにしている。
そのうちイツキが立ち上がった。
どこへ行くのかと見ていたらレストラン内にあるピアノへと向かった。
ここはホテルの中のレストランだが夜は酒場になるのだろう。
イツキがボーイに何か話しかけている。
おそらくピアノを弾く許可を得ているのだろう。
イツキはピアノの前に腰掛けると俺達の元の世界で「クラシック」と呼ばれるジャンルの静かな曲を奏で始めた。
たぶんショパンだろうけど、俺は、その曲名を知らない。
最近イツキのスキルを鑑定してみたところ、戦闘スキルは皆目だめだったが、見慣れないスキルもいくつかあった。
特に目をひいたのは「魅了」と言うスキルだ。
その『魅了』のスキルのサブスキルとして「音楽能力向上」というスキルもあった。
イツキがそのスキルを発動したところは見ていないが、おそらく
「他人を音楽で魅了する。」
といった能力だろう。
イツキがピアノを弾き始めるとけっこう騒がしかったレストラン内の喧噪が消え、イツキのピアノに耳を傾ける人が多くなった。
女性客の何人かは、うっとりとした表情でイツキを眺めている。
魅了のスキルが発動されているのかも知れない。
レンと雑談をしていたアヤコまでが雑談をやめてイツキに見とれている。
イツキは演奏に集中していたのか周囲がイツキに注目していることに気がついていない。
何曲か弾いてからピアノを離れようとした時に、一人の女性客がイツキを引き留めた。
「あの・・不躾なお願いかもしれませんが、もう少し演奏を続けてくださいませんか?ピアノの音色の素晴らしさに魅了されてしまいました。こんな素敵な音楽に巡り会ったのは初めてですの。」
イツキは少し照れたが。
「喜んで。」
と再度ピアノ演奏を始めた。
今度の演奏はJポップだ。
俺やレンは聞き慣れている「ゆづ」の名曲メドレー、思わず手拍子をしたくなる曲、オリンピックのテーマ曲、心安らぐバラード。
何曲か弾いた頃にはレストラン全体がイツキのオンステージになってしまっていた。
お客は全部で50人程だろうか、みな食事をそっちのけでイツキの演奏に聴き惚れている。
イツキの演奏が一曲終わるたびに宿屋全体がゆるぐほどの拍手が巻き起こる。
その騒ぎを聞きつけたのだろうか階段から兵士が降りてきた。
ランデル候の衛兵だ。
(叱られるのかな?)
と思ったが、そうではなかった。
衛兵に続いて周囲の者とは明らかに衣装も雰囲気も違う女性が降りてきた。
その女性は全身を黒装束で覆っているが通常の衣装とはかなり様子が違う。
うまくは説明できないが、衣装が重たそうで、それこそ全身を梱包するようなイメージなのだ。
つまり目以外の全身が装飾された布で包まれていて皮膚が全く露出していない。
聞くところによるとヒュドラ教の巡礼は黒装束に身を包むらしいが、ここまで厳重に体を布で包んだ巡礼は見たことがない。
まるで壊れ物を厳重な包装をして運んでいるようなイメージだ。
その女性の後ろにはその女性を支えるように痩せぎすの女性が付き添っている。
顔は隠しているがラマさんに間違いない。
アヤコがこちらに顔を向けて囁いた。
「あの方がランデル辺境伯の奥様、メリア様です。」
俺は頷いた。
レストラン内の客も、その人物が何者かを知っているようでメリア様が着席してからも静かに成り行きを見守っている。
階段から降りたメリア夫人はレストランの中まで入ってきて隅のテーブル前に腰掛けた。
そして執事のシムスに何か耳打ちをした。
シムスはメリア様の元を離れると、ピアノ前のイツキに近づきイツキに何かを告げた。
イツキは頷くとピアノに向き直って演奏を再開した。
再開して最初に弾いた曲は俺も曲名を知っている。
「エリーゼのために」
かの有名なベートーベン作曲だ。
メリア様は、イツキの演奏に魅了されるかのように曲に合わせて静かに体を揺らしていた。
続いてはショパンの「別れの曲」イツキの姉が好きな曲だ。
イツキの家に遊びに行った時はいつもこの曲が流れていた。
その後2曲、俺の知らないクラシックを演奏した頃、料理がテーブルに届いたのでイツキは演奏をやめて俺達のテーブルに戻った。
俺とレンが拳を握ってイツキに差し出した。
いわゆるグータッチだ。
見よう見まねでアヤコもグータッチをしてきた。
「イツキさん。すごいです。私イツキさんに惚れてしまいそうです。ウェヘヘ」
(どうぞ~ ♪ )
「アヤコさん。駄目だよ。イツキにはもう良い人が居るから。オイ」
「ええ~そうなんですか?残念。でもいっかウェ」
アヤコが俺を見た。
俺が食事を口に運ぼうとした時、
「お食事中失礼します。」
執事のシムスが声をかけてきた。
俺はフォークを置いてシムスに向き直った。
「これは、シムス様。何の御用向きで?」
シムスは軽く頭を下げた。
「実は、メリア奥様が、こちら様のピアノ演奏をいたく気に入られまして。どうしてももう一度拝聴したいと。つきましては不躾ではございますが皆様方の今後の後旅程をお伺いしたくて参りました。お食事中まことに申し訳ございません。」
「いえいえ、造作も無いこと。私達は、こちらで一泊した後、首都シュンドラまで向かう予定です。」
「そうですか。それはようございました。我々も明日、出立してシュンドラに向かう予定でございます。それでもしよろしければ次の宿を当方でご用意致しますので、こちら様のピアノ演奏をお願い出来ないかと。」
俺はランデル伯との交渉がうまく行かなかったことから、なんとか交渉の糸口をみつけようとしていた。そして最悪の場合はヒナを救出後に力ずくでラマさんを救出することを考えていた。
それが向こうの方から、探していた糸口を差し出してくれたのだ。
渡りに船だろう。
俺がイツキを見るとイツキは頷いている。
頭の良いイツキのことだから、俺の考えを即座に察知したようだ。
「ピアノの演奏者は私の同輩でイツキと申します。イツキも私もキノクニの商用さえ済ませば自由な身ですので、ご招待を喜んでお受けしたいと存じます。」
シムスが笑顔になった。
「それは、それは、ありがとうございます。本来ならば主人か奥様がお礼を申しあげるべきところですが、事情がございまして、奥様は主人以外との会話を避けております。どうかお許しください。」
「いえいえ、丁寧なお誘いありがとうございます。」
「それでは後で使いの者をよこしますので、明日の夕刻、シュンドラの宿でお会いしましょう。」
「心得ました。」
立ち去ろうとしたシムスをイツキが呼び止めた。
「シムス様」
「はい。なんでございましょう?」
「私イツキ・スギシタと申します。明日メリア様のために心を込めて演奏したいと存じます。つきましてはメリア様の好みの音楽をお教えください。もしそれが分からなければメリア様の日常のこととかメリア様の心情を推察できるような事柄をお話下さいませんでしょうか?」
(ナイス!イツキ)
「はぁ。そうですね。メリア様は物静かなお方で、騒がしい曲よりも静かな曲を好まれます。絵画、彫刻、音楽に造詣が深く、心根のとてもお優しい方です。事情があって普段は人前に姿を現すことはございません。それがどうしたことか、今日は階下から聞こえるあなた様のピアノの音色に心動かされたようで、私達を促してあなた様の演奏を聴かせていただいた次第です。ですから明日は優しい音色の音楽を演奏してくださいますでしょうか。」
「わかりました。心を込めて演奏いたします。」
「ありがとうございます。それではこれにて、失礼致します。」
思わぬことからラマさんの主人とのつながりが出来た。
思いもかけない答えだった。
ヒナを救出に向かう途中、偶然にもピンター達の母親「ラマさん」を見つけた。
力ずくでラマさんを救出することも考えたが、今は争いごとを起こすべきではないと考えて、ラマさんの主人と交渉を始めた。
交渉の相手はゲランの貴族ランデル辺境伯だ。
ランデル伯はキノクニとのつながりもあり、ラジエル侯爵とも既知の仲だという。
それらのことから考えて俺がキノクニの幹部として交渉すればラマさんを買い受ける交渉はまとまるだろうと安易に考えていた。
ところが返ってきた答えはNOだった。
「その、何か私が不都合なことを申しあげましたでしょうか。謝礼金ならお支払いするつもりですが。」
本当は買い受け金なのだがラマさんを購入するというのは気持ちの上で嫌だった。
「銭金の問題じゃ無い。ラマは・・・妻が手放さないだろう。というか手放せないのだ。」
俺はランデル伯をみつめた。
悪意のある顔では無い。
むしろ困った問題を抱えていると言った目だ。
「ランデル様、もしよろしければ、その手放せない理由というのをお聞かせ願えませんか?」
ランデル伯は少し間を置いて言った。
「すまぬが、それも話せぬ。キノクニとはもめ事を起こしたくないが、それとこれは別問題。すまぬが諦めてくれ。」
どうやら他人に話したくない事情があるようだ。
「わかりました。お手数をおかけしました。」
「いや。すまんな。他の事ならいつでも相談に乗るから尋ねて参れ。」
「はい。ありがとうございました。」
これ以上説得しても無駄だろうと思いランデル伯の部屋を後にした。
部屋を出てから階下に降りるとき、執事のシムスが声をかけてきた。
「残念でございましたな。お役に立てず申し訳ございません。」
「いえいえ。取り次ぎをしていただいただけでもありがたいです。お世話をかけました。」
俺はシムスに礼を言って自分の部屋へ戻った。
「どうだった?」
イツキが問いかける。
俺は首を横に振った。
「なんでだ?お金が足りなかったか?オイ」
「いや、金の問題じゃ無いらしい。ランデル伯の奥さんの方になにか事情があってラマさんを手放せないらしい。」
アヤコが俺を見る。
「その問題って何です?」
「俺にも分からん。それをこれから解明する。最悪の場合は・・・」
「「「最悪の場合は?」」」
「みなまで言わすな。」
三人とも頷いた。
「それより腹減ったな。飯食おうぜ。」
「そうだね。たまには外食しようよ。当地の料理も食べてみたいしね。」
「いいなそれ。オイ」
いつもならオオカミまで帰って食事をするのだが、たまには外食も良いかも。
4人で一階にあるレストランで食事をすることにした。
「ソウ。少し飲んで良いか?」
レンが俺に尋ねた。
「いいよ。でも酔っ払うなよ。」
最近俺もだがビールみたいな現地の酒、デミを飲むようになっている。
俺は今17歳で日本では飲酒してはいけない年齢だがこっちでは15歳から成人と見なされて殆どの男が15歳くらいから飲酒している。
イツキは全く飲まないがレンは食事のたびにデミを飲んでいるようだ。
頼んだ食事がくるまでレンとアヤコはデミを飲みながら話しているがイツキは所在なさそうにしている。
そのうちイツキが立ち上がった。
どこへ行くのかと見ていたらレストラン内にあるピアノへと向かった。
ここはホテルの中のレストランだが夜は酒場になるのだろう。
イツキがボーイに何か話しかけている。
おそらくピアノを弾く許可を得ているのだろう。
イツキはピアノの前に腰掛けると俺達の元の世界で「クラシック」と呼ばれるジャンルの静かな曲を奏で始めた。
たぶんショパンだろうけど、俺は、その曲名を知らない。
最近イツキのスキルを鑑定してみたところ、戦闘スキルは皆目だめだったが、見慣れないスキルもいくつかあった。
特に目をひいたのは「魅了」と言うスキルだ。
その『魅了』のスキルのサブスキルとして「音楽能力向上」というスキルもあった。
イツキがそのスキルを発動したところは見ていないが、おそらく
「他人を音楽で魅了する。」
といった能力だろう。
イツキがピアノを弾き始めるとけっこう騒がしかったレストラン内の喧噪が消え、イツキのピアノに耳を傾ける人が多くなった。
女性客の何人かは、うっとりとした表情でイツキを眺めている。
魅了のスキルが発動されているのかも知れない。
レンと雑談をしていたアヤコまでが雑談をやめてイツキに見とれている。
イツキは演奏に集中していたのか周囲がイツキに注目していることに気がついていない。
何曲か弾いてからピアノを離れようとした時に、一人の女性客がイツキを引き留めた。
「あの・・不躾なお願いかもしれませんが、もう少し演奏を続けてくださいませんか?ピアノの音色の素晴らしさに魅了されてしまいました。こんな素敵な音楽に巡り会ったのは初めてですの。」
イツキは少し照れたが。
「喜んで。」
と再度ピアノ演奏を始めた。
今度の演奏はJポップだ。
俺やレンは聞き慣れている「ゆづ」の名曲メドレー、思わず手拍子をしたくなる曲、オリンピックのテーマ曲、心安らぐバラード。
何曲か弾いた頃にはレストラン全体がイツキのオンステージになってしまっていた。
お客は全部で50人程だろうか、みな食事をそっちのけでイツキの演奏に聴き惚れている。
イツキの演奏が一曲終わるたびに宿屋全体がゆるぐほどの拍手が巻き起こる。
その騒ぎを聞きつけたのだろうか階段から兵士が降りてきた。
ランデル候の衛兵だ。
(叱られるのかな?)
と思ったが、そうではなかった。
衛兵に続いて周囲の者とは明らかに衣装も雰囲気も違う女性が降りてきた。
その女性は全身を黒装束で覆っているが通常の衣装とはかなり様子が違う。
うまくは説明できないが、衣装が重たそうで、それこそ全身を梱包するようなイメージなのだ。
つまり目以外の全身が装飾された布で包まれていて皮膚が全く露出していない。
聞くところによるとヒュドラ教の巡礼は黒装束に身を包むらしいが、ここまで厳重に体を布で包んだ巡礼は見たことがない。
まるで壊れ物を厳重な包装をして運んでいるようなイメージだ。
その女性の後ろにはその女性を支えるように痩せぎすの女性が付き添っている。
顔は隠しているがラマさんに間違いない。
アヤコがこちらに顔を向けて囁いた。
「あの方がランデル辺境伯の奥様、メリア様です。」
俺は頷いた。
レストラン内の客も、その人物が何者かを知っているようでメリア様が着席してからも静かに成り行きを見守っている。
階段から降りたメリア夫人はレストランの中まで入ってきて隅のテーブル前に腰掛けた。
そして執事のシムスに何か耳打ちをした。
シムスはメリア様の元を離れると、ピアノ前のイツキに近づきイツキに何かを告げた。
イツキは頷くとピアノに向き直って演奏を再開した。
再開して最初に弾いた曲は俺も曲名を知っている。
「エリーゼのために」
かの有名なベートーベン作曲だ。
メリア様は、イツキの演奏に魅了されるかのように曲に合わせて静かに体を揺らしていた。
続いてはショパンの「別れの曲」イツキの姉が好きな曲だ。
イツキの家に遊びに行った時はいつもこの曲が流れていた。
その後2曲、俺の知らないクラシックを演奏した頃、料理がテーブルに届いたのでイツキは演奏をやめて俺達のテーブルに戻った。
俺とレンが拳を握ってイツキに差し出した。
いわゆるグータッチだ。
見よう見まねでアヤコもグータッチをしてきた。
「イツキさん。すごいです。私イツキさんに惚れてしまいそうです。ウェヘヘ」
(どうぞ~ ♪ )
「アヤコさん。駄目だよ。イツキにはもう良い人が居るから。オイ」
「ええ~そうなんですか?残念。でもいっかウェ」
アヤコが俺を見た。
俺が食事を口に運ぼうとした時、
「お食事中失礼します。」
執事のシムスが声をかけてきた。
俺はフォークを置いてシムスに向き直った。
「これは、シムス様。何の御用向きで?」
シムスは軽く頭を下げた。
「実は、メリア奥様が、こちら様のピアノ演奏をいたく気に入られまして。どうしてももう一度拝聴したいと。つきましては不躾ではございますが皆様方の今後の後旅程をお伺いしたくて参りました。お食事中まことに申し訳ございません。」
「いえいえ、造作も無いこと。私達は、こちらで一泊した後、首都シュンドラまで向かう予定です。」
「そうですか。それはようございました。我々も明日、出立してシュンドラに向かう予定でございます。それでもしよろしければ次の宿を当方でご用意致しますので、こちら様のピアノ演奏をお願い出来ないかと。」
俺はランデル伯との交渉がうまく行かなかったことから、なんとか交渉の糸口をみつけようとしていた。そして最悪の場合はヒナを救出後に力ずくでラマさんを救出することを考えていた。
それが向こうの方から、探していた糸口を差し出してくれたのだ。
渡りに船だろう。
俺がイツキを見るとイツキは頷いている。
頭の良いイツキのことだから、俺の考えを即座に察知したようだ。
「ピアノの演奏者は私の同輩でイツキと申します。イツキも私もキノクニの商用さえ済ませば自由な身ですので、ご招待を喜んでお受けしたいと存じます。」
シムスが笑顔になった。
「それは、それは、ありがとうございます。本来ならば主人か奥様がお礼を申しあげるべきところですが、事情がございまして、奥様は主人以外との会話を避けております。どうかお許しください。」
「いえいえ、丁寧なお誘いありがとうございます。」
「それでは後で使いの者をよこしますので、明日の夕刻、シュンドラの宿でお会いしましょう。」
「心得ました。」
立ち去ろうとしたシムスをイツキが呼び止めた。
「シムス様」
「はい。なんでございましょう?」
「私イツキ・スギシタと申します。明日メリア様のために心を込めて演奏したいと存じます。つきましてはメリア様の好みの音楽をお教えください。もしそれが分からなければメリア様の日常のこととかメリア様の心情を推察できるような事柄をお話下さいませんでしょうか?」
(ナイス!イツキ)
「はぁ。そうですね。メリア様は物静かなお方で、騒がしい曲よりも静かな曲を好まれます。絵画、彫刻、音楽に造詣が深く、心根のとてもお優しい方です。事情があって普段は人前に姿を現すことはございません。それがどうしたことか、今日は階下から聞こえるあなた様のピアノの音色に心動かされたようで、私達を促してあなた様の演奏を聴かせていただいた次第です。ですから明日は優しい音色の音楽を演奏してくださいますでしょうか。」
「わかりました。心を込めて演奏いたします。」
「ありがとうございます。それではこれにて、失礼致します。」
思わぬことからラマさんの主人とのつながりが出来た。
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