異世界修学旅行で人狼になりました。

ていぞう

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第五章 獣人国編

第165話 剣術修行

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イツキはゲラニの下町でレイシアと会っていた。

「アキトは僕を殺そうとした男です。」

「え?」

(本当は「僕を殺した男」と言う表現のほうが正解なんだけど・・・)

イツキは顔に傷のある男に視線を向けた。

「バシクさん。」

バシクと呼ばれた男は、もたれかけていた樹木から背を起こしてイツキ達に近づいた。

「なんだ?」

「大きな声では話せないので、ここに座っていただけませんか?」

イツキは自分とレイシアの間にある椅子をひいてバシクを促した。
バシクはレイシアを見る。
レイシアは無言で頷いた。

イツキは胸の傷をバシクに見せた。

「この傷はアキトという僕の同級生がつけたモノです。僕を殺そうとして剣でここを刺しました。あきらかに殺意がありました。」

「それで?お嬢と何の関係が?」

「アキトは不遜にもレイシア様を自分のものにしようと企んでいます。この傷はその企みの証でもあります。アキトは僕とレイシア様の仲をねたんでいます。」

レイシアの表情が更に曇る。

「まぁ・・」

「残念ながら僕には戦闘能力がありません。戦闘能力が無くてもレイシア様をお守りしたい気持ちはありますが、四六時中側に居ることはできません。そこでバシクさん。これを見てください。」

イツキは同級生のミキから借りてきたスマホを取り出してアキトの写真を見せた。

「これは友達から借りた神器ですが、この真ん中で笑っている男がアキトです。この男の顔をよく覚えてください。いずれこの男はレイシア様の前に現れます。だからその時は・・」

イツキがしゃべり終わる前にバシクはスマホを取り上げながら

「わかった。・・・」

とつぶやいた。
バシクはイツキが何かしゃべりかけようとするのを手で制してスマホの写真を眺め続けた。

数十秒してバシクはスマホをイツキに返した。

「僕はこれから友達を救出するためにヒュドラ教国へ旅立ちます。バシクさん。あとを願いします。」

バシクは無言で頷いた。
レイシアがイツキを見る。

「教国へ行かれるんですか?」

「ええ、もうすぐ出発します。」

「道中のご無事をお祈り致します。」

「ありがとうございます。それでは行って参ります。戻ったらまた連絡してもよろしいですか?」

レイシアは人目をはばからずイツキの腕にすがりついた。

「もちろんですわ。必ず連絡して下さい。必ずですよ。」

「はい。必ず。」

イツキはレイシアを抱きしめたい気持ちを押し殺して席をたった。


俺がキューブの裏手でソラを展開している時にイツキが帰って来た。
イツキは険しい顔をしている。
ソラの周りには俺達を見送る仲間が揃っている。

「イツキぃ。用は済んだのか?」

「うん。終わった。待たせてゴメンね。」

「いや。問題ない。それより何かあったのか。顔が引きつっているぞ。」

「なんでもないよ。留守の間、少し気がかりなことがあってね。それをお願いしてきたんだ。」

俺はイツキとレイシアの関係、そして今回アキトがイツキを殺した経緯を、あらかじめイツキから聞いていた。

「アキトの件か?」

「うん。バシクさんにお願いしてきた。」

バシクはレイシアを警護している傭兵だ。
俺とも少し関わりがある。

「うん。バシクなら大丈夫だろう。もしレイシアに危険が及ぶ可能性があればオオカミで保護すれば良いよ。」

イツキの表情が少し明るくなった。

「ホント?いいの?」

「あたりまえだろ。お前の恋人なんだから。当然さ。」

イツキは俺が言った「恋人」という言葉に反応した。

「あ、いや、その、恋人というわけでは・・アハ」

俺達の様子を見ていたレンがイツキの背中を叩いた。

「そんな優柔不断なことを言っていると、誰かに取られるかもしんないぞ。しっかりしろ。オイ」

イツキがよろける。
ウタがイツキを庇いながらレンを見る。

「人の事言えないでしょ。あんただって。オイ」

ウタの言葉はきついがウタのレンを見る目は優しい。

「あ、そうかな?」

「そうよ。私はイツキ君からしか聞いていないわ。」

ウタを修道院から助ける時にレンやイツキの話が真実だと証明するためイツキが

「レンはウタが好き。だからウソはつかない。」

と言ったそうだ。
ウタはその時のことを言っているのだろう。

「そうだったっけ?・・・いずれ、ちゃんとした時に・・」

「わかっているわよ。うふふ。」

(いいね。)
青春が見えたような気がした。

「それじゃ、そろそろ行くぞ。いいか?」

「はい。行こう。」
「いってくるぞオイ。」

「行ってきます。ウェ」

俺はレン、イツキ、アヤコを連れてヒュドラ教国へ旅立った。
(待っていろ。ヒナ。必ず助けるよ。)

ソラに乗る俺に向かって仲間が手を振った。


「ソウ様、行ったわね。皆で無事を祈りましょう。」

テルマが声をかけた。

その言葉に合わせてピンター、ブルナが膝を折り、手を胸の前で組み、空に向かって祈りを捧げた。

今は昼間だが、うっすらと赤い月が見える。
ブルナは月に祈った。

(どうかソウ様が無事でありますように。そしてドランゴさんが生き返りますように。)


ピンターも祈った。

(どうか兄ちゃんが怪我しませんように。無事に帰ってこられますように。そして・・・)

このところピンターは塞ぎ込んでいた。
ピンター自身は無事だったが、それはドランゴのおかげだった。
ドランゴが身を挺してピンターを庇ったことでドルムの応援が間に合った。
ドランゴがピンターを庇わなければピンターは死んでいただろう。

その事が今もピンターを苦しめている。

(オイラが強ければ、オイラが賢ければ、あの時ドランゴさんが死ぬことも無かった。)

そんな思いがピンターの心から離れないのだ。
ピンターはもう一度赤い月に祈った。

(月の神様。どうかオイラを強くしてください。誰にも負けない強さを下さい。どうか・・どうか・・・)

その時どこからか声がした。

『了解しました。ピンター様。』

ピンターは立ち上がり周囲を見回した。

「え?誰?」

隣に居たブルナも立ち上がる。

「どうしたの?ピンター。」

「誰かが話しかけてきた。・・・」

「何のこと?誰も話しかけていないわよ?」

ピンターは周囲を見渡した後、もう一度空を見上げた。
(もしかしたら・・・)

「月の神様、オイラを強くしてください。」

『了解しました。ピンター様。』

今度は、はっきり聞こえた。
ピンターはソウから寝物語でマザーの事を聞かされていた。
奴隷だった頃、寝る前に時々ソウが話してくれた。

「ピンター。俺達は必ず自由になれる。」

「どうやって?」

「俺にはね。月の神様がついている。月の神様は『マザー』って名前だ。そのマザーが言うんだ。『ソウは強くなれる。この世の誰よりも』って。だから俺達は必ず自由になれる。そしてブルナやブラニさん、ラマさんを助け出す。」

「本当?」

「ああ、本当だ。約束する。だからピンターも強くなれ。」

「うん。オイラも強くなるよ。兄ちゃん。」


ソウの話は本当だった。
月の神様がピンターに話しかけている。

「月の神様。貴方はマザーさんですか?」

『はい。私はマザー。人狼族の僕です。』

「マザーさん。オイラ強くなりたいんだ。あのアキトって奴に負けないくらい。」

『はい。強くなりましょう。ピンター様の努力次第で実現可能です。』

「本当?オイラ強くなれる?あいつより強くなれるの?」

『はい。私にはウソをつく機能がありません。現時点での目標達成率は1,7%くらいですが不可能ではありません。』

「いっていることがよくわからないけど、無理なことじゃないってことはなんとなくわかった。オイラ頑張るよ。」

『ええ、頑張りましょう。』

ブルナがピンターの顔を不思議そうに眺めている。

「ピンターどうしたの?ずいぶんと長いお祈りね。」

ピンターがブルナの声に反応した。

「うん。月の神様が、おいらに約束してくれたんだ。」

「何を?」

「おいらを強くしてくれるって。」

「あら。それはよかったわね。私もピンターが強くなれば嬉しいわ。一緒に強くなってお父さんやお母さんを探しましょ。」

「うん。」


翌朝、ガラクの部屋のドアがノックされた。
「誰だ?」

「おいらです。ピンター」

ガラクは起き上がりドアを開ける。
ドアの外にはショートソードを腰にぶら下げたピンターが立っている。

「なんだ?ピンター、その格好。」

「鬼のおじさん。おいらを鍛えて。剣術を教えて。」

「どうしたんだ急に。」

「おいら強くなりたい。」

ガラクはピンターを見つめた。

「強くなってどうする?」
「強くなって、誰にも迷惑をかけないようになりたい。」

「ドランゴのことか?」

ピンターは少し目を潤ませて頷いた。

「いいだろう。鍛えてやる。でも言って置くぞ、ドランゴのことはピンターの責任じゃない。ドランゴはお前だけじゃ無く、オオカミのみんなを守ろうとして前に出たんだ。ピンターだけの責任じゃ無い。それはわかってやれ。」

「うん。わかっている。でもオイラが強ければ・・オイラがあいつに負けなければ・・」

ガラクはピンターの肩を抱いた。

「そうだな。ピンターの気持ちは良くわかる。強ければ、強くさえあれば・・俺も一時はそう想っていたよ。しかし肉体が強いだけが本当の強さでは無い。ドランゴは貧弱だったが、強かった。誰よりも強かった。俺は尊敬するよ。今はわからないかも知れないが、ピンターにもいずれ分かるときが来る。それまでは俺がピンターを鍛えてやる。」

「うん。師匠。お願いします。」

ガラクは苦笑いをした。

「剣術を教えてはやるが、その『師匠』っていうのはやめろ。尻がむずがゆい。ガハハ」

「ドランゴさんが言ってた。物事を教えてくれる人は「師匠」だって。」

「そうか。それなら俺の事はガラクさんとでも呼べ。さんずけなら俺も納得しよう。」

「わかった。でもせめて『ガラク先生』と呼ばせて。」

ガラクは顎に手を宛てた。

「ん~。しゃあないか。それで手を打とう。ガハハ」

「はい。ガラク先生。」

ピンターがガラクの部屋のドア叩く前、ピンターはマザーと交信した。

「マザーさん。オイラ強くなるにはどうしたらいいの?」

『はい。ピンター様が強くなるためのカリキュラムを作りました。ピンター様はソウ様の眷属。つまり人狼族です。理論的にピンター様はソウ様と同等のスキルや力を得ることが可能です。』

「え?兄ちゃんと同じようになれるってこと?」

『はい。そのとおりです。しかし現在のピンター様は魔力量や身体能力が足りません。まずその受け皿を作る必要があります。』

「よくわかんない。」

『失礼しました。ソウ様の力を水に例えるならば、ソウ様の力つまり水をためておく容器は湖ほどです。それに比べてピンター様の力をためることのできる容器はお茶碗程度です。これからの目標は、そのお茶碗を大きくする事です。』

「どうすればお茶碗が大きくなる?」

「物理的に体を鍛えましょう。誰かに剣術を習ってください。剣術の修行をすればお茶碗は大きくなります。ある程度大きくなれば、私が介入して、もっと大きなお茶碗にしてあげます。具体的に言うとスキルの移植です。そのことはおいおい説明します。」

「わかったような、わからないような。でも剣術を習えばいいんだね。」

『はい。』


翌日からピンターの剣術修行が始まった。
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