異世界修学旅行で人狼になりました。

ていぞう

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第五章 獣人国編

第122話 奴隷部隊 神様が助けてくれる。

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時は少し遡る。

ソウがバルチに到着する1週間前、ゲラニのヒュドラ教本部にヘレナは居た。
ヘレナは教枢機卿ラグニアの前でひざまずいている。

「ヘレナ、表をあげなさい。」

「はい。」

ヘレナは顔を上げてラグニアを見た。

「ヘレナ、いよいよゲランとジュベルの大戦が始まります。その大戦に合わせてお前に任務を与えます。」

「はい。聖なるラグニア様。なんなりと。」

「お前に与える任務は二つ。一つはかねてよりの任務、ヒナを守りヒナの成長を促すこと。もちろん目的はヒナの『蘇生』を発芽させることです。そしてもう一つの任務は戦場で多くの死を発生させ、その器を回収しなさい。ヒュドラ様蘇生の材料にするためです。」

「はい。心得てございます。」

「器の回収を一人で行うのは困難でしょうから、何人かの部下を貴方に与えましょう。それにエレイナも呼び寄せるつもりですから、エレイナと協力して多くの器を回収して下さい。任務を全うするため、貴方に大司教の階級を与えます。宣教師として軍に付き添いなさい。」

「はい。ありがたき幸せ。」

ヘレナは一歩進み出てラグニアから銀色のペンダントを受け取った。

(これで私もグンター様と同列になったわ。いずれは・・)

「ヘレナ、グンターは私の後釜、まもなく枢機卿ですよ。忘れないで下さいね。」

ヘレナは少し焦った。
他人の心を読む力を持つのはヘレナに限った事では無いのだ。

「あ、いえ、承知してございます。」

「それでは従軍宣教師として正式に任命いたします。重要な任務であることを忘れてはなりませんよ。」

ヘレナは再びかしずいた。

「はい。聖なるラグニア様。仰せの通りに。」

こうしてヘレナはゲラン国軍の従軍宣教師として今は第三師団と共に行動をしている。
とりあえずの目的地はバルチ、その後セプタを目指す。

セプタでは第一師団と第二師団に合流しジュベル国へ攻め入る予定なのだ。

ゲラン国軍第三師団はバルチまであと3日の地点で野営をしている。
ゲラニを出発して一週間が経過し、本来ならとうにバルチに到着しているはずたが未だバルチにたどり着いていないのは天候のせいだ。

今は雪解けの季節なのにゲラニを出発してから3度の吹雪で進軍停止を余儀なくされた。

悪天候は正規兵にも辛い思いを強いるが奴隷兵にとってはなおさらのことだ。

ゲラン国第三師団には奴隷による一個小隊の歩兵部隊が存在する。

小隊の員数は50名。
ブルナはその小隊に所属していた。

奴隷部隊は兵士とは名ばかりで実務は正規兵士にかしずく召使いのようなものだ。
もちろん戦闘になればもっとも危険を生じる前線の歩兵として扱われる。

日本将棋で言うところの「歩」だが、敵陣地に入っても成り上がることは無い。
使い捨てなのだ。

ブルナの所属する奴隷部隊はたき火で暖を取る正規兵を横目に野営のための設営に追われていた。

ブルナが同僚の女性とテント用の布を広げようとした時、ふいの強風で布があおられ布を手放してしまった。

テント用の大きな布をブルナ一人で掴んでおくことができず、最終的に布は風にあおられて飛び、近くをとおりかかった騎乗の兵士に被さってしまい兵士は落馬した。

ブルナと同僚の女性は青ざめた。
落馬した兵士の元に数人の兵士が駆け寄る。

「大隊長、大隊長!!」

大隊長と呼ばれた男は布をまくり上げ、姿を現した。
身長160センチくらい、鼻の下に八の字に口ひげを生やしている。
男のこめかみには青筋が立っている。
ブルナを見据えた。

「お前か?」

心なしか声も震えているようだ。
ブルナは震えて声も出ない。

「お前かと尋ねている。官職氏名を名乗れ!!」

男の声は甲高くまるで九官鳥がしゃべっているようだ。

「は・はい歩兵大隊、第三小隊二等陸士ブルナです。」

同僚の女性はどうしていいのかわからない様子でブルナの側で硬直している。
小隊長と呼ばれる男はブルナに近づいた。

「第三小隊ということは、奴隷部隊か。奴隷の分際で大佐であるワシに何をした。野営準備ができないどころかワシに攻撃をしかけよったな。このウジ虫が!!」

「すみません。風にあおられて、ついつい布から手を離しました。申し訳ございません。」

ブルナは深々と頭を下げた。

同僚もブルナに合わせて頭を下げた。
男は、いきなりブルナの頬を拳で殴った。
ブルナはその場に崩れ落ちる。

男は更に伏せているブルナの腹を蹴り上げ、うつ伏せのままのブルナの後頭部を軍靴で踏みつけた。

「お前は異教徒のウジ虫だろう?そのウジ虫が聖戦の指揮を執る我が輩に怪我をさせた罪は重いぞ。覚悟しろ。」

大隊長は腰のサーベルを抜いた。
ブルナは死の危機に怯え、心の中である人の顔を浮かべ助けを求めた。

「ソウ様・・・」

周囲の兵隊は大隊長の怒りに恐れをなし、仲裁に入ることもできなかった。
その時

「おやめ下さい。ハンゾフ大隊長殿」

ヒュドラ教の宗教服を身にまとった女性が周囲の兵隊を押しのけて進み出た。

「これは・・・ヘレナ大司教殿・・」

「大隊長殿のお怒りはごもっともですが、奴隷兵といえども国の物、おいそれと処分するのは問題があるかと。」

大隊長はしかめ面になった。

「わかっておりますとも。少し脅しただけだ。本気で殺そうとは思っておりませんよ。」

周囲の兵士もほっと胸をなで下ろしている。
ハンゾフという大隊長は周囲を見回して下級兵士をみつけて命令を下した。

「おい。そこの兵士」

「はい。」

「後で第三小隊長を我が輩の元へ出頭させろ。」

「はい。了解しました。」

ハンゾフは服の汚れを払いながら騎乗しその場を立ち去った。
兵士達も事の成り行きを見届けた後、それぞれ自分の持ち場に帰った。

ヘレナが地面に倒れているブルナを抱き起こした。

「大丈夫?怪我は無い?」

「はい。大したことは無いです。助けていただきありがとうございました。」

「いえ。いいのよ。これもヒュドラ様のお導きよ。貴方名前は?」

「はい。ブルナと申します。」

この時、魔力を感知する力がある者がこの場に居たなら見えただろう。
ヘレナから伸びる黒い触手がブルナの体の奥まで入って全てをまさぐっている光景が。

ヘレナにとって奴隷兵の死などどうでもよかった。
たまたま騒ぎの側を通ったヘレナが奴隷の死にゆくときの心情に興味を持ち、遠間からブルナの心をまさぐったところ、ブルナの小さな祈りが見えた。

「ソウ様・・」

という祈りが。

(ソウ・ホンダの知り合いかしら?)

ブルナに興味を持ったヘレナはブルナを窮地から救い、更にブルナの心の奥深くまで探ったのだ。

そしてブルナとソウの関係を知った。

(この子は役立つかもしれないわね。)

「私はこの部隊の大司教よ。何か困ったことがあったら訪ねてらっしゃい。」

ヘレナはそう言い残し、その場を立ち去った。

ブルナはヘレナに窮地を救ってもらったものの、ヘレナに対して好感は持てなかった。
それは当然のことかも知れない。

ブルナの古里、クチル島を襲い、父母を傷つけブルナやピンターを奴隷にしたのは、他ならぬヒュドラ教だからだ。
その司教であるヘレナに好感を持てるはずが無かった。

それにダニクの死後、ブルナに再度ドレイモンを施したのはヘレナだったのだ。

「ごめんなさい。ブルナさん。私が、私が手を離したせいで・・・ブルナさん、こんな目に遭わせてしまって。」

ブルナとペアを組んで仕事をしていた女性がブルナにわびた。

「いいわよ。アンジンちゃん。仲間でしょ。私達。私は大丈夫だから。気にしないで」

ブルナはアンジンという子に微笑みかけた。
ブルナにとって肉体的な苦痛は日常的なことであったから、あまり辛さを感じることはない。

ブルナにとって最も辛いことは家族と離ればなれになっていることなのだ。

(お父さん、お母さん・・ピンター・・・ソウ様)

ブルナには希望があった。
ブルナが宮殿で働いているとき、宮中の料理人から伝言を受け取ったのだ。

「ピンターとソウはこの街に居る。」

つまりソウは今のブルナの現状を知っているはずだ。
例えゲラニを離れていても、ソウは必ずブルナの後を追いかけて助け出してくれる。

ブルナはそう信じていた。
料理人からの伝言は、ブルナに希望を持たせるだけの力を持っていた。

(もう少しの辛抱よ。必ずソウ様は来てくれる。)

ブルナとアンジンは設営を終えて自分たちのテントへ入った。

テントの中は狭苦しく暖房も無く寒かったが、落ち着けた。
なぜならここにはブルナ達に暴力を振るう将校が居ないからだ。

テントの中にはブルナとアンジン意外に5人の奴隷兵がいた。

いずれも10歳~15歳くらいの少女だ。

ブルナの所属する第三小隊は30名の奴隷兵と下士官3名、小隊長1名の構成だ。

奴隷兵の多くは異教徒として各地からかり集められた少年少女だった。

戦時下の奴隷供出により役立つ大人の奴隷は出し惜しみされ、人数あわせに子供が供出された結果だった。

ブルナがテントに入ると薄明かりの中、少女達がテント中央で抱き合っている。
寒いのだ。

「ブルナねぇちゃん、おかえり。」

10歳くらいの少女がブルナを出迎えた。
その少女はブルナの顔を見て驚いた。
ブルナの頬は腫れ、鼻血が流れた後が残っているからだ。

「どうしたの?ブルナねぇちゃん。」

「ただいま。ヒュナ。なんでもないわ。大丈夫よ。ちょっと転んだだけ。」

他の少女達もブルナの元へ集まる。
何事かあったことは皆、すぐに想像できた。

詳しいことはわからなくても、ブルナが将校や他の正規兵から暴力を振るわれたことが。
ここでは奴隷に対するいじめなど日常茶飯事なのだ。

このテント内にいる少女7人はいずれも奴隷兵で、一番年齢の低い子は10歳のヒュナ、後は12~13歳で、一番の年長は15歳のブルナ。
その次にアンジンだ。

他の男性奴隷は別テントに居る。
奴隷といえども男女の区別は軍内規律で統制されている。

ブルナの怪我を見たヒュナは涙ぐんでいる。
他の子も不安が隠せない。

「ブルナちゃん。あたし達、本当に戦場へ連れて行かれるの?死ぬの?お母さんにはもう会えないの?」

12歳くらいの女の子がブルナに訪ねた。
ブルナも本心は怖くて仕方なかった。
これから戦場へ行くと聞かされているのだ15歳の少女が死を恐れないはずもない。
しかしブルナには希望があった。

「大丈夫よリンちゃん。私ね、神様とお話ししたことがあるのよ。その神様が言ったの。『必ず助けに行くから待っていなさい。』と。だから大丈夫。神様は嘘をつかない。」

ブルナの表情はブルナが本心でそう思っているということを表す明るい表情だった。

「ブルナねぇちゃん。もし神様が、ねぇちゃんを迎えに来たら、アタイも一緒に連れてってくれないかなぁ?」

ブルナはヒュナの手を握りしめた。

「もちろんよ。ヒュナ。貴方も連れて行ってくれる。間違いないわ。あの方ならきっとそうする。」

「私も連れてって」

「私も。」

「「「私も。」」」」

少女達はブルナを中心に抱き合った。

少女達が抱き合う姿をテントの外から眺めている人物がいた。

その人物はニヤリと笑うと白い外套を翻して闇に消えた。

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