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第五章 獣人国編
第117話 ウタとキリコ 時が来れば
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友達の間の呼び名は「ウタ」。
本名を「秋元詩」という。
ウタは、小柄で丸顔、頬にハナマルがつきそうな程いつもにこやかにしている。
父親は早くに他界して母親一人の手で育てられた。
ウタは小学校高学年になるまで知らなかった。
母親の苦労を。
朝早く起きてウタとウタの弟の朝食を用意し、ウタ達が登校する前に出社し、夕方帰宅して夕食の用意をした後、パート仕事に出かける。
ウタが幼い頃、
(お母さんは、どうして家に居ないのだろう。いつも外に居て私達と遊んでくれない。)
と不満を持っていた。
ウタが小学校5年生の時に母親が肝臓を悪くして入院した。
ウタはとても心配したが幸いに病状は軽く母親は1週間ほどで退院した。
その間ウタと弟は親戚の家に預けられていたが、その時に親戚のおじさんから聞いた。
「お前の母さんも大変だな。父親の借金を背負って、お前達二人を育てている。お前達もお母さんの言うことをよく聞いて、お母さんを助けてあげなさい。」
ウタはこの時初めて自分の家の経済状況について関心を持った。
他の家と少し違うことは感じていた。
自分のランドセルも弟のランドセルも親戚の子のお下がり。
洋服やおもちゃもあまり買ってもらえない。
夏休みの終わりなどに同級生が遊園地へ行った話や家族旅行へ行った話をするときに、ウタはその輪に入れなかった。
それでもウタの母親はいつも笑顔だったし優しかった。
家が貧乏でも母親が常に明るく振る舞っていたのでウタの家には暗い影が無かった。
ウタが明るいのも、この母親譲りの性格なのだろう。
ウタは今、その母親の元を離れて遠い世界に居る。
優しく明るい母親に会いたくても会えない場所だ。
「ウタ、あんたいつも明るいね。ウタの側にいるだけで不思議と落ち着くよ。」
中庭にある井戸の前でキリコが洗濯をしながらウタに話しかけた。
ここはゲラニにあるヒュドラ教の修道院だ。
異世界から来たウタ達はゲラニへ来たもののゲラニには生活基盤が無く、奴隷兵として戦場へ赴くか、修道女として生活をするか選択を迫られ、結局引率のキヨエに習って女子は全員修道女となったのだ。
それを世話したのはヘレナ。
グンターの部下で神族の女だ。
ヘレナの本当の狙いは修道女の獲得では無く、将来ゲラニの枢機卿になるであろうグンターの私兵を増やすことだった。
ウタを含め日本からこの世界に来た子供達は、不思議なことに二つの月の恩恵を多く受け、この世界で「加護」と呼ばれる特別なスキルが生じる体質だった。
ヒールや攻撃魔法、身体能力の向上等など、生じるスキルの種類に個人差はあったが、その威力はこの世界で達人、英雄などと呼ばれる人のそれを凌駕していた。
ウタには攻撃魔法、防御魔法、治癒能力のスキルが生じ、キリコには人の心を読むスキルが生じていた。
他の生徒にも大なり小なりのスキルが発生していてヘレナは生徒達の将来の能力を見越していち早くグンターの私兵とすることを視野に入れてこれまで行動していたのだ。
ウタ達が遭難して困っているところにつけ込み自然と修道女へと導きヘレナの監視下に置いたのだ。
ウタ達は自分の意思でここまで来たように錯覚していたが、本当はヘレナのスキル「詐話」や「読心」で誘導された結果に過ぎない。
そのことに気がついているのはキリコだけかも知れない。
キリコは修道女になる前から薄々感じていた。
ヘレナの欺瞞性を。
「ねぇウタ。あんた一生ここに居るつもりじゃないでしょ?」
ウタは周囲を伺った。
「うん。いつかは帰るわ。・・・必ず。」
ウタは母親の優しい笑顔を思い浮かべていた。
「ウタ、あんた気がついているでしょ。ヘレナのこと。」
「うん。私達いつのまにか兵隊にさせられているものね。」
キリコは頷いた。
「他の子は自然の成り行きだと思っているけど、そうじゃないわ。これは計画的に仕組まれたことよ。そうとしか思えない。」
「そうね。そうかもしれない。」
「それに気がついているのはたぶんウタと私だけ。キヨちゃんなんかヘレナに頼りきりだもの。これから先キヨちゃんを宛てにしてはいけない。きっといつか裏切られる。そんな気がする。」
ウタは首を縦に振った。
「でも、疑いの心を表に出しては駄目。ヘレナは心を読む。だから疑いの心を奥底に仕舞って、ウタはいつもの笑顔でいてね。時が来たらまたこの話をしましょ。」
「時がきたらって?」
「・・・まだわからない。でもいつか必ずその時がくるはずよ。」
ウタは無言で頷き、洗濯を続けた。
キヨエは礼拝堂にいた。
ヒュドラの彫像に向かい一心に祈っている。
礼拝堂の入り口からヘレナがキヨエの心を覗いた。
(聖なるヒュドラ様、私は貴方の復活を願う信者です。あなた様の復活を願うと共に、できましたら、私の故郷、日本へ私をお帰し下さい。聖なるヒュドラ様、どうか・・どうか・・)
キヨエは完全に洗脳されていた。
心からヒュドラ教の信者と化し、ウタ達の担任教師ではなくなっていた。
それが証拠に自分の帰国は願っているが、生徒達のことは祈りの中にまったく登場しない。
「キヨエさん。熱心ですね。」
「はいヘレナ様。貴方の教えどおりに祈りを捧げています。いつかヒュドラ様が復活されることを願っています。」
「良き信者になりましたね。これからも励むのですよ。」
「はい。」
ヘレナは言葉とは裏腹にこう考えていた。
(キヨエの器は大きくなったけど加護が何も生じない。グンター様が着任されたらお伺いを立てなければ。器を収穫するか否か。)
つまりキヨエを殺すかどうかグンターに伺おうというのだ。
それをも知らずキヨエは一心に祈りを捧げ続ける。
(ウタ。どうしているかしら。)
ヒナはウタのいるゲランから遠く離れたセプタの街に居た。
ヒナはウタと違い戦争犯罪者として10年の兵役を課され、訓練所を卒業した後、直ちに実戦配備されていた。
セプタの街はブラックドラゴンの襲撃で多くの死者負傷者を出し、未だその後遺症に苦しんでいた。
街の復興は冬という季節に阻まれ進行せず、負傷者も医師不足、物資不足で苦しみが続いていた。
ところが、ゲラン軍第二師団が到着してから街の様子は大きく様変わりした。
第二師団はゲラン軍正規部隊で豊富な資金を元に多くの物資をセプタまで運び込み、街の復興を手助けしていた。
何より大きな事はヒナの存在だ。
ヒナの持つスキルは神話級の効力なのだが、軍内部ではそのことが報告もされず、ヒナはただの戦争犯罪者として奴隷兵士並の扱いをされていた。
ヒナのあてがわれた仕事は大隊長に対する治療と称したマッサージと雑役のみだった。
ところが偶々立ち寄った病院でヒナがそのスキルの一端を示したところ、町医者のヘズナと王宮医師のラナガにその力を認められ今では王宮医師ラナガの部下として大活躍をしている。
「ヒナさん。そろそろ回復しましたか?」
ヒナは病院の一室で椅子に座り、瞑想をしている。
「ええ、そろそろいけると思います。」
ヒナのスキルは「ヒール」「範囲ヒール」「再生」だ。
ヒールは傷の治療と新陳代謝の向上、免疫能力の向上。
範囲ヒールは、ヒールの効果を複数人同時に及ぼすこと。
再生は、文字通り壊死した身体の一部を再生することだ。
ヒナは自分の持つスキルを明確に3つに分離して行使しているわけでは無い。
治療する対象により無意識のうちに3つのスキルを混ぜ合わせて使用している。
ヒナの意識の中にはヒールの元となるようないくつかの「光」が存在する。
誰かを治療したいと思うときヒナはその光を生み出すように念じるのだ。
ヒナが念じれば治癒の光が体内に生じ、その光を対象に分け与えるように意識する。
するとその光は治療対象に移動し光を受けた対象が治癒されるといったイメージなのだ。
その光を複数人同時に分け与えれば複数人が同時に治療される。
それが範囲ヒールだ。
またヒナの生み出す光は、通常淡い青色だが、ヒナが強く念じれば金色に近い輝きを出す場合がある。
それが「再生」の効果を持つ光だ。
これらヒナのスキルは未だ成長過程にあり、ヒナの体調、精神状態により、その効果は異なる。
またヒナのスキルの元となる魔力の総量は常人の持つそれの遙か上をいくが、単独ヒールなら一日20回、範囲ヒールなら5~6回、再生だと2~3回が限度だ。
ヒナは椅子から立ち上がりラナガの後について病室へ入った。
病室は個室でベッドには20代の女性が横たわっている。
ラナガはその女性を抱きかかえるように起こし、女性の右耳を診察する。
女性の右耳は欠損していた。
「ヒナさん。昨日と同じように治療をしてくれたまえ。」
ラナガが指示する。
「はい。」
ヒナは精神を集中する。
ヒナが精神を集中するとまずは両手に淡い青色の光が宿る。
更に集中するとその光は青から金色へと移行し、ヒナの体全体を包む。
ヒナが目を開け両手を前に伸ばすとヒナの体を覆っていた光が手先に集始めた。
集まった光の色が濃い金色に変わった時、黄金の光は患者の顔の右半分を覆った。
欠損していた右耳の根元が5ミリほど盛り上がった。
「すごい!!再生しかけている。」
声に出したのはヒナの同僚リナルだ。
ラナガも頷く。
「うむ。確かに再生だ。3日前からいえば耳全体の五分の一が再生されている。治療前には完全に欠落していたのに。やはりすごい。間違いなくこれは「再生」の加護だ。」
女性患者が手鏡で自分の耳を見て涙をこぼしている。
「顔の火傷も消えて耳まで生えてくるなんて。うれしいです。ほんとうに嬉しいです。」
女性患者はブラックドラゴンの攻撃の生き残りだ。
代官屋敷がブラックドラゴンのブレスを受けた時、代官屋敷の近くで働いていた民間人で、ドラゴンブレスを右半身に受け、入院していたが、3日前ヒナの治療により回復した。
そして今は欠損した右耳の再生治療を受けているのだ。
「ヒナさん。貴方の加護は我々の知る加護の域を遙かに超えている。これは奇跡と呼ぶべきだ。そんな貴方が前線で雑役婦をしているのはおかしい。いずれ私が宮中と掛け合い。ゲラニに戻れるようにいたします。」
「ラナガ先生、お気遣い無く。私は戦争犯罪者の二等陸士です。今こうして生きているだけでもありがたいと思っています。それにここには私の幼なじみ達もいますので、その者達と行動を共にしたいです。」
「いや、そういうわけには参りません。万が一貴方を戦争で失えば、それは国の損失です。宮中に連絡が取れるまで、貴方の庇護を私が請け負います。何か困りごとがあれば、必ず私に連絡してください。それにこの街に居る間は、私の部下として働けるよう、大隊長と話が付いています。
二等陸士としての身分を変えることは出来ませんでしたが、雑役からは解放されました。明日にでもこの病院へ引っ越してきてください。」
「そんな・・・良いのですか?私のような前科者が・・・」
「いいのです。ここは戦場と同じ、この街を出ない限り貴方は法令違反に問われません。ここは人手不足です。どうか手伝ってください。」
「私で良ければ。お手伝いいたします。」
この日からヒナは宮殿医師ラナガの部下となった。
本名を「秋元詩」という。
ウタは、小柄で丸顔、頬にハナマルがつきそうな程いつもにこやかにしている。
父親は早くに他界して母親一人の手で育てられた。
ウタは小学校高学年になるまで知らなかった。
母親の苦労を。
朝早く起きてウタとウタの弟の朝食を用意し、ウタ達が登校する前に出社し、夕方帰宅して夕食の用意をした後、パート仕事に出かける。
ウタが幼い頃、
(お母さんは、どうして家に居ないのだろう。いつも外に居て私達と遊んでくれない。)
と不満を持っていた。
ウタが小学校5年生の時に母親が肝臓を悪くして入院した。
ウタはとても心配したが幸いに病状は軽く母親は1週間ほどで退院した。
その間ウタと弟は親戚の家に預けられていたが、その時に親戚のおじさんから聞いた。
「お前の母さんも大変だな。父親の借金を背負って、お前達二人を育てている。お前達もお母さんの言うことをよく聞いて、お母さんを助けてあげなさい。」
ウタはこの時初めて自分の家の経済状況について関心を持った。
他の家と少し違うことは感じていた。
自分のランドセルも弟のランドセルも親戚の子のお下がり。
洋服やおもちゃもあまり買ってもらえない。
夏休みの終わりなどに同級生が遊園地へ行った話や家族旅行へ行った話をするときに、ウタはその輪に入れなかった。
それでもウタの母親はいつも笑顔だったし優しかった。
家が貧乏でも母親が常に明るく振る舞っていたのでウタの家には暗い影が無かった。
ウタが明るいのも、この母親譲りの性格なのだろう。
ウタは今、その母親の元を離れて遠い世界に居る。
優しく明るい母親に会いたくても会えない場所だ。
「ウタ、あんたいつも明るいね。ウタの側にいるだけで不思議と落ち着くよ。」
中庭にある井戸の前でキリコが洗濯をしながらウタに話しかけた。
ここはゲラニにあるヒュドラ教の修道院だ。
異世界から来たウタ達はゲラニへ来たもののゲラニには生活基盤が無く、奴隷兵として戦場へ赴くか、修道女として生活をするか選択を迫られ、結局引率のキヨエに習って女子は全員修道女となったのだ。
それを世話したのはヘレナ。
グンターの部下で神族の女だ。
ヘレナの本当の狙いは修道女の獲得では無く、将来ゲラニの枢機卿になるであろうグンターの私兵を増やすことだった。
ウタを含め日本からこの世界に来た子供達は、不思議なことに二つの月の恩恵を多く受け、この世界で「加護」と呼ばれる特別なスキルが生じる体質だった。
ヒールや攻撃魔法、身体能力の向上等など、生じるスキルの種類に個人差はあったが、その威力はこの世界で達人、英雄などと呼ばれる人のそれを凌駕していた。
ウタには攻撃魔法、防御魔法、治癒能力のスキルが生じ、キリコには人の心を読むスキルが生じていた。
他の生徒にも大なり小なりのスキルが発生していてヘレナは生徒達の将来の能力を見越していち早くグンターの私兵とすることを視野に入れてこれまで行動していたのだ。
ウタ達が遭難して困っているところにつけ込み自然と修道女へと導きヘレナの監視下に置いたのだ。
ウタ達は自分の意思でここまで来たように錯覚していたが、本当はヘレナのスキル「詐話」や「読心」で誘導された結果に過ぎない。
そのことに気がついているのはキリコだけかも知れない。
キリコは修道女になる前から薄々感じていた。
ヘレナの欺瞞性を。
「ねぇウタ。あんた一生ここに居るつもりじゃないでしょ?」
ウタは周囲を伺った。
「うん。いつかは帰るわ。・・・必ず。」
ウタは母親の優しい笑顔を思い浮かべていた。
「ウタ、あんた気がついているでしょ。ヘレナのこと。」
「うん。私達いつのまにか兵隊にさせられているものね。」
キリコは頷いた。
「他の子は自然の成り行きだと思っているけど、そうじゃないわ。これは計画的に仕組まれたことよ。そうとしか思えない。」
「そうね。そうかもしれない。」
「それに気がついているのはたぶんウタと私だけ。キヨちゃんなんかヘレナに頼りきりだもの。これから先キヨちゃんを宛てにしてはいけない。きっといつか裏切られる。そんな気がする。」
ウタは首を縦に振った。
「でも、疑いの心を表に出しては駄目。ヘレナは心を読む。だから疑いの心を奥底に仕舞って、ウタはいつもの笑顔でいてね。時が来たらまたこの話をしましょ。」
「時がきたらって?」
「・・・まだわからない。でもいつか必ずその時がくるはずよ。」
ウタは無言で頷き、洗濯を続けた。
キヨエは礼拝堂にいた。
ヒュドラの彫像に向かい一心に祈っている。
礼拝堂の入り口からヘレナがキヨエの心を覗いた。
(聖なるヒュドラ様、私は貴方の復活を願う信者です。あなた様の復活を願うと共に、できましたら、私の故郷、日本へ私をお帰し下さい。聖なるヒュドラ様、どうか・・どうか・・)
キヨエは完全に洗脳されていた。
心からヒュドラ教の信者と化し、ウタ達の担任教師ではなくなっていた。
それが証拠に自分の帰国は願っているが、生徒達のことは祈りの中にまったく登場しない。
「キヨエさん。熱心ですね。」
「はいヘレナ様。貴方の教えどおりに祈りを捧げています。いつかヒュドラ様が復活されることを願っています。」
「良き信者になりましたね。これからも励むのですよ。」
「はい。」
ヘレナは言葉とは裏腹にこう考えていた。
(キヨエの器は大きくなったけど加護が何も生じない。グンター様が着任されたらお伺いを立てなければ。器を収穫するか否か。)
つまりキヨエを殺すかどうかグンターに伺おうというのだ。
それをも知らずキヨエは一心に祈りを捧げ続ける。
(ウタ。どうしているかしら。)
ヒナはウタのいるゲランから遠く離れたセプタの街に居た。
ヒナはウタと違い戦争犯罪者として10年の兵役を課され、訓練所を卒業した後、直ちに実戦配備されていた。
セプタの街はブラックドラゴンの襲撃で多くの死者負傷者を出し、未だその後遺症に苦しんでいた。
街の復興は冬という季節に阻まれ進行せず、負傷者も医師不足、物資不足で苦しみが続いていた。
ところが、ゲラン軍第二師団が到着してから街の様子は大きく様変わりした。
第二師団はゲラン軍正規部隊で豊富な資金を元に多くの物資をセプタまで運び込み、街の復興を手助けしていた。
何より大きな事はヒナの存在だ。
ヒナの持つスキルは神話級の効力なのだが、軍内部ではそのことが報告もされず、ヒナはただの戦争犯罪者として奴隷兵士並の扱いをされていた。
ヒナのあてがわれた仕事は大隊長に対する治療と称したマッサージと雑役のみだった。
ところが偶々立ち寄った病院でヒナがそのスキルの一端を示したところ、町医者のヘズナと王宮医師のラナガにその力を認められ今では王宮医師ラナガの部下として大活躍をしている。
「ヒナさん。そろそろ回復しましたか?」
ヒナは病院の一室で椅子に座り、瞑想をしている。
「ええ、そろそろいけると思います。」
ヒナのスキルは「ヒール」「範囲ヒール」「再生」だ。
ヒールは傷の治療と新陳代謝の向上、免疫能力の向上。
範囲ヒールは、ヒールの効果を複数人同時に及ぼすこと。
再生は、文字通り壊死した身体の一部を再生することだ。
ヒナは自分の持つスキルを明確に3つに分離して行使しているわけでは無い。
治療する対象により無意識のうちに3つのスキルを混ぜ合わせて使用している。
ヒナの意識の中にはヒールの元となるようないくつかの「光」が存在する。
誰かを治療したいと思うときヒナはその光を生み出すように念じるのだ。
ヒナが念じれば治癒の光が体内に生じ、その光を対象に分け与えるように意識する。
するとその光は治療対象に移動し光を受けた対象が治癒されるといったイメージなのだ。
その光を複数人同時に分け与えれば複数人が同時に治療される。
それが範囲ヒールだ。
またヒナの生み出す光は、通常淡い青色だが、ヒナが強く念じれば金色に近い輝きを出す場合がある。
それが「再生」の効果を持つ光だ。
これらヒナのスキルは未だ成長過程にあり、ヒナの体調、精神状態により、その効果は異なる。
またヒナのスキルの元となる魔力の総量は常人の持つそれの遙か上をいくが、単独ヒールなら一日20回、範囲ヒールなら5~6回、再生だと2~3回が限度だ。
ヒナは椅子から立ち上がりラナガの後について病室へ入った。
病室は個室でベッドには20代の女性が横たわっている。
ラナガはその女性を抱きかかえるように起こし、女性の右耳を診察する。
女性の右耳は欠損していた。
「ヒナさん。昨日と同じように治療をしてくれたまえ。」
ラナガが指示する。
「はい。」
ヒナは精神を集中する。
ヒナが精神を集中するとまずは両手に淡い青色の光が宿る。
更に集中するとその光は青から金色へと移行し、ヒナの体全体を包む。
ヒナが目を開け両手を前に伸ばすとヒナの体を覆っていた光が手先に集始めた。
集まった光の色が濃い金色に変わった時、黄金の光は患者の顔の右半分を覆った。
欠損していた右耳の根元が5ミリほど盛り上がった。
「すごい!!再生しかけている。」
声に出したのはヒナの同僚リナルだ。
ラナガも頷く。
「うむ。確かに再生だ。3日前からいえば耳全体の五分の一が再生されている。治療前には完全に欠落していたのに。やはりすごい。間違いなくこれは「再生」の加護だ。」
女性患者が手鏡で自分の耳を見て涙をこぼしている。
「顔の火傷も消えて耳まで生えてくるなんて。うれしいです。ほんとうに嬉しいです。」
女性患者はブラックドラゴンの攻撃の生き残りだ。
代官屋敷がブラックドラゴンのブレスを受けた時、代官屋敷の近くで働いていた民間人で、ドラゴンブレスを右半身に受け、入院していたが、3日前ヒナの治療により回復した。
そして今は欠損した右耳の再生治療を受けているのだ。
「ヒナさん。貴方の加護は我々の知る加護の域を遙かに超えている。これは奇跡と呼ぶべきだ。そんな貴方が前線で雑役婦をしているのはおかしい。いずれ私が宮中と掛け合い。ゲラニに戻れるようにいたします。」
「ラナガ先生、お気遣い無く。私は戦争犯罪者の二等陸士です。今こうして生きているだけでもありがたいと思っています。それにここには私の幼なじみ達もいますので、その者達と行動を共にしたいです。」
「いや、そういうわけには参りません。万が一貴方を戦争で失えば、それは国の損失です。宮中に連絡が取れるまで、貴方の庇護を私が請け負います。何か困りごとがあれば、必ず私に連絡してください。それにこの街に居る間は、私の部下として働けるよう、大隊長と話が付いています。
二等陸士としての身分を変えることは出来ませんでしたが、雑役からは解放されました。明日にでもこの病院へ引っ越してきてください。」
「そんな・・・良いのですか?私のような前科者が・・・」
「いいのです。ここは戦場と同じ、この街を出ない限り貴方は法令違反に問われません。ここは人手不足です。どうか手伝ってください。」
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前作で起きた話の説明も間に挟みながら書いていく予定なので、前作を読んでいなくてもわかるようにしていこうと思います。
また、意外なその異世界の秘密や、新たな敵というべき存在も現れる予定なので、前作と合わせて読んでいただけると嬉しいです。
以前の登場人物についてもプロローグのに軽く記載しましたので、よかったら参考にしてください。
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