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第五章 獣人国編
第116話 ルチアがいない?
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ここはジュベル国オラベルの検問事務所、俺の目の前には片膝をついて頭を垂れるジュベル国軍の兵士「セト」がいる。
セトとはゲラン国セプタの戦いで相まみえた間柄だ。
セトとは立場上敵対関係にあるが、セトは竜族で、俺がアウラ様と親しいことを知るや俺に一目を置くようになっている。
セプタでの戦いでは、おれがネゴシエーターを務めた結果、ジュベル側の王族をライジン将軍に引き渡す代わりにライジン達はセプタを攻撃しないという和平交渉が成立していた。
しかし、王族、つまりルチア達を引き渡した後、ライジンは和平交渉を一方的に破ってブラックドラゴンにセプタを蹂躙させたのだ。
俺は、ライジン将軍が一方的に約束を破るような男には見えなかった。
だからその理由を問いただすためにここまで来たのだ。
「ソウ殿、すまなかった。」
セトは頭を上げ、もう一度俺に対して詫びを入れた。
俺は無表情で返事をした。
「なんのことだ?一方的に約束を破ったことか?ドラゴンでセプタの街を焼き尽くしたことか?それとも他に謝罪すべき事があるのか?」
俺はあえて無表情を装ったが、俺の言葉に怒気が含まれてしまったのは否めない。
冷静を心がけようと思っては居るが、あの時の光景がどうしても思い出される。
焼け焦げた女性の死骸の首にかかっていたネックレス。
サルトさんの婚約者、シュガルさんの遺骸だ。
セトは立ち上がった。
「ジュベル国としてはゲラン国に謝罪すべきことは何もない。しかし俺はソウ殿個人には謝罪したい。俺達の意思では無かったが、結果的に貴方との約束を破ってセプタを破壊した。責任は俺にある。エレイナを制御出来なかったのは俺の責任だ。」
セトの口ぶりではエレイナ一人が暴走してセプタを蹂躙したように聞こえる。
「お前達の指示によらずエレイナが暴走したというのか?」
「そうだ。王族を救出した後、俺達は本当に引き上げを開始した。帰路についてからエレイナとブラックドラゴンが部隊から姿を消していることに気がついた。そして後方から上がる煙の調査をさせた結果、セプタの壊滅を知ったのだ。エレイナはブラックドラゴンと共に姿を消している。」
セトの言葉に嘘はないと思う。
しかし俺は腹立ちが治まらなかった。
「なんとも都合の良い話だな。約束を破って住民を殺した。しかしそれは自分たちの意思の外、他人がやったことだと。ライジンはどう思っているんだ。?」
「ライジン将軍も貴方に対して申し訳ないとは思っているようだが、ライジン将軍も獅子王様も結果に対しては何の呵責を感じてはいない。ジュベルとゲランは戦争中なんだ。」
戦争はどの時代、どこの世界でも醜い。
犠牲になるのは弱い立場の人々だ。
「戦争だから、女子供が何人死のうと関係ないと。ライジンも獅子王もそう言ってるのだな。」
俺がライジン将軍と獅子王を呼び捨てにしたことで、その場が殺気だった。
ドラガも若い兵隊も身構えた。
ガラクが兵隊達を手で遮った。
「やめろ。俺がワンパンチで、この男に沈められたとい言ったのを冗談だとでも思っているのか?それとソウ。気持ちはわからんでもないが、もう少し落ち着け、セトが先に頭を下げてきているんだ。その気持ちも汲んでやれ。」
ここへ来るまでの道中、ガラクにはこれまでの経緯と、俺がライベルを目指す理由を話していた。
俺の目的はルチアの安全を確認することと、ゲランとジュベルの戦争を止めるためだった。
「・・・そうだったな。」
俺の体からほとばしる怒気がいくばくか鎮まった。
その場の思い空気がすこし軽くなった。
「いや。俺がソウ殿にすまないと思っていることは本当の気持ちだし、ソウ殿の立場を考えれば怒るのは当然のことでしょう。」
俺は少し落ち着いて、セトから詳しい話を聞き出した。
セトによれば、あのブラックドラゴンを操るエレイナは隣国ラーシャ国王からの紹介で獅子王の弟「レギラ」が連れてきたそうだ。
ラーシャ国には昔から魔物使いが多く存在し、過去の戦争でも魔物使いに手を焼いていた。
最近はジュベルとラーシャで休戦協定が取り交わされ、物流、人流も多くなり、その交流の一環で「レギラ」がラーシャから連れ帰ったそうなのだ。
ただライジンも、セトもエレイナのことは不審に思っていた。
エレイナのみてくれや、物腰態度はラーシャ人とは違い、どちらかと言えばジュベル国西のグリネルやヒュドラ教国のそれに近いと感じていたようだ。
俺達日本人の感覚で言えば、ラーシャ人はアジア系、ヒュドラ教国の人々は西洋人に見える。
「ところで、ルチアは無事か?」
俺達がここまで来た理由はルチアの様子を知りたかったことが大きな理由だ。
俺の質問に対してセトは表情を暗くした。
「それが・・・ここには居ない。」
・・・・
俺は腰が砕けそうだった。
「なんと言った?ルチアが居ないといったのか?」
「・・・そうだ。ルチア様はオラベルにはおられない。」
「どういうことだ?ルチアとルチアの兄弟は、お前達に引き渡しただろうが。」
ルチアの兄弟はルチアを含めて6名居る。
その6名は獅子王の妹の子供。
つまり王族だ。
昨年ヒュドラの宣教部隊がジュベル国ネリア村を襲ったと時にルチアの両親は殺されルチア達6名は宣教部隊にさらわれ、奴隷として売られていた。
今回、ジュベル国軍がセプタを襲ったのは、その報復とルチア達王族の子供6名を奪還するのが目的だった。
俺はゲラン国軍の交渉人としてルチアの兄弟を探しだし、停戦条件を満たすためにルチア達6名をジュベル国に引き渡していたのだ。
「セプタを引き上げてルチア様達は一足早く馬車でオラベルを目指していた。引き上げの当日の夜、野営をしたが朝になってみればルチア様達女性王族3名の乗った馬車が馬車ごと消えていた。」
「ルチア達は自分達でいなくなったのか?」
「いや男性王族は別の馬車で無事だったし、見張りの兵士は眠らされたようで朝まで意識がなかったそうだ。それに休憩中の兵士が羽ばたきの音を聞いたそうだ。」
「ドラゴンか?」
「おそらく。・・・姿を消したエレイナの仕業だと思う。」
俺は自分を責めた。
あれほど俺と離れたくないと言っていたルチアを停戦のために、ジュベルへ差し出した。
ルチアにとっては何の関係も無いことだ。
ルチアは、ただただ平和に、俺とピンター達と暮らしたかったはずなのに。
それを俺の勝手な政治判断で停戦のための道具として使ったのだ。
俺が側に居れば必ず守ってやったのに。
(俺さえ側にいれば、おれさえ・・・)
無意識のうちに俺は唇を噛みしめてしまい、唇から血がしたたり落ちた。
その様子を見てセトが再び頭を垂れて言った。
「すまん・・・」
(停戦なんてどうでもいい。この国が滅ぼうがゲランが滅びようが、そんなことどうでもいい。ルチアを探そう。)
そういう思いが俺の心を支配し始めた。
「それで、エレイナの行き先は?誰か追跡しているのか?」
「エレイナは隣国ラーシャから来ている。ライジン将軍が今ラーシャに向かっているところだ。」
「俺も行く、ガラク帰るぞ。」
そう言ってきびすを返したらセトが俺の前に回り込んで俺を押しとどめた。
「待ってください。ソウ殿。この件にラーシャ国が関係していると決まった訳ではないです。今下手に動くとラーシャとの戦争になるかも知れない。エレイナの追跡も難しくなる可能性があります。」
「この国が戦争になろうがどうしようが、そんなこと俺の知ったことか。お前達にルチアを任せたのが間違いだった。今度こそ俺がルチアを守る。」
セトは俺の前を動こうとしない。
見かねたガラクがセトの横に並んだ。
「俺もだいたいのことは理解した。しかし、ソウ。ラーシャへ行くのはいいが、どうやってそのルチアを探すんだ?ラーシャに誰か知り合いでもいるのか?それとも闇雲に暴れて街を壊しながらしらみつぶしにさがすのか?ヒュドラ教のように。」
ガラクに「ヒュドラ教のように」と言われて一瞬思考が止まった。
言われてみればラーシャのことは何も知らないし、当然ながら知人もいない。
情報収集の手段が俺には全くなかった。
「そうです。ソウ殿、お怒りの気持ちは理解いたしますが、ここは何卒ライジン将軍の帰還をお待ちください。そのうえで私達に怒りをぶつけられるのであれば、私自身はそれをお受けいたします。」
俺はセトやライジン達に恨み辛みを言うつもりもないし、責任を問うつもりもない。
あえて責任を問うとすれば、ルチアを安易に引き渡した俺だ。
それに一番憎いのはブラックドラゴンを操るエレイナだ。
エレイナが操るブラックドラゴンがフォナシス火山でアウラ様と戦ったブラックドラゴンと同一ならばエレイナはヒュドラ教の手先に違いない。
ヒュドラ教国がゲラン国、ジュベル国、ラーシャ国を巻き込んで何かを企てていることは間違いないだろう。
やはり俺の敵はヒュドラ教だ。
「ふぅ・・・わかった。セトを責めるつもりはない。ライジンもだ。だが俺は俺の家族を救うためなら何でもする。例え相手が一国の軍隊であろうと、魔王であろうと、俺は戦う。そのことは覚えておいてくれ。」
俺は今の言葉をセトやガラクに対して発したのでは無い。
自分自身に言い聞かせたのだ。
「わかった。ソウ殿、貴方の覚悟は肝に銘じた。ライジン将軍は早ければ後一週間ほどで帰還されるはずだ。それまで大人しくしていて欲しい。オラベル滞在中の安全は国として保証する。」
そう言うとセトは事務室内の若い兵士に向かい、俺達の宿泊先の手配を命じた。
「街の中央近くに良い宿がある。俺に用があるときは、ここの兵士に命じてくれ。それとソウ殿がオラベルに居ることは獅子王様には報告させてもらう。いままでのいきさつやルチア様との関係を話しておくから身の安全は保証できるはずだ。もっともソウ殿なら何が起こっても損害を被るのは、こちら側だろうがね。」
セトの言葉を聞いた若い兵士が
(それほどの力なのか・・)
と驚いた表情を見せている。
「では、また明日に。ソウ殿、失礼する。」
セトは事務室を出て行った。
「それでは宿にご案内します。」
若い兵士が俺達を誘った。
「あ、ちょっと待って。他にも連れがいるから。今呼んでくる。」
俺は事務室を出てウルフへ戻り、ドルムさんとピンターを連れてきた。
セトが安全を保証してくれたからピンターも呼び寄せたのだ。
ピンターにはできるだけ衝撃を与えない説明をしようと思っている。
宿に着いてからドルムさんとピンターにルチアのことを説明したが、やはりピンターのショックは大きかった。
長旅の果てようやくルチアに会えると思っていたのに、ルチアは行方不明と聞けば、ショックを受けるのは当然のことだ。
「ピンター。俺が必ず探し出す。ルチア、ブルナ、ラマさん、ブラニさん。全員俺が必ず救い出す。約束だ。」
俺は本気でそう思っている。
俺の本気の言葉はピンターにも伝わる。
「うん。必ずだよ。兄ちゃん。」
「ああ、約束だ。」
俺はそのことを必ず実現する。
そしてヒナ、ウタ、レン、イツキ。
お前達も必ず助け出す。
それまで頑張っていろ。
セトとはゲラン国セプタの戦いで相まみえた間柄だ。
セトとは立場上敵対関係にあるが、セトは竜族で、俺がアウラ様と親しいことを知るや俺に一目を置くようになっている。
セプタでの戦いでは、おれがネゴシエーターを務めた結果、ジュベル側の王族をライジン将軍に引き渡す代わりにライジン達はセプタを攻撃しないという和平交渉が成立していた。
しかし、王族、つまりルチア達を引き渡した後、ライジンは和平交渉を一方的に破ってブラックドラゴンにセプタを蹂躙させたのだ。
俺は、ライジン将軍が一方的に約束を破るような男には見えなかった。
だからその理由を問いただすためにここまで来たのだ。
「ソウ殿、すまなかった。」
セトは頭を上げ、もう一度俺に対して詫びを入れた。
俺は無表情で返事をした。
「なんのことだ?一方的に約束を破ったことか?ドラゴンでセプタの街を焼き尽くしたことか?それとも他に謝罪すべき事があるのか?」
俺はあえて無表情を装ったが、俺の言葉に怒気が含まれてしまったのは否めない。
冷静を心がけようと思っては居るが、あの時の光景がどうしても思い出される。
焼け焦げた女性の死骸の首にかかっていたネックレス。
サルトさんの婚約者、シュガルさんの遺骸だ。
セトは立ち上がった。
「ジュベル国としてはゲラン国に謝罪すべきことは何もない。しかし俺はソウ殿個人には謝罪したい。俺達の意思では無かったが、結果的に貴方との約束を破ってセプタを破壊した。責任は俺にある。エレイナを制御出来なかったのは俺の責任だ。」
セトの口ぶりではエレイナ一人が暴走してセプタを蹂躙したように聞こえる。
「お前達の指示によらずエレイナが暴走したというのか?」
「そうだ。王族を救出した後、俺達は本当に引き上げを開始した。帰路についてからエレイナとブラックドラゴンが部隊から姿を消していることに気がついた。そして後方から上がる煙の調査をさせた結果、セプタの壊滅を知ったのだ。エレイナはブラックドラゴンと共に姿を消している。」
セトの言葉に嘘はないと思う。
しかし俺は腹立ちが治まらなかった。
「なんとも都合の良い話だな。約束を破って住民を殺した。しかしそれは自分たちの意思の外、他人がやったことだと。ライジンはどう思っているんだ。?」
「ライジン将軍も貴方に対して申し訳ないとは思っているようだが、ライジン将軍も獅子王様も結果に対しては何の呵責を感じてはいない。ジュベルとゲランは戦争中なんだ。」
戦争はどの時代、どこの世界でも醜い。
犠牲になるのは弱い立場の人々だ。
「戦争だから、女子供が何人死のうと関係ないと。ライジンも獅子王もそう言ってるのだな。」
俺がライジン将軍と獅子王を呼び捨てにしたことで、その場が殺気だった。
ドラガも若い兵隊も身構えた。
ガラクが兵隊達を手で遮った。
「やめろ。俺がワンパンチで、この男に沈められたとい言ったのを冗談だとでも思っているのか?それとソウ。気持ちはわからんでもないが、もう少し落ち着け、セトが先に頭を下げてきているんだ。その気持ちも汲んでやれ。」
ここへ来るまでの道中、ガラクにはこれまでの経緯と、俺がライベルを目指す理由を話していた。
俺の目的はルチアの安全を確認することと、ゲランとジュベルの戦争を止めるためだった。
「・・・そうだったな。」
俺の体からほとばしる怒気がいくばくか鎮まった。
その場の思い空気がすこし軽くなった。
「いや。俺がソウ殿にすまないと思っていることは本当の気持ちだし、ソウ殿の立場を考えれば怒るのは当然のことでしょう。」
俺は少し落ち着いて、セトから詳しい話を聞き出した。
セトによれば、あのブラックドラゴンを操るエレイナは隣国ラーシャ国王からの紹介で獅子王の弟「レギラ」が連れてきたそうだ。
ラーシャ国には昔から魔物使いが多く存在し、過去の戦争でも魔物使いに手を焼いていた。
最近はジュベルとラーシャで休戦協定が取り交わされ、物流、人流も多くなり、その交流の一環で「レギラ」がラーシャから連れ帰ったそうなのだ。
ただライジンも、セトもエレイナのことは不審に思っていた。
エレイナのみてくれや、物腰態度はラーシャ人とは違い、どちらかと言えばジュベル国西のグリネルやヒュドラ教国のそれに近いと感じていたようだ。
俺達日本人の感覚で言えば、ラーシャ人はアジア系、ヒュドラ教国の人々は西洋人に見える。
「ところで、ルチアは無事か?」
俺達がここまで来た理由はルチアの様子を知りたかったことが大きな理由だ。
俺の質問に対してセトは表情を暗くした。
「それが・・・ここには居ない。」
・・・・
俺は腰が砕けそうだった。
「なんと言った?ルチアが居ないといったのか?」
「・・・そうだ。ルチア様はオラベルにはおられない。」
「どういうことだ?ルチアとルチアの兄弟は、お前達に引き渡しただろうが。」
ルチアの兄弟はルチアを含めて6名居る。
その6名は獅子王の妹の子供。
つまり王族だ。
昨年ヒュドラの宣教部隊がジュベル国ネリア村を襲ったと時にルチアの両親は殺されルチア達6名は宣教部隊にさらわれ、奴隷として売られていた。
今回、ジュベル国軍がセプタを襲ったのは、その報復とルチア達王族の子供6名を奪還するのが目的だった。
俺はゲラン国軍の交渉人としてルチアの兄弟を探しだし、停戦条件を満たすためにルチア達6名をジュベル国に引き渡していたのだ。
「セプタを引き上げてルチア様達は一足早く馬車でオラベルを目指していた。引き上げの当日の夜、野営をしたが朝になってみればルチア様達女性王族3名の乗った馬車が馬車ごと消えていた。」
「ルチア達は自分達でいなくなったのか?」
「いや男性王族は別の馬車で無事だったし、見張りの兵士は眠らされたようで朝まで意識がなかったそうだ。それに休憩中の兵士が羽ばたきの音を聞いたそうだ。」
「ドラゴンか?」
「おそらく。・・・姿を消したエレイナの仕業だと思う。」
俺は自分を責めた。
あれほど俺と離れたくないと言っていたルチアを停戦のために、ジュベルへ差し出した。
ルチアにとっては何の関係も無いことだ。
ルチアは、ただただ平和に、俺とピンター達と暮らしたかったはずなのに。
それを俺の勝手な政治判断で停戦のための道具として使ったのだ。
俺が側に居れば必ず守ってやったのに。
(俺さえ側にいれば、おれさえ・・・)
無意識のうちに俺は唇を噛みしめてしまい、唇から血がしたたり落ちた。
その様子を見てセトが再び頭を垂れて言った。
「すまん・・・」
(停戦なんてどうでもいい。この国が滅ぼうがゲランが滅びようが、そんなことどうでもいい。ルチアを探そう。)
そういう思いが俺の心を支配し始めた。
「それで、エレイナの行き先は?誰か追跡しているのか?」
「エレイナは隣国ラーシャから来ている。ライジン将軍が今ラーシャに向かっているところだ。」
「俺も行く、ガラク帰るぞ。」
そう言ってきびすを返したらセトが俺の前に回り込んで俺を押しとどめた。
「待ってください。ソウ殿。この件にラーシャ国が関係していると決まった訳ではないです。今下手に動くとラーシャとの戦争になるかも知れない。エレイナの追跡も難しくなる可能性があります。」
「この国が戦争になろうがどうしようが、そんなこと俺の知ったことか。お前達にルチアを任せたのが間違いだった。今度こそ俺がルチアを守る。」
セトは俺の前を動こうとしない。
見かねたガラクがセトの横に並んだ。
「俺もだいたいのことは理解した。しかし、ソウ。ラーシャへ行くのはいいが、どうやってそのルチアを探すんだ?ラーシャに誰か知り合いでもいるのか?それとも闇雲に暴れて街を壊しながらしらみつぶしにさがすのか?ヒュドラ教のように。」
ガラクに「ヒュドラ教のように」と言われて一瞬思考が止まった。
言われてみればラーシャのことは何も知らないし、当然ながら知人もいない。
情報収集の手段が俺には全くなかった。
「そうです。ソウ殿、お怒りの気持ちは理解いたしますが、ここは何卒ライジン将軍の帰還をお待ちください。そのうえで私達に怒りをぶつけられるのであれば、私自身はそれをお受けいたします。」
俺はセトやライジン達に恨み辛みを言うつもりもないし、責任を問うつもりもない。
あえて責任を問うとすれば、ルチアを安易に引き渡した俺だ。
それに一番憎いのはブラックドラゴンを操るエレイナだ。
エレイナが操るブラックドラゴンがフォナシス火山でアウラ様と戦ったブラックドラゴンと同一ならばエレイナはヒュドラ教の手先に違いない。
ヒュドラ教国がゲラン国、ジュベル国、ラーシャ国を巻き込んで何かを企てていることは間違いないだろう。
やはり俺の敵はヒュドラ教だ。
「ふぅ・・・わかった。セトを責めるつもりはない。ライジンもだ。だが俺は俺の家族を救うためなら何でもする。例え相手が一国の軍隊であろうと、魔王であろうと、俺は戦う。そのことは覚えておいてくれ。」
俺は今の言葉をセトやガラクに対して発したのでは無い。
自分自身に言い聞かせたのだ。
「わかった。ソウ殿、貴方の覚悟は肝に銘じた。ライジン将軍は早ければ後一週間ほどで帰還されるはずだ。それまで大人しくしていて欲しい。オラベル滞在中の安全は国として保証する。」
そう言うとセトは事務室内の若い兵士に向かい、俺達の宿泊先の手配を命じた。
「街の中央近くに良い宿がある。俺に用があるときは、ここの兵士に命じてくれ。それとソウ殿がオラベルに居ることは獅子王様には報告させてもらう。いままでのいきさつやルチア様との関係を話しておくから身の安全は保証できるはずだ。もっともソウ殿なら何が起こっても損害を被るのは、こちら側だろうがね。」
セトの言葉を聞いた若い兵士が
(それほどの力なのか・・)
と驚いた表情を見せている。
「では、また明日に。ソウ殿、失礼する。」
セトは事務室を出て行った。
「それでは宿にご案内します。」
若い兵士が俺達を誘った。
「あ、ちょっと待って。他にも連れがいるから。今呼んでくる。」
俺は事務室を出てウルフへ戻り、ドルムさんとピンターを連れてきた。
セトが安全を保証してくれたからピンターも呼び寄せたのだ。
ピンターにはできるだけ衝撃を与えない説明をしようと思っている。
宿に着いてからドルムさんとピンターにルチアのことを説明したが、やはりピンターのショックは大きかった。
長旅の果てようやくルチアに会えると思っていたのに、ルチアは行方不明と聞けば、ショックを受けるのは当然のことだ。
「ピンター。俺が必ず探し出す。ルチア、ブルナ、ラマさん、ブラニさん。全員俺が必ず救い出す。約束だ。」
俺は本気でそう思っている。
俺の本気の言葉はピンターにも伝わる。
「うん。必ずだよ。兄ちゃん。」
「ああ、約束だ。」
俺はそのことを必ず実現する。
そしてヒナ、ウタ、レン、イツキ。
お前達も必ず助け出す。
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