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第四章 首都ゲラニ編
第85話 枢機卿 ラグニア
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バルチ村近郊で獣人軍と人族が対峙し、ブラックドラゴンに威嚇された人族が先に攻撃を仕掛けた。
その結果人族は1、500人近い死傷者を出した。
ラジエル公爵の依頼により、交渉役を任されていた俺は窮地に立たされたが、アウラ様から貰った『龍神の盾』のおかげで獣人側からの信頼を得ることが出来た。
停戦交渉は、うまく運び、7日後にセプタで人質交換をすることになった。
人族は獣人族から1日遅れてバルチ村を出発し、セプタに向かっている。
獣人軍がセプタを開放した後の復興作業と守備固めの為だ。
本来は、停戦交渉が決裂した時に獣人軍と戦い、人質を救出するための軍勢だったが、ブラックドラゴンのブレス一つで、それは無謀な行為だと知らされた。
人族がセプタに到着する前日、俺はラジエル邸に居た。
「ラジエル公爵、いよいよ明日、人質交換です。獣人軍は約束を守って、人質に危害を加えていません。」
俺は人族軍隊よりも先にセプタに到着し、人質の安否を確認していた。
「ああ、ご苦労だった。多くの兵士と住民を失ったが、お前のおかげで残った者を救うことができそうだ。」
ラジエル公爵は眉をひそめている。
「そのお顔は、・・何かありましたか?」
「ああ、枢密院でな・・『獣人ごときに遅れを取って多くの犠牲を出した。』とワシを咎める意見が出てな。開戦派の声が大きくなっているのだ。国民の間にも戦争を支持する意見が広まっておる。」
「全面戦争になりますか?」
「おそらく、そうなるだろう。補給路を保つことのできる春には開戦するやもしれぬ。」
ラジエル公爵も戦争を開始すれば、多大な犠牲を伴うことも、へたをすればここゲラニですら危ういことも承知の上だ。
獣人軍にはブラックドラゴンがいるのだから。
しかし、ブラックドラゴンをその目で見ていない政府要人や、ゲラン国民はゲラン国軍を過信し、自国の敗戦など想像すらできないのだ。
ブラックドラゴンの脅威をある程度知っている者でも、『ドラゴンさへ何とかすれば・・』と希望的観測をしているようだ。
「ラジエル様、敵軍、獣人軍にも戦争を望まない者がおります。今、ゲランが獣人国ジュベルに手を出さないと約束すれば獣人国の方からは攻めてこないはずです。現に退却しています。ラジエル様と国王様に頑張っていただきたいです。」
俺の家族ルチアは獣人国ジュベルの国民だ。
しかも王族なのだ。
ゲランとジュベルが戦争になれば、ルチアと面会するだけで厄介なことになる。
それはなんとか回避したい。
それにこれ以上多くの人が不幸になるのを見たくないのだ。
「わかっておる。国王陛下もそのつもりだ。しかし、枢機卿ラグニアをはじめとする聖戦絶対主義ともいえる一派と宰相一派の勢いは国民にも浸透しておる。戦争回避は容易ではないぞ。」
「枢機卿は、なぜそこまで戦争を望むのですか?」
「信徒を増やすのが第一の目的だ。ヒュドラ教の唯一かつ絶対的な目的は、ヒュドラの復活。信徒が増えて祈りが届けばヒュドラが復活すると信じて疑わぬ。獣人国を武力で従えて強制的に信徒を増やすつもりのようだ。」
ラジエル公爵は、『枢機卿ラグニア』に敬称を付けず、その名前を呼ぶ時、少し怒気をはらんでいるように思えた。
「ラジエル様はヒュドラ教をどのようにお考えですか」
ラジエル公爵は眉をひそめた。
「ワシにそれを言わすか・・察せよ。」
「はい。・・・」
先々代のゲラン国王が、時のヒュドラ教司教、現在の枢機卿「ラグニア」に折伏されてヒュドラ教徒になったことで、ヒュドラ教がゲランの国教となった。
先々代がなぜヒュドラ教に帰依したかは、今では誰も知らないが枢機卿「ラグニア」は人心を操るのに長けているという噂はある。
ここからは俺の想像だが、先々代の国王はラグニアの何かのスキル、例えば『ドレイモン』に近いような、人の心を操るスキルで操られたのかもしれない。
ゲラン国枢機卿『ラグニア』はゲラン国ヒュドラ教会本部にいた。
教会本部の一番奥にある枢機卿の部屋の椅子に座っている。
枢機卿の腰かける椅子には豪華で大きな背もたれが付いている。
その背もたれに彫刻されているのは、青い色をした月だ。
背もたれは、右回りに新月から月が満ち、右へ沈む様を彫刻で表している。
ラグニアは金の刺繍が入った白い衣装に包まれ、部屋の中なのにフードを被っている。
マスクをしているので、顔は見えないが瞳が金色なのはわかる。
ラグニアの前に一人の女性が跪いている。
「ラグニア様、先に報告した通り、ヒナ達一行を連れてまいりました。今は訓練所に入れて常時監視をしております。」
ヘレナだ。
「ご苦労。してヒナの成長は、いかようか?」
枢機卿の声は低い男性の声だ。
「はい。範囲ヒールが発現した後も、めざましい成長を続けています。このまま成長を続ければ、もしかすると伝説の加護『蘇生』が発現するかもしれません。」
「なんと、そこまですさまじいのか。『蘇生』はヒュドラ様だけが持っていたとされる伝説の加護、それが本当ならば、この世に存在する全ての信者よりも価値があることになる。
・・・ヘレナ。」
「はい。」
ヘレナは跪き頭を垂れる。
「お前を司教に任命する。他の雑務から解き放つ。ヒナの観察と保護だけに専念しろ。ヒナを逃がすな、そして死なすな。お前の命に代えてもだ。」
「ありがたき幸せ。仰せのままに、聖なるラグニア様。」
俺は、ラジエル邸を後にしてセプタへ戻った。
この一週間、ブラックドラゴンの姿は見えず、停戦は維持されていた。
セプタの住民は未だに金鉱山で働かされていたが、俺の要求により待遇は大幅に改善されていた。
怪我をしている者は治療が施され、食事も命を繋ぐには十分な量が与えられていた。
セプタの代官屋敷でも人質の待遇は改善されて、縛られていたセプタ代官『シュミテ』も束縛を解かれて、今は獣人兵士に監視されているだけだ。
俺はライジン将軍に頼んで、サンダさんと共に代官のシュミテと会っていた。
「代官様、私はラジエル様の命令により、今回の交渉役を仰せつかっているシンと申します。ラジエル様からの伝言です。まもなく解放されるが、解放されても獣人軍には一切手を出すなとのご命令です。」
椅子に座っていたシュミテは俺を見上げた。
「君がラジエル公爵の名代だというのか?」
「はい。そうです。」
シュミテは少し疑っているようだ。
サンダさんが話に割り込んだ。
「シュミテ様、ラジエル様からです。『この件が終われば、一度ブラニへ戻り、昨年3対3で引き分けになっている軍人将棋の決着を付けよう』とのことです。」
サンダさんはシュミテとラジエル公爵の二人しか知らない情報をシュミテに伝えて納得させようとしているようだ。
「わかった。本当にラジエル様の名代のようだな。命令に従うと約束する。しかし、失礼だが君のその姿。人間なのか?獣人なのか?」
俺は人狼Ⅱの姿のままだ。
「さて、どうでしょうね。私としてはどちらでも良いです。ご自由にお考え下さい。」
代官はこの期に及んで、俺の種族名を気にしているようだ。
俺にしてみれば、人間だろうが獣人だろうが、そんなことはどうでもいい。
俺の家族と仲間を守るだけだ。
シュミテの傍には20歳代の女性が立っている。
「失礼だが、貴方はシュガルさんですか?」
シュガルが少し驚いて俺を見た。
「ええ、私はシュガルと言います。代官様の秘書です。」
シュガルはサルトさんの、婚約者だ。
疲れた表情をしているが、青色の瞳は輝き、意志の強さを秘めているように見える。
金色の髪と白い肌が目の美しさを際立たせている。
首にはサルトさんからの贈り物なのかルビーのペンダントが赤く光っている。
「サルトさんからの伝言です。もう少しだけの辛抱だから、無理をせず大人しく待っていて欲しいそうです。」
「まあ、サルト様が・・・ありがとうございます。私は無事だとお伝えください。」
シュガルの頬は紅潮した。
サルトさんとシュガルは来春の代官交代に合わせてシュガルが帰郷し、挙式する予定だそうだ。
俺は代官の部屋を出て、ライジン将軍のいる部屋へ入った。
「いよいよ明日だな。どうだ、戦争の交渉人を務めた気分は?」
ライジンと俺は、このところ打ち解けていた。
そもそもライジンは根っからの武人で、政治や駆け引きに興味はないらしく、獅子王の名代として戦うのは苦も無いが、他国との外相役を務めるのは嫌なようだ。
「まだ終わってないが。さすがに疲れた。俺の態度一つ、言葉一つで多くの人が死ぬかもしれないのだからな。これなら自分だけで戦う方がよほど気楽だ。」
俺もライジンと同じように駆け引きは苦手だし嫌だ。
それでもブルナを救うためにラジエル様には恩を着せておきたいのだ。
「お前、一人でジュベル国と戦うつもりか。」
ライジンは笑っている。
「一人で戦う方が気楽だと言っただけで、一人で戦争しようとは思っていないよ。ハハ」
「そうでもなさそうに見えたがな。フフ」
ウルフがあれば獣人軍相手に一人で戦うこともできるだろうが、戦う理由がない。
明日からはルチアとその兄弟も獣人軍側に居るのだから。
「ライジン将軍、戦争とは関係なく頼みがある。」
「なんだ言ってみろ。」
「先にも話したとおり、王族の子供、ルチアは俺の家族のようなものだ。ルチアも俺の事を本当の家族のように思ってくれている。だから。このままずっと別れるのは忍びない。いずれルチアに会うため、俺がジュベル国へ入国することを許可してくれないか?」
ライジンは笑顔のままだ。
「なんだ、そんなことか。よかろう。俺の権限で入国を許可する。ただし条件がある。」
俺は沈黙した。
「ジュベル国では、強さがすべてだ。強き者がすべて正しい。強き者が全てを手に入れる。ジュベルへ来たら、俺と戦え。」
今は停戦中なので、俺とライジン将軍は戦うことは出来ない。
ライジン将軍は純粋に武人として俺と戦ってみたいようだ。
「闘技場でか?」
「そうだ。お互いの名誉をかけて闘おう。」
「わかった。約束する。俺がジュベル国へ行き、ライジン将軍と闘技場で戦うことを。」
傍に居たセトが言った。
「ライジン将軍はこの10年誰にも負けたことがないんだぜ。これは楽しみだな。」
俺だって楽しみさ。
今の俺がどれだけ強いのか知りたい。
いつか現れるであろう巨大な敵に牙をむくためにも。
その結果人族は1、500人近い死傷者を出した。
ラジエル公爵の依頼により、交渉役を任されていた俺は窮地に立たされたが、アウラ様から貰った『龍神の盾』のおかげで獣人側からの信頼を得ることが出来た。
停戦交渉は、うまく運び、7日後にセプタで人質交換をすることになった。
人族は獣人族から1日遅れてバルチ村を出発し、セプタに向かっている。
獣人軍がセプタを開放した後の復興作業と守備固めの為だ。
本来は、停戦交渉が決裂した時に獣人軍と戦い、人質を救出するための軍勢だったが、ブラックドラゴンのブレス一つで、それは無謀な行為だと知らされた。
人族がセプタに到着する前日、俺はラジエル邸に居た。
「ラジエル公爵、いよいよ明日、人質交換です。獣人軍は約束を守って、人質に危害を加えていません。」
俺は人族軍隊よりも先にセプタに到着し、人質の安否を確認していた。
「ああ、ご苦労だった。多くの兵士と住民を失ったが、お前のおかげで残った者を救うことができそうだ。」
ラジエル公爵は眉をひそめている。
「そのお顔は、・・何かありましたか?」
「ああ、枢密院でな・・『獣人ごときに遅れを取って多くの犠牲を出した。』とワシを咎める意見が出てな。開戦派の声が大きくなっているのだ。国民の間にも戦争を支持する意見が広まっておる。」
「全面戦争になりますか?」
「おそらく、そうなるだろう。補給路を保つことのできる春には開戦するやもしれぬ。」
ラジエル公爵も戦争を開始すれば、多大な犠牲を伴うことも、へたをすればここゲラニですら危ういことも承知の上だ。
獣人軍にはブラックドラゴンがいるのだから。
しかし、ブラックドラゴンをその目で見ていない政府要人や、ゲラン国民はゲラン国軍を過信し、自国の敗戦など想像すらできないのだ。
ブラックドラゴンの脅威をある程度知っている者でも、『ドラゴンさへ何とかすれば・・』と希望的観測をしているようだ。
「ラジエル様、敵軍、獣人軍にも戦争を望まない者がおります。今、ゲランが獣人国ジュベルに手を出さないと約束すれば獣人国の方からは攻めてこないはずです。現に退却しています。ラジエル様と国王様に頑張っていただきたいです。」
俺の家族ルチアは獣人国ジュベルの国民だ。
しかも王族なのだ。
ゲランとジュベルが戦争になれば、ルチアと面会するだけで厄介なことになる。
それはなんとか回避したい。
それにこれ以上多くの人が不幸になるのを見たくないのだ。
「わかっておる。国王陛下もそのつもりだ。しかし、枢機卿ラグニアをはじめとする聖戦絶対主義ともいえる一派と宰相一派の勢いは国民にも浸透しておる。戦争回避は容易ではないぞ。」
「枢機卿は、なぜそこまで戦争を望むのですか?」
「信徒を増やすのが第一の目的だ。ヒュドラ教の唯一かつ絶対的な目的は、ヒュドラの復活。信徒が増えて祈りが届けばヒュドラが復活すると信じて疑わぬ。獣人国を武力で従えて強制的に信徒を増やすつもりのようだ。」
ラジエル公爵は、『枢機卿ラグニア』に敬称を付けず、その名前を呼ぶ時、少し怒気をはらんでいるように思えた。
「ラジエル様はヒュドラ教をどのようにお考えですか」
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「ワシにそれを言わすか・・察せよ。」
「はい。・・・」
先々代のゲラン国王が、時のヒュドラ教司教、現在の枢機卿「ラグニア」に折伏されてヒュドラ教徒になったことで、ヒュドラ教がゲランの国教となった。
先々代がなぜヒュドラ教に帰依したかは、今では誰も知らないが枢機卿「ラグニア」は人心を操るのに長けているという噂はある。
ここからは俺の想像だが、先々代の国王はラグニアの何かのスキル、例えば『ドレイモン』に近いような、人の心を操るスキルで操られたのかもしれない。
ゲラン国枢機卿『ラグニア』はゲラン国ヒュドラ教会本部にいた。
教会本部の一番奥にある枢機卿の部屋の椅子に座っている。
枢機卿の腰かける椅子には豪華で大きな背もたれが付いている。
その背もたれに彫刻されているのは、青い色をした月だ。
背もたれは、右回りに新月から月が満ち、右へ沈む様を彫刻で表している。
ラグニアは金の刺繍が入った白い衣装に包まれ、部屋の中なのにフードを被っている。
マスクをしているので、顔は見えないが瞳が金色なのはわかる。
ラグニアの前に一人の女性が跪いている。
「ラグニア様、先に報告した通り、ヒナ達一行を連れてまいりました。今は訓練所に入れて常時監視をしております。」
ヘレナだ。
「ご苦労。してヒナの成長は、いかようか?」
枢機卿の声は低い男性の声だ。
「はい。範囲ヒールが発現した後も、めざましい成長を続けています。このまま成長を続ければ、もしかすると伝説の加護『蘇生』が発現するかもしれません。」
「なんと、そこまですさまじいのか。『蘇生』はヒュドラ様だけが持っていたとされる伝説の加護、それが本当ならば、この世に存在する全ての信者よりも価値があることになる。
・・・ヘレナ。」
「はい。」
ヘレナは跪き頭を垂れる。
「お前を司教に任命する。他の雑務から解き放つ。ヒナの観察と保護だけに専念しろ。ヒナを逃がすな、そして死なすな。お前の命に代えてもだ。」
「ありがたき幸せ。仰せのままに、聖なるラグニア様。」
俺は、ラジエル邸を後にしてセプタへ戻った。
この一週間、ブラックドラゴンの姿は見えず、停戦は維持されていた。
セプタの住民は未だに金鉱山で働かされていたが、俺の要求により待遇は大幅に改善されていた。
怪我をしている者は治療が施され、食事も命を繋ぐには十分な量が与えられていた。
セプタの代官屋敷でも人質の待遇は改善されて、縛られていたセプタ代官『シュミテ』も束縛を解かれて、今は獣人兵士に監視されているだけだ。
俺はライジン将軍に頼んで、サンダさんと共に代官のシュミテと会っていた。
「代官様、私はラジエル様の命令により、今回の交渉役を仰せつかっているシンと申します。ラジエル様からの伝言です。まもなく解放されるが、解放されても獣人軍には一切手を出すなとのご命令です。」
椅子に座っていたシュミテは俺を見上げた。
「君がラジエル公爵の名代だというのか?」
「はい。そうです。」
シュミテは少し疑っているようだ。
サンダさんが話に割り込んだ。
「シュミテ様、ラジエル様からです。『この件が終われば、一度ブラニへ戻り、昨年3対3で引き分けになっている軍人将棋の決着を付けよう』とのことです。」
サンダさんはシュミテとラジエル公爵の二人しか知らない情報をシュミテに伝えて納得させようとしているようだ。
「わかった。本当にラジエル様の名代のようだな。命令に従うと約束する。しかし、失礼だが君のその姿。人間なのか?獣人なのか?」
俺は人狼Ⅱの姿のままだ。
「さて、どうでしょうね。私としてはどちらでも良いです。ご自由にお考え下さい。」
代官はこの期に及んで、俺の種族名を気にしているようだ。
俺にしてみれば、人間だろうが獣人だろうが、そんなことはどうでもいい。
俺の家族と仲間を守るだけだ。
シュミテの傍には20歳代の女性が立っている。
「失礼だが、貴方はシュガルさんですか?」
シュガルが少し驚いて俺を見た。
「ええ、私はシュガルと言います。代官様の秘書です。」
シュガルはサルトさんの、婚約者だ。
疲れた表情をしているが、青色の瞳は輝き、意志の強さを秘めているように見える。
金色の髪と白い肌が目の美しさを際立たせている。
首にはサルトさんからの贈り物なのかルビーのペンダントが赤く光っている。
「サルトさんからの伝言です。もう少しだけの辛抱だから、無理をせず大人しく待っていて欲しいそうです。」
「まあ、サルト様が・・・ありがとうございます。私は無事だとお伝えください。」
シュガルの頬は紅潮した。
サルトさんとシュガルは来春の代官交代に合わせてシュガルが帰郷し、挙式する予定だそうだ。
俺は代官の部屋を出て、ライジン将軍のいる部屋へ入った。
「いよいよ明日だな。どうだ、戦争の交渉人を務めた気分は?」
ライジンと俺は、このところ打ち解けていた。
そもそもライジンは根っからの武人で、政治や駆け引きに興味はないらしく、獅子王の名代として戦うのは苦も無いが、他国との外相役を務めるのは嫌なようだ。
「まだ終わってないが。さすがに疲れた。俺の態度一つ、言葉一つで多くの人が死ぬかもしれないのだからな。これなら自分だけで戦う方がよほど気楽だ。」
俺もライジンと同じように駆け引きは苦手だし嫌だ。
それでもブルナを救うためにラジエル様には恩を着せておきたいのだ。
「お前、一人でジュベル国と戦うつもりか。」
ライジンは笑っている。
「一人で戦う方が気楽だと言っただけで、一人で戦争しようとは思っていないよ。ハハ」
「そうでもなさそうに見えたがな。フフ」
ウルフがあれば獣人軍相手に一人で戦うこともできるだろうが、戦う理由がない。
明日からはルチアとその兄弟も獣人軍側に居るのだから。
「ライジン将軍、戦争とは関係なく頼みがある。」
「なんだ言ってみろ。」
「先にも話したとおり、王族の子供、ルチアは俺の家族のようなものだ。ルチアも俺の事を本当の家族のように思ってくれている。だから。このままずっと別れるのは忍びない。いずれルチアに会うため、俺がジュベル国へ入国することを許可してくれないか?」
ライジンは笑顔のままだ。
「なんだ、そんなことか。よかろう。俺の権限で入国を許可する。ただし条件がある。」
俺は沈黙した。
「ジュベル国では、強さがすべてだ。強き者がすべて正しい。強き者が全てを手に入れる。ジュベルへ来たら、俺と戦え。」
今は停戦中なので、俺とライジン将軍は戦うことは出来ない。
ライジン将軍は純粋に武人として俺と戦ってみたいようだ。
「闘技場でか?」
「そうだ。お互いの名誉をかけて闘おう。」
「わかった。約束する。俺がジュベル国へ行き、ライジン将軍と闘技場で戦うことを。」
傍に居たセトが言った。
「ライジン将軍はこの10年誰にも負けたことがないんだぜ。これは楽しみだな。」
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