異世界修学旅行で人狼になりました。

ていぞう

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第四章 首都ゲラニ編

第84話 軍事訓練所 ツネオとリュウヤ

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ソウ達がバルチ村で獣人軍と対峙している時、ヒナ達一行がゲラニへ到着していた。

一行は、キノクニの集積所でキャラバンを解散して、ゲラニ城の北にある軍事訓練所へ連れていかれた。
清江達一行は、首都に着けば宿でゆっくりできると思っていたが、思惑が外れた。

清江がヘレナに歩み寄る。

「ヘレナさん?ここは?」

「ここはって、軍事訓練所にきまっているじゃない。何度も言ったでしょ。男は3か月、女は1か月の軍事訓練を受けるって。」

「あ、あ、そうですけど、私達、今到着したばかりで、そのう・・」

「ナニ?到着したからナニ?」

「あのう・・少しはゆっくりしたいと・・・」

「何を甘えたことを言っているの。今この国は戦争中なのよ。そしてあなた達はゲラン国の国民。全員が成人なのだから、軍事訓練を受ける義務があるの。貴方、教師なのにその程度の事も理解できないの?」

ヘレナは豹変していた。
その様子を見ていた生徒達も驚いている。

ブテラの教会で庇護されている時は、お客様待遇だった。
それがゲラニへ到着した途端にゲラン国民としての義務が大きくのしかかる。

全員が戸惑っている。

「生徒の皆も聴きなさい。貴方たちはたった今、この訓練所の門をくぐったその瞬間にゲラン国兵士になったのよ。甘えは許されないし、もし逃亡でもしようものなら、死刑になることを忘れないでね。」

生徒達は狼狽して、ガヤガヤとざわめいている。

「静かにしろ!一兵卒ども。」
ヘレナの後ろから制服姿の兵士が出てきた。

「お前ら、国の為に働けることを感謝しろ。今日は大目に見てやるが、明日からは一切無駄口をたたくな。私語は禁止。外出は許可しない。勝手にこの門を潜れば、逃亡罪とみなしてその場で処刑する。わかったか!!」

誰も返事が出来ない。

「わかったかと聞いているんだ。」

やはり答えることができない。

前列にいるツネオが兵士に引きずり出された。
兵士はオロオロするツネオの頬を右こぶしで思い切り殴った。

ツネオは地面に倒れて何回転かした。
兵士はツネオの襟首をつかんで立ち上がらせ、ツネオの耳元で

「わかったか?小僧」

とつぶやいた。
ツネオは泣きながら。

「はい。」

と答えた。
そして兵士は全員に向かって叫んだ。

「わかったか!!豚共!!」

全員が声を揃えた。

「「「ハイ!」」」

清江達一行は、兵士の案内で宿舎へ入った。
宿舎は古い木造建てで、一部屋に2段ベッドが二つ置かれただけの質素な構造だった。

6畳位の部屋に4人が同居することになる。
部屋の前には既に名札が下げられており、その名札に従って各人が部屋に入った。

全員が部屋に入った後、アキトとリュウヤが廊下に残っている。
リュウヤがアキトに尋ねた。

「アキト、名札あったか?」

「いや、無い。リュウヤ君は?」

「俺も無い。」

そこへヘレナが現れた。

「あなた達は特待生よ。こっちへきなさい。」

アキトとリュウヤには個室が用意されていた。

「あなた達の加護は素晴らしいわ。だから幹部候補生よ。すぐに幹部になれるから、それまで我慢してね。それと、他の生徒の面倒も見てあげてね。くれぐれも脱走者を出さないようにね。いいわね?」

アキトが微笑んでヘレナを見た。

「ありがとうございます。さすがヘレナさん。僕の事をよく理解して下さいます。ヘレナさんの為にも頑張ります。ね、リュウヤ君。」

「お、おう。そうだな。俺も頑張る。」

ヒナは清江と同室だった。
仲良しのウタは隣の部屋だ。

「先生。話が違うじゃないの。」

河本キリコが、清江にくってかかった。

「ごめんなさい。私もこんな急に兵士にさせられるとは思ってなかったの。・・・」

キリコも清江に文句を言っても仕方ないことは判っていた。
それでも飛行機が墜落して以来、散々苦労をしてきたのに、辿り着いた場所が自由の全くない訓練所だとは思いもよらなかった。

自由がなく、それどころか逃げ出せば死刑になるような場所ならばジャングルの方がまだしもましに思えた。

「キリコさん。それでも一か月だけだから、我慢しましょう。ね。」

この国の成人の義務として女は1か月間の訓練を受ける。
一か月間の束縛だ。
それがせめてもの慰めだった。

ヒナは二人のやり取りを見ていた。
普段なら、清江の助けに入るところだが、今はそんな気持ちにはなれない。

ヒナは清江やキリコと違って、戦争犯罪者として10年の兵役を課せられている。
その事を思うと、どうしても気分が沈むのだ。

ヒナは部屋を出て廊下の窓から外を眺めた。
窓からは殺風景な運動場と刑務所の様な高い壁しか見えない。
空には二つの月があるが、その光景が更に異世界を感じさせてしまう。

(お母さん、お父さん。・・ソウちゃん。・・・)

イツキはツネオと同室だった。
部屋の中には同級生の菅谷誠と谷喜一が一緒に居る。
レンは少し離れた部屋だ。

「ツネオ君・・大丈夫かい?」

ツネオは頬を腫らしてベッドで横たわっている。
顔を壁に向けているので、表情は見えないが、どうやら未だに泣いているようだ。

「ほっといてくれ!」

ツネオは他人に殴られたのは久しぶりの事だった。
いつもならリュウヤの陰に隠れていて他者からの暴力に怯えることは無かった。

しかし今は、そのリュウヤもツネオの隠れ蓑にはならない。
ツネオは、頬の痛みをこらえながら、脱走することを考えたが兵士の『脱走すれば即、死刑』という言葉を思い出し、すぐにその思いを打ち消した。

脱走の事を考えるだけでヘレナに気付かれるかもしれないからだ。
その事は生徒全員の共通認識だ。
『ヘレナは、人の心を読む。』
だから、脱走の事を考える事すら出来ないのだ。

「おーい。入るぞ」

レンが部屋へ入って来た。
レンもアキトやリュウヤ程ではないが、加護を発動させていた。

レンの加護、スキルは『肉体強化』だ。
基礎体力と俊敏性が大きく上がり、スキルを発動すれば、通常の武器攻撃なら生身で受けることが出来る程の強靭な肉体を得ていた。

「ツネオ、気にスンナ。バスケの合宿と思えばいいさ、意地の悪い先輩がいるけどな。アハハ」

レンの声を聴いてツネオは泣くのを止め、ベッドに座った。

「レンはいいよ。加護があるから。俺は何もない。昔のままだ。」

イツキがツネオの言葉に反応した。

「僕だって、そうですよ。体力的には昔のままだ。腕立て伏せ3回しかできないです。」

「ま、たった3ヶ月だ。助け合って乗り切ろうぜ。オイ」

レンの言葉に部屋の中の全員が頷いた。

翌日から清江達には厳しい訓練が待っていた。
まずは基礎訓練、日の出と共に起床し、防具と剣を着装して1時間程の持久走。

その後、宿舎の掃除をして、朝食。
朝食はパンとサラダにスープといった簡素なもので、それも10分以内に食べて10分の休息。

朝食後、ヒール系のスキルを持つ者は救急法の訓練。
魔法攻撃系のスキルを持つ者は、魔法攻撃訓練、その他の者は武術訓練。

昼食もそこそこに、午後からは座学がある。
各種軍事規律や、ゲラン国軍の歴史や命令系統、組織編制。
座学を終えて、再度、攻撃訓練。

最後は完全装備での持久走2時間。
兵士の訓練所だから当然のメニューだが、清江達にとっては過酷と言えた。

身体的なスキルを持つ者は、ある程度メニューをこなすことが出来たが、それ以外の者はメニューを終えると動けなくなった。

「おらー。お前ら、初日からくたばってんじゃねぇぞ。誰の為の訓練か考えてみろ。豚共。」

前日ツネオを殴った『オニス』という下士官だ。
この訓練所で新兵の教育係をしている。

生徒達を整列させて、イツキの前でオニスが再度言った。

「誰のための訓練だ?あーん?言ってみろ」

「はい。国民の為です。」

イツキは、あたりさわりのない回答をした。

「そうだな。そのとおりだ。」

イツキはホッとする。

「だがな。それだけじゃねぇ。この訓練は、お前たちの為でもあるんだ。お前たちの行先は戦場だ。

命の取り合いをする場所だ。相手より強くなければ生き残れねぇ。相手を殺さなければ、自分が死ぬ場所だ。だから生き残るためには敵より強くなるしかねぇんだよ。

苦しくても国民と自分の命が懸かっていると思って走れ。走るたびに敵より強くなれると思え。わかったか!!」

「「「ハイ!!」」」

生徒達の順応力は高い。
一日でゲラン国兵士になった。
いや、兵士にされてしまった。

その様子をアキトとリュウヤが兵舎の二階から眺めている。
アキトもリュウヤも戦闘力に関しては、この国の最上級の戦士と同等、若しくはそれ以上の力を持っていた。

だから、二人共、座学は受けるが、体力訓練は免除されている。
食事も他の者とは別の幹部食堂で給仕を受けている。
階級こそ一兵卒だが、待遇は幹部並みなのだ。

「アハハ、ツネオとイツキ、くたばってやがる。あいつら昔から能無しだったが、ここへきてもやっぱり、ヘタレの能無しだな。」

「リュウヤ君、ツネオ君は友達だろ。もうちょっと優しくしてやれよ。」

アキトは心にもないことを言った。
ここへきても『心優しい生徒会長』という偽りのポジションを捨てようとはしてない。

「ツネオは、ただのパシリだ。友達なんかじゃねぇよ。昔からな。」

「へぇ。意外だね。仲が良さそうに見えるのに。」

リュウヤは、不動産業を営む父と教育委員会に務める母を持つ家庭の次男として生まれた。

裕福な家庭環境に生まれたせいか、小学校低学年までは優しさを持つ、かわいらしい性格の子供だった。

しかし、小学校3年生の時に、父の不倫が家庭に不和をもたらし、形だけの家庭になってしまった。

元々、両親は仕事と遊びにかまけてリュウヤのことは放任していた。

不倫事件以後は更にリュウヤを顧みることが少なくなり、家庭は荒れた。

小学校4年生の時にリュウヤは自分の力に気が付いた。
初めて同級生と殴り合いの喧嘩をした時、リュウヤは圧倒的な勝利を治めた。

リュウヤに負けた相手の子供が、小学6年生の兄を連れてきたが、その兄も返り討ちにした。

その時リュウヤは知った。
暴力を振るうことの快感を。
意見の違う者、逆らう者を暴力でねじ伏せ、自分の足元にひれ伏させることの喜びを。

家庭が荒れていたこともあったが、リュウヤには潜在的に暴力的な性格があり、少しのことをきっかけに同学年の子供に暴力を振るうようになっていた。

小学5年生の時に、転校生のツネオがオモチャを学校に持ってきていた。

校則なんてどうでもよかったが、リュウヤは、いつもの暴力衝動が起きて、オモチャのことでツネオに因縁をつけて、ツネオを殴った。

それ以来、ツネオはリュウヤの家来になった。
ツネオとは偶然、中学、高校と同級生になり、行動を共にしていた。

ツネオと行動を共にしているうちに、リュウヤにもツネオに対する『友情』という感情が芽生えた。
飛行機が墜落して、この世界へ来てからも、ツネオの事は友達だと思っていた。

しかし、昨日ツネオ達と別行動になるという事をヘレナに聞かされた時、リュウヤはヘレナに尋ねた。

「ツネオも俺と一緒に行動させてもらえませんか?」

ヘレナは怪訝な顔をした。

「どうして?」

「・・・友達だから。」

ヘレナは薄ら笑いを浮かべた。

「あら、そうなの。でもツネオ君の方は、そう思っていないわよ。」

「え?」

「ツネオ君は基本的にあなたを嫌っているわ。ただ貴方が怖いから貴方に従っているだけ。
貴方の事は『魔除けのお守り』くらいにしか思っていないわよ。あなたの願いだから聞き入れてもいいけど。どうする?」

「いえ、やっぱりいいです。」

ヘレナは人の心を読む。
リュウヤは思った。

「パシリはパシリのままでよかったんだ。」

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