異世界修学旅行で人狼になりました。

ていぞう

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第四章 首都ゲラニ編

第69話 月に祈る

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奴隷商ベスタと会った翌日、俺はキノクニ情報部に居た。

奴昨日、ブルナの買主デルンや、宮中にいるであろうブルナの状況を把握するために、エリカに情報提供者との中継ぎを依頼してあった。

「お待たせしました。シン相談役」

エリカは、俺と二人きりの時は

「シン様」

と呼び、周囲に人が居る時は、俺の事を

「シン相談役」

と呼ぶ。

「いや、すまないね。本当の仕事じゃないのに。」

エリカはキノクニ情報部に所属する諜報部員だ。
本来の仕事は、キノクニ関する情報を入手することで、今回のように俺の私的な事情を助ける義理は無い。

「いえいえ、ケンゾウ部長の許可も受けています。問題ないです。」

俺は、エリカに協力してもらうため、エリカの上司であるケンゾウ部長に事のあらましを説明して、許可をもらっておいた。
そのケンゾウ部長も目の前に居る。

「シン相談役、遠慮せんでええぞ。お前さんの利益になることは、キノクニの利益も同じじゃて。」

「ありがとうございます。」

「じゃが、一言だけ忠告しておく、デルンは、宰相の側近じゃ。動く際には、弱みを握られんようにな。相談役の弱みは、キノクニの弱みとなるでの。ま、お前さんなら心配いらぬじゃろうがな。」

「はい。用心します。」

その後エリカと打ち合わせをして、宮中の料理人『ウンケイ」』と会う断どりを決めた。

今夜、街の食堂『マイヤ食堂』の2階で会うことになっていた。

協力者の名前は『ウンケイ・マイヤ』マイヤ食堂の関係者なのだろう。
その日の夜遅く、エリカの案内で、マイヤ食堂へむかった。
マイヤ食堂はドレンチの事務所の近くにある、あのラーメンが美味しい食堂だ。

ドレンチの事務所の前を通ったが、事務所には灯りが灯ってない。
ほとんどの組員が投獄されているはずだ。
マイヤ食堂へ着いたが、夜も遅いので閉店している。
エリカが勝手口をノックした。

「こんばんは、エリカです。こんばんは。」

勝手口のドアが開いた。

ドアの向こうには東洋風の顔立ちの大柄な男が居た。

「エリカさん。いらっしゃい。どうぞ、どうぞ」

男の勧めで、食堂の二階へ上がり、椅子に腰かけた。
部屋の造りからして、以前は、食堂の一部として使っていた場所のようだ。

「ウンケイさん、こちら、キノクニ相談役のシンです。よろしくお願いします。」

ウンケイが頭をさげた。

「初めましてウンケイです。キノクニ様にはいつもお世話になっております。」

大柄でいかつい顔つきの割には丁寧な物言いだ。
俺も頭を下げながら言った。

「はじめまして、シンと申します。エリカをはじめ、キノクニがお世話になっております。」

エリカがウンケイの方を向いた。

「ウンケイさん、先日お話しした通り、このシン相談役が宮中の事を聞きたいそうです。いつもどおり、ウンケイさんの迷惑にならないよう細心の注意を払いますので、シン相談役にご協力をお願いします。」

ウンケイが微笑んだ。

「わかっておりますよ。それにシン様には兄のジュウケイもお世話になったそうなので、私もできる限りの事は致します。」

ジュウケイさんって知らないけど?
エリカは俺の思いを察して説明してくれた。

「このマイヤ食堂の、経営者ですよ。ジュウケイ・マイヤさん。」

ああ、あの調理場のおっちゃん。
そういえば、調理場のおっちゃんと、このウンケイさんは顔つきが似ている。
ウンケイさんが軽く頭を下げた。

「先日、シン様のご活躍で、ドレンチ一味を壊滅に追い込んだと聞いております。あの一味には、この商店街の全店主が苦渋を舐めさせられていました。

用心棒料だの、商店街組合の会費だの、本来なんの支配義務もない金を長年、搾り取られていたのです。こういってはなんですが、ドレンチが死んだと聞いて、皆安心しているのですよ。ありがとうございました。」

俺達が、街の暴力団を壊滅させたのは事実だ。

「いえいえ、キノクニの仕事でやったこと、礼には及びません。ですが、貴方のお力をお借りしたいのは事実です。よろしくお願いします。」

「はい。喜んで。」

「では、早速ですが、『ブルナ』という奴隷をご存じですか?宮中に居ますか?」

「はい。知っています。宮中におります。」

ブルナの居場所を見つけた。

「ブルナさんは、デルン様の管理下で、セレイナ姫の下僕をしています。」

姫様の下僕なら、それほどひどい扱いは受けていないだろう。

「それで、ブルナは元気にやっているでしょうか?健康でしょうか?」

俺は、ウンケイさんの表情が少し曇ったのを見逃さなかった。

「それが・・・健康だとは思うのですが・・・」

嫌な予感がする。

「かまいません、どんな現実でも受け入れる覚悟はあります。ありのままを教えてください。」

ウンケイさんは少しためらった。

「わかりました。ありのままをお話しします。ブルナさんは、見掛けは健康ですが、心を病んでいると思います。」

ウンケイさんから時間をかけて、ブルナの今までの境遇を聞き取った。
ウンケイさんは、宮中の料理人で、前王の側室、エリイナとその子供二人の料理を作っている。

一年ほど前、ブルナは王宮に連れてこられて、エリイナの長女、セレイナ付の下僕となった。
最初の頃は、元気よく働いていたが、宮中へ来て3か月を過ぎるころから元気が無くなり、最近では、あまりものを言わなくなった。

宮中には、王家の子供達が成人するまでの間、影武者と言えるような役目の下僕が付く。

その役目は、食事の際、毒見役をしたり、王家の子供が何か失敗をすれば、その失敗の責任を下僕が取らされて体罰を受ける。

体罰の程度は、主人が犯したミスの程度にもよるが、最悪の場合は命を落とすこともあるらしい。

ブルナの前任の下僕は、約1年で、いつのまにか姿を消した。
生きているのか、死んだのか、それすらわからないそうだ。

ブルナの主人セレイナは、ブルナが困る様子を見て楽しんでいるのか、わざとにミスを犯して、ブルナに罰を受けさせているようなところがある。

例えば、食事中、わざとに食べ物をこぼしたり、宮中の飾り物を壊したり、教育係に叱られるようなことを故意にやっているようなのだ。

ブルナは毎日の体罰に怯え、最初の頃は時々見えていた笑顔も、まったく見えなくなった。
発する言葉も『はい。』しかなくなり、自分の意志を表現することはなくなったそうだ。

それらのことを総合的に判断すると

『ブルナの心は病んでいる。』

としか思えないそうだなのだ。
俺の心も表情も曇った。

「そうですか、そんなことが・・・」

ブルナを一刻も早く救出したいが、今はその手段が見つからない。
宮中に忍び込んで、ブルナをさらって来る手も考えたが、その場合は、戦闘になる可能性が高く、そうなるとキノクニに多大な迷惑をかけてしまう恐れが大きい。
ブルナを助け出すには時間がかかりそうだ。

「ウンケイさん」

「はい。」

「一つだけお願いがあります。」

「どうぞ。」

「隙を見て、伝えてください。『ソウとピンターが近くに居る。安心しろ。』と」

「お安い御用です。」

俺はウンケイさんに頭を下げた。
ブルナを助け出すのに時間がかかるが、助け出すまでにブルナが壊れてしまっては、元も子もない。

近くに俺とピンターが居ることを知れば、生きる希望が湧く、せめてそれだけでも手を打っておきたかったのだ。

俺は懐から、金貨を取り出して、ウンケイさんに渡そうとしたが、それはウンケイさんに断られた。

普段、キノクニから情報提供料を受け取っているので、更に報酬を受け取ることはできないとのことだった。

それでは、俺の気が済まなかったので、ドルムさん達がいつも「美味い」と言っているスコッチウィスキーを渡したところ、それは受け取ってくれた。

(ブルナ、負けるなよ。必ず迎えに行く・・・)



ブルナは宮中の下僕部屋のベッドで寝付かれずにいた。
今日受けたお仕置きの傷が疼くのもあったが、毎日怯えて暮らす毎日に不安が募るのだ。

ブルナはセレイナが起床して就寝するまで、セレイナに付き添っている。
食事の度にセレイナは、食べ物を残す。
特に野菜は殆ど食べない。

セレイナが食べなかった物は、すべてブルナが食べなければならない。
ブルナはセレイナが食べ残した分だけ、体罰を受ける。

宮中の廊下を歩いている時、セレイナは廊下に飾っている花瓶に手を伸ばし花に触れる。
そして花瓶に手をかけ、わざとに倒して壊す。

「あら、壊しちゃった。ウフフ」

当然、ブルナがお仕置きを受ける。
ブルナがお仕置きを受けるのが楽しいのだろうか、セレイナは時々、わざとに粗相をする。

ブルナがお仕置きを受ける姿をセレイナが見る事はないが、お仕置きしたことはデルンがセレイナに伝える。

セレイナ自身がブルナに尋ねることもある。

「どんな、お仕置きされたの?」

ブルナは正直に答える

「背中を鞭打たれました。」

「ふーん。奴隷って大変ね。」

他人事のようにつぶやくセレイナ。
そのやり取りを見ていたデルンが後でブルナを呼び出した。

「姫様に、醜態をお知らせするな。余計な事をしおって。」

とまた鞭打たれた。

明日は何が起こるのだろうと、考えて眠れない夜を過ごすのだ。

人は、何かの災難を避けようと思えば、その災難が起こる前になんらかの準備や注意をすることで、その災難は、ある程度避けることができる。
自分が努力をすればいいのだ。

しかし、ブルナの身の上に起こる災難は、自分で避けようがない。
他人のしでかした失敗の責任を自分が取らなければならない。
こんな理不尽なことは無い。

しかも相手は王族の子供、『粗相をしないように。』などと言えるわけもない。
自分は奴隷なのだ。
お仕置きを受ける度に、自分は奴隷の身分だということがが身に染みる。

ブルナが王宮に来る前には、他の奴隷がブルナの役割をあてがわれていた。
ブルナが来る前に、何か大きな出来事があって、お仕置きを受けたらしい。

その後、その子がどうなったのか誰も知らない。

『事件後、その子の姿が見えなくなった。』

という事実を除いては。

ブルナは毎日怯えて暮らすうちに言葉が少なくなった。
何かをしゃべって、それをとがめられることが怖かったのだ。
ブルナの精神は弱っていたが、まだ壊れてはいなかった。

ブルナはベッドから起き上がり、下僕部屋の窓から差し込む月明りを見て祈った。

「月の神様、どうか家族をお見守り下さい。そして出来るならば、私をここから出してください。」

ブルナのこぼした一粒の涙が、月の光を受けてきらめいた。
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