異世界修学旅行で人狼になりました。

ていぞう

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第四章 首都ゲラニ編

第65話 孤児院 鳴り響くホイッスル

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麻薬取締作戦決行の朝、俺はゲラニ内の『カオルン』地区に居た。
カオルンは、いわゆるスラム街だ。

元々は、ゲラニ全体のゴミ捨て場だったが、そのゴミをあさって生活する難民、貧民がバラックで集落を造り住むようになり、そこへ犯罪者が隠れ住むようになって、スラム街が出来上がったのだ。

道行く人の身なりはみすぼらしいし、住人のほとんどは獣人だ。
この国において、獣人の地位は低い。

ゲランにおいては、王族、貴族、平民、獣人、奴隷の順で区別、いや差別されていて、その差別意識は根強く厳しい。

例えば、王族、貴族が獣人や奴隷を意味なく殺害しても、刑罰法令に触れることは無い。

民事裁判で弁償義務が発生するだけだ。
つまり、王族、貴族にとって、獣人と、奴隷は、人ではなく『物』なのだ。

仮に王族貴族の誰かが、獣人や奴隷を殺しても、その獣人の家族や、奴隷の持ち主に『弁償』
するだけで済んでしまうのだ。

だから、獣人が貴族街に現れることは無いし、『カオルン』に現れた獣人以外の人物には強い警戒心を抱くのだ。

俺は、獣人化したうえ、意識して顔にも剛毛を生やした。
普段は、うっとおしいので顔まで剛毛を生やすことは無いが、意識すれば顔も含めて体中を狼の毛で覆うことができる。

今の俺はまさしく、狼男、獣人そのものだ。

日本のアニメ風に言うならば、『人狼化Ⅱ』といったところだろうか。

俺がカオルンに来た理由は、今日の戦場になるであろう、この集落の地理的な情報や、住人などの総合的情報を得ておきたかったからだ。

キノクニの役目は、麻薬取引の現場をラジエル公爵に知らせることだったが、取り引きの現場を押さえるには、危険が伴うのは当然で、情報部の人間を守るためにも、下見をしたかったのだ。

先日、ドローンで偵察した孤児院の前まで来た。

孤児院の庭では、3~4歳の子供たちが何人か遊んでいる。
その様子を眺めていたところ、7歳位の人犬の男の子が俺に近寄って来た。

「おじさん、この間はありがとう。」

(オジサンって・・・)

どうやら、ドレンチの事務所の裏手で、いじめられていた子供のようだ。

「ん?なんのことだ?」

俺は、あの時の姿形と違っているはずだ。

「このあいだの、金貨をくれたオジサンでしょ?それに僕が蹴られているのを助けてくれた。」

人犬の子は、自分の鼻をヒクヒク動かしている。
匂いで、ばれたようだ。

「ああ、あの時の子か、怪我はなかったか。」

「おじさんが治してくれたから、大丈夫です。」

身なりは、みすぼらしいが、礼儀正しい子だ。
4~5歳位の男の子が駆け寄って来た。

「兄ちゃん。だれ?」

「昨日、俺達を助けてくれたオジサンだよ。ルイ」

ルイと言う名の弟だろう。
兄の方は、ガイというそうだ。
兄弟共に痩せこけている。
ガイから、この孤児院の現状を聞いた。

経営者は、『タタル』という姓の獣人の老夫婦で、ここで養われている孤児は20人ほどいる。

一年位前から、人相の悪い連中が孤児院に出入りするようになり、最近は、年長の子供たちが街で物乞いをさせられるようになった。

食事は1日2回、昼にドレンチの事務所近くで、パンと水をもらい、夜は孤児院で質素な食事が与えられる。
物乞いで得た金は全てドレンチ達に取り上げられるそうだ。

孤児院から、老人男性が現れ、俺達に近寄って来た。
おそらく経営者のタタルだろう。
タタルは子供たち以上に痩せこけて、歩くのもようやくといった風だ。

「子供たちに何か、御用でしょうか?」

「いや、俺も家族と離れ離れの境遇でね。同じ境遇の子達にできることがあればと思って。」

俺は懐から、金貨を10枚位取り出して、タタルに差し出した。

「これは?」

「まっとうな金だ。子供たちに良いものを食べさせてくれ、他人には渡すなよ。」

タタルは、不思議そうな顔をしながらも、金貨を受け取った。

「ありがとうございます。子供達にまともな物を食べさせます。」

タタルは深々と頭を下げた。
長居してドレンチ達と出くわすと良くないので、金を渡してすぐに元の道を引き返した。

カオルンを出ると同時に人狼化Ⅱを解いて、通常の獣化状態へ戻った。

人狼化Ⅱは、消費エネルギーが半端ないのだ。

自宅方向へ歩いていると、後方から人が近づいてきた。
エリカの気配だ。

最近の俺は、五感が鋭くなっているが、それ以外にも第六感というべきか、他人の気配や魔力を嗅ぎつける能力が高くなってきている。

エリカが俺に並んで歩き始めた。

「エリカ、どうだ」

「はい。宣教部隊はおよそ、300人、指揮官は司教の『ダブレス』まもなくゲラニへ入ります。」

「わかった。敵に気取られることなく、監視を続行しろ。相手に感づかれそうなら迷うことなく撤退しろ。」

「わかりました。」

エリカと小声で話し、指揮をした。
俺は一度自宅へ帰り、仮眠を取った。
魔力の補充だ。
一階ではピンター、ルチア、ツインズが遊んでいて、寝られそうになかったので、地下室にこもった。

「タイチさん。」

ブオン♪

タイチさんのフォログラムが現れる。

『なんじゃ?』

「タイチさんの時代にも差別って、あったのですか?」

『あるにはあったが、今とは逆じゃな。人狼を含む獣人の立場が上で、人間の地位は低かった。
人狼族は差別的な意識は持っていなかったが、人間の方は、そうではなかったようじゃ。

人狼族や獣人を恨み、最後には戦争を起こして、お互いが滅んだ。今の獣人差別は、その時の名残かもしれんの。』

俺は昼間の人犬の子供達の事を思い出していた。
日本にも差別はあったが、命を奪う様な差別はなかったはずだ。
夕方近くまでウトウトしていたところ、ピンターが起こしに来た。

「兄ちゃん、お客さんだよ。」

ピンターの背が一段と伸びたような気がする。
キューブの外へ出るとエリカが来ていた。

「そろそろ、作戦開始の時刻です。」

「わかった、直ぐに行く。先に行っていろ。」

「はい。」

作戦本部はキノクニの倉庫に設置されていた。
倉庫は、学校の体育館の2倍ほどの広さだ。

敵は宮中にもいるので、城の施設を使うわけにはいかない。
作戦の総司令官は、ラジエル公爵の執事『サルト』だ。

集められた捜査陣は約100名。
その中には、俺達、情報収集部隊の忍者3人組と、その配下30人も含まれている。

急襲班は孤児院方面へ30人、ドレンチ事務所へ20人、ドレンチ宅へ10人、遊撃部隊が10人だ。

まず孤児院での麻薬取引を俺達が確認したら、急襲部隊に連絡をして、タンジ達の麻薬取引を現行犯で抑える。
タンジの犯行を確認したら、ドレンチの事務所と自宅へ突入してドレンチを逮捕するという段取りだ。

指揮本部にはドルムさんを連絡係として雇っている。
俺との遠話で現場の状況を指揮本部に知らせるためだ。

ドルムさんは孤児院の急襲部隊を希望したが、俺がなだめて、連絡係になってもらった。
サルトが各部隊の班長を呼び寄せた。

「いよいよ、始まる。今夜あいつらを捕まえることが出来れば、この街の麻薬渦を止めることが出来るだろう。場合によっては命を懸ける場面がでるやもしれん。国の為、家族の為に覚悟を決めてくれ。検討を祈る。」

「「「おう!!」」」

集まった者は俺達情報部を除いて、ラジエル公爵直属の兵士だそうだ。
この国にも警察機構はあるが、ドレンチの息がかかっているらしくあてにならない。

「サルトさん。俺達は情報部隊だが、いざとなれば戦える。特に俺やドルムは役に立てると思うぜ。いつでも声をかけてくれ。」

俺はサルトのことを気に入っている。
国や家族を守ろうという意気がひしひしと感じられるからだ。

「お気遣い感謝する。しかし、我々も精鋭を集めた。たかがヤクザ相手なら負けることはないだろう。」

それもそうだが、サルトの言葉に小さなフラグが立ったような気がした。

(相手がヤクザだけだといいのだが・・・)

俺の勘は良く当たるからね。

日が完全に落ちる前に、俺達は配置に着いた。
俺とエリカは、カオルン内にあるゴミ山の陰。
臭いが仕事だから仕方ない。

日が暮れてからウルフを出して、その中で待機している。
ダンゾウとその部下はカオルンを取り囲むように配置してある。
誰かが逃走した場合の備えだ。
ドウジュンとその部下はドレンチの事務所周辺。
エリカの部下は、サルトの部下と共にドレンチの自宅周辺に配置してある。

日が暮れると同時に偵察用ドローンをドレンチ事務所、教会、孤児院の上空に配置した。
これで、敵の動きは筒抜けだ。

それまで、それぞれの場所に配置していた情報部の人間の監視役は解除して、それぞれの部隊に統合した。

今のところ、宣教部隊の誰かが、ドレンチ達と接触した気配はないが、宣教部隊の隊員全員が、街中の教会へ礼拝に来たので、すでに麻薬が教会関係者に渡っている可能性はある。

情報部隊も、急襲部隊もそれぞれの配置場所で息を殺して時を待っている。
俺自身も息を潜めてドキドキしている。
警察追跡のTV番組で、同じようなシーンを見たことはあるが、まさか自分自身が、麻薬の取引現場で監視役をするとは思っていなかった。

(あー、ドキドキしてきた。現場の警察官もドキドキするのかな?)

等と考えていると敵に動きがあった。

ドレンチ事務所からタンジと部下5名が出てきて馬車に乗った。
タンジはいつものように事務所の外で一度立ち止まり、様子を伺っている。
探知スキルで周囲の様子を探っているのだろう。

タンジ達が事務所を出てから数分後、今度は教会に動きがあった。
先日の3名の男に加えて、新しい顔が一人加わり、4人が教会の外へ出てきた。
4人は、普段着だが、やはり胸元にペンダントの鎖がのぞいている。
馬車が教会の裏に止めてあったので、4人同時に出かけるのかと思ったが、二人は教会へ消え、残った二人が馬車に乗り込んだ。

もちろんドローンでの偵察は全て録画している。
後で分析すれば、誰が誰だか判るだろう。
ドレンチのからの馬車も、教会からの馬車も一直線に『カオルン』へ向かっている。
予定どおりの行動だ。

タンジ達の馬車が、先に孤児院について、タンジ達6人が、孤児院の敷地内の離れに入っていった。
この離れには誰も住んでないことはあらかじめ調べてあった。
タンジ達に遅れる事5分。

教会からの馬車が到着して、人の男がタンジ達のいる離れに入って行った。

「エリカ、作戦通りだ。ここで待機しろ。」

「はい。」

俺は、麻薬取引の現場を自分の目で、若しくは耳で確かめたうえで作戦本部に知らせるつもりだった。
エリカの部下を孤児院に潜ませる案もあったが、部下が危険すぎるし、タンジ相手では感づかれてしまうかもしれない。

実際、タンジは離れに入る際、慎重に辺りを見回し、立ち止まって探知スキルを使った。
探知範囲がどの程度かわからないが、孤児院の敷地内に敵が潜んでいれば感知できる程度の能力はあるだろう。

俺は獣化したまま、体から漏れる魔力を極力抑え、音を立てないように離れに近づいた。
離れはぼろ小屋だが、中を盗み見る隙間は無い。
俺は聴力に神経を集中した。
離れの壁に耳を付けずとも、内部の音声が聞き取れる。

「遠路でのお仕事、ご苦労様にござりやす。」

タンジの声だ。

「いや、俺の役目だから。気にするな。」

教会関係者の声だろう。

ガサガサ

と何かを懐から取り出す音がする。
その音はしばらく途切れず、時折

ボコ、バコ

と何か重いものをテーブルに置く音がする。

壁の隙間から甘い匂いがする。
アヘンの匂いだ。
マジックバッグから取り出しているのだろう。
俺はアヘンがどのような物か知るために、あらかじアヘンの実物を手に取り、匂いも覚えていた。

(間違いない。)

俺は遠話でドルムさんに連絡をとりつつ、孤児院母屋の裏に身を隠した。
2~3分すると孤児院から離れて隠れ潜んでいた急襲部隊が孤児院を取り囲んだ。
急襲部隊の到着をまったのは、ほんの2~3分だが、俺には、その間が5分にも10分にも思えた。
パトカーや救急車を待つ人の気持は、こんな気持ちなのだろう。


捜査員が離れに近づこうとしたその時、離れの入り口から複数の男が飛び出てきた。
タンジの探知スキルが隊員の動きを察知したのかもしれない。
タンジと、その部下は刃物を持って隊員と対峙した。
隊員も武器を取り出しタンジ達を取り囲んだ。

タンジに遅れて教会関係者二人が外へ出てきた。
そのうちの一人が、懐から何かを取り出し口にくわえた。

ピーィィィ、ピーィィィ、ピーィィィ

夜空にホイッスルの音が鳴り響いた。
俺の勘は良く当たる。
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