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第四章 首都ゲラニ編
第61話 ケンゾウ・ハットリ キノクニ情報部長
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不動産屋で子供をいたぶるチンピラ共と喧嘩になったが、子供達を救ってやることは出来なかった。
いたぶられていたのは、街頭で物乞いをしていた子供達だ。
おそらく、組織的に子供に物乞いをさせて、その上がりをヤクザ共が巻き上げているのだろう。
その子供達も俺がチンピラ達を相手にしている隙に逃げていた。
腹立たしいし、悔しいが、俺には、その汚い金儲けの仕組みを壊すことは出来ない。
今はまだ・・・
不動産屋を出ると、懐かしい気がする良い匂いが漂ってきた。
目の前の
『マイヤ食堂』
から、そのいい匂いが流れてくる。
特にルチアは、漂っている匂いが気になるのか、さっきから鼻をヒクヒクさせている。
まだ昼前だが、さっきから漂ってくる良い匂いに負けそうだ。
俺はピンターとルチアに顔を向けて
「ご飯食べていこうか?」
と言った。
ピンター達は頷いた。
「「ゴハン、ゴハン♪」」
俺達がマイヤ食堂のドアを開けると、そのいい匂いが俺達の鼻腔をくすぐった。
店の広さはテーブル席が4つ程、カウンターが5席ほどの、こじんまりとした食堂だった。
「はい。いらっしゃい。こちらへどうぞ。」
店員のおばちゃんが、テーブル席へ案内してくれた。
席に着く途中、他の店員がカウンター席の客に運ぶ料理を見て驚いた。
良い匂いの正体は、その料理だった。
ラーメンだ。
俺の心は躍り上った。
もう一年以上ラーメンを食べていない。
いつからそうなったのか知らないが、俺の中で、ラーメンは
『ソウルフード』
となっている。
席について、セルフの水を汲んできてから、店員を呼び止めた。
「すみません、あのお客さんと同じものを3つ下さい。」
店員が調理場向けて
「アイヨ!メンツユ3杯入りました。」
と言うと、調理場から
「アイヨ!メンツユ3杯ライライ」
この世界、この国ではラーメンのことを『メンツユ』というらしい。
わかるような気もする・・・
ほどなくラーメンが運ばれてきた。
スープは透明で黄金色、面は細麺でストレート、具はモヤシ等の現地野菜、キクラゲの様なキノコ、半熟の煮卵、それとチャーシューが3枚。
レンゲでスープを一口すすると、魚貝類のダシが効いたアッサリ醤油系だ。
箸はなくフォークで麺を持ち上げたが、魚貝の良い匂いが広がる。
麺は腰があって、スープを纏った味は最高だ。
「ニイニ、オイシイ。」
「兄ちゃんウマイこれ!」
二人とも気に入ったようだ。
麺とスープも抜群だがチャーシューがこれまた美味かった。
3人でラーメンを食べていると、店員のおばちゃんが、鶏肉の揚げ物が入った小皿をテーブルに置いた。
「店主が、サービスだってさ。」
おばちゃんが、調理場の男を見ながら、そういった。
調理場の男は、こちらを見てニコニコしている。
「なんのサービス?」
俺が不思議に思って、おばちゃんに尋ねた。
「にいちゃん、さっき、あの馬鹿どもを懲らしめただろ?それさ。」
おばちゃんは、小声で囁いた。
さっきの野次馬の中に、ここの店主もいたらしい。
客も少なかったので、おばちゃんが小声で教えてくれた。
あいつらは、不動産業を表に構え、裏では、商店街の各店舗から用心棒代と称して上納金を巻き上げたり、近くの孤児院を借金でがんじがらめにして、子供達に物乞いをさせたりしている地元の鼻つまみだそうだ。
他にも裏でいろいろ悪さをしているらしいが、組織が大きくて地元の警察も手を出せないらしいのだ。
(どこにでもいるダニだな・・・)
「おばちゃん、タイショウ、ごちそうさまでした。また来ます。」
(ラーメン美味かった。また来よう・・)
宿舎に帰りつくと、ドルムさんと、ドランゴさんが、待ち構えていた。
「ソウ、あったぞ、いい物件」
「え、もう見つけたんですか?」
「ブンザに相談したら、一発でやんした。」
俺は、ドルムさん達に案内されて、その物件を見に行った。
その物件は、キノクニ社屋の裏手にあった。
敷地は広く、少し古びていたが、しっかりした2階建てで、一階に部屋が10位は、ありそうだ。
建物の裏には、キューブがすっぽり入りそうな巨大な倉庫がある。
建物と倉庫は5メートルくらいしか離れていない。
「なんです?ここ」
「キノクニの旧社屋で、今の持ち主はブンザだそうだ。」
「キノクニが事業拡大する前の社屋で、今の社屋が出来てからは、ほとんど使ってないそうでやんす。」
「条件にピッタリですが、いいのかな?」
「いいんじゃねぇか?別にタダでもらおうってんじゃねぇ。しっかり代金払えば、問題ないだろ。」
そうだよね、べつにブンザさんに甘えるわけじゃないよね。
ここなら、子供達お気に入りの社員食堂にも通えるし。
「良いですね、ここに決めましょう。ブンザさんに会ってきます。」
俺は一人で、新社屋へ向かった。
ブンザさんは、一階の応接室に居た。
「シンです。入ります。」
「どうぞ。」
応接室には、ブンザさん、カヘイさん、そして俺の見知らぬ人が居た。
「あ、お客さまでしたか、又後にします。」
「あ、相談役、待って、ちょうど貴方を呼びに行こうとしていたところです。」
何だろう?
見知らぬ男は身長170センチくらい、やせ形で髪を七三に分けて、整った服装をしている。
その男が立ち上がってこちらへ近づいた。
「初めまして、私は『サルト』と申します。ラジエル侯爵の執事をしております。」
「はい。私はキノクニ相談役の『シン』と申します。よろしくお願いします。」
「シン相談役もそこに座って。」
ブンザさんは、俺の事を人前では「相談役」とか「シン相談役」と呼ぶ。
「ちょうどいいところに来た。相談役の力を借りようと思っていたところだ。」
「何でしょう?」
「私からお話ししましょう。」
サルトさんが、話し始めた。
「私が使えるラジエル侯爵は、この国の運営に深く関わっておりまして、その役目の一つに、『街の治安維持』があります。
もちろん、この街には警察機構もあるのですが、うまく機能していません。うまくいかない原因は、いろいろありますが、私の口からは申せません。
今、この街にのしかかる大きな問題があります。それは麻薬です。ここ2~3年、他国から大量の麻薬が流入しています。麻薬は巷にあふれ、若者は、それに溺れています。なんとか麻薬の流入を阻止したく、ご相談にまいったわけです。」
つまり物流の要のキノクニの協力を得て、麻薬の流入を防ぎたいということだ。
俺はブンザさんを見た。
「それで、私の役目は?」
「相談役の役目は、情報部の補佐です。うちの情報部が近々大きな麻薬取引の情報を掴んでいます。
取引前の麻薬の位置情報をつかんで、サルト様に知らせるのが、キノクニの役目、その情報部の補佐をお願いしたいのです。」
「はい。わかりました。」
俺は迷うことなく引き受けた。
敵が魔物であろうと、ドラゴンであろうと(アウラ様級なら少し考えるが・・)大恩あるキノクニのためなら、体を張ることなどなんでもない。
ましてや、相手は犯罪組織といえども魔物より力のない人間だ。
返事をためらう要素が何もない。
「シン相談役の返事は、いつも心地良いの。フォフォ」
カヘイさんが笑っている。
「ありがとうございます。さっそく主人に報告いたします。詳しいことはまた後程」
サルトさんは、礼を言って部屋を出た。
「ソウ様、無理なお願いをしたのではないですか?」
ブンザさんが少し心配そうな顔をしている。
「何も無理ではないです。大恩あるキノクニの為に働ける機会を与えてもらい、感謝しているくらいです。」
俺の言葉が、お世辞や、おべんちゃら、ではないことをブンザさんならわかっているはずだ。
「そう言っていただけると助かります。」
「キノクニとラジエル公爵とは持ちつ持たれつの関係じゃ、ソウ殿が良い返事をくれて助かっているよ。」
カヘイさんが頭を下げた。
「ところで敵の目星はついているのですか?」
「ええ、だいたいのことは判っています。街で麻薬を売っているのは、ドレンチの手下ですから、ドレンチを辿れば、敵の全体像が見えてくるはずです。」
「ドレンチって、不動産屋の?」
「あら、ドレンチをご存じですか?さすがソウ様。」
俺は今日あった出来事をブンザさん達に話した。
「そうですか。あの子供たちは、本来「タタル」という姓の老夫婦が営んでいる孤児院の子供達なんですが、質の悪い借金に引っかかって、子供たちが無理やり働かされているそうなんです。」
俄然やる気が湧いてきた。
「警察は何をしているのですか?」
「さっきサルト様が言えなかったことですが、警察は上層部が買収されていて、ドレンチ達に手が出せないそうなのです。ドレンチの上には貴族が控えているとも噂されています。」
ますますやる気が湧いてきた。
「それで俺は具体的に何をすればいいのですか?」
「はい、後で引き合わせますが、キノクニ情報部の「ケンゾウ」部長の指揮下に入ってもらえませんか?」
キノクニの組織は金筋5つがカヘイさん、金筋4つが、情報部長、経理部長、営業部長、交渉部長、の4人、金筋3本が俺と、ブンザさん達キャラバン隊長12人、各部の次長級4人だ。
俺は今、組織的には営業部長の配下だが、金筋5つのカヘイさんの命令で、一時的に情報部長「ケンゾウ」さんの指揮下に入るわけだ。
「わかりました。一時的に情報部所属になるわけですね。指示に従います。・・それはそうと、ブンザさん、旧社屋、いいのですか?」
「ええ、解体するかどうか迷ってたくらいですから、何の問題も無いです。というより助かります。ソウ様達が近くに住んでくれて。」
「それで、いくらお支払いすれば。」
「そうですね。タダでは居心地が悪いでしょうから、金貨100枚でどうです?」
安すぎる。
少なく見積もっても金貨3、000枚の価値はある。
「安すぎます。金貨3、000枚でどうです?」
「いや高すぎます。」
二人のやり取りを見てカヘイさんが笑っている。
「ふぉっふぉ。買い手が値上げをもちかけ、売り手が値下げを乞う。こんな商売、生まれてこの方見たこと無いわい。
埒があかないから、こうしたらどうじゃ?今回のソウ殿の任務で報奨金1、000枚をワシが出す。
ソウ殿は自腹で1、000枚出す。ブンザは相場3、000の所を2、000で売るがよい。だれも損得なしじゃ。」
名案だ。
「「そうしましょう。」」
契約成立だ。
「それでは、さっそく情報部へ案内しましょう。」
俺は、社屋内のほぼ全ての部屋をまわって挨拶はすませてあるが、情報部へ入るのは初めてだ。
そもそも情報部ってこの社屋にあったっけ?
ブンザさんは社屋を出て、厩舎へ向かった。
情報部は遠いのだろうか?
「遠くにあるのですか?情報部」
「ええ、情報本部は、貴族街にあります。部員は各地にちらばっていますけどね。」
貴族街というのは、ゲラニの中心部の石垣で囲まれた一帯で、金持ちの平民も住んでいるが、主に、高級貴族の住宅街だ。
城に近くなるほど、高貴な人々が暮らしている。
貴族街への門扉はキノクニの半纏を見ただけで開いた。
「ここです。」
ブンザさんは、高級住宅街の一角の屋敷を指さした。
外見は周囲に溶け込んだ綺麗な住宅で、門番などはいなかった。
ブンザさんが、正面玄関をノックして
「ブンザだ。」
と名乗ると扉が開いた。
扉の内側には、動きに隙の無い男二人が立っていた。
「ケンゾウ部長は、おいでか?」
「はい。二階の事務室においでです。」
俺とブンザさんは、二階へ上がり、二階の一番奥の部屋をブンザさんがノックした。
「ブンザです。」
「どうぞ。」
中から老人らしき声がした。
部屋の中に入ると、80歳前後の白髪頭の身なりが整った老人が出迎えてくれた。
身なりは整っているが、見てくれはなんとなく、田舎の爺さんといった感じだ。
「お嬢、久しぶりじゃて。元気にしとったか?」
そう言いながら爺さんは俺を見た。
「こっちは?・・・おう。いよいよか?良い男を見つけたか?」
爺さんは何か勘違いをしているようだ。
ブンザさんは顔を赤らめた。
「違いますよ。ケンゾウ様、こないだからお話ししているシン殿ですよ。何勘違いしているんですか。」
爺さんは、突然ブンザさんの尻をなでた。
「こんな良い尻をしてるのにのう。」
ブンザさんは爺さんの手を叩いた。
「ケンゾウ様!!」
さして嫌がってはいない。
なれているようだ。
爺さんが俺に向き直った。
「ワシがケンゾウ・ハットリじゃ。ブンザが世話になったらしいのう。ワシからも礼を言うぞい。」
あらかじめ聞いていたが、ケンゾウ・ハットリは、カヘイさんとキノクニを立ち上げた創業者の一人で、ブンザさんは、幼い頃から、このハンゾウさんに世話をしてもらっていたそうだ。
「ま、かけなさい。」
爺さんの進めるソファーに腰かけた。
「要件は既に聞いておる。麻薬じゃな。ここ2~3年、で急激に大量の麻薬がこの街に流れてきた。流入ルートはだいたいわかっとる。証拠がないが元締めも目星がついとる。」
ブンザさんが身を乗り出す。
「誰です?」
「大声では話せん。近こう寄れ。」
ブンザさんが爺さんに顔を近づける。
「ぶちゅ」
爺さんがブンザさんのほっぺにキスをした。
さっき言った『田舎の爺さん』は訂正する『田舎のエロジジイ』だ。
「もう~」
ブンザさんは怒らない。
日常の行事なのか?
「アハハ、あいかわらず、柔らかいのう。」
(そんなこといいから早く話せよ爺さん。)
「話を勧めよう。黒幕は、おそらく『ゼニス』じゃ。」
ブンザさんが息をのむ。
ゼニスというのは、このゲラン国宰相「ゼニス・フォルド」のことだ。
いたぶられていたのは、街頭で物乞いをしていた子供達だ。
おそらく、組織的に子供に物乞いをさせて、その上がりをヤクザ共が巻き上げているのだろう。
その子供達も俺がチンピラ達を相手にしている隙に逃げていた。
腹立たしいし、悔しいが、俺には、その汚い金儲けの仕組みを壊すことは出来ない。
今はまだ・・・
不動産屋を出ると、懐かしい気がする良い匂いが漂ってきた。
目の前の
『マイヤ食堂』
から、そのいい匂いが流れてくる。
特にルチアは、漂っている匂いが気になるのか、さっきから鼻をヒクヒクさせている。
まだ昼前だが、さっきから漂ってくる良い匂いに負けそうだ。
俺はピンターとルチアに顔を向けて
「ご飯食べていこうか?」
と言った。
ピンター達は頷いた。
「「ゴハン、ゴハン♪」」
俺達がマイヤ食堂のドアを開けると、そのいい匂いが俺達の鼻腔をくすぐった。
店の広さはテーブル席が4つ程、カウンターが5席ほどの、こじんまりとした食堂だった。
「はい。いらっしゃい。こちらへどうぞ。」
店員のおばちゃんが、テーブル席へ案内してくれた。
席に着く途中、他の店員がカウンター席の客に運ぶ料理を見て驚いた。
良い匂いの正体は、その料理だった。
ラーメンだ。
俺の心は躍り上った。
もう一年以上ラーメンを食べていない。
いつからそうなったのか知らないが、俺の中で、ラーメンは
『ソウルフード』
となっている。
席について、セルフの水を汲んできてから、店員を呼び止めた。
「すみません、あのお客さんと同じものを3つ下さい。」
店員が調理場向けて
「アイヨ!メンツユ3杯入りました。」
と言うと、調理場から
「アイヨ!メンツユ3杯ライライ」
この世界、この国ではラーメンのことを『メンツユ』というらしい。
わかるような気もする・・・
ほどなくラーメンが運ばれてきた。
スープは透明で黄金色、面は細麺でストレート、具はモヤシ等の現地野菜、キクラゲの様なキノコ、半熟の煮卵、それとチャーシューが3枚。
レンゲでスープを一口すすると、魚貝類のダシが効いたアッサリ醤油系だ。
箸はなくフォークで麺を持ち上げたが、魚貝の良い匂いが広がる。
麺は腰があって、スープを纏った味は最高だ。
「ニイニ、オイシイ。」
「兄ちゃんウマイこれ!」
二人とも気に入ったようだ。
麺とスープも抜群だがチャーシューがこれまた美味かった。
3人でラーメンを食べていると、店員のおばちゃんが、鶏肉の揚げ物が入った小皿をテーブルに置いた。
「店主が、サービスだってさ。」
おばちゃんが、調理場の男を見ながら、そういった。
調理場の男は、こちらを見てニコニコしている。
「なんのサービス?」
俺が不思議に思って、おばちゃんに尋ねた。
「にいちゃん、さっき、あの馬鹿どもを懲らしめただろ?それさ。」
おばちゃんは、小声で囁いた。
さっきの野次馬の中に、ここの店主もいたらしい。
客も少なかったので、おばちゃんが小声で教えてくれた。
あいつらは、不動産業を表に構え、裏では、商店街の各店舗から用心棒代と称して上納金を巻き上げたり、近くの孤児院を借金でがんじがらめにして、子供達に物乞いをさせたりしている地元の鼻つまみだそうだ。
他にも裏でいろいろ悪さをしているらしいが、組織が大きくて地元の警察も手を出せないらしいのだ。
(どこにでもいるダニだな・・・)
「おばちゃん、タイショウ、ごちそうさまでした。また来ます。」
(ラーメン美味かった。また来よう・・)
宿舎に帰りつくと、ドルムさんと、ドランゴさんが、待ち構えていた。
「ソウ、あったぞ、いい物件」
「え、もう見つけたんですか?」
「ブンザに相談したら、一発でやんした。」
俺は、ドルムさん達に案内されて、その物件を見に行った。
その物件は、キノクニ社屋の裏手にあった。
敷地は広く、少し古びていたが、しっかりした2階建てで、一階に部屋が10位は、ありそうだ。
建物の裏には、キューブがすっぽり入りそうな巨大な倉庫がある。
建物と倉庫は5メートルくらいしか離れていない。
「なんです?ここ」
「キノクニの旧社屋で、今の持ち主はブンザだそうだ。」
「キノクニが事業拡大する前の社屋で、今の社屋が出来てからは、ほとんど使ってないそうでやんす。」
「条件にピッタリですが、いいのかな?」
「いいんじゃねぇか?別にタダでもらおうってんじゃねぇ。しっかり代金払えば、問題ないだろ。」
そうだよね、べつにブンザさんに甘えるわけじゃないよね。
ここなら、子供達お気に入りの社員食堂にも通えるし。
「良いですね、ここに決めましょう。ブンザさんに会ってきます。」
俺は一人で、新社屋へ向かった。
ブンザさんは、一階の応接室に居た。
「シンです。入ります。」
「どうぞ。」
応接室には、ブンザさん、カヘイさん、そして俺の見知らぬ人が居た。
「あ、お客さまでしたか、又後にします。」
「あ、相談役、待って、ちょうど貴方を呼びに行こうとしていたところです。」
何だろう?
見知らぬ男は身長170センチくらい、やせ形で髪を七三に分けて、整った服装をしている。
その男が立ち上がってこちらへ近づいた。
「初めまして、私は『サルト』と申します。ラジエル侯爵の執事をしております。」
「はい。私はキノクニ相談役の『シン』と申します。よろしくお願いします。」
「シン相談役もそこに座って。」
ブンザさんは、俺の事を人前では「相談役」とか「シン相談役」と呼ぶ。
「ちょうどいいところに来た。相談役の力を借りようと思っていたところだ。」
「何でしょう?」
「私からお話ししましょう。」
サルトさんが、話し始めた。
「私が使えるラジエル侯爵は、この国の運営に深く関わっておりまして、その役目の一つに、『街の治安維持』があります。
もちろん、この街には警察機構もあるのですが、うまく機能していません。うまくいかない原因は、いろいろありますが、私の口からは申せません。
今、この街にのしかかる大きな問題があります。それは麻薬です。ここ2~3年、他国から大量の麻薬が流入しています。麻薬は巷にあふれ、若者は、それに溺れています。なんとか麻薬の流入を阻止したく、ご相談にまいったわけです。」
つまり物流の要のキノクニの協力を得て、麻薬の流入を防ぎたいということだ。
俺はブンザさんを見た。
「それで、私の役目は?」
「相談役の役目は、情報部の補佐です。うちの情報部が近々大きな麻薬取引の情報を掴んでいます。
取引前の麻薬の位置情報をつかんで、サルト様に知らせるのが、キノクニの役目、その情報部の補佐をお願いしたいのです。」
「はい。わかりました。」
俺は迷うことなく引き受けた。
敵が魔物であろうと、ドラゴンであろうと(アウラ様級なら少し考えるが・・)大恩あるキノクニのためなら、体を張ることなどなんでもない。
ましてや、相手は犯罪組織といえども魔物より力のない人間だ。
返事をためらう要素が何もない。
「シン相談役の返事は、いつも心地良いの。フォフォ」
カヘイさんが笑っている。
「ありがとうございます。さっそく主人に報告いたします。詳しいことはまた後程」
サルトさんは、礼を言って部屋を出た。
「ソウ様、無理なお願いをしたのではないですか?」
ブンザさんが少し心配そうな顔をしている。
「何も無理ではないです。大恩あるキノクニの為に働ける機会を与えてもらい、感謝しているくらいです。」
俺の言葉が、お世辞や、おべんちゃら、ではないことをブンザさんならわかっているはずだ。
「そう言っていただけると助かります。」
「キノクニとラジエル公爵とは持ちつ持たれつの関係じゃ、ソウ殿が良い返事をくれて助かっているよ。」
カヘイさんが頭を下げた。
「ところで敵の目星はついているのですか?」
「ええ、だいたいのことは判っています。街で麻薬を売っているのは、ドレンチの手下ですから、ドレンチを辿れば、敵の全体像が見えてくるはずです。」
「ドレンチって、不動産屋の?」
「あら、ドレンチをご存じですか?さすがソウ様。」
俺は今日あった出来事をブンザさん達に話した。
「そうですか。あの子供たちは、本来「タタル」という姓の老夫婦が営んでいる孤児院の子供達なんですが、質の悪い借金に引っかかって、子供たちが無理やり働かされているそうなんです。」
俄然やる気が湧いてきた。
「警察は何をしているのですか?」
「さっきサルト様が言えなかったことですが、警察は上層部が買収されていて、ドレンチ達に手が出せないそうなのです。ドレンチの上には貴族が控えているとも噂されています。」
ますますやる気が湧いてきた。
「それで俺は具体的に何をすればいいのですか?」
「はい、後で引き合わせますが、キノクニ情報部の「ケンゾウ」部長の指揮下に入ってもらえませんか?」
キノクニの組織は金筋5つがカヘイさん、金筋4つが、情報部長、経理部長、営業部長、交渉部長、の4人、金筋3本が俺と、ブンザさん達キャラバン隊長12人、各部の次長級4人だ。
俺は今、組織的には営業部長の配下だが、金筋5つのカヘイさんの命令で、一時的に情報部長「ケンゾウ」さんの指揮下に入るわけだ。
「わかりました。一時的に情報部所属になるわけですね。指示に従います。・・それはそうと、ブンザさん、旧社屋、いいのですか?」
「ええ、解体するかどうか迷ってたくらいですから、何の問題も無いです。というより助かります。ソウ様達が近くに住んでくれて。」
「それで、いくらお支払いすれば。」
「そうですね。タダでは居心地が悪いでしょうから、金貨100枚でどうです?」
安すぎる。
少なく見積もっても金貨3、000枚の価値はある。
「安すぎます。金貨3、000枚でどうです?」
「いや高すぎます。」
二人のやり取りを見てカヘイさんが笑っている。
「ふぉっふぉ。買い手が値上げをもちかけ、売り手が値下げを乞う。こんな商売、生まれてこの方見たこと無いわい。
埒があかないから、こうしたらどうじゃ?今回のソウ殿の任務で報奨金1、000枚をワシが出す。
ソウ殿は自腹で1、000枚出す。ブンザは相場3、000の所を2、000で売るがよい。だれも損得なしじゃ。」
名案だ。
「「そうしましょう。」」
契約成立だ。
「それでは、さっそく情報部へ案内しましょう。」
俺は、社屋内のほぼ全ての部屋をまわって挨拶はすませてあるが、情報部へ入るのは初めてだ。
そもそも情報部ってこの社屋にあったっけ?
ブンザさんは社屋を出て、厩舎へ向かった。
情報部は遠いのだろうか?
「遠くにあるのですか?情報部」
「ええ、情報本部は、貴族街にあります。部員は各地にちらばっていますけどね。」
貴族街というのは、ゲラニの中心部の石垣で囲まれた一帯で、金持ちの平民も住んでいるが、主に、高級貴族の住宅街だ。
城に近くなるほど、高貴な人々が暮らしている。
貴族街への門扉はキノクニの半纏を見ただけで開いた。
「ここです。」
ブンザさんは、高級住宅街の一角の屋敷を指さした。
外見は周囲に溶け込んだ綺麗な住宅で、門番などはいなかった。
ブンザさんが、正面玄関をノックして
「ブンザだ。」
と名乗ると扉が開いた。
扉の内側には、動きに隙の無い男二人が立っていた。
「ケンゾウ部長は、おいでか?」
「はい。二階の事務室においでです。」
俺とブンザさんは、二階へ上がり、二階の一番奥の部屋をブンザさんがノックした。
「ブンザです。」
「どうぞ。」
中から老人らしき声がした。
部屋の中に入ると、80歳前後の白髪頭の身なりが整った老人が出迎えてくれた。
身なりは整っているが、見てくれはなんとなく、田舎の爺さんといった感じだ。
「お嬢、久しぶりじゃて。元気にしとったか?」
そう言いながら爺さんは俺を見た。
「こっちは?・・・おう。いよいよか?良い男を見つけたか?」
爺さんは何か勘違いをしているようだ。
ブンザさんは顔を赤らめた。
「違いますよ。ケンゾウ様、こないだからお話ししているシン殿ですよ。何勘違いしているんですか。」
爺さんは、突然ブンザさんの尻をなでた。
「こんな良い尻をしてるのにのう。」
ブンザさんは爺さんの手を叩いた。
「ケンゾウ様!!」
さして嫌がってはいない。
なれているようだ。
爺さんが俺に向き直った。
「ワシがケンゾウ・ハットリじゃ。ブンザが世話になったらしいのう。ワシからも礼を言うぞい。」
あらかじめ聞いていたが、ケンゾウ・ハットリは、カヘイさんとキノクニを立ち上げた創業者の一人で、ブンザさんは、幼い頃から、このハンゾウさんに世話をしてもらっていたそうだ。
「ま、かけなさい。」
爺さんの進めるソファーに腰かけた。
「要件は既に聞いておる。麻薬じゃな。ここ2~3年、で急激に大量の麻薬がこの街に流れてきた。流入ルートはだいたいわかっとる。証拠がないが元締めも目星がついとる。」
ブンザさんが身を乗り出す。
「誰です?」
「大声では話せん。近こう寄れ。」
ブンザさんが爺さんに顔を近づける。
「ぶちゅ」
爺さんがブンザさんのほっぺにキスをした。
さっき言った『田舎の爺さん』は訂正する『田舎のエロジジイ』だ。
「もう~」
ブンザさんは怒らない。
日常の行事なのか?
「アハハ、あいかわらず、柔らかいのう。」
(そんなこといいから早く話せよ爺さん。)
「話を勧めよう。黒幕は、おそらく『ゼニス』じゃ。」
ブンザさんが息をのむ。
ゼニスというのは、このゲラン国宰相「ゼニス・フォルド」のことだ。
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転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

私の薬華異堂薬局は異世界につくるのだ
柚木 潤
ファンタジー
薬剤師の舞は、亡くなった祖父から託された鍵で秘密の扉を開けると、不思議な薬が書いてある古びた書物を見つけた。
そしてその扉の中に届いた異世界からの手紙に導かれその世界に転移すると、そこは人間だけでなく魔人、精霊、翼人などが存在する世界であった。
舞はその世界の魔人の王に見合う女性になる為に、異世界で勉強する事を決断する。
舞は薬師大学校に聴講生として入るのだが、のんびりと学生をしている状況にはならなかった。
以前も現れた黒い影の集合体や、舞を監視する存在が見え隠れし始めたのだ・・・
「薬華異堂薬局のお仕事は異世界にもあったのだ」の続編になります。
主人公「舞」は異世界に拠点を移し、薬師大学校での学生生活が始まります。
前作で起きた話の説明も間に挟みながら書いていく予定なので、前作を読んでいなくてもわかるようにしていこうと思います。
また、意外なその異世界の秘密や、新たな敵というべき存在も現れる予定なので、前作と合わせて読んでいただけると嬉しいです。
以前の登場人物についてもプロローグのに軽く記載しましたので、よかったら参考にしてください。
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