異世界修学旅行で人狼になりました。

ていぞう

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第三章 キャラバン編

第57話 国民の義務 戦場で死んで来い。

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「おい、出ろ」

ブテラの城の地下、薄暗い牢獄に看守の声が響いた。

ヒナはソウとヘレナの戦闘時、軍事作戦を阻害したという理由で、軍事裁判を受け、有罪判決を受けて投獄されていた。

裁判時の求刑は『死罪』だったが、イツキの懸命の弁護により、死刑は免れた。

しかし、10年の兵役を課せられていた。
強制による兵役だから、軍の命令に背いたり、逃走したりすれば死刑は免れない。

しかも、身元引受人として、清江や木村が設定されてしまったので、ヒナが逃げれば、二人が罪を負うことになってしまう。

ヒナは痩せこけている。
見る影もないとはこのことだ。

監獄の食事は、悪くなかったが、将来を悲観したヒナの食欲は衰える一方で、毎日面会に来るレンやイツキ、清江達の心配は、つのる一方だった。
牢獄に入れられていたこの一月、アキトは一度も面会に来なかった。

ヒナが裁判にかけられた表向きの理由は『ソウを助けた』ということだが、実情はソウとの戦いで多くの死傷者が出たことの民衆感情対策だった。

つまりヒナは軍の作戦の失敗を一人背負って、罪人にさせられたのだ。

死傷者の多くはアキトの放った極大のファイヤーボールの犠牲によるものだが、軍はそのことを公に出来ない。
だから、アキトは負い目を感じて、面会にも来なかったのだろう。

あるいは、肉欲の目標をヒナから、別の者に変えたのかもしれない。

「いよいよですか?」

「そうだ。まもなくキノクニキャラバンが出発する。それに併せて、お前も移送だ。」

ヒナは力なく牢を出た。



ヒナが出獄する3日前、アキトは教会に居た。
ヘレナに呼ばれたのだ。
ヘレナがアキトの心を読みながら言った。

「アキトさん、今日キノクニキャラバンが到着しました。3日後にはゲラニへ向けて出発します。
私もヒナを連れて、キャラバンと一緒にゲラニへ行くつもりです。貴方はどうしますか?」

アキトは、ヒナのことは、肉欲の対象とすることを諦めていた。
ヒナの心からソウを排除できそうになかったからだ。
アキトの次の目標は、レイシアだった。
晩餐会の夜、レイシアを見た時、アキトは驚いた。

(この世界にこれほどの美女がいるとは・・・)

早速食指を動かしたが、なぜだかレイシアはそっけない。
それどころか、イツキごときと仲良くしている。

他の同級生から聞いたが、イツキは晩餐会どころか、何度か、お茶会に呼ばれてレイシアと親交を深めているという。

イツキごときに自分の獲物をさらわれるとは・・
アキトにとっては大きな屈辱だった。
同級生には食指が動くような相手はいないし、この街にも、その対象はいなくなった。

「ヘレナさん。私も一緒に連れて行ってもらえませんか。首都へ」

ヘレナの思うツボだった。

「よろしいですわよ。外ならぬアキトさんの頼みですから。ただし条件があります。」

「何でしょう。」

「清江さんはじめ、他の方々も、首都へ同行させてください。それもゲラン国民として。」

ヘレナは、清江達一行を全員、兵士にするか、器にするようグンターから命令されていた。

「ああ、そんなことなら、簡単です。私が全員を説得しますよ。」

「そうですか、それではお任せします。」

その夜、アキトは同級生全員を宿屋の一階へ集めた。

「皆さん、お集まりいただいてありがとうございます。今日お集り頂いたのは、今後の事です。
現在、私たちは漂流民といっていいほど、不確かな身分です。今後日本に帰るには、どこかに拠点を設けて、じっくりと帰り方を検討すべきです。」

木村がアキトに近寄る。

「ここじゃ駄目なのか?」

アキトは木村をチラリと見た後、生徒達に再び目を向ける。

「ここでは、だめです。まもなく我々の資金も底をつくでしょうし、何よりも田舎すぎて、日本に関する情報が何も入ってきません。

ヘレナさんに聞くところによると、首都にはキノクニという大きな商社があって、そこには畳や、醤油等、日本にちなんだ商品が売られているそうです。首都を目指しましょう。」

清江が目を輝かせて頷く。

「3日後に、そのキノクニのキャラバンが首都向けて出発するそうです。
今ならヘレナさんの計らいで、そのキャラバンに同行することを許されるそうです。ただし、それには条件があります。」

リュウヤが一歩前に出た。

「何だ?条件って?」

「条件は、至極簡単です。我々がこの国ゲランの国民となることです。
我々のような漂流民、難民をこの国は正式に国民として受け入れてくれるそうです。こんなありがたい話は無いでしょう。」

アキトは弁舌も立つ。
生徒会での活動経歴も生きているのだろう。

「今すぐとはいいません。しかし明日の夜までには、ヘレナさんに回答しなければならないので、よく考えてください。」

キリコが黙ってアキトを見つめている。

(アキトの言葉に嘘は無い。でも何かがひっかかる。)

アキトは嘘をついては無かった。

ただ、ゲラン国民には徴兵義務があり、ゲラン国はまもなく戦時下になるということをあえて言わなかっただけだ。

清江がアキトの横に並んだ。

「私は、アキト君に賛成よ。首都をめざすわ。このままでは何も変わらないわ。」

清江の一言が生徒達に大きな影響を与えた。

「私も行くわ」
「俺も」
「俺もだ」

生徒たちは口々に参加の意思を表明した。

「アキト君。」

イツキがアキトを睨んだ。

「なんだい。スギシタ。」

「アキト君は、言い忘れていないですか?」

「何を?」

「徴兵義務の事ですよ。」

イツキはヒナの弁護の為に、この国の軍治法典を読破していた。
だから、この国は男女を問わず、徴兵義務があることを知っていたのだ。

「そうだね。確かに徴兵義務はあるが、それは、ほとんどの場合、男は三ヶ月、女は一ヶ月の軍事訓練で終わる。

不安をあおりたくなかったから、言わなかったが、君は一緒に行かないのか?」

アキトの言うことは嘘ではない。
平常時ならば・・

「いや・・・僕も行くつもりだけど・・・」

イツキ、レン、ウタは、首都へ移送されるヒナについて行くつもりだった。

「それなら、皆の不安をあおるようなことは止めてくれ。君は皆を分裂させたいのか?ソウの味方して、私達と敵対するつもりか?」

「いや、そういうわけでは・・・」

生徒達がイツキを白い目で見ている。

「俺は、ここに残る。」

皆が一斉に発言の主を見た。

木村学だった。

木村は嫌気がさしていた。
木村はごく普通の高校教諭だ。
それなりに責任感もあり、遭難から一年、生徒たちの面倒もしっかり見てきたつもりだ。

しかし、この一年の苦労は報われたとは言えない。
清江や木村を頼り切って、何もしない生徒も多かった。
生徒達の生活費も木村が所持品を売ったり、時には労働もして賄ってきた。

それに首都へ行けば大人の木村は、徴兵されて戦場へ送られる可能性が高い。
木村は引率責任という縛りに疲れていた。
それに生きていたかった。

「皆にはすまん。だが、俺はこれ以上旅をする自信が無い。皆のように加護も発動しない。一緒に行けば、迷惑さへかけるかもしれん。我ままだが、ここに残りたい。」

アキトが木村を睨む

「木村先生、責任を放棄するのですか?」

そこへキャビンアテンダントの前田が割り込んだ。

「もう、許してください。私達も木村先生も精いっぱい皆様に尽くしてきました。ここで自由にさせて下さい。」

前田も木村同様、航空会社の社員として、遭難に責任を感じ、旅客の生徒達に尽くしてきた。
前田の同僚、鈴木も同じだ。

前田の言葉に誰も逆らえなかった。

結局、この街ブテラに木村、前田、鈴木の3人を残し、後の40人が、国籍をゲランに移して、キノクニキャラバンへ同行することになった。

翌日の夜、教会でアキトがヘレナに報告した。

「すみません。3人が言うことを聞かなくて結局、私を含めて40名になりました。」

「いえいえ、上出来ですよ。これで、アキトさんと一緒に首都へ行けますね。」

「はい。よろしくお願いします。」

アキトは報告を終えて、教会から出た。

「うまくいったようだな。」

グンターだ。

「はい。3人は予定外でしたが、そもそもあの3人は器も小さく、加護もありません。放っておいても問題ないでしょう。」

「駄目だ。例外を出すな。小さくても良いから器にしろ。ヒュドラ様の復活に役立ててやれ。それが3人の幸せでもあるだろう。名誉の殉死だ。」

「わかりました。聖なるグンター様。」

「ワシも来春にはゲラニへ行く、教皇様のご下命だ。いよいよワシも枢機卿になるはずだ。」

「おめでとうございます。」

「それまでに、ワシの私兵を増やしておけ。」

「聖なるグンター様、仰せのままに。」


キャラバン出発当日、清江達は馬車内に居たが、ヒナはキャラバンの最後尾を縄に繋がれ、囚人服を着たまま歩かされていた。

ヘレナが、見せしめのために、そして軍事作戦失敗の矛先がヘレナに向かわぬように、そうしたのだ。
ヘレナはヒナのすぐ前を馬車で移動している。

手には幾つかの青い球を持って掌で転がしている。

キャラバンがブテラの検問所を通り過ぎようとした時、地元住民が集まってきた。
群衆の中から一人の中年女性が、キャラバン後尾に駆け寄り、石を投げた。

石はヒナの額に当たった。
ヒナの額からは血が流れている。

「この悪魔めー、息子を返せ。」

ヒナがその声の主を見る。
ヒナが腰痛を治してやった果物売りの女性だった。

「おばさん・・」

女性の投石をきっかけに、群衆からヤジが飛ぶ。

「裏切者!!」

「何が聖女だ。メス狐め。」

「戦場で死んでこい!」

皆、ソウとの戦闘で死んだ兵士の遺族だった。

ヒナを引きずるようにしてキノクニキャラバンは、ブテラの街を後にした。
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