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第二章 奴隷編
第39話 ヒナの叫び ここは危ないわ
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ウルフの進路にアキトが立ち塞がった。
「ソウ、卑怯だぞ、こんな武器を使って。男なら堂々と勝負しろ。弱い兵士を巻き込むな、皆殺しにするつもりか。」
(何言ってんだこのウスラ馬鹿、ここにいるピンターやルチア、テルマさんまで巻き込んで殺そうとした男の言葉かよ。クソヤロウ)
他の同級生は別にして、アキトには相当の恨みがあった。
俺が凶悪犯と言われだしたのは、アキトが自分勝手な想像を周囲にばらまいたからだ。
アキトをひき殺してこの場を立ち去ろうかと本気で考えた時、アキトの後方に馬車が現れた。
その馬車からヒナが降りてきた。
ヒナに続いてレン、イツキ、そして最後にヘレナが降りてきた。
「どうだ、ソウ。俺と決着をつけようじゃないか。」
アキトがチラリとヒナを見た。
「車・・装甲車から降りて来いよ。どこで見つけたか知らないが、男らしくないぞ、喧嘩に武器をつかうなんて。」
またチラリとヒナを見た。
(何が喧嘩だクソヤロウ。お前がやろうとしたことはただの殺戮じゃないか。極大の魔法ぶっぱなしやがって。ウルフに乗ってなきゃ、ピンター達も死んでたぞ。)
俺は怒りで頭がくらくらしてきた。
それを察したのか、ドルムさんが
「ソウ、挑発に乗るなよ。今のお前じゃ、あいつに勝てない。あの極大の火の玉見ただろう?俺達は無事だったが、屋根に乗ってた兵士は丸焦げだぞ。」
そういば、屋根に乗っていた兵士が居ない。
ウルフの周りをモニター確認したら、黒焦げの死体がいくつか転がっていた。
俺は車載マイクでアキトに向けて話かけた。
「あーあー。おいアキト、何が堂々だ。魔法で不意打ちしやがって、こっちには女子供がいるんだ。俺もろとも殺そうとしたくせに何言ってやがる。」
アキトが少したじろいだ。
「女子供がいるとは知らなかった。でも戦場に女子供を連れてくる方が悪いに決まっている。どこからか誘拐してきた人質だろうが、すぐに解放しろ。そこまで落ちたかソウ。」
(何をまた勝手なことを言ってやがる。クソヤロウ)
アキトは騎馬をヘレナの方へ向け、ヘレナに近寄り何かヘレナ達と話し合っている。
周囲に兵隊がいるが、黒焦げの死体に恐れをなしてウルフに近寄ろうとはしない。
しかし俺は、ヒナやレン、イツキの事が気になってその場を離れることが出来なかった。
ヒナ達の心は俺から離れているかもしれないが、あいつらをダニクのようにさせたくない。
今の状態では、俺の言葉は届かないかもしれないが何とか真実を伝える方法はないだろうか、そんなことを考えているとヒナがゆっくりとウルフに向かってきた。
ウルフの前で立ち止まると
「ソウちゃん。私ソウちゃんのこと信じているから。ここは危ないわ。逃げて、すぐ逃げてー!!!」
ヒナの言葉は予想外だった。
てっきりヒナは俺の事を嫌っていると。
また前のように投降をするよう説得にきたのかと・・・
(ヒナはアキトの仲間で、ヘレナの仲間で、俺の事を信用していない。)
そう思っていた。
ヒナが「逃げて」と叫んだことで、俺は冷静さを取り戻した。
そうだ。今は第三の選択肢、
「殺さずに逃げる。」
それを優先しなければ。
「ナビ、全速でこの場を離脱、首都ゲラニ方面へ行け」
『了解しました。』
俺は、後ろ髪をひかれつつヒナをその場に残して、戦場を離脱した。
(レン、イツキ、ヒナを頼んだぞ。)
時は少し遡る。
ソウがミサイルの先制攻撃をした時、ヒナはレンやイツキと共に部隊の後方に居た。
ドガーン!! ドガーン!!
ヒナ達の前方500メートル位にミサイルが着弾した。
ミサイルの着弾と共に、轟音がして巨大な火柱が上がった。
「うわー、なんだオイ」
レンが慌てる。
「爆弾のようですね。」
イツキは戦場においても意外と冷静だ。
「爆弾って、この世界に爆弾なんてあるのかしら。」
ヒナの胸を不安がよぎる。
「現地人に火薬の知識は無いです。もしあれが火薬なら、ソウ君でしょうね。何か武器を造ったのでしょう。」
イツキの推測は正しかった。
レンがヒナを向いて言った。
「ソウを確認したいが、ここは危険だな。ヒナ、動くなよ。」
「ええ、でもソウちゃんなら会いに行かないと。私、どうしても伝えたいことがあるの。」
「そりゃ無理だ。今の状況では。」
ヒナ、レン、イツキはここへ来るまでの道中、色々と話し合っていた。
具体的な根拠はないが、
ソウが金目当てで人を殺したなんてありえない。
ソウはダニクさんを殺していないだろう。
もし殺したとしても正当防衛か何かだ。
ヘレナさんが怪我をしたのも、何か理由があるはずだ。
アキトや兵士は、ソウが悪魔を召喚したと言っているが、あの時、ソウにそんな余力は残っていなかった。
その場にいたヒナがよく知っている。
あの時、ソウは死ぬ寸前で、何をすることもできなかったはずだ。
もし悪魔がソウの味方でも、ソウが召喚できるはずがない。
ヘレナは、ソウを裁判にかけると言っているが、今の状態でソウが掴まれば、ソウの命が無いのは明らかだ。
ヒナ、レン、イツキ、3人とも明確な根拠は示せないが、全員がソウと歴史を共有していた。
『ソウが誰よりも優しい』
という歴史を
だから、3人の意見は一致した。
『真相がわかるまで、ソウを逃がそう。ソウを信じよう。』
ミサイル着弾後、部隊は乱れに乱れた。
阿鼻叫喚の中、逃げ惑う兵士達、乗り主を振り落として発狂したかのように走り出す騎馬。
不思議なことに、ミサイルは兵隊が密集する部隊中央に着弾せず、部隊の外周に何発か落ちたようだ。
もし、部隊中央に着弾していれば、ヒナ達も無事ではなかっただろう。
そのことが更にヒナの自信を深めた。
(もし、この爆発がソウちゃんの仕業なら、やはりソウちゃんは悪人じゃないわ。だって死者が出ないように気遣っているもの。自分を殺そうとしている人にまで気遣うなんて、ソウちゃん以外ありえない。)
混乱する舞台を立て直したのは、ヘレナだった。
何かの加護なのか、戦場全体によくとおる声で、
「逃げないで、逃げれば貴方達の子や妻が殺されるわ。悪魔は、あの業火で街を焼き尽くすつもりよ。だから、逃げないで。貴方たちが守らなければ家族は殺されるわよ。」
ヒナはヘレナにすこしずつ不信感を抱き始めていた。
今日のこの戦いも、ヘレナがしかけたものだ。
隠れているソウを見つけ出し軍隊総出でソウを殺しに来たのはヘレナなのだ。
それをいつの間にか、
『ソウが悪魔で街を焼き尽くし住人を皆殺しにする。』
などという話にしてしまっている。
一度は烏合の衆と化した兵隊たちも、ヘレナの檄で統制を取り戻し、家族思いの人ほど、早く前線へ出て行った。
最初の2発以降、爆発が起こらないので、ヒナは前線に出ることにした。
馬車を操る兵士に頼んで、馬車ごと前線に出ることにした。
御者の兵士は嫌がったが、ヒナがヒーラーであることを知って、仲間のためにと馬車を出した。
「危ないって。オイ」
レンが引き留めるが、
「怪我した人が居るかもしれないから。」
ヒナはソウに会いたい気持ちもあったが、それと共に、
(もし怪我をした人がいれば治療してあげたい。)
そう言う思いもあって、行軍に同行したのだ。
ヒナは元々おばあちゃん子で、祖母が大好きだった。
祖母が年を取るにつれ、ヒナが成長するにつれ、病身の祖母をいたわる回数が多くなり、肩を叩く度、足をもんであげる度に祖母から
「ヒナは良い子だねぇ。優しい子だねぇ。おばあちゃん以外の人にも優しくしてあげるんだよ」
と褒めてもらっていた。
祖母に褒められるのは両親に褒められるのより嬉しかった。
祖母に褒められたいから、人に優しくする。
人に優しくするのは人間として当たり前のこと。
それがヒナの性格の根本となった。
「大丈夫ですか、しっかりして。」
前線に向かう途中、倒れている何人かの兵士をヒールした。
幸いにも死者はいないようだ。
前線に到着する寸前、ヘレナが馬車に乗り込んできた。
「ヒナさん、またソウ・ホンダが暴れているの。変な馬車で戦場を駆け回っているわ。あの馬車を止める方法を考えているから、その間、ヒナさんはソウ・ホンダを足止めしてちょうだい。」
「はい・・・」
前線に出る直前、巨大な火の玉が見えた。
ドガン!
火の玉の発射元にはアキトが居た。
アキトの放った火の玉が何かに当たった。
業火が鎮火すると、驚いたことに装甲車がそこにあった。
ヒナは軍事兵器等何も知らないが、そこにある物は、ただの車ではなく、『装甲車』と呼ばれる兵器であることは理解できた。
(どうしてこんなものが?)
その装甲車に向けた業火が鎮火すると同時にアキトが装甲車に向けてしゃべりかけた。
「ソウ、卑怯だぞ、こんな武器を使って。男なら堂々と勝負しろ。弱い兵士を巻き込むな、皆殺しにするつもりか。」
そういうアキトの周囲に焼け焦げた兵士の死体がいくつか転がっている。
ヒールも間に合いそうにない。
真っ黒こげだ。
ヒナは黒焦げの死体に気が付いて、嘔吐しそうになった。
(これは、ソウちゃんの仕業じゃない。)
アキトがファイヤーボールを敵味方関係なくぶっぱなした結果だった。
ヒナが嘔吐したい気持ちを抑えていると驚いたことに装甲車からソウの声がした。
「あーあー。おいアキト、何が堂々だ。魔法で不意打ちしやがって、こっちには女子供がいるんだ。俺もろとも殺そうとしたくせに何言ってやがる。」
(女子供?誰なのだろう?)
アキトが呼びかけるがソウは装甲車から出てこない。
(出てこない方がいいわ)
最近のアキトは目を見張るほど強くなっていた。
先程のファイヤーボールしかり、他の攻撃魔法も群を抜いて強くなっていた。
おそらくヘレナよりも強いだろう。
そのことを知るヒナは、ソウにアキトと戦ってほしくなかった。
先ほど見たように、なぜだかアキトはソウに対して容赦がない。
何かの宿敵のようにソウを嫌い、ソウの悪口を言いふらし、ソウに対する攻撃は明らかに致死性の物だ。
だから、ソウには逃げてほしかった。
ソウには逃げるための道具、装甲車がある。
装甲車なら、そそらく強力な武器を装備しているはずだ。
しかし、ソウはその武器を使わない。
その武器を使用しない理由は、ヒナにもよくわかっていた。
ソウは人を殺したくないのだ。
優しいから。
たとえ敵でも殺したくない。
そう願うのがソウの根本的な性格なのだ。
ましてやここにはヒナもレンもイツキもいる。
だからソウは攻撃をしてこない。
しかし攻撃をして相手をやっつけなければ、ソウが死んでしまう。
そのことはソウにも理解できているはずだ。
ここに居る人間はヒナ達を除いて全員がソウを殺しに来ているのだから。
(また、あの時と同じ。ソウちゃんは、私の事を気にして攻撃できないんだ、動けないんだ・・)
アキトは、いくら挑発しても装甲車から出てこないソウに手を焼いている。
おそらく、あの装甲車に対する有効な攻撃手段がないのだろう。
アキトがヘレナにささやいた。
「ヘレナさん。あの車に対する攻撃手段が無いです。でもなぜだかソウは逃げません。たぶんヒナさんやレンやイツキのことが気になっているのでしょう。昔から仲良かったですからね。それを何とか利用できないでしょうか?」
ヘレナがにやりと笑った。
「いい案ね。ウフフ」
ヘレナは短剣を取り出した。
そしてイツキに近づこうとした時
ヒナがソウに向かって叫んだ。
「ソウちゃん!私ソウちゃんのこと信じているから。ここは危ないわ。逃げて、すぐ逃げてー!!!」
(ソウちゃん。私たちの事は気にしないで、今は逃げて・・・)
装甲車は、その場を立ち去った。
ヘレナは密かに短剣を鞘に納めた。
「ソウ、卑怯だぞ、こんな武器を使って。男なら堂々と勝負しろ。弱い兵士を巻き込むな、皆殺しにするつもりか。」
(何言ってんだこのウスラ馬鹿、ここにいるピンターやルチア、テルマさんまで巻き込んで殺そうとした男の言葉かよ。クソヤロウ)
他の同級生は別にして、アキトには相当の恨みがあった。
俺が凶悪犯と言われだしたのは、アキトが自分勝手な想像を周囲にばらまいたからだ。
アキトをひき殺してこの場を立ち去ろうかと本気で考えた時、アキトの後方に馬車が現れた。
その馬車からヒナが降りてきた。
ヒナに続いてレン、イツキ、そして最後にヘレナが降りてきた。
「どうだ、ソウ。俺と決着をつけようじゃないか。」
アキトがチラリとヒナを見た。
「車・・装甲車から降りて来いよ。どこで見つけたか知らないが、男らしくないぞ、喧嘩に武器をつかうなんて。」
またチラリとヒナを見た。
(何が喧嘩だクソヤロウ。お前がやろうとしたことはただの殺戮じゃないか。極大の魔法ぶっぱなしやがって。ウルフに乗ってなきゃ、ピンター達も死んでたぞ。)
俺は怒りで頭がくらくらしてきた。
それを察したのか、ドルムさんが
「ソウ、挑発に乗るなよ。今のお前じゃ、あいつに勝てない。あの極大の火の玉見ただろう?俺達は無事だったが、屋根に乗ってた兵士は丸焦げだぞ。」
そういば、屋根に乗っていた兵士が居ない。
ウルフの周りをモニター確認したら、黒焦げの死体がいくつか転がっていた。
俺は車載マイクでアキトに向けて話かけた。
「あーあー。おいアキト、何が堂々だ。魔法で不意打ちしやがって、こっちには女子供がいるんだ。俺もろとも殺そうとしたくせに何言ってやがる。」
アキトが少したじろいだ。
「女子供がいるとは知らなかった。でも戦場に女子供を連れてくる方が悪いに決まっている。どこからか誘拐してきた人質だろうが、すぐに解放しろ。そこまで落ちたかソウ。」
(何をまた勝手なことを言ってやがる。クソヤロウ)
アキトは騎馬をヘレナの方へ向け、ヘレナに近寄り何かヘレナ達と話し合っている。
周囲に兵隊がいるが、黒焦げの死体に恐れをなしてウルフに近寄ろうとはしない。
しかし俺は、ヒナやレン、イツキの事が気になってその場を離れることが出来なかった。
ヒナ達の心は俺から離れているかもしれないが、あいつらをダニクのようにさせたくない。
今の状態では、俺の言葉は届かないかもしれないが何とか真実を伝える方法はないだろうか、そんなことを考えているとヒナがゆっくりとウルフに向かってきた。
ウルフの前で立ち止まると
「ソウちゃん。私ソウちゃんのこと信じているから。ここは危ないわ。逃げて、すぐ逃げてー!!!」
ヒナの言葉は予想外だった。
てっきりヒナは俺の事を嫌っていると。
また前のように投降をするよう説得にきたのかと・・・
(ヒナはアキトの仲間で、ヘレナの仲間で、俺の事を信用していない。)
そう思っていた。
ヒナが「逃げて」と叫んだことで、俺は冷静さを取り戻した。
そうだ。今は第三の選択肢、
「殺さずに逃げる。」
それを優先しなければ。
「ナビ、全速でこの場を離脱、首都ゲラニ方面へ行け」
『了解しました。』
俺は、後ろ髪をひかれつつヒナをその場に残して、戦場を離脱した。
(レン、イツキ、ヒナを頼んだぞ。)
時は少し遡る。
ソウがミサイルの先制攻撃をした時、ヒナはレンやイツキと共に部隊の後方に居た。
ドガーン!! ドガーン!!
ヒナ達の前方500メートル位にミサイルが着弾した。
ミサイルの着弾と共に、轟音がして巨大な火柱が上がった。
「うわー、なんだオイ」
レンが慌てる。
「爆弾のようですね。」
イツキは戦場においても意外と冷静だ。
「爆弾って、この世界に爆弾なんてあるのかしら。」
ヒナの胸を不安がよぎる。
「現地人に火薬の知識は無いです。もしあれが火薬なら、ソウ君でしょうね。何か武器を造ったのでしょう。」
イツキの推測は正しかった。
レンがヒナを向いて言った。
「ソウを確認したいが、ここは危険だな。ヒナ、動くなよ。」
「ええ、でもソウちゃんなら会いに行かないと。私、どうしても伝えたいことがあるの。」
「そりゃ無理だ。今の状況では。」
ヒナ、レン、イツキはここへ来るまでの道中、色々と話し合っていた。
具体的な根拠はないが、
ソウが金目当てで人を殺したなんてありえない。
ソウはダニクさんを殺していないだろう。
もし殺したとしても正当防衛か何かだ。
ヘレナさんが怪我をしたのも、何か理由があるはずだ。
アキトや兵士は、ソウが悪魔を召喚したと言っているが、あの時、ソウにそんな余力は残っていなかった。
その場にいたヒナがよく知っている。
あの時、ソウは死ぬ寸前で、何をすることもできなかったはずだ。
もし悪魔がソウの味方でも、ソウが召喚できるはずがない。
ヘレナは、ソウを裁判にかけると言っているが、今の状態でソウが掴まれば、ソウの命が無いのは明らかだ。
ヒナ、レン、イツキ、3人とも明確な根拠は示せないが、全員がソウと歴史を共有していた。
『ソウが誰よりも優しい』
という歴史を
だから、3人の意見は一致した。
『真相がわかるまで、ソウを逃がそう。ソウを信じよう。』
ミサイル着弾後、部隊は乱れに乱れた。
阿鼻叫喚の中、逃げ惑う兵士達、乗り主を振り落として発狂したかのように走り出す騎馬。
不思議なことに、ミサイルは兵隊が密集する部隊中央に着弾せず、部隊の外周に何発か落ちたようだ。
もし、部隊中央に着弾していれば、ヒナ達も無事ではなかっただろう。
そのことが更にヒナの自信を深めた。
(もし、この爆発がソウちゃんの仕業なら、やはりソウちゃんは悪人じゃないわ。だって死者が出ないように気遣っているもの。自分を殺そうとしている人にまで気遣うなんて、ソウちゃん以外ありえない。)
混乱する舞台を立て直したのは、ヘレナだった。
何かの加護なのか、戦場全体によくとおる声で、
「逃げないで、逃げれば貴方達の子や妻が殺されるわ。悪魔は、あの業火で街を焼き尽くすつもりよ。だから、逃げないで。貴方たちが守らなければ家族は殺されるわよ。」
ヒナはヘレナにすこしずつ不信感を抱き始めていた。
今日のこの戦いも、ヘレナがしかけたものだ。
隠れているソウを見つけ出し軍隊総出でソウを殺しに来たのはヘレナなのだ。
それをいつの間にか、
『ソウが悪魔で街を焼き尽くし住人を皆殺しにする。』
などという話にしてしまっている。
一度は烏合の衆と化した兵隊たちも、ヘレナの檄で統制を取り戻し、家族思いの人ほど、早く前線へ出て行った。
最初の2発以降、爆発が起こらないので、ヒナは前線に出ることにした。
馬車を操る兵士に頼んで、馬車ごと前線に出ることにした。
御者の兵士は嫌がったが、ヒナがヒーラーであることを知って、仲間のためにと馬車を出した。
「危ないって。オイ」
レンが引き留めるが、
「怪我した人が居るかもしれないから。」
ヒナはソウに会いたい気持ちもあったが、それと共に、
(もし怪我をした人がいれば治療してあげたい。)
そう言う思いもあって、行軍に同行したのだ。
ヒナは元々おばあちゃん子で、祖母が大好きだった。
祖母が年を取るにつれ、ヒナが成長するにつれ、病身の祖母をいたわる回数が多くなり、肩を叩く度、足をもんであげる度に祖母から
「ヒナは良い子だねぇ。優しい子だねぇ。おばあちゃん以外の人にも優しくしてあげるんだよ」
と褒めてもらっていた。
祖母に褒められるのは両親に褒められるのより嬉しかった。
祖母に褒められたいから、人に優しくする。
人に優しくするのは人間として当たり前のこと。
それがヒナの性格の根本となった。
「大丈夫ですか、しっかりして。」
前線に向かう途中、倒れている何人かの兵士をヒールした。
幸いにも死者はいないようだ。
前線に到着する寸前、ヘレナが馬車に乗り込んできた。
「ヒナさん、またソウ・ホンダが暴れているの。変な馬車で戦場を駆け回っているわ。あの馬車を止める方法を考えているから、その間、ヒナさんはソウ・ホンダを足止めしてちょうだい。」
「はい・・・」
前線に出る直前、巨大な火の玉が見えた。
ドガン!
火の玉の発射元にはアキトが居た。
アキトの放った火の玉が何かに当たった。
業火が鎮火すると、驚いたことに装甲車がそこにあった。
ヒナは軍事兵器等何も知らないが、そこにある物は、ただの車ではなく、『装甲車』と呼ばれる兵器であることは理解できた。
(どうしてこんなものが?)
その装甲車に向けた業火が鎮火すると同時にアキトが装甲車に向けてしゃべりかけた。
「ソウ、卑怯だぞ、こんな武器を使って。男なら堂々と勝負しろ。弱い兵士を巻き込むな、皆殺しにするつもりか。」
そういうアキトの周囲に焼け焦げた兵士の死体がいくつか転がっている。
ヒールも間に合いそうにない。
真っ黒こげだ。
ヒナは黒焦げの死体に気が付いて、嘔吐しそうになった。
(これは、ソウちゃんの仕業じゃない。)
アキトがファイヤーボールを敵味方関係なくぶっぱなした結果だった。
ヒナが嘔吐したい気持ちを抑えていると驚いたことに装甲車からソウの声がした。
「あーあー。おいアキト、何が堂々だ。魔法で不意打ちしやがって、こっちには女子供がいるんだ。俺もろとも殺そうとしたくせに何言ってやがる。」
(女子供?誰なのだろう?)
アキトが呼びかけるがソウは装甲車から出てこない。
(出てこない方がいいわ)
最近のアキトは目を見張るほど強くなっていた。
先程のファイヤーボールしかり、他の攻撃魔法も群を抜いて強くなっていた。
おそらくヘレナよりも強いだろう。
そのことを知るヒナは、ソウにアキトと戦ってほしくなかった。
先ほど見たように、なぜだかアキトはソウに対して容赦がない。
何かの宿敵のようにソウを嫌い、ソウの悪口を言いふらし、ソウに対する攻撃は明らかに致死性の物だ。
だから、ソウには逃げてほしかった。
ソウには逃げるための道具、装甲車がある。
装甲車なら、そそらく強力な武器を装備しているはずだ。
しかし、ソウはその武器を使わない。
その武器を使用しない理由は、ヒナにもよくわかっていた。
ソウは人を殺したくないのだ。
優しいから。
たとえ敵でも殺したくない。
そう願うのがソウの根本的な性格なのだ。
ましてやここにはヒナもレンもイツキもいる。
だからソウは攻撃をしてこない。
しかし攻撃をして相手をやっつけなければ、ソウが死んでしまう。
そのことはソウにも理解できているはずだ。
ここに居る人間はヒナ達を除いて全員がソウを殺しに来ているのだから。
(また、あの時と同じ。ソウちゃんは、私の事を気にして攻撃できないんだ、動けないんだ・・)
アキトは、いくら挑発しても装甲車から出てこないソウに手を焼いている。
おそらく、あの装甲車に対する有効な攻撃手段がないのだろう。
アキトがヘレナにささやいた。
「ヘレナさん。あの車に対する攻撃手段が無いです。でもなぜだかソウは逃げません。たぶんヒナさんやレンやイツキのことが気になっているのでしょう。昔から仲良かったですからね。それを何とか利用できないでしょうか?」
ヘレナがにやりと笑った。
「いい案ね。ウフフ」
ヘレナは短剣を取り出した。
そしてイツキに近づこうとした時
ヒナがソウに向かって叫んだ。
「ソウちゃん!私ソウちゃんのこと信じているから。ここは危ないわ。逃げて、すぐ逃げてー!!!」
(ソウちゃん。私たちの事は気にしないで、今は逃げて・・・)
装甲車は、その場を立ち去った。
ヘレナは密かに短剣を鞘に納めた。
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『皇帝になれない無能皇子』
皇帝ガレスと娼婦ソーニャの間に生まれた第七皇子ルクスは、魔力が少ないからという理由で無能皇子と呼ばれ冷遇されていた。
だが実はルクスの中身は転生者であり、自分と母親の身を守るために、ルクスは魔法を極めることに。
毎日人知れず死に物狂いの努力を続けた結果、ルクスの体内魔力量は拡張されていき、魔法の威力もどんどん向上していき……
『なんだあの威力の魔法は…?』
『モンスターの群れをたった一人で壊滅させただと…?』
『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ…?』
『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』
そして気がつけば周囲を畏怖させてしまうほどの魔法使いの逸材へと成長していたのだった。
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