異世界修学旅行で人狼になりました。

ていぞう

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第二章 奴隷編

第34話 イツキとレイシア 子犬のワルツ

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宿屋の一階で、イツキ、レン、ウタがテーブルを囲んで話し合っている。
イツキがウタに話しかける。

「ヒナさんの具合どうですか?」

「それがねー、意識はしっかりしているのだけど、何も話そうとしないのよ。相当ショックなことがあったようね。」

レンがウタを見る。

「アキトの話が本当なら、そらショックだよな。あのソウが悪魔の仲間なんて。」

レンが聞いたアキトの話というのは、こうだ。

あの日、

ソウを発見したヒナがソウを説得して、投降を呼びかけたがソウは聞き入れず、魔剣でアキトや兵士達、ヒナまでも皆殺しにしようとした。

やむをえず、アキトが魔法で反撃したところ、アキトの魔法が効いて、ソウを倒した。

ところが、どうやったのか知らないけれど、ソウが本物の悪魔を召喚して、全員を殺そうとした。

討伐隊20名全員が、その場で気絶したが幸いにも死者は出なかった。

ヒナ同様、後遺症で苦しみ、寝込んだままの兵士が複数いる。

ということだった。

アキトの話は時系列を変えているものの、客観的には事実に近く、アキトの話を真実だと証言する兵士が複数いた。

「僕は、どうしても信じられませんよ。あの優しいソウ君が悪魔の仲間なんて。何か理由があるはずです。何か・・」

イツキはソウを信じていた。

イツキにとってソウは初めての友達だったし、捨て猫の件や、その他、ソウの優しさを証明する幾つものエピソードをソウと共有していたからだ。

「俺だって、ソウを信じているぞ。オイ。ソウは悪人じゃない。それは間違いない。ウン。」

レンもソウを信じているようだ。

「あんた達3人は、いつも一緒だもんねぇ。女の私から見ても、あんた達の友情は美しいわよ。でもね、こう悪条件が重なっちゃうとソウ君の立場回復は難しいと思うわよ。そりゃ、私だってソウ君を信じてあげたいけどね・・」

少し空気が重くなった。

「皆さん、おはようございます。支度は出来ましたか?」

清江が話しかけてきた。

イツキ達は、領主の三女「レイシア」から「お茶会」への誘いを受けていた。

生徒全員ではなく、イツキを名指しでの招待だった。

招待状には

親愛なるイツキ様、先日の宴では、イツキ様の故郷のお話を、とても興味深く、また楽しく拝聴はいちょう致しました。
つきましては、そのお話の続きをお伺いしたく、ぶしつけながら、私主催の茶会へ招待させていただきたく存じます。

もしご都合がよろしければ、お友達をご同伴のうえ、当家までおいでくださいませ。
                      

敬具
                          レイシア

と書かれていた。
招待状には開催日時が書かれていなかったが、使者の話によると、イツキの都合の良い日に開催するとのこと。

つまり、お茶会ありきではなく、『イツキの都合の良い日にレイシアがイツキに会いたい。』
ということだ。

イツキは

(貴族と言うのはまわりくどいな・・)

と思ったが、あの綺麗な、アイドルのようなレイシアに会えるのは嬉しかったので二つ返事で参加することを使者に伝えた。

今日が、そのお茶会の日なのだ。

レイシアの招待状には、

『お友達同伴で』

と書かれていたのでイツキは迷うことなく、レンとウタを同伴することに決めた。

本当はヒナも連れて行く予定だったが、ヒナは寝込んでいるので、代わりに保護者として清江に同行してもらうことにしたのだ。

イツキ達一行は、迎えの馬車に乗り込んだ。

「それにしても、レイシアさんは、よほど僕たちの世界に興味があるのですね。お茶会まで催して話を聞きたいなんて。」

イツキが無邪気に言う。

「イツキ君、あんた頭は良いけど、馬鹿でしょ?」

ウタが笑う。

「え?どうして?」

「レイシアさんのお目当てはね、イツキ君のお話じゃなくて、イツキ君そのものよ。ニブイにもほどがあるでしょ。ね、先生」

話をふられた清江は少し戸惑う。

「え、え?ああ、そうかもしれませんね。ホホ」

レンがウタに向かって

「そうなのか?オイ」

と、問いかける。

「そうに決まっているでしょ、こないだの晩餐会でイツキ君と会話する時のレイシアさん。
 目がハートマークになっていたわよ。間違いないわ、あれは恋する乙女の目よ。」

(そ、そんな・・どうしよう)

イツキとて男、女性に興味がないわけではない。しかし日本に居た頃は、ウタとヒナ以外の女性とは世間話すらしたことが無かった。

ウタとヒナは、ソウと仲良しなので、自然とグループ的な会話をすることが多かったが、異性と意識して話したことは無い。

先日の晩餐会では、自分の語学力を試したいという気持ちもあったし、外国語なので口説き文句ともとれる言葉を並べることができたのだ。

まさか、あのアイドルみたいなレイシアが自分に好意を持ってくれるとは、微塵も思っていなかった。

「どうしよう、緊張してきた。」

イツキが縮まる。

「どうしようも、こうしようもあるかオイ。イツキが告白するわけじゃないぞ。ウン。
 告白されるかもしれないけどな。ワハハ。」
レンがちゃかす。

そうこうしているうちに馬車は領主の城に着いた。

馬車を降りると20人以上の召使が通路を挟むように並んでいて、通路の進行方向、玄関前できらびやかな服装の女性3人が待ち構えていた。

「ようこそ、おいで下さいました。」

レイシアが出迎えた。

レイシアの挨拶と共に左右の召使が一斉に頭を下げた。

イツキは清江が挨拶をすると思って黙っていたら、ウタに背中を押された。

「あ、あ、ありがとうございます。」

更にウタがイツキのお尻をつねる。

「う!あ、本日は、お招きにあずかり、光栄に存じます。お言葉に甘えて、友人を同伴しました。よろしくお願いいたします。」

「はい。私共もイツキ様がおいでるのをとても楽しみにしておりました。今日は、ごゆるりとお茶をお楽しみください。」

レイシアは裾が大きく広がったピンクのドレスを着ていて、それが風になびき、よく手入れの行き届いた庭の景色とあいまって妖精のような雰囲気を漂わせていた。

(綺麗だ・・・)

イツキは心からそう思った。

イツキ達は、前回の晩餐会場の隣にある、部屋へ案内された。

部屋の中には4~5人用のテーブルが二つ並べて置かれ、テーブルの上には色とりどりの果物や菓子が置かれていた。

テーブルの傍には執事とメイドが6人いて、まず客であるイツキ達をエスコートして着座させた。

遅れて、イツキの隣にレイシアが座った。

レイシアの友達であろう二人の美女が隣のテーブルのレンを挟むように座った。

部屋の中には、あちこちに花が飾られ、出入り口の反対方向は大きく解放されていて中庭に出入りすることが出来た。

中庭に色とりどりのバラが咲いている。

部屋の中に飾られた花も、中庭で栽培してるバラかもしれない。

部屋の中でイツキの目を引いたのが、部屋の隅に置かれたグランドピアノだ。

(この世界にもピアノがあるんだ・・・)

「それでは、皆様、どうぞ、ごゆるりとご歓談下さいませ。」

レイシアの言葉をきっかけに執事たちがお茶を注いでまわる。

いい香りがする。
紅茶の様な香りだ。

イツキが少し香りを楽しんだ後、茶を少しだけ口に含む。

ダージリンのようなストレートティーではない。

今は亡き母親がフランスから取り寄せた『オレンジジャイプール』というフレーバーティーによく似ている。

イツキは久しぶりの紅茶を楽しみながら、少しだけ母親を思い出していた。

「いかがでしょう。お気に召しましたかしら?」

レイシアが話しかけてきた。

「はい。とてもおいしゅうございます。淡いオレンジの香りが好きです。母親もこのお茶が大好きでした。」

「そうですか、お気に召されてなによりです。お母さまもお好きだった。ということは・・」

「はい、私が幼い頃に他界いたしました。」

「それは、残念です。実は私も何年か前に母を亡くしております。・・・あら、しめっぽいお話になりましたわね。イツキ様、貴方のことをもう少しお聞かせください。何かご趣味がおありですか?」

スタンダードな話になってきた。

「あ、趣味と言えるほどじゃないですが、音楽が好きです。」

「まあ、私も音楽に興味がありましてよ。どのような音楽がお好きですか?」

イツキはピアノに目をやった。

「幼い頃から、ピアノを習っていました。クラシックも好きですが、ボカロの曲も好きです。」

「クラシックとかボカロというのは初耳ですね。ウフフ」

「あ、そうか・・・あのー・・もし、よろしければ実際にクラシックとボカロを弾いてみたいのですが、よろしいでしょうか?」

レイシアの目が輝いた。

「ぜひ、ぜひお願いしますわ。」

イツキは席を立ち、ピアノに向かった。

(さて、何を弾こうかな・・・)

イツキが選曲を迷っていたところ、中庭から子犬がレイシアに駆け寄ってきた。

「まあ、『ピノ』お客様の前で、はしたないですわよ。あっち行ってらっしゃい。」

レイシアの飼い犬のようだ。
元の世界のポラメニアンに似ている。

「ピノという名前ですか、可愛いですね。・・・そうだ、その子犬をテーマにした曲を弾きましょう。」

イツキはショパン作『子犬のワルツ』を弾き始めた。

子犬のワルツはショパンが恋人といる時、かけよってきた子犬をテーマに即興で作曲したといわれている曲だ。

部屋の中に軽快な音色が流れる。
レイシアの飼い犬、『ピノ』も曲に合わせるようにクルクルと踊っている。

部屋にいる者全員がイツキのピアノの音色に耳を傾けている。

ピアノの音色が部屋中に響き渡り、幸せな空気が満たされていくようだった。

曲が終わる。

『『『パチパチパチパチ♪』』』

(あたたまってきましたね。少し無理があるかもしれませんが、やってみましょう。)

イツキが拍手に気を良くして、自分が一番好きな曲を弾きはじめる。

『千本桜ピアノver』

元の世界、ネット上では超有名なボーカロイドの曲

この世界で受け入れられるかどうか、少し不安だったが、

(コンサートじゃないし、自分の好きな曲を弾こう・・)


静かな音色の導入部分

レンとウタが

「お!」

という顔をしている。

一度落ち着いて少し激しめのAメロ♪

ジャズ編曲した16分音符が連続するBメロ♪

Aメロに戻って少し落ち着き、

大音量のラスサビ

そして静かなエンディング。

曲が終わる。

(キモチイイー♪)

イツキは、この世界に来て音楽の存在を忘れていた。

毎日が現実離れした苦しい世界で、普通ならあり得ない体験をしていた。

飛行機の墜落、苦行続きの旅、悪魔だと罵られている親友、いつ元の世界へ帰れるかわからない不安。

いつのまにか心がすさんでいた。

しかし、自分が引いたピアノの音が、その苦しさや不安を洗い流すような気がした。

レンが立ち上がる。

「おおー!いいぞ、イツキ。オイ」

ウタは少し涙ぐんでる。

「すごいわよ。イツキ君。」

清江も拍手をしている。

レイシアは・・・・

口をポカンと開けて、こっちを見ている。

「お気に召しませんでしたか?」

イツキがレイシアに話しかけた。

「あ、あ、・・・違います。違います。あまりにも素敵すぎて、感情に体がついていけなかったというか、驚いたというか・・・でも、とても素晴らしかったです。」

と言いながら拍手をした。

レイシアの拍手に合わせて、執事達も一斉に拍手を始めた。

(レイシアさん達には、少し刺激が強すぎたかな、この曲・・・)

イツキがピアノから離れようとした時、レイシアが

「あ、あ、イツキ様、もう一曲お願いできませんか、イツキ様のピアノの音色を心に残しておきたいです。」

「あ、はい。なにか、ご希望はございますか?」

「はい。にぎやかな曲も好きですが、できれば穏やかな曲を・・」

「わかりました。」

イツキはなにげなく壁の肖像画に目をやった。
どことなくレイシアに似ている。

「あの絵は、お母上ですか?」

「そうですわ、優しい母でした。」

イツキは最後の演奏曲を決めた。

『別れの曲』 

この曲はショパンをして

「この曲以上の美しい旋律を作ることはできないだろう。」

と言わしめた名曲中の名曲だ。

優しく静かな導入部
穏やかな日常を思わせる中間部分
何事かの変化で感情が揺れ動くと感じられる終盤

(別れたくないけれど、どうしても別れなければならない・・わかって欲しい。)

そんな言葉が思い浮かぶエンディング

イツキは自分の母親の事を想いながら、『別れの曲』を弾いた。

(母様、母様の手のぬくもりを忘れたことがありません。もっと貴方とお話したかったです。母様、お別れしたくはありませんでした。でも仕方がなかったのですよね・・。母様、母様)

その思いは観衆に届いたようだ。


ウタ、レン、清江が涙ぐんでいる。
レイシアの友達も召使たちも涙を溜めている。

レイシアはボロボロと涙をこぼしながらイツキを見つめている。
人目をはばからず。

周囲の視線に気が付いたレイシアがあわててハンカチで涙を拭う。

頬を赤く染めて言った。

「お恥ずかしいところをお見せいたしました。なんと、なんと素晴らしい曲でしょうか。
心が大きく動きました。生まれてからこのかた、これほど感情が動いたことはございません。
まるで、あの日の母上が目の前にいるようで・・・イツキ様は、私の感情を大きく動かす力をお持ちですのね。今までそのような男性にお会いしたことがございません。」

イツキに対する最大の賛辞だ。

イツキのピアノが終わってからも、イツキの話題で盛り上がっている。

レンもウタもイツキは自慢の友達だと話しているようだ。

「イツキ様、もしよろしければ、お庭に出ませんか?」

イツキは食べかけていた菓子を皿に戻した。
ハンカチで口を拭いながら

「はい。」

(このシチェーションは・・・漫画やドラマでよく見る・・・まさかね。アハハ)

中庭は綺麗にガーデニングされていた。

クレマチス、ゼラニウム、マリーゴールド、ガーベラ、ラベンダー等が綺麗に咲いていた。
温暖な気候のせいか、開花時期が異なるはずの花も一緒に咲いていた。

特に綺麗なのはバラ。

色とりどりのバラが配置よく植えられていて、ひときわ目を引くのがバラのアーチだった。

レイシアは少し歩いた後、バラのアーチの下でこう言った。

「私にはあまり時間がございません。無礼を承知で申し上げます。イツキ様は素晴らし男性です。・・・お慕い申し上げております。」

(・・・・・ええ~!!!)

(ど、ど、ど、ど、どうしよう~)

イツキもレイシアのことが好きだった。

しかしレイシアは異世界の住人、果たして自分の気持ちを打ち明けていいものか・・・

その時、この場面とは似つかわしくない光景が頭に浮かんだ。

大ウミヘビに飲み込まれた同級生の姿だ。

(・・・僕も、いつか、あんな風に死ぬかも知れない。死ぬまでに一度でいいから恋愛というものを経験したい。僕は間違いなくレイシアさんが好きだ。そこに嘘は無い。だったら・)

「レイシア様、私がこのようなことを申し上げれば、咎めを受けるかもしれません。それでも、それでも自分に嘘はつけません。私もレイシア様が好きです。大好きです。」

二人は正面を向き合って手を取り合い、顔を真っ赤にした。

しかし、そこまでで、それ以上の進展はなかった。
進展のさせ方を、お互い知らなかったのだ。

無言で見つめあう二人、・・・白い蝶が二人の前を横切った。

「あ、そうだ、レイシア様、時間がないというのは?」

「はい。私まもなく、来春の留学に備えて旅立ちますの。行先は首都ゲラニです。ですから最後にイツキ様にお会いしたかったのです。」

「そうですか、それは残念です。いずれ私に力がついたら、必ず会いに行きます。レイシア様」

「はい。イツキ様」
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