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第二章 奴隷編
第33話 心の変化 ソウちゃん、会いたい。
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ヒナは熱を出して宿のベッドで寝込んでいた。
あの日、討伐隊に組み込まれて、ソウを探していた。
本当は「討伐隊」つまりソウを殺す行為に加担したくなかった。
それでもソウが街の脅威で、探し出さなければならないというアキトの意見に反論することが出来ず、いやいやながらも討伐隊に参加してしまった。
討伐隊の班編成はヘレナがおこなったが、ヒナはなぜだかアキトの班へ組み込まれていた。
討伐隊が出発する前にヒナはヘレナに質問していた。
「ヘレナさん。もし討伐隊がソウちゃんを見つけた場合、ソウちゃんは、どうなりますか?」
ヘレナはヒナに同情するような表情でこう答えた。
「ソウ・ホンダを見つけた場合。ソウ・ホンダが抵抗しなければ、捕縛して裁判にかけます。
裁判の結果にもよりますが、最悪の場合、死刑でしょうね。しかし、ソウ・ホンダは何者かに操られているかもしれません。その場合は死刑を回避できるかもしれませんよ。」
「それは、どういうことですか?」
「この世界には『ドレイモン』という加護があります。ドレイモンにかかれば、その人の意志に寄らず、行動を起こしてしまいます。
つまり誰かのいいなりになってドレイモンを受けた人が、道具のように使われます。
誰かが短剣で人を刺したとします。刺した人は当然罪人ですが、短剣その物には罪が無いですよね。そういう理屈です。」
「それなら、少し納得できる気がします。ソウちゃんが、お金目当てで人殺しするなんて、どうしても信じられないのです。」
「そうですか、それならば貴方がソウ・ホンダの無実を証明してあげるのが良いでしょう。
ただし、ソウ・ホンダが無抵抗で捕まればの話ですよ。我々にしてみれば、ソウ・ホンダが反撃すれば、当然のこと兵士や皆さんの命を優先します。
場合によってはその場で殺してもかまわないと命令を出しています。ですから、ヒナさんは、ソウ・ホンダが抵抗しないよう、これ以上罪を重ねないよう、ソウ・ホンダを説得してみてください。
それが皆の幸せにもつながりますよ。」
ヘレナは、ヒナに説明をする時、自己のスキル
『作話』
を使っていた。
『詐話』は、嘘の言葉を本当であるかのように思い込ませるスキルだ。
『詐話』はレベルが上がれば、目の前にある白いものを黒だと信じ込ませることが出来るスキルだ。
しかし、もっとも効果的なのは、作り話の中に、いくつかの真実を混ぜ込むことで、ストーリー全体を本物と錯覚させるのが、本来の使用方法なのだ。
ヒナは、その『詐話』にかかってしまった。
ヘレナの本心は、裁判などかけず、その場で殺すか、生きて捕まえることが出来れば『器』を取り出した後に殺すつもりだった。
どちらに転んでもソウの死は確定していた。
しかしヘレナは確定しているソウの死を意識的に薄めた。
「ソウが死刑になるかもしれない。」
「抵抗すれば殺せと命令している。」
という真実を織り交ぜて
「裁判になれば無罪になるかもしれない。」
という嘘をヒナに信じ込ませたのだ。
ソウの確定的な死を隠すことによって、ソウに近しいヒナを利用しソウの捕獲率を上げたかったのだ。
「わかりました。ソウちゃんを見つけたら私が説得します。」
ヒナはすっかり、ヘレナの術中にはまった。
夕方から、隊列を組んで市中のパトロールに出かけた。
ヒナは兵士に守られるように隊列の中心にいた。
ヒナの横にはアキトが居て、しきりに話しかけてくる。
「ヒナさん、こないだは、怖かったでしょう。ダニクさんが殺される場面に出くわしたのはきついですよね。
男の俺でも少し、引きました。もっともすぐに立ち直って戦いましたけどね。」
ヒナはこの世界に来る前まではアキトに憧れていた。
スポーツ万能で生徒会長、イケメンで優しい。
テレビで見るタレントに向けるような視線でアキトを見ていた。
しかし、この世界に来て行動を共にするうち、その気持ちが薄れてきた。
うまく説明は出来ないが、アキトの行動の全てが
(薄っぺらい)
と感じるようになってきたのだ。
礼拝堂でアキトがソウと戦った時までは、さほど意識しなかったし、どちらかといえば頼りにしていた。
しかし、その後アキトがソウのことを
「人殺し」
「殺人犯」
「凶悪殺人犯」
「殺人狂」
と悪口を言うたびに、違和感を覚えた。
(ソウちゃんは殺人狂なんかじゃないわ)
アキトに反発する自分が居た。
だから、こうしてアキトと並んで歩くのは、少し嫌だった。
もしアキトがソウを先に見つければ、今までの状況からして、アキトはソウに警告することなどせず、いきなり攻撃をしかけるだろう。
だから、
(もし、この隊がソウちゃんと遭遇するならば、アキト君より先にソウちゃんに警告しよう。『ソウちゃん戦わないで。』と。)
ソウと遭遇すれば、当然戦闘になり、アキトはソウを殺すことをためらわないだろう。
それでも、ソウが何も抵抗しなければ、戦いにならないはず。
いくらアキトでも無抵抗の者を攻撃しないはず。
兵隊さん達も、戦うことなく任務をこなすことを望んでいるはず。
ヒナは、平和な日本で育った心を捨てきれず、そんな甘い考えを信じ込んでいた。
ヘレナの『詐話』の影響も大きかった。
ヒナ達は、数時間、パトロールをして、教会に帰ろうと路地から大通りに出た。
大通りに出てから、何メートルか進んだ時、ヒナがふと視線を前に向けると、前から対面するように大男がこちらに向けて歩いて来るのに気が付いた。
人は、姿形が変わっても、何十年と積み重ねた行動を変えることはできない。
ヒナは、その大男の歩き方が気になった。
幼い頃から何度も手を繋いで歩いたソウの歩き方にそっくりだった。
その男とすれ違う時、その男の顔を注視した。
ソウだ・・・
「あ!」
ヒナが思わず声を出した。
ヒナの隣にいたアキトがヒナの声に反応して、ヒナの視線を追う。
(めっけ♪ フヒヒ)
何もためらわず、当たれば即死するであろう、極大のファイヤーボールを、その男に浴びせた。
その男の反応速度は恐ろしい程で、回避不可能な距離から、アキトのファイヤーボールを回避してのけた。
アキトが叫んだ。
「いたぞ、あいつだ殺人狂のソウだ。」
その声に隊全体が反応して、それぞれの得意攻撃をソウに放った。
幾つかの攻撃がヒットする。
20人がソウを取り囲んだ。
それぞれが、思い思いの方法でソウを攻撃する。
何故だかソウは反撃の素振りを見せない。
防戦一方だ。
ヒナがソウを見つけてから、ソウが討伐隊に取り囲まれて攻撃されるまで、ほんの数秒だった。
ヒナは狼狽えた。
ソウが死刑にならないように、警告するはずだったのに、これではヒナの号令で全体攻撃が始まったようなものだった。
ヒナは必至で
「やめて、やめてー」
と叫ぶが、興奮した兵士たちに、その声が届くはずもない。
ソウは未だに何の反撃もしない。
(逃げ出せる状況じゃないけど、なぜ反撃しないの?大きな魔法を打てば・・・
私も巻き込まれる・・・・)
ヒナは刹那に理解した。
ソウは反撃しないのではなくて、反撃できないのだと。
(私が居るから・・・)
ソウは一方的に攻撃を受けて、ついに獣化が解けた。
いつものソウ、16歳の高校生ソウが、そこに居た。
「今だ、止めをさせ。」
兵士の誰かが叫んだ。
「俺がやる。」
アキトが一歩前へ出た。
ソウは取り囲まれて逃げ場がない。
今まで素手で防御に徹していたソウが何処からか剣を取り出した。
それを見てアキトが叫ぶ
「そら、みろ。とうとう本性を現したな。みんな気を付けろ、あの剣はやばいぞ。ダニクさんを切り裂き、ヘレナさんに大けがを負わせた凶器だ。
へたに近づけばダニクさんのように無残に殺されるぞ。」
武器を出したソウを見てヒナはヘレナの言葉を思い出す。
『抵抗しなければ、捕縛して裁判にかけます。』
これほど弱ったソウがアキト達と戦って無事で済むわけがない。
(今しか説得の機会はないわ)
ヒナはアキトの後ろから言葉少なくアキトに告げた。
「説得するから。」
ヒナにしてみれば、
「説得するから攻撃しないで、時間を頂戴」
というつもりだった。
アキトには、その意味が通じるはずだった。
ヒナはアキトの横に並び
「ソウちゃん、降伏して、お願い。」
ソウに対して抵抗しないよう、説得を試みた。
ヒナの言葉にソウが一瞬ひるみ、構えていた武器から力が抜けた。
その瞬間ヒナの横から巨大な火の玉がソウを襲った。
アキトのファイヤーボールだ。
ソウはファイヤーボールを避けきれず、かなり被弾したようだ。
そのファイヤーボールを合図に、集団が一斉にソウを襲う。
これでは、まるでヒナが騙し討ちをしたようだ。
降伏を勧めながら、降伏する時間さえ与えず、隙をついて総攻撃。
これが本当の戦争なら、ヒナの大手柄だ。
反撃する敵の出鼻をくじいて騙し討ち。
敵は大ダメージを受けた。
「やめて、まって。」
ヒナが兵士を止めようとするがソウを中心として団子状態になった兵士達には、まったく届かない。
兵士の隙間から時折、ソウの姿が見える。
足蹴にされ、剣で切られ、槍で刺されている。
満身創痍だ。
ソウは抵抗することすらできない。
体力も魔力も尽きているのだろう。
波打ち際に投げ捨てられた人形のように暴力という波に弄ばれている。
(そんな、そんな、ソウちゃんが、死んじゃう。)
死にゆくソウと視線が合った。
ソウの目はすべてをあきらめて死を受け入れようとする目だった。
幼い頃からソウを知っているヒナには理解できた。
ソウちゃんはすべてをあきらめて、何がどうなってもよくなっている。
全てを投げ出している。
自分の命さえも・・・
ソウが横倒しになって動かなくなった。
兵士達は口々に
「俺の手柄だ。」
「いや、俺だぞ」
と叫んでいる。
報奨金の事だけを考えているようだ。
ヒナは、この時点で、ようやく自分の考えが浅はかだったことに気が付いた。
(馬鹿だ、私は・・・本当の馬鹿だ・・・)
無理なことは判っていたがヒナはヒールをかけようとソウに近づいた。
ソウ本人に触れることができれば、ヒールが発動する。
ソウに触れなくても近づきさへすれば、範囲ヒールを施せる。
兵士の集団に近づこうとした時。
「何だ、お前・・・」
アキトの声がした。
アキトを振り返ると、そこには悪魔が立っていた。
悪魔が何か唱えると、ヒナの心と体が委縮した。
このまま意識を保っていることは死を意味するように思えた。
然程あらがうことも無く、ヒナはその場に沈んだ。
あれから3日後、ヒナは未だベッドから立ち上がれない。
悪魔の攻撃の影響は、一日寝ていれば治った。
それよりも、自分がしでかしたことが心に大きく傷を残し、その影響なのか熱も出て立ち上がれなかったのだ。
いやいやとは言え、自分の意志でソウを討伐する部隊に加わり、自分でソウを発見し結果的にアキトに悟られ、部隊全体でソウを殺そうとした。
ソウは自分が居ることで範囲魔法等の反撃ができなかった。
具体的に反撃する素振りを見せた時には、ヒナが降伏を促して反撃を制し、その隙に部隊が総攻撃した。
無抵抗のソウを・・・・
(全ては私の責任だ・・・もしソウちゃんが死んだら・・・)
そう考えると、ヒナはますます混乱した。
目をつぶっても、体中血だらけで、足に槍がささり、全てをあきらめたソウの目が鮮明によみがえる。
ソウの死を想像すると、何もできなかった。
食事は勿論、起き上がることも他人と話をすることも。
(もし神様がいるなら、願いをかなえて下さい。私の命と引き換えに、ソウちゃんを生かしてください。)
ヒナの心に変化が起こりつつあった。
ヒナはソウのことを家族のような愛情を持って接してきたが、ソウの死が現実味を帯びてきた今、ソウのことが家族以上に大切に思えてきた。
ソウが、ヒナを巻き込まないために、自分の命を差し出しても無抵抗だったことが、更にヒナの心をゆさぶった。
(会いたい。・・・ソウちゃん)
あの日、討伐隊に組み込まれて、ソウを探していた。
本当は「討伐隊」つまりソウを殺す行為に加担したくなかった。
それでもソウが街の脅威で、探し出さなければならないというアキトの意見に反論することが出来ず、いやいやながらも討伐隊に参加してしまった。
討伐隊の班編成はヘレナがおこなったが、ヒナはなぜだかアキトの班へ組み込まれていた。
討伐隊が出発する前にヒナはヘレナに質問していた。
「ヘレナさん。もし討伐隊がソウちゃんを見つけた場合、ソウちゃんは、どうなりますか?」
ヘレナはヒナに同情するような表情でこう答えた。
「ソウ・ホンダを見つけた場合。ソウ・ホンダが抵抗しなければ、捕縛して裁判にかけます。
裁判の結果にもよりますが、最悪の場合、死刑でしょうね。しかし、ソウ・ホンダは何者かに操られているかもしれません。その場合は死刑を回避できるかもしれませんよ。」
「それは、どういうことですか?」
「この世界には『ドレイモン』という加護があります。ドレイモンにかかれば、その人の意志に寄らず、行動を起こしてしまいます。
つまり誰かのいいなりになってドレイモンを受けた人が、道具のように使われます。
誰かが短剣で人を刺したとします。刺した人は当然罪人ですが、短剣その物には罪が無いですよね。そういう理屈です。」
「それなら、少し納得できる気がします。ソウちゃんが、お金目当てで人殺しするなんて、どうしても信じられないのです。」
「そうですか、それならば貴方がソウ・ホンダの無実を証明してあげるのが良いでしょう。
ただし、ソウ・ホンダが無抵抗で捕まればの話ですよ。我々にしてみれば、ソウ・ホンダが反撃すれば、当然のこと兵士や皆さんの命を優先します。
場合によってはその場で殺してもかまわないと命令を出しています。ですから、ヒナさんは、ソウ・ホンダが抵抗しないよう、これ以上罪を重ねないよう、ソウ・ホンダを説得してみてください。
それが皆の幸せにもつながりますよ。」
ヘレナは、ヒナに説明をする時、自己のスキル
『作話』
を使っていた。
『詐話』は、嘘の言葉を本当であるかのように思い込ませるスキルだ。
『詐話』はレベルが上がれば、目の前にある白いものを黒だと信じ込ませることが出来るスキルだ。
しかし、もっとも効果的なのは、作り話の中に、いくつかの真実を混ぜ込むことで、ストーリー全体を本物と錯覚させるのが、本来の使用方法なのだ。
ヒナは、その『詐話』にかかってしまった。
ヘレナの本心は、裁判などかけず、その場で殺すか、生きて捕まえることが出来れば『器』を取り出した後に殺すつもりだった。
どちらに転んでもソウの死は確定していた。
しかしヘレナは確定しているソウの死を意識的に薄めた。
「ソウが死刑になるかもしれない。」
「抵抗すれば殺せと命令している。」
という真実を織り交ぜて
「裁判になれば無罪になるかもしれない。」
という嘘をヒナに信じ込ませたのだ。
ソウの確定的な死を隠すことによって、ソウに近しいヒナを利用しソウの捕獲率を上げたかったのだ。
「わかりました。ソウちゃんを見つけたら私が説得します。」
ヒナはすっかり、ヘレナの術中にはまった。
夕方から、隊列を組んで市中のパトロールに出かけた。
ヒナは兵士に守られるように隊列の中心にいた。
ヒナの横にはアキトが居て、しきりに話しかけてくる。
「ヒナさん、こないだは、怖かったでしょう。ダニクさんが殺される場面に出くわしたのはきついですよね。
男の俺でも少し、引きました。もっともすぐに立ち直って戦いましたけどね。」
ヒナはこの世界に来る前まではアキトに憧れていた。
スポーツ万能で生徒会長、イケメンで優しい。
テレビで見るタレントに向けるような視線でアキトを見ていた。
しかし、この世界に来て行動を共にするうち、その気持ちが薄れてきた。
うまく説明は出来ないが、アキトの行動の全てが
(薄っぺらい)
と感じるようになってきたのだ。
礼拝堂でアキトがソウと戦った時までは、さほど意識しなかったし、どちらかといえば頼りにしていた。
しかし、その後アキトがソウのことを
「人殺し」
「殺人犯」
「凶悪殺人犯」
「殺人狂」
と悪口を言うたびに、違和感を覚えた。
(ソウちゃんは殺人狂なんかじゃないわ)
アキトに反発する自分が居た。
だから、こうしてアキトと並んで歩くのは、少し嫌だった。
もしアキトがソウを先に見つければ、今までの状況からして、アキトはソウに警告することなどせず、いきなり攻撃をしかけるだろう。
だから、
(もし、この隊がソウちゃんと遭遇するならば、アキト君より先にソウちゃんに警告しよう。『ソウちゃん戦わないで。』と。)
ソウと遭遇すれば、当然戦闘になり、アキトはソウを殺すことをためらわないだろう。
それでも、ソウが何も抵抗しなければ、戦いにならないはず。
いくらアキトでも無抵抗の者を攻撃しないはず。
兵隊さん達も、戦うことなく任務をこなすことを望んでいるはず。
ヒナは、平和な日本で育った心を捨てきれず、そんな甘い考えを信じ込んでいた。
ヘレナの『詐話』の影響も大きかった。
ヒナ達は、数時間、パトロールをして、教会に帰ろうと路地から大通りに出た。
大通りに出てから、何メートルか進んだ時、ヒナがふと視線を前に向けると、前から対面するように大男がこちらに向けて歩いて来るのに気が付いた。
人は、姿形が変わっても、何十年と積み重ねた行動を変えることはできない。
ヒナは、その大男の歩き方が気になった。
幼い頃から何度も手を繋いで歩いたソウの歩き方にそっくりだった。
その男とすれ違う時、その男の顔を注視した。
ソウだ・・・
「あ!」
ヒナが思わず声を出した。
ヒナの隣にいたアキトがヒナの声に反応して、ヒナの視線を追う。
(めっけ♪ フヒヒ)
何もためらわず、当たれば即死するであろう、極大のファイヤーボールを、その男に浴びせた。
その男の反応速度は恐ろしい程で、回避不可能な距離から、アキトのファイヤーボールを回避してのけた。
アキトが叫んだ。
「いたぞ、あいつだ殺人狂のソウだ。」
その声に隊全体が反応して、それぞれの得意攻撃をソウに放った。
幾つかの攻撃がヒットする。
20人がソウを取り囲んだ。
それぞれが、思い思いの方法でソウを攻撃する。
何故だかソウは反撃の素振りを見せない。
防戦一方だ。
ヒナがソウを見つけてから、ソウが討伐隊に取り囲まれて攻撃されるまで、ほんの数秒だった。
ヒナは狼狽えた。
ソウが死刑にならないように、警告するはずだったのに、これではヒナの号令で全体攻撃が始まったようなものだった。
ヒナは必至で
「やめて、やめてー」
と叫ぶが、興奮した兵士たちに、その声が届くはずもない。
ソウは未だに何の反撃もしない。
(逃げ出せる状況じゃないけど、なぜ反撃しないの?大きな魔法を打てば・・・
私も巻き込まれる・・・・)
ヒナは刹那に理解した。
ソウは反撃しないのではなくて、反撃できないのだと。
(私が居るから・・・)
ソウは一方的に攻撃を受けて、ついに獣化が解けた。
いつものソウ、16歳の高校生ソウが、そこに居た。
「今だ、止めをさせ。」
兵士の誰かが叫んだ。
「俺がやる。」
アキトが一歩前へ出た。
ソウは取り囲まれて逃げ場がない。
今まで素手で防御に徹していたソウが何処からか剣を取り出した。
それを見てアキトが叫ぶ
「そら、みろ。とうとう本性を現したな。みんな気を付けろ、あの剣はやばいぞ。ダニクさんを切り裂き、ヘレナさんに大けがを負わせた凶器だ。
へたに近づけばダニクさんのように無残に殺されるぞ。」
武器を出したソウを見てヒナはヘレナの言葉を思い出す。
『抵抗しなければ、捕縛して裁判にかけます。』
これほど弱ったソウがアキト達と戦って無事で済むわけがない。
(今しか説得の機会はないわ)
ヒナはアキトの後ろから言葉少なくアキトに告げた。
「説得するから。」
ヒナにしてみれば、
「説得するから攻撃しないで、時間を頂戴」
というつもりだった。
アキトには、その意味が通じるはずだった。
ヒナはアキトの横に並び
「ソウちゃん、降伏して、お願い。」
ソウに対して抵抗しないよう、説得を試みた。
ヒナの言葉にソウが一瞬ひるみ、構えていた武器から力が抜けた。
その瞬間ヒナの横から巨大な火の玉がソウを襲った。
アキトのファイヤーボールだ。
ソウはファイヤーボールを避けきれず、かなり被弾したようだ。
そのファイヤーボールを合図に、集団が一斉にソウを襲う。
これでは、まるでヒナが騙し討ちをしたようだ。
降伏を勧めながら、降伏する時間さえ与えず、隙をついて総攻撃。
これが本当の戦争なら、ヒナの大手柄だ。
反撃する敵の出鼻をくじいて騙し討ち。
敵は大ダメージを受けた。
「やめて、まって。」
ヒナが兵士を止めようとするがソウを中心として団子状態になった兵士達には、まったく届かない。
兵士の隙間から時折、ソウの姿が見える。
足蹴にされ、剣で切られ、槍で刺されている。
満身創痍だ。
ソウは抵抗することすらできない。
体力も魔力も尽きているのだろう。
波打ち際に投げ捨てられた人形のように暴力という波に弄ばれている。
(そんな、そんな、ソウちゃんが、死んじゃう。)
死にゆくソウと視線が合った。
ソウの目はすべてをあきらめて死を受け入れようとする目だった。
幼い頃からソウを知っているヒナには理解できた。
ソウちゃんはすべてをあきらめて、何がどうなってもよくなっている。
全てを投げ出している。
自分の命さえも・・・
ソウが横倒しになって動かなくなった。
兵士達は口々に
「俺の手柄だ。」
「いや、俺だぞ」
と叫んでいる。
報奨金の事だけを考えているようだ。
ヒナは、この時点で、ようやく自分の考えが浅はかだったことに気が付いた。
(馬鹿だ、私は・・・本当の馬鹿だ・・・)
無理なことは判っていたがヒナはヒールをかけようとソウに近づいた。
ソウ本人に触れることができれば、ヒールが発動する。
ソウに触れなくても近づきさへすれば、範囲ヒールを施せる。
兵士の集団に近づこうとした時。
「何だ、お前・・・」
アキトの声がした。
アキトを振り返ると、そこには悪魔が立っていた。
悪魔が何か唱えると、ヒナの心と体が委縮した。
このまま意識を保っていることは死を意味するように思えた。
然程あらがうことも無く、ヒナはその場に沈んだ。
あれから3日後、ヒナは未だベッドから立ち上がれない。
悪魔の攻撃の影響は、一日寝ていれば治った。
それよりも、自分がしでかしたことが心に大きく傷を残し、その影響なのか熱も出て立ち上がれなかったのだ。
いやいやとは言え、自分の意志でソウを討伐する部隊に加わり、自分でソウを発見し結果的にアキトに悟られ、部隊全体でソウを殺そうとした。
ソウは自分が居ることで範囲魔法等の反撃ができなかった。
具体的に反撃する素振りを見せた時には、ヒナが降伏を促して反撃を制し、その隙に部隊が総攻撃した。
無抵抗のソウを・・・・
(全ては私の責任だ・・・もしソウちゃんが死んだら・・・)
そう考えると、ヒナはますます混乱した。
目をつぶっても、体中血だらけで、足に槍がささり、全てをあきらめたソウの目が鮮明によみがえる。
ソウの死を想像すると、何もできなかった。
食事は勿論、起き上がることも他人と話をすることも。
(もし神様がいるなら、願いをかなえて下さい。私の命と引き換えに、ソウちゃんを生かしてください。)
ヒナの心に変化が起こりつつあった。
ヒナはソウのことを家族のような愛情を持って接してきたが、ソウの死が現実味を帯びてきた今、ソウのことが家族以上に大切に思えてきた。
ソウが、ヒナを巻き込まないために、自分の命を差し出しても無抵抗だったことが、更にヒナの心をゆさぶった。
(会いたい。・・・ソウちゃん)
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