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第二章 奴隷編
第32話 ドルムの秘密 燃料は寿命
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街中でアキト達と戦った結果、俺は瀕死の重傷を負って、生死の淵をさ迷っている。
あの時、絶望と悲しみの中、死を覚悟したが、死に至る寸前、悪魔に救出された。
記憶が曖昧だが、あの悪魔の声は、ドルムさんの声だった。
その後、どうなったのか意識を失って何も覚えていない。
(ここは、どこだろう薄暗くてよく見えないが、どこかの屋根裏のようだ。)
「誰か・・・」
かすれた声をようやく絞り出すことが出来た。
「ニイニ・・」
ルチアが泣いている。
「ピンター! ドルム! ニイニ、ニイニ!」
ルチアがピンター達を呼んだ。
ピンターとドルムさんが寝床へ近づいてきた。
「兄ちゃん・・・」
ピンターが涙ぐんでいる。
「ソウ、気が付いたな。よかった。このまま死ぬんじゃないかと気が気じゃなかったぞ。」
あの後、気絶した俺を遠くへ運ぶことができず、危険を承知で鍛冶屋の屋根裏に隠したが3日間、昏睡状態が続いていたらしい。
大枚を叩いて闇医者を呼んで治療にあたらせたが、切り傷や火傷の程度が大きく、命の保証はされなかったらしい。
まさに生死の淵をさ迷っていたようだ。
「どうだ、自分でヒールを施せるか?」
「やってみます。」
「ヒール・・・・・」
「ヒール・・・・・」
僅かに右手が輝くが効果は極めて薄い。
魔力が回復しているのは時間経過を考えても間違いない。
魔力を意識することもできる。
しかし、その魔力を魔法に変換する何かが壊れているような気がする。
口ではうまく説明できないが、車で例えるなら燃料は満タンだが、イグニッションキーを捻っても、エンジンに燃料が送り出されない様な感じだ。
燃料パイプのどこかが詰まっているか、壊れたような感じだ。
「発動するにはしますが、効果が薄いです。」
「そうか・・、ま、死にかけたんだから多少の後遺症は残るさ、今は安静にしていろ。俺がなんとかするさ。」
ドルムさんが優しく俺の頭を撫でた。
「ドルムさん。」
「何だ?」
「ありがとう。」
「いいさ、てれるじゃないかハハ」
「あれって、ドルムさんですよね?」
俺は、俺を助けてくれた悪魔のことを思い出していた。
あの悪魔がドルムさんなら、俺の意図することがすぐに理解できるはずだ。
「ああ、俺だ。あまり見せたくはなかったがな。」
ドルムさんが、あの時のことを教えてくれた。
俺とドランゴさんの帰りが遅いので、心配していたところ、鍛冶屋の外が騒がしくなった。
様子を見に外へ出たところ、武装集団を相手に俺一人が戦っているところだった。
ドルムさんは、ピンターとルチアの安全を考えて、できるだけ人前に出て戦闘をしたくなかった。
今後の事を考えれば、顔を晒したくなかったのだ。
俺なら一人で切り抜けることができるだろうと思っていたところ、意に反して俺が全く反撃しない。
そのうちに獣化が解けて袋叩きになった。
いよいよ危ないと思ったドルムさんは、悪魔化して俺を救出した。
というのが大まかな流れだ。
「ドルムさんの悪魔化ってすごいですね。失礼ですが、あれが本当の姿ですか?」
「いや、違うよ。本当の姿は今の姿。さえないオッサンが本性さ。あの姿は俺のとっておきの戦闘モードだよ。」
「今まで見せたことが無かったですね。」
「あれな、燃費がむちゃくちゃ悪いんだ。ソウの獣化の燃料は何だ?」
「魔力です。・・・」
「俺の悪魔化の燃料は『寿命』なんだよ。一分の悪魔化で1年は寿命を消費する。だから出来るだけ使いたくないんだ。スゲー姿だしな。フフ」
「ええー、それじゃ俺を助けるために寿命を何年も犠牲にしたのですか・・・」
「気にすんな、俺達魔族の寿命は1000年~3000年だ。5~6年の消費ならどうっちゅうことないさ。」
「それでも・・・」
「いいってば、俺達仲間だろ、気にすんな。」
(いつか、この恩は返そう。ドルムさんありがとう。)
俺の頬を涙がつたう。
「ところで、ドルムさん。あの兵士たちは死にましたか?」
兵士たちの安否はどうでもよかったが、やはりヒナのことが心配だった。
(あれだけ俺を裏切ったヒナのことが心配なんて、俺はどこまでアホウなんだろう・・)
「いや、死んではいないだろう・・たぶん。あれは悪魔化した時だけの加護『鎮圧』だ。
平時の加護『威圧』の上位版だな。威圧は対象の精神に怯えを生じさせるだけだが鎮圧は、精神と肉体に働きかけ、行動能力を奪う。大怪我はしないが、精神力の弱い奴は、心臓が止まる場合もあるな。」
ドルムさんが、おれの目を見る。
「あの女が心配なのか?」
俺は、一瞬答えに詰まる。
「あ・いや・そういうわけじゃ・・」
「今更、隠さなくてもいいさ。ソウが範囲攻撃をしなかったのは、あの女のせいだろ?そうでなければ、今のソウなら何人か殺してでも逃げ出せたはずだ。」
俺は何も言えなかった。
ドルムさんの言うとおりだったから・・・
「ソウ、ホレた女を気遣うのも男なら当たり前だが、今のお前は自分の命を差し出すだけじゃすまないんだぜ、ピンターやルチアの命もお前の命にのっかってるんだ。そのことを忘れるんじゃねぇぞ。」
「はい・・・」
俺はドルムさんに叱られた。
しかし、それは俺やピンター、ルチアに対する思いやりから来た言葉だ。
俺の心は少し軽くなった。
それにしても魔法が使えないのは困った。
(困った時のマザー・・)
(マザー・・・マザー・・・おい、マザー・・・)
『・・・・・』
マザーとリンク出来ているようだが意思疎通が出来ない。
以前マザーから教えられたことがある。
魔法の発動には精神と肉体が密接に関係していて、どちらかが不調の場合、発動しないことがあると・・・
今の俺は、精神も体調も、絶不調だしな。
(しばらくは静養しよう。)
「師匠、師匠、お目覚めだそうで。」
ドランゴさんが現れた。
「師匠、心配しやしたよ。ホント、肉串買ってたら、いつの間にか戦闘がはじまってて、ワッシ、喧嘩はからきしなんで、オロオロするばかりでやんした。そんでもドルムが化けて、なんとかなりました。何の助けにもならなくてすまんこってす。」
「ドランゴさん、心配させてごめんね。でも、皆のおかげで、こうして生きているからネ」
ドランゴさんが頷く。
「そりゃそうと、ここはそろそろ危ないでがんす。あの日以来、兵隊がこのあたりをウロウロしてるでやんすよ。一度は店の中どころか、住居部分には入ってきやんしたからね。・・・手ごろな値段で、そこそこ広い一軒家を見つけたので、そこへ移りませんか?」
「ええ、引っ越ししたいですね。でも俺のこの状態では下見もできません。ドルムさん、ドランゴさんと一緒に新居の下見をしてきてもらえませんか?」
ピンターを相手にしていたドルムさんが振り向く。
「ああ、いいぜ、で、条件は?」
「細かな点はどうでもいいですが、家の周囲に障害物がないこと。危険を早期に察知できる地理条件が望ましいです。それと、ここから新居までの移動経路を考えてください。」
俺はマジックバッグから白金貨40枚を取り出した。
「これで、賄えるなら、即決で購入してください。家の名義はドランゴさんで。」
「いいんでやんすか?ワッシの名義で」
「いいですよ、俺達はいつまでもこの土地に居ません。いずれは帰ってくるかもしれないけど、もし帰ってこれなければ、ドランゴさんがそのまま使ってください。」
俺は、ブルナを探しに首都へ向かうが、いずれこの土地に帰ってくるつもりではいた。
ブルナをはじめピンターやピンターの両親、ブラニさん、ラマさんを探し出すことが出来れば、いずれクチル島へ帰してあげるつもりだった。
クチル島へ帰るには、ここから船出する必要がある。
将来的には船も買うつもりだった。
この場所に家を構える理由がもう一つあった。
テルマさんだ。
テルマさんを救出しても、直ぐにはクチル島へ帰れない。
ピンター一家が揃うまでは、テルマさんに新居で生活してもらい。
今後の情報収集の起点とするつもりだった。
「わかりやした。ワッシがその時まで責任をもって守るでがす。」
ドルムさんとドランゴさんが、新居の下見に出た。
今の俺では、ピンターやルチアどころか、自分のことさえ守れそうにない。
それでも、新居へ移るためには、ドルムさんに移動経路の下見をしてもらう必要があった。
引っ越しの事を考えていると、ルチアが甘えてきた。
「ニイニ・・」
寝ている俺の顔に自分の顔を近づけ、頬に深く残る傷を舐めてくれている。
ルチアに舐められると傷の痛みが和らぐ。
ヒールの効果があるのかもしれない。
普段なら、俺の腹部にダイブして俺の体の上で、自分の体を何度も回転させるのだが、さすがに今は、それをしない。
ルチアの顔は人間そのもので、幼く可愛い。
金に近い茶色の髪はショートカットにしていて、その髪から猫耳が飛び出している。
きゃしゃな体は猫のようにしなやかでお尻には三毛猫のような毛色で長めの尻尾が生えている。
顔は人間だが、行動は猫に近い。
俺が手を伸ばしてルチアの頭をなでてやると、ルチアは喉をゴロゴロ鳴らした。
「ルチア、ずるーい。おいらも。」
ピンターがルチアの反対側から俺に体を密着させる。
ピンターの頭もなでてやった。
(そうだな。俺は、何かを無くしたかもしれないが、俺には俺のことを大切に思ってくれている人がまだ残っている。俺には守るべき人がいるんだよな。)
心の中に、つかえている何かが、もう少しで取れそうな気がした。
その日の夕刻
「帰りやしたよ~」
「帰ったぞ。」
その声と同時に香ばしい匂いが部屋中に漂う。
「「ニクニク♪」」
ピンターとルチアが同時に踊りだす。
(お前ら、どんだけ肉串が好きなんだよ。w)
ドランゴさんが、肉串を皿に盛りつける。
ドルムさんが俺に肉串を差し出す。
「ソウ、買ってきたぞ。」
(見ればわかりますよ。)
「湖畔の一軒家だ。あまり大きくはないが周囲に何もない。建物は相当古く、昔の貴族が、釣り宿として使ってたいらしい。10年位前から誰も住んでいなくて、手入れは必要だろうが、俺達には十分過ぎるほどだ。湖は大河につながっているぜ。」
(ああ、そっちか。肉串の事かと思った。)
「それは、いいですね。ここから大河まで徒歩で5分。船さへ用意すれば、密かに移動できますね。」
ドランゴさんの鍛冶屋は大量に水を消費するから、川の傍に建てられていた。
鍛冶屋から川まで徒歩で5分。
この5分さへしのげば、後は船で移動できる算段だ。
「船は、もう買ってあるよ。」
ドルムさんが得意げに話した。
「移動手段に川を使うなら、船は必須。海辺で漁師と交渉して中古の船を買ってあるよ。」
「さすがドルムさん。」
あとは何時移動するかだ。
「ソウ、おめぇ動けるか?」
「動けないことは無いですが、まだ傷が痛みますし、無理に動けば出血しそうです。」
「そりゃ、そうだよなぁ。3日前は、体中穴ぼこだらけだったもんな。あれでよく生きてたよ。ハハ」
「闇医者も捨てたもんじゃないでがすな。」
「高い金ふんだくるだけの腕はあったってことだな。」
「しかしソウが完全に回復するまで待ってるわけにはいかんからな。三日後の新月、闇に乗じて移動しよう。どうだ?」
「わかりました。3日後ですね。」
あと3日で、できるだけ体力を回復しなければならない。
できれば魔法も使えるようになりたい。
あの時、絶望と悲しみの中、死を覚悟したが、死に至る寸前、悪魔に救出された。
記憶が曖昧だが、あの悪魔の声は、ドルムさんの声だった。
その後、どうなったのか意識を失って何も覚えていない。
(ここは、どこだろう薄暗くてよく見えないが、どこかの屋根裏のようだ。)
「誰か・・・」
かすれた声をようやく絞り出すことが出来た。
「ニイニ・・」
ルチアが泣いている。
「ピンター! ドルム! ニイニ、ニイニ!」
ルチアがピンター達を呼んだ。
ピンターとドルムさんが寝床へ近づいてきた。
「兄ちゃん・・・」
ピンターが涙ぐんでいる。
「ソウ、気が付いたな。よかった。このまま死ぬんじゃないかと気が気じゃなかったぞ。」
あの後、気絶した俺を遠くへ運ぶことができず、危険を承知で鍛冶屋の屋根裏に隠したが3日間、昏睡状態が続いていたらしい。
大枚を叩いて闇医者を呼んで治療にあたらせたが、切り傷や火傷の程度が大きく、命の保証はされなかったらしい。
まさに生死の淵をさ迷っていたようだ。
「どうだ、自分でヒールを施せるか?」
「やってみます。」
「ヒール・・・・・」
「ヒール・・・・・」
僅かに右手が輝くが効果は極めて薄い。
魔力が回復しているのは時間経過を考えても間違いない。
魔力を意識することもできる。
しかし、その魔力を魔法に変換する何かが壊れているような気がする。
口ではうまく説明できないが、車で例えるなら燃料は満タンだが、イグニッションキーを捻っても、エンジンに燃料が送り出されない様な感じだ。
燃料パイプのどこかが詰まっているか、壊れたような感じだ。
「発動するにはしますが、効果が薄いです。」
「そうか・・、ま、死にかけたんだから多少の後遺症は残るさ、今は安静にしていろ。俺がなんとかするさ。」
ドルムさんが優しく俺の頭を撫でた。
「ドルムさん。」
「何だ?」
「ありがとう。」
「いいさ、てれるじゃないかハハ」
「あれって、ドルムさんですよね?」
俺は、俺を助けてくれた悪魔のことを思い出していた。
あの悪魔がドルムさんなら、俺の意図することがすぐに理解できるはずだ。
「ああ、俺だ。あまり見せたくはなかったがな。」
ドルムさんが、あの時のことを教えてくれた。
俺とドランゴさんの帰りが遅いので、心配していたところ、鍛冶屋の外が騒がしくなった。
様子を見に外へ出たところ、武装集団を相手に俺一人が戦っているところだった。
ドルムさんは、ピンターとルチアの安全を考えて、できるだけ人前に出て戦闘をしたくなかった。
今後の事を考えれば、顔を晒したくなかったのだ。
俺なら一人で切り抜けることができるだろうと思っていたところ、意に反して俺が全く反撃しない。
そのうちに獣化が解けて袋叩きになった。
いよいよ危ないと思ったドルムさんは、悪魔化して俺を救出した。
というのが大まかな流れだ。
「ドルムさんの悪魔化ってすごいですね。失礼ですが、あれが本当の姿ですか?」
「いや、違うよ。本当の姿は今の姿。さえないオッサンが本性さ。あの姿は俺のとっておきの戦闘モードだよ。」
「今まで見せたことが無かったですね。」
「あれな、燃費がむちゃくちゃ悪いんだ。ソウの獣化の燃料は何だ?」
「魔力です。・・・」
「俺の悪魔化の燃料は『寿命』なんだよ。一分の悪魔化で1年は寿命を消費する。だから出来るだけ使いたくないんだ。スゲー姿だしな。フフ」
「ええー、それじゃ俺を助けるために寿命を何年も犠牲にしたのですか・・・」
「気にすんな、俺達魔族の寿命は1000年~3000年だ。5~6年の消費ならどうっちゅうことないさ。」
「それでも・・・」
「いいってば、俺達仲間だろ、気にすんな。」
(いつか、この恩は返そう。ドルムさんありがとう。)
俺の頬を涙がつたう。
「ところで、ドルムさん。あの兵士たちは死にましたか?」
兵士たちの安否はどうでもよかったが、やはりヒナのことが心配だった。
(あれだけ俺を裏切ったヒナのことが心配なんて、俺はどこまでアホウなんだろう・・)
「いや、死んではいないだろう・・たぶん。あれは悪魔化した時だけの加護『鎮圧』だ。
平時の加護『威圧』の上位版だな。威圧は対象の精神に怯えを生じさせるだけだが鎮圧は、精神と肉体に働きかけ、行動能力を奪う。大怪我はしないが、精神力の弱い奴は、心臓が止まる場合もあるな。」
ドルムさんが、おれの目を見る。
「あの女が心配なのか?」
俺は、一瞬答えに詰まる。
「あ・いや・そういうわけじゃ・・」
「今更、隠さなくてもいいさ。ソウが範囲攻撃をしなかったのは、あの女のせいだろ?そうでなければ、今のソウなら何人か殺してでも逃げ出せたはずだ。」
俺は何も言えなかった。
ドルムさんの言うとおりだったから・・・
「ソウ、ホレた女を気遣うのも男なら当たり前だが、今のお前は自分の命を差し出すだけじゃすまないんだぜ、ピンターやルチアの命もお前の命にのっかってるんだ。そのことを忘れるんじゃねぇぞ。」
「はい・・・」
俺はドルムさんに叱られた。
しかし、それは俺やピンター、ルチアに対する思いやりから来た言葉だ。
俺の心は少し軽くなった。
それにしても魔法が使えないのは困った。
(困った時のマザー・・)
(マザー・・・マザー・・・おい、マザー・・・)
『・・・・・』
マザーとリンク出来ているようだが意思疎通が出来ない。
以前マザーから教えられたことがある。
魔法の発動には精神と肉体が密接に関係していて、どちらかが不調の場合、発動しないことがあると・・・
今の俺は、精神も体調も、絶不調だしな。
(しばらくは静養しよう。)
「師匠、師匠、お目覚めだそうで。」
ドランゴさんが現れた。
「師匠、心配しやしたよ。ホント、肉串買ってたら、いつの間にか戦闘がはじまってて、ワッシ、喧嘩はからきしなんで、オロオロするばかりでやんした。そんでもドルムが化けて、なんとかなりました。何の助けにもならなくてすまんこってす。」
「ドランゴさん、心配させてごめんね。でも、皆のおかげで、こうして生きているからネ」
ドランゴさんが頷く。
「そりゃそうと、ここはそろそろ危ないでがんす。あの日以来、兵隊がこのあたりをウロウロしてるでやんすよ。一度は店の中どころか、住居部分には入ってきやんしたからね。・・・手ごろな値段で、そこそこ広い一軒家を見つけたので、そこへ移りませんか?」
「ええ、引っ越ししたいですね。でも俺のこの状態では下見もできません。ドルムさん、ドランゴさんと一緒に新居の下見をしてきてもらえませんか?」
ピンターを相手にしていたドルムさんが振り向く。
「ああ、いいぜ、で、条件は?」
「細かな点はどうでもいいですが、家の周囲に障害物がないこと。危険を早期に察知できる地理条件が望ましいです。それと、ここから新居までの移動経路を考えてください。」
俺はマジックバッグから白金貨40枚を取り出した。
「これで、賄えるなら、即決で購入してください。家の名義はドランゴさんで。」
「いいんでやんすか?ワッシの名義で」
「いいですよ、俺達はいつまでもこの土地に居ません。いずれは帰ってくるかもしれないけど、もし帰ってこれなければ、ドランゴさんがそのまま使ってください。」
俺は、ブルナを探しに首都へ向かうが、いずれこの土地に帰ってくるつもりではいた。
ブルナをはじめピンターやピンターの両親、ブラニさん、ラマさんを探し出すことが出来れば、いずれクチル島へ帰してあげるつもりだった。
クチル島へ帰るには、ここから船出する必要がある。
将来的には船も買うつもりだった。
この場所に家を構える理由がもう一つあった。
テルマさんだ。
テルマさんを救出しても、直ぐにはクチル島へ帰れない。
ピンター一家が揃うまでは、テルマさんに新居で生活してもらい。
今後の情報収集の起点とするつもりだった。
「わかりやした。ワッシがその時まで責任をもって守るでがす。」
ドルムさんとドランゴさんが、新居の下見に出た。
今の俺では、ピンターやルチアどころか、自分のことさえ守れそうにない。
それでも、新居へ移るためには、ドルムさんに移動経路の下見をしてもらう必要があった。
引っ越しの事を考えていると、ルチアが甘えてきた。
「ニイニ・・」
寝ている俺の顔に自分の顔を近づけ、頬に深く残る傷を舐めてくれている。
ルチアに舐められると傷の痛みが和らぐ。
ヒールの効果があるのかもしれない。
普段なら、俺の腹部にダイブして俺の体の上で、自分の体を何度も回転させるのだが、さすがに今は、それをしない。
ルチアの顔は人間そのもので、幼く可愛い。
金に近い茶色の髪はショートカットにしていて、その髪から猫耳が飛び出している。
きゃしゃな体は猫のようにしなやかでお尻には三毛猫のような毛色で長めの尻尾が生えている。
顔は人間だが、行動は猫に近い。
俺が手を伸ばしてルチアの頭をなでてやると、ルチアは喉をゴロゴロ鳴らした。
「ルチア、ずるーい。おいらも。」
ピンターがルチアの反対側から俺に体を密着させる。
ピンターの頭もなでてやった。
(そうだな。俺は、何かを無くしたかもしれないが、俺には俺のことを大切に思ってくれている人がまだ残っている。俺には守るべき人がいるんだよな。)
心の中に、つかえている何かが、もう少しで取れそうな気がした。
その日の夕刻
「帰りやしたよ~」
「帰ったぞ。」
その声と同時に香ばしい匂いが部屋中に漂う。
「「ニクニク♪」」
ピンターとルチアが同時に踊りだす。
(お前ら、どんだけ肉串が好きなんだよ。w)
ドランゴさんが、肉串を皿に盛りつける。
ドルムさんが俺に肉串を差し出す。
「ソウ、買ってきたぞ。」
(見ればわかりますよ。)
「湖畔の一軒家だ。あまり大きくはないが周囲に何もない。建物は相当古く、昔の貴族が、釣り宿として使ってたいらしい。10年位前から誰も住んでいなくて、手入れは必要だろうが、俺達には十分過ぎるほどだ。湖は大河につながっているぜ。」
(ああ、そっちか。肉串の事かと思った。)
「それは、いいですね。ここから大河まで徒歩で5分。船さへ用意すれば、密かに移動できますね。」
ドランゴさんの鍛冶屋は大量に水を消費するから、川の傍に建てられていた。
鍛冶屋から川まで徒歩で5分。
この5分さへしのげば、後は船で移動できる算段だ。
「船は、もう買ってあるよ。」
ドルムさんが得意げに話した。
「移動手段に川を使うなら、船は必須。海辺で漁師と交渉して中古の船を買ってあるよ。」
「さすがドルムさん。」
あとは何時移動するかだ。
「ソウ、おめぇ動けるか?」
「動けないことは無いですが、まだ傷が痛みますし、無理に動けば出血しそうです。」
「そりゃ、そうだよなぁ。3日前は、体中穴ぼこだらけだったもんな。あれでよく生きてたよ。ハハ」
「闇医者も捨てたもんじゃないでがすな。」
「高い金ふんだくるだけの腕はあったってことだな。」
「しかしソウが完全に回復するまで待ってるわけにはいかんからな。三日後の新月、闇に乗じて移動しよう。どうだ?」
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