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第二章 奴隷編
第29話 指名手配 殺人狂ソウ・ホンダ
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ヒナは教会の礼拝堂でソウの手を振りきってから、毎日、ソウのことを考えていた。
礼拝堂での出来事は、どう見てもソウがヘレナを襲い、ダニクを殺したとしか思えなかった。
血だまりの中で死んでいるダニク
今にもヘレナを切り殺そうとするソウの姿
ダニクとヘレナを襲ったというヘレナの証言
アキトとリュウヤを攻撃した事。
他にも、
生きていて、この街に居るのなら、ヒナ達の存在に気が付いたはず。
存在に気が付いていたなら、なぜ連絡してこなかったのか。
アキトを倒した時の、狂暴な姿
これらのことを総合的に考えれば、アキトの言うとおり、お金に困って強盗をはたらき、ダニクを殺したという結論に至ってしまう。
それ以外に、あの時の事を説明できる具体的な理論をヒナは展開できなかった。
(違うはず。あの場面を説明できる理由が何かあるはずだわ。)
心の中の叫びに応える理由がヒナには一つだけあった。
その理由は
(あの、ソウちゃんの悲しそうな涙、悔しそうな表情、昔、同じ表情を見たことがある。誰かが割った窓ガラス、ソウちゃんの責任じゃないのにソウちゃんが叱られた時、あの時と全く同じ表情だった。)
「ヒナ、ヒナ、」
まん丸顔のウタが呼んだ。
「え?はい?」
「またボーっとして、いくら考えても、何も変わらないわよ。そりゃ私だって本田君のこと信じてあげたいけど、実際にダニクさん、亡くなっているしね。ヘレナさんも怪我していたからね。その事実は変わらないわ。残念だけどね。」
「うん。そうね。そうだけど・・どうしても信じられないの、あのソウちゃんが、お金の為に人を殺しただなんて。」
「私も、そうは思うけど、どんな理由があっても人殺しはいけないわ。それに、あの本田君の姿を見たでしょ。一回り以上体が大きくなって、表情も凶悪だったわよ。なにかに取りつかれた様な、何か悪い病気にかかったのかもしれないわね。」
コンコン
誰かがドアをノックした。
「川瀬さん、秋元さん、みんなロビーへ集合だって。」
イツキの声だ。
「はいはい、行くわよ、先に行っててイツキ君」
ウタが返事した。
ヒナは髪の毛を束ねて身支度をしている。
「何の用かしらね?やっぱりソウちゃんのことかな?」
「だから、本田君のことは、できるだけ忘れなさい。ヒナ。まずは私たちだけでも無事に帰ることを考えましょ。ね、ヒナ」
「うん・・・」
ヒナ達が宿屋の一階へ降りると、清江達が他の生徒が集まるのを待っていた。
ヒナが尋ねた。
「大下先生、何の集合ですか?」
「ああ、ヒナさん。それがヘレナさんの使いが来て、私たち全員、教会へ集まって欲しいそうなの。礼拝の時間には早いけどねぇ。」
ドカドカと足音を立てて、リュウヤとツネオが降りてきた。
「ソウの討伐隊でも組織すんじゃねぇの?ソウの顔を良く知っているのは俺達だかんね。あの野郎、見つけたら絶対ぶち殺してやる。なっ」
リュウヤはツネオに視線を向けた。
「うん。そうだね。うん。」
ツネオがリュウヤを見返す。
「討伐隊を編成するなら、僕も喜んで志願したいですね。」
アキトも降りてきた。
そのアキトを睨むように一人の女生徒が進み出た。
「お前ら、同級生に、そんな残虐なこと、よくできるな。アタイは嫌だね。同級生を殺すなんて。」
意外な人物が否定的なことを言った。
キリコだ。
リュウヤはキリコの言葉に反応した。
「何を言ってんだ、キリコ。あたりめぇじゃねぇか、あいつ俺達を裏切って、一人で逃げて、その挙句に、俺達に親切にしてくれたヘレナさん達を襲ったんだぜ。人殺しもしてんだぞ。あいつに詳しい俺たちが討伐するのが、スジってもんだろうが。」
「へー、リュウヤ、お前、ソウがダニクを殺すとこ見たのか?その時、ソウが『金出せ』って言ったか?何もかも、お見通しか?そりゃすげぇな。千里眼の加護でも持ったか。成長したな。」
「な、何、言ってやがる、お前も見ただろうが、ダニクさんが死んでいるとこ、ヘレナさんが血だらけのとこ。」
「ああ、見たさ、死体をな。でもアタイはソウがダニクを殺すところは見てない。だからソウがダニクを殺した証拠、強盗をした証拠が見つかるまでは、ソウと敵対しない。絶対にだ。」
キリコがここまで言うのには理由があった。
キリコには、
『真偽判定』
というスキルが育ちつつあったのだ。
真偽判定のスキルは、対象の言動をよく観察することで、その対象が嘘を言っているのか真を述べているのか判定するスキルだ。
ただしキリコの真偽判定スキルは未だ「LV2」で、育ちきっていない。
精度にかけるのだ。
しかし、キリコはあの場に居て、ソウの言動、ヘレナの言動を見て、感じることがあった。
(ソウは嘘を言っていない。ヘレナの方が嘘つきだ。)
そう感じていた。
もっともソウは多くを語っていないので真実は判らないが、ヘレナが言った
「この男がダニクを殺した。」
というのは嘘だと感じた。
しかし、その後に続く
「私も殺されるところでした。」
と言う言葉は本当のようだった。
それとソウがヒナに対して最後に言った
「ヒナ、ここは危ない、逃げよう。」
という言葉は真の言葉だと確信が持てた。
だからキリコは迷っていたのだ
(ソウは敵か味方か?ヘレナは?教会は本当に危険な場所なのか?)
ヒナはキリコの言葉で目が覚めたような気がした。
(キリコさんのいう通りだわ。誰もソウちゃんが人殺しをするところを見ていない。ヘレナさんが本当のことを言っているという証拠もない。もっとソウちゃんを信じてあげなきゃ。)
と思うと同時にヒナは大きく後悔をした。
あの時ソウがヒナに向けた表情。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔をヒナに向けた。
あれは、昔、ソウを信じなかったソウのお母さんに向けた表情と同じ表情だった。
(あ、・・・私は、なんで、あんな態度を・・・あの時ソウちゃんが悲しかったのは、大下先生に殴られたからじゃない。皆がソウちゃんを信じなかったからじゃない。あれは、あれは、・・・私がソウちゃんを信じなかったから悲しかったんだ。・・・)
「キリコさん。そのことは、又の機会に話しましょう。今はヘレナさんの指示に従うべきだと思います。さぁ皆さん行きましょう。」
清江の合図で、全員が教会へ向かった。
この時点で、生徒40名、教員2名、キャビンアテンダント2名の合計44名の集団が、ぞろぞろと歩いて繁華街から、教会へ歩いて向かった。
街中を歩く清江達集団は、集団の数や、異世界の服装等から、最初は奇異にみられていたが、教会通いの途中、生徒それぞれが、屋台で買い物をしたりするうち、地元人との交流ができた。
特にヒナが教会で地元民に治療を施していたことが、地元民との良好な関係を築き上げる要因となっていた。
「ヒナ様、礼拝ですか?」
屋台の果物売りのおばさんが、声をかけてきた。
「おはようございます。おばさん。礼拝じゃないですが、教会へ行きます。」
この果物売りの女性は、極度の腰痛をヒナに治療してもらって以来、ヒナのファンになったようだ。
宿屋から教会まで、徒歩で約20分かかる。
「タクシーか、電車に乗りたいね。」
ツネオがぼやく。
この世界の乗り物と言えば、馬車くらいのものだ。
一行が教会の礼拝堂に到着するとヘレナが待ち受けていた。
ヘレナは「ソウ」がヘレナ達にとって大きな障害となることを危惧していた。
今、育ちつつあるヒナ達。いずれ大きくなるであろう器を取りだすか、洗脳して兵士として手ごまに加えるつもりだった。
ドレイモンをかけることも考えたが、曲がりなりにもヒュドラ教の信徒を奴隷化することはヒュドラ教の威信を落としかねないので今は控えていた。
ソウはヘレナの正体に気が付いている。
現にヒナをこの教会から連れ出そうとしていた。
いずれは、ヒナ達を逃がすだろう。
また、先日、獣化したソウにヘレナは追い詰められた。
そのことが、神の眷属であるヘレナは許せなかった。
(犬コロに傷つけられるなんて、最大の屈辱だわ、今に見ていなさい。・・・犬コロめ)
「皆様、お呼び立てしてすみません。今日お集まりいただいたのは、例の件です。この教会を襲った凶悪犯。ソウ・ホンダのことです。ソウ・ホンダは元々、皆様のお仲間だと聞き及んではいますが、あのような殺人犯を野放しにするわけにはまいりません。そこで皆様にご協力をお願いしたいのです。」
木村が一歩前へ出る。
「協力というのは・・・何を協力すればよろしいのでしょうか?」
「難しいことではありません。領主様にお願いをして、討伐隊を編成することにしました。しかし、討伐隊はソウ・ホンダの人相特徴を知りません。そこで、似顔絵の作成と、皆様の討伐隊への参加をお願いしたいのです。」
「わかりました。協力は致しますが、少し生徒達との話し合いのお時間を・・・」
と木村が言いかけた時
「ぜひとも協力させてください。僕がこの街の皆様の安全を守ります。」
アキトがしゃしゃり出た。
木村は、ソウを探すことに協力をするにせよ、ヒナやレン、イツキの心情を考慮して、それはそれぞれの意志に任せよう。(捜索に協力したくない生徒もいるはずだ。)と考えていた。
「アキト、ちょっとまて・・」
「何を待つのですか、ソウは、元同級生だけど、人殺し・・殺人犯人なのですよ。僕たちは、この教会をはじめ、この街の住人にどれだけ世話になっている事か、それなのにあいつは、金目当てで、この街の人を襲い、あげくに人まで殺しているんだ。それを僕達で探し出して処罰するのは、当然。いや義務でしょう。先生は殺人犯を庇うのですか?」
アキトの言葉は正論に聞こえる。
しかしアキトには別の思惑があった。
(ソウが居なくなれば、ヒナは僕に目を向けるかもしれない。)
アキトの次のターゲットはヒナだった。
ヒナも他の生徒同様、アキトに気があるようだった。
それでもソウが邪魔で完全にはヒナの関心がこちらを向かない。
(邪魔なんだよ。ソウ)
ヘレナがアキトを見つめている。
(へぇー。そうなの。ウフフ。使いようがあるかもね。この男)
ヘレナはアキトの心を読んだ。
アキトが自分のカバンをまさぐって、何かを取り出した。
「討伐隊に参加する前にも協力できることがあります。これです。」
アキトが取り出したものはスマホだった。
ヘレナがアキトの前に進み出る。
「これは何ですか?」
「これは、『スマホ』と言います。本来、通信用の機械ですが、通信以外の機能もあります。」
アキトは写真のアイコンをタップして、過去の写真をヘレナに見せた。
「これは・・・神機ですね・・」
アキトがソウの写真を拡大した。
「これは、ソウ・ホンダですね。」
「はい。集合写真の一部を拡大表示しました。」
「これを少し貸していただけますか、絵師に複写させます。しかし、これほど正確な描写の絵は見たことがありません。」
アキトはスマホにソーラー充電器を接続してヘレナに渡した。
「スマホの使い方がわからなかったら、僕でも他の者でも良いですから呼んで下さい。」
「わかりました。皆さん全員、神機を使えるのですね・・・」
ヘレナは部下にスマホを渡した。
「これで、ソウ・ホンダの手配書は出来ます。それを町中に配りましょう。それと捜索隊の編成は私に任せてもらってもよろしいですか?」
「ええ、お任せします。反対する者はいないはずです。生徒会長の権限で僕が承認します。人殺しを庇う奴なんていないですよ。ねっ、皆。」
全体が沈黙した。
反対意見もあっただろうが、アキトの言うことは正論に思えたし、このところ日増しに強くなっているアキトに逆らえるものはいなかった。
「そういうことで、討伐隊には全面協力しますが、凶悪なソウと戦いになったら、僕以外はすぐに避難させてください。僕自身は死力を尽くして殺人犯と戦います。生徒会長の使命ともいえますからね。」
ヘレンが頷いた。
「わかりました。戦闘は兵士と私、それにアキトさんで行いましょう。他の方々はソウ・ホンダの捜索のみ、協力してください。」
「全力でソウを見つけます。」
アキトはヒナに視線を向けた。
ヒナはソウを信じることに決めていたが、一連の流れで、アキトに反対できなかった。
(ソウちゃんを見つけたら、ゆっくり話を聞いてみよう。怖くなんてないわ・・姿はかわったかもしれないけど、ソウちゃんだもの・・)
礼拝堂での出来事は、どう見てもソウがヘレナを襲い、ダニクを殺したとしか思えなかった。
血だまりの中で死んでいるダニク
今にもヘレナを切り殺そうとするソウの姿
ダニクとヘレナを襲ったというヘレナの証言
アキトとリュウヤを攻撃した事。
他にも、
生きていて、この街に居るのなら、ヒナ達の存在に気が付いたはず。
存在に気が付いていたなら、なぜ連絡してこなかったのか。
アキトを倒した時の、狂暴な姿
これらのことを総合的に考えれば、アキトの言うとおり、お金に困って強盗をはたらき、ダニクを殺したという結論に至ってしまう。
それ以外に、あの時の事を説明できる具体的な理論をヒナは展開できなかった。
(違うはず。あの場面を説明できる理由が何かあるはずだわ。)
心の中の叫びに応える理由がヒナには一つだけあった。
その理由は
(あの、ソウちゃんの悲しそうな涙、悔しそうな表情、昔、同じ表情を見たことがある。誰かが割った窓ガラス、ソウちゃんの責任じゃないのにソウちゃんが叱られた時、あの時と全く同じ表情だった。)
「ヒナ、ヒナ、」
まん丸顔のウタが呼んだ。
「え?はい?」
「またボーっとして、いくら考えても、何も変わらないわよ。そりゃ私だって本田君のこと信じてあげたいけど、実際にダニクさん、亡くなっているしね。ヘレナさんも怪我していたからね。その事実は変わらないわ。残念だけどね。」
「うん。そうね。そうだけど・・どうしても信じられないの、あのソウちゃんが、お金の為に人を殺しただなんて。」
「私も、そうは思うけど、どんな理由があっても人殺しはいけないわ。それに、あの本田君の姿を見たでしょ。一回り以上体が大きくなって、表情も凶悪だったわよ。なにかに取りつかれた様な、何か悪い病気にかかったのかもしれないわね。」
コンコン
誰かがドアをノックした。
「川瀬さん、秋元さん、みんなロビーへ集合だって。」
イツキの声だ。
「はいはい、行くわよ、先に行っててイツキ君」
ウタが返事した。
ヒナは髪の毛を束ねて身支度をしている。
「何の用かしらね?やっぱりソウちゃんのことかな?」
「だから、本田君のことは、できるだけ忘れなさい。ヒナ。まずは私たちだけでも無事に帰ることを考えましょ。ね、ヒナ」
「うん・・・」
ヒナ達が宿屋の一階へ降りると、清江達が他の生徒が集まるのを待っていた。
ヒナが尋ねた。
「大下先生、何の集合ですか?」
「ああ、ヒナさん。それがヘレナさんの使いが来て、私たち全員、教会へ集まって欲しいそうなの。礼拝の時間には早いけどねぇ。」
ドカドカと足音を立てて、リュウヤとツネオが降りてきた。
「ソウの討伐隊でも組織すんじゃねぇの?ソウの顔を良く知っているのは俺達だかんね。あの野郎、見つけたら絶対ぶち殺してやる。なっ」
リュウヤはツネオに視線を向けた。
「うん。そうだね。うん。」
ツネオがリュウヤを見返す。
「討伐隊を編成するなら、僕も喜んで志願したいですね。」
アキトも降りてきた。
そのアキトを睨むように一人の女生徒が進み出た。
「お前ら、同級生に、そんな残虐なこと、よくできるな。アタイは嫌だね。同級生を殺すなんて。」
意外な人物が否定的なことを言った。
キリコだ。
リュウヤはキリコの言葉に反応した。
「何を言ってんだ、キリコ。あたりめぇじゃねぇか、あいつ俺達を裏切って、一人で逃げて、その挙句に、俺達に親切にしてくれたヘレナさん達を襲ったんだぜ。人殺しもしてんだぞ。あいつに詳しい俺たちが討伐するのが、スジってもんだろうが。」
「へー、リュウヤ、お前、ソウがダニクを殺すとこ見たのか?その時、ソウが『金出せ』って言ったか?何もかも、お見通しか?そりゃすげぇな。千里眼の加護でも持ったか。成長したな。」
「な、何、言ってやがる、お前も見ただろうが、ダニクさんが死んでいるとこ、ヘレナさんが血だらけのとこ。」
「ああ、見たさ、死体をな。でもアタイはソウがダニクを殺すところは見てない。だからソウがダニクを殺した証拠、強盗をした証拠が見つかるまでは、ソウと敵対しない。絶対にだ。」
キリコがここまで言うのには理由があった。
キリコには、
『真偽判定』
というスキルが育ちつつあったのだ。
真偽判定のスキルは、対象の言動をよく観察することで、その対象が嘘を言っているのか真を述べているのか判定するスキルだ。
ただしキリコの真偽判定スキルは未だ「LV2」で、育ちきっていない。
精度にかけるのだ。
しかし、キリコはあの場に居て、ソウの言動、ヘレナの言動を見て、感じることがあった。
(ソウは嘘を言っていない。ヘレナの方が嘘つきだ。)
そう感じていた。
もっともソウは多くを語っていないので真実は判らないが、ヘレナが言った
「この男がダニクを殺した。」
というのは嘘だと感じた。
しかし、その後に続く
「私も殺されるところでした。」
と言う言葉は本当のようだった。
それとソウがヒナに対して最後に言った
「ヒナ、ここは危ない、逃げよう。」
という言葉は真の言葉だと確信が持てた。
だからキリコは迷っていたのだ
(ソウは敵か味方か?ヘレナは?教会は本当に危険な場所なのか?)
ヒナはキリコの言葉で目が覚めたような気がした。
(キリコさんのいう通りだわ。誰もソウちゃんが人殺しをするところを見ていない。ヘレナさんが本当のことを言っているという証拠もない。もっとソウちゃんを信じてあげなきゃ。)
と思うと同時にヒナは大きく後悔をした。
あの時ソウがヒナに向けた表情。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔をヒナに向けた。
あれは、昔、ソウを信じなかったソウのお母さんに向けた表情と同じ表情だった。
(あ、・・・私は、なんで、あんな態度を・・・あの時ソウちゃんが悲しかったのは、大下先生に殴られたからじゃない。皆がソウちゃんを信じなかったからじゃない。あれは、あれは、・・・私がソウちゃんを信じなかったから悲しかったんだ。・・・)
「キリコさん。そのことは、又の機会に話しましょう。今はヘレナさんの指示に従うべきだと思います。さぁ皆さん行きましょう。」
清江の合図で、全員が教会へ向かった。
この時点で、生徒40名、教員2名、キャビンアテンダント2名の合計44名の集団が、ぞろぞろと歩いて繁華街から、教会へ歩いて向かった。
街中を歩く清江達集団は、集団の数や、異世界の服装等から、最初は奇異にみられていたが、教会通いの途中、生徒それぞれが、屋台で買い物をしたりするうち、地元人との交流ができた。
特にヒナが教会で地元民に治療を施していたことが、地元民との良好な関係を築き上げる要因となっていた。
「ヒナ様、礼拝ですか?」
屋台の果物売りのおばさんが、声をかけてきた。
「おはようございます。おばさん。礼拝じゃないですが、教会へ行きます。」
この果物売りの女性は、極度の腰痛をヒナに治療してもらって以来、ヒナのファンになったようだ。
宿屋から教会まで、徒歩で約20分かかる。
「タクシーか、電車に乗りたいね。」
ツネオがぼやく。
この世界の乗り物と言えば、馬車くらいのものだ。
一行が教会の礼拝堂に到着するとヘレナが待ち受けていた。
ヘレナは「ソウ」がヘレナ達にとって大きな障害となることを危惧していた。
今、育ちつつあるヒナ達。いずれ大きくなるであろう器を取りだすか、洗脳して兵士として手ごまに加えるつもりだった。
ドレイモンをかけることも考えたが、曲がりなりにもヒュドラ教の信徒を奴隷化することはヒュドラ教の威信を落としかねないので今は控えていた。
ソウはヘレナの正体に気が付いている。
現にヒナをこの教会から連れ出そうとしていた。
いずれは、ヒナ達を逃がすだろう。
また、先日、獣化したソウにヘレナは追い詰められた。
そのことが、神の眷属であるヘレナは許せなかった。
(犬コロに傷つけられるなんて、最大の屈辱だわ、今に見ていなさい。・・・犬コロめ)
「皆様、お呼び立てしてすみません。今日お集まりいただいたのは、例の件です。この教会を襲った凶悪犯。ソウ・ホンダのことです。ソウ・ホンダは元々、皆様のお仲間だと聞き及んではいますが、あのような殺人犯を野放しにするわけにはまいりません。そこで皆様にご協力をお願いしたいのです。」
木村が一歩前へ出る。
「協力というのは・・・何を協力すればよろしいのでしょうか?」
「難しいことではありません。領主様にお願いをして、討伐隊を編成することにしました。しかし、討伐隊はソウ・ホンダの人相特徴を知りません。そこで、似顔絵の作成と、皆様の討伐隊への参加をお願いしたいのです。」
「わかりました。協力は致しますが、少し生徒達との話し合いのお時間を・・・」
と木村が言いかけた時
「ぜひとも協力させてください。僕がこの街の皆様の安全を守ります。」
アキトがしゃしゃり出た。
木村は、ソウを探すことに協力をするにせよ、ヒナやレン、イツキの心情を考慮して、それはそれぞれの意志に任せよう。(捜索に協力したくない生徒もいるはずだ。)と考えていた。
「アキト、ちょっとまて・・」
「何を待つのですか、ソウは、元同級生だけど、人殺し・・殺人犯人なのですよ。僕たちは、この教会をはじめ、この街の住人にどれだけ世話になっている事か、それなのにあいつは、金目当てで、この街の人を襲い、あげくに人まで殺しているんだ。それを僕達で探し出して処罰するのは、当然。いや義務でしょう。先生は殺人犯を庇うのですか?」
アキトの言葉は正論に聞こえる。
しかしアキトには別の思惑があった。
(ソウが居なくなれば、ヒナは僕に目を向けるかもしれない。)
アキトの次のターゲットはヒナだった。
ヒナも他の生徒同様、アキトに気があるようだった。
それでもソウが邪魔で完全にはヒナの関心がこちらを向かない。
(邪魔なんだよ。ソウ)
ヘレナがアキトを見つめている。
(へぇー。そうなの。ウフフ。使いようがあるかもね。この男)
ヘレナはアキトの心を読んだ。
アキトが自分のカバンをまさぐって、何かを取り出した。
「討伐隊に参加する前にも協力できることがあります。これです。」
アキトが取り出したものはスマホだった。
ヘレナがアキトの前に進み出る。
「これは何ですか?」
「これは、『スマホ』と言います。本来、通信用の機械ですが、通信以外の機能もあります。」
アキトは写真のアイコンをタップして、過去の写真をヘレナに見せた。
「これは・・・神機ですね・・」
アキトがソウの写真を拡大した。
「これは、ソウ・ホンダですね。」
「はい。集合写真の一部を拡大表示しました。」
「これを少し貸していただけますか、絵師に複写させます。しかし、これほど正確な描写の絵は見たことがありません。」
アキトはスマホにソーラー充電器を接続してヘレナに渡した。
「スマホの使い方がわからなかったら、僕でも他の者でも良いですから呼んで下さい。」
「わかりました。皆さん全員、神機を使えるのですね・・・」
ヘレナは部下にスマホを渡した。
「これで、ソウ・ホンダの手配書は出来ます。それを町中に配りましょう。それと捜索隊の編成は私に任せてもらってもよろしいですか?」
「ええ、お任せします。反対する者はいないはずです。生徒会長の権限で僕が承認します。人殺しを庇う奴なんていないですよ。ねっ、皆。」
全体が沈黙した。
反対意見もあっただろうが、アキトの言うことは正論に思えたし、このところ日増しに強くなっているアキトに逆らえるものはいなかった。
「そういうことで、討伐隊には全面協力しますが、凶悪なソウと戦いになったら、僕以外はすぐに避難させてください。僕自身は死力を尽くして殺人犯と戦います。生徒会長の使命ともいえますからね。」
ヘレンが頷いた。
「わかりました。戦闘は兵士と私、それにアキトさんで行いましょう。他の方々はソウ・ホンダの捜索のみ、協力してください。」
「全力でソウを見つけます。」
アキトはヒナに視線を向けた。
ヒナはソウを信じることに決めていたが、一連の流れで、アキトに反対できなかった。
(ソウちゃんを見つけたら、ゆっくり話を聞いてみよう。怖くなんてないわ・・姿はかわったかもしれないけど、ソウちゃんだもの・・)
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掲載は不定期になります。
追記
「ざまぁ」までがかなり時間が掛かります。
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