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第二章 奴隷編
第24話 アキト 渦巻く欲望。
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時間は少し遡る
ソウがテルマと会った翌日の夕方、ヒナは、教会近くの宿屋の一室に居た。
「ヒナ、これ、どう?似合うかな?」
ウタは、その日、街の服屋で買った現地の衣装を身に着けて、ヒナの前で、くるりとターンした。
ヒナ達一行は、その日の夜、領主が主催する晩餐会に招待されていたのだ。
「いいんじゃない。」
そっけなく、ヒナが答える。
「なーによ、それ。上の空の返事。またソウ君の事、考えていたでしょ。」
「あ、あ、ごめん。似合っているわよ、とても。」
ヒナが少しひきつった笑顔で答える。
「気持ちは、わかるけど、今の私たちでは、何もできないわよ。誰かの力を借りなきゃね。
だから今夜、領主様のご機嫌を取って、助けてもらいましょ。ソウ君のことも含めてね。」
「そうね。せっかく力のある人に会うのだから、印象良くして味方になってもらうのが良いわよね。」
ヒナはウタに返事をしながらも、やはり、ソウの事を考えていた。
飛行機が墜落した島で、ソウが行方不明になって、およそ4か月が過ぎた。
幼い頃から、兄妹のように育ち、幼稚園から高校生になった今まで、いつもソウが傍に居た。
ヒナにはソウに対する恋愛感情はなかったが、ある意味、恋愛感情よりも強い、家族愛があった。
ソウがヒナに対して恋愛感情を持っていることは、薄々気が付いていた。
しかし、現状の家族的な関係が壊れるのが怖くて、ソウが、そのような素振りを見せると、いつも話題を変えたり、冗談を言ったりして、その場の雰囲気を茶化しシリアスな場面にならないように、心がけていた。
常日頃から、「ソウちゃん。」と呼ぶのも、家族的な関係を強調したかったからだ。
ドンドン!
ドアがノックされた。
「おーい。そろそろ、行くってよ。」
レンの声だ。
「もうちょっと、待ってよ。このコルセットっていうのが、言うこと聞かないのよ。」
「あー、もうウタったら、動かないで、うまく締められないでしょ。」
ウタとヒナは、コルセットと格闘していた。
宿屋の正面には、沢山の馬車が並んでいた。
領主がヒナ達の送迎の為に用意したのだ。
「大下先生、どうぞ。」
アキトが馬車の乗り口で、清江の手を取り、エスコートした。
「ありがとう、アキト君。いつも優しいわね。」
清江の顔は、ほんの少し、血色が良くなった。
「いえいえ、男として当然ですよ。」
アキトは清江に続きヒナとウタもエスコートした。
ヒナをエスコートする時には、他の女性をエスコートした時よりも、心持時間をかけ、ゆっくり優しく行った。
「ヒナさん、今日は、とても綺麗ですよ。」
アキトの八重歯がキラリと光った。
「まぁ、アキト君、ありがとう。」
ヒナも満更ではない表情を見せる。
「ふーん。」
ウタは、アキトにエスコートされながら、しげしげとアキトを見つめる。
ヒナ達一行は10分ほどで、領主の城に到着した。
その城は、中世ヨーロッパに存在していたような造りだった。
城の入り口は、高さ5メートル位の城壁に覆われ、正面の城門を潜ると、サッカーの競技場程の中庭があり、城門入り口から、城までの石畳が敷かれている。
城は、3階建てで、レンガ造りなのか、赤茶けた外壁があり、窓の数も多く、屋上には円錐形の棟が、四方に建っている。
部屋の数は20以上あるようで、建物の大きさは日本の国会議事堂位だ。
ヒナ達は、建物の正面入り口で馬車から降ろされ、グンターの案内で建物の中に入った。
一階のホールの左右には、半円の二階へ続く階段があり、天井の巨大なシャンデリアが大広間を照らしていた。
グンターはホール右側の階段を昇り、二階中央の飾りつけのある大きなドアの前で、ヒナ達に待つよう、指示した。
グンターが二階の扉の奥へ入り、しばらくすると、扉の向こうから髪の裾を外巻きにした男がヒナ達を扉の中に入るよう促した。
「あのオッサン、お笑い芸人に似てる。」
ツネオがクスクス笑う。
「言うな、バカ。俺も今、それを思った。」
リュウヤが、ツネオを肘で突っつく。
どうやら、日本のお笑い芸人、ルイなんとかの相方を想像しているようだ。
ヒナ達一行は、木村と清江を先頭に部屋へ入ると、正面の王座のような椅子に座っている男の前に整列して、グンターから習ったとおりのお辞儀を一斉にした。
「今日は、お招き頂き、まことにありがとうございます。私はキヨエ、オオシタと申します。慣れない土地で不安な私達を庇護して下さる領主様に最大の敬意と感謝の意を表します。」
椅子に座った男は立ち上がり、一歩前に進んだ。
「うむ。余が領主デミルド・シュタイン・ブテラである。過日、そち等の働きにより、多くの兵士が救われたと聞いておる。大儀であった。今日は、歓迎の意を込めてもてなそう。」
領主は、身長160センチ位、小太りの中年で、口ひげを蓄えている。
お世辞にも美男子とは言えない。
「ありがとう御座います。心より感謝申し上げます。」
その後、ヒナ達は、一階ホール奥にある大広間へ通された。
100席以上はあるだろうか、テーブルの上には色とりどりの花が飾られ、大皿には肉料理や、魚料理、果物等が豪華に盛り付けられていた。
「それでは、異国より参られたキヨエオオシタ殿一行の功績を称えて乾杯をする。乾杯!!」
領主の発声で、乾杯が行われ、晩餐が始まった。
豪華な料理を目の前にして、生徒たちは興奮していた。
宿屋で食事は出るものの、質素な料理ばかりで、飛行機が墜落してから、ご馳走と呼べるべき食事を取るのは日本を出発して以来の事だった。
「うめーぞ、オイ」
レンは一心不乱に料理に手を伸ばす。
「美味しいですね。」
イツキも舌鼓を打つ。
その食欲に見惚れているのか、驚いているのか、同じテーブルに座っている複数の女性がレンとイツキを見つめている。
「見事な召し上がり様ですね。男性は、そうでなければなりませんわ。」
レンの正面の貴族風の女性が、にこやかに声をかけた。
「何て言ってんだ?」
レンがイツキに声をかける。
「食べっぷりが男らしいってさ。」
語学堪能なイツキが答える。
「そうか、そうか。」
レンは女性に興味が無いのか、再び料理に手を伸ばす。
「私は、イツキ・スギシタと申します。隣のガサツな男は、レン・タナカと申します。よろしくお願いします。」
イツキが挨拶した。
「ご丁寧な、ご挨拶、痛み入ります。私は、領主の三女、レイシア・シュタインと申します。お見知りおきを。」
領主の三女と名乗る女性は、領主とは似つかぬ美貌の持ち主で、年齢は15歳位、スラリとした体形に、銀色に近い色のロングヘアー、二重瞼で目鼻立ちの整った美少女だ。
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
イツキとレイシアは社交的な会話をしばらく続けた。
「ところで、レイシア様。貴方様は、お美しいですね。わが祖国にいらっしゃれば、間違いなくアイドルになれますよ。」
イツキは、元々、奥手だったが、この世界へ来て、神の加護なのか頭脳の回転が速くなるにつれ、度胸がついてきた。
それに外国語をしゃべっているせいか、日本語では、とても言えないような女性に対する誉め言葉も臆することなく話している。
「まぁ、イツキ様は、お口がお上手ですね。アイドルと言うのが何なのかわかりませんが、きっと誉め言葉でしょうね、人さまから、・・男性から美しいと言われたのは、生まれて初めてです。」
レイシアは、頬を染めた。
「あ、アイドルというのは、若い男性の憧れの様な存在です。綺麗で、華やかで、世の男性全てに幸せを届けてくれるような存在です。」
イツキはオタク程ではなかったが、何とか坂49等のアイドルグループのファンだった。
イツキの言葉を聞いて、レイシアは、なお赤くなった。
「ご歓談中のところ、申し訳ありません。私は、アキト・シマダと申します。領主様の三女様とお聞きしました。よろしくお願いします。」
アキトは、八重歯がキラリと光る、さわやか顔をレイシアに向けた。
「はい。レイシアです。よろしく。」
イツキに対する態度とは、うってかわって、淡々とした態度で挨拶を返した後、再び笑顔をイツキに向けた。
アキトがレイシアを追撃する。
「レイシア様は、お美しいですね。このテーブルに飾られた花のようだ。」
レイシアは、アキトに対して、冷たい視線を向けた。
「そうですね。私は飾り物ですから、儀礼的な誉め言葉でも、ありがたく頂戴いたします。」
レイシアは知っていた。
自分は、この世界において他人に褒められるような美人ではないことを。
ただ領主の三女であることから、レイシアに近づく者は、儀礼的にレイシアを褒めたたえた。
「レイシア様の髪は、お美しい。」
「レイシア様は、頭脳聡明でいらっしゃる。」
「レイシア様のお召し物、よくお似合いですよ。」
決して、レイシアが美しいとは言わない。
レイシアを心から、美しいと思う人はいなかったのだ。
この世界では、日本の美的感覚とかなりの相違があるようで、日本で平凡な顔立ちの人が美しいというふうに評価され、イケメン、美女と言われる人が、美的に評価されない。
しかし、イツキは違った。
その表情や態度からして、レイシアの事を本当に美しいと思っているようだ。
それにイツキは、レイシアの好みの顔立ちだった。
片やアキトの言葉は、言葉こそ飾り立てているが、儀礼的な匂いがする。
儀礼的な美辞麗句を散々、聞かされてきたレイシアには、直感的にそのことが判った。
それに、アキトの顔はこの世界ではブ男だった。
「いえいえ、お世辞ではないです。心から美しと思います。」
アキトが執拗に食い下がる。
「そうですか、ありがとうございます。」
レイシアはアキトに頭を下げた後、イツキに顔を向ける。
(おかしい。なんかへんだ。)
アキトは、違和感を覚えていた。
アキトは早熟で、この世には、イケメンと、そうではない男がいて、イケメンはあらゆる場面で有利に人生と言うゲームを進めることが出来る。
そう思っている。
小学生5年生のバレンタインデーで、下駄箱がチョコレートで一杯になり、下校時に沢山の女生徒からプレゼントをもらったことがあった。
それ以前から、自覚はあったが、その時に確信した。
「俺は、モテる。イケメンなんだ。」
中学生になって、なお一層、周囲の女生徒にチヤホヤされるようになった。
中学1年生の時に、中学3年生の女生徒から手ほどきを受けて、初体験を済ませた。
初体験の時にアキトは思った。
「こんな、気持ちの良いことが世の中にあったなんて。もっと欲しい。もっともっと色んな女と体験したい。」
アキトは肉欲に溺れた。
しかし、アキトは馬鹿では、なかった。
自分が望む女を意のままにするためには、悪評が立っては、まずい。
そこで、勉強をして成績を上げ、スポーツにも励んで、体を鍛え、日常生活も品行方正にした。
全て自分の肉欲を満たすためにだ。
高校生になってからは、自己の評判を上げるために、生徒会に入り、2年生になると、すぐに生徒会長に立候補した。
人気を得るために、生徒全体の為にというポーズを取り、人前では、自己犠牲を表に出して、生徒の為に尽力した。
アキトは、本来他人の事を思いやるような性格ではなかった。
しかし、肉欲の為に素性を隠していたのだ。
その反動で、心の中には「誰かを傷つけたい。」という欲望、黒い蛇が、とぐろを巻いていた。
ある時、アキトは、特定の下級生の女の子に、ことさらに親切にし、笑顔を振り向けた。
その娘に対しては、他の女生徒に対する態度とは、明らかに違う態度を取って見せた。
まるで、アキトがその娘に対して、恋心を抱いているような素振りで。
その娘は、すぐに落ちた。
アキトに対して、大きな恋愛感情を抱き、いつもアキトを想った。
自分がアキトに好かれるはずは無いと、思いつつも、アキトの親切な態度に
「もしかしたら、アキトさんも・・・」
と考えて、ある日アキトに告白をした。
「アキトさん、好きです。交際してください。」
生まれて初めての告白、初恋だった。
しかし、アキトは、
「ん?何考えているの?大丈夫?君と付き合うなんて無理だよ。無理、無理。」
アキトは、心の中で笑っていた。
(ばっかじゃないの、コイツ、ちょっと笑顔を向けたら、すぐ落ちやがった。キモチイイー♪)
アキトは他人の心をオモチャにして、弄ぶことに快楽を得た。
肉欲にも増して、快楽だった。
アキトには、恋愛感情というものが、欠落していた。
女性を、肉欲の対象としか見る事が出来ない。
清江に対しても、ヒナに対しても、その感情に変わりはない。
次の肉欲のターゲットはヒナだった。
晩餐会が、終わり、清江と木村が、主要な人物にお礼を言った後、一行は馬車で教会へ戻った。
その日は、まだ夕方の礼拝を済ませてなかったので、一同が礼拝堂へ入った。
礼拝堂へ、入ってヒナ達の目に映ったのは、何者かが、倒れたヘレナに向かって血に濡れた剣を振るおうとしている姿だ。
「何やってる。!!」
アキトがそう叫ぶと同時に、その男に対して魔法を打った。
ヘレナがこちらを振り向く
「アキトさん、助けてください。この男が、私とダニクを・・・」
ヘレナの傍では、グンターの部下、ダニクが血まみれで倒れている。
死んでいるようだ。
ヘレナも大怪我をしているようなので、暴漢が怯んだ隙にヒナがヘレナに近寄り、ヒールしようとした。
アキトの攻撃を受けて苦悶するその男の顔を見た時ヒナは驚愕した。
「ソウちゃん?」
生き別れになっていたソウがそこにいたのだ。
「本田君?」
ヒナの言葉で清江も気が付いたようだ。
ヒナは複雑な気持ちだった。
ずっと待ち続けたソウの生還。
しかし、それは意外な形で訪れた。
ヒナ達一行を助けてくれて、語学や加護の手ほどき、その他、不安なヒナ達一行に親切にしてくれたヘレナをソウが襲っている。
信じたくなかったが、ソウがヘレナを襲っているという事実は、目の前の情景とヘレナの言葉で間違いない状況だ。
しかもソウの傍では、ダニクが血まみれで死んでいる。
どうしようかと戸惑っているうちに、アキトとリュウヤがソウに戦闘をしかけた。
最初はアキト達が、優位に戦闘を進めていたが、驚いたことに、ソウは、突然体が一回り大きくなり、急激に強くなった。
そしてアキトとリュウヤを難なく倒した。
(ソウちゃんとは別人?)
ヒナがそんな事を考えながらもアキトとリュウヤにヒールを施したところ、清江がソウの顔を引っ叩いた。
怒りを込めて。
ソウはヒナに近づき
「ヒナ、ここは危ない。逃げよう。」
ヒナに手を伸ばす。
ヒナは怖かった。
見掛けはソウだが、ヒナの知っているソウより遥かに良い体格で、顔つきも怖い男が自分に迫ってくる。
「イヤ!!!」
ヒナは思わずアキトの陰に隠れた。
するとソウの目から涙が零れた。
鼻水も垂らしている。
ヒナは子供の頃のソウを思い出した。
ヒナとソウが、ソウの自宅で遊んでいる時に、野球のボールか何かが、ソウの自宅の窓ガラスを割った。
ソウの悪戯だと勘違いしたソウの両親が、ソウを叱った時、ソウは何も言えずに鼻水を垂らしながら泣いた。
その時のソウの顔と、今のソウの顔が被って見えた。
(やっぱりソウちゃん?)
ヒナがそう思った時、ソウは天窓のステンドグラスを突き破って逃げた。
(ソウちゃん・・・)
ソウがテルマと会った翌日の夕方、ヒナは、教会近くの宿屋の一室に居た。
「ヒナ、これ、どう?似合うかな?」
ウタは、その日、街の服屋で買った現地の衣装を身に着けて、ヒナの前で、くるりとターンした。
ヒナ達一行は、その日の夜、領主が主催する晩餐会に招待されていたのだ。
「いいんじゃない。」
そっけなく、ヒナが答える。
「なーによ、それ。上の空の返事。またソウ君の事、考えていたでしょ。」
「あ、あ、ごめん。似合っているわよ、とても。」
ヒナが少しひきつった笑顔で答える。
「気持ちは、わかるけど、今の私たちでは、何もできないわよ。誰かの力を借りなきゃね。
だから今夜、領主様のご機嫌を取って、助けてもらいましょ。ソウ君のことも含めてね。」
「そうね。せっかく力のある人に会うのだから、印象良くして味方になってもらうのが良いわよね。」
ヒナはウタに返事をしながらも、やはり、ソウの事を考えていた。
飛行機が墜落した島で、ソウが行方不明になって、およそ4か月が過ぎた。
幼い頃から、兄妹のように育ち、幼稚園から高校生になった今まで、いつもソウが傍に居た。
ヒナにはソウに対する恋愛感情はなかったが、ある意味、恋愛感情よりも強い、家族愛があった。
ソウがヒナに対して恋愛感情を持っていることは、薄々気が付いていた。
しかし、現状の家族的な関係が壊れるのが怖くて、ソウが、そのような素振りを見せると、いつも話題を変えたり、冗談を言ったりして、その場の雰囲気を茶化しシリアスな場面にならないように、心がけていた。
常日頃から、「ソウちゃん。」と呼ぶのも、家族的な関係を強調したかったからだ。
ドンドン!
ドアがノックされた。
「おーい。そろそろ、行くってよ。」
レンの声だ。
「もうちょっと、待ってよ。このコルセットっていうのが、言うこと聞かないのよ。」
「あー、もうウタったら、動かないで、うまく締められないでしょ。」
ウタとヒナは、コルセットと格闘していた。
宿屋の正面には、沢山の馬車が並んでいた。
領主がヒナ達の送迎の為に用意したのだ。
「大下先生、どうぞ。」
アキトが馬車の乗り口で、清江の手を取り、エスコートした。
「ありがとう、アキト君。いつも優しいわね。」
清江の顔は、ほんの少し、血色が良くなった。
「いえいえ、男として当然ですよ。」
アキトは清江に続きヒナとウタもエスコートした。
ヒナをエスコートする時には、他の女性をエスコートした時よりも、心持時間をかけ、ゆっくり優しく行った。
「ヒナさん、今日は、とても綺麗ですよ。」
アキトの八重歯がキラリと光った。
「まぁ、アキト君、ありがとう。」
ヒナも満更ではない表情を見せる。
「ふーん。」
ウタは、アキトにエスコートされながら、しげしげとアキトを見つめる。
ヒナ達一行は10分ほどで、領主の城に到着した。
その城は、中世ヨーロッパに存在していたような造りだった。
城の入り口は、高さ5メートル位の城壁に覆われ、正面の城門を潜ると、サッカーの競技場程の中庭があり、城門入り口から、城までの石畳が敷かれている。
城は、3階建てで、レンガ造りなのか、赤茶けた外壁があり、窓の数も多く、屋上には円錐形の棟が、四方に建っている。
部屋の数は20以上あるようで、建物の大きさは日本の国会議事堂位だ。
ヒナ達は、建物の正面入り口で馬車から降ろされ、グンターの案内で建物の中に入った。
一階のホールの左右には、半円の二階へ続く階段があり、天井の巨大なシャンデリアが大広間を照らしていた。
グンターはホール右側の階段を昇り、二階中央の飾りつけのある大きなドアの前で、ヒナ達に待つよう、指示した。
グンターが二階の扉の奥へ入り、しばらくすると、扉の向こうから髪の裾を外巻きにした男がヒナ達を扉の中に入るよう促した。
「あのオッサン、お笑い芸人に似てる。」
ツネオがクスクス笑う。
「言うな、バカ。俺も今、それを思った。」
リュウヤが、ツネオを肘で突っつく。
どうやら、日本のお笑い芸人、ルイなんとかの相方を想像しているようだ。
ヒナ達一行は、木村と清江を先頭に部屋へ入ると、正面の王座のような椅子に座っている男の前に整列して、グンターから習ったとおりのお辞儀を一斉にした。
「今日は、お招き頂き、まことにありがとうございます。私はキヨエ、オオシタと申します。慣れない土地で不安な私達を庇護して下さる領主様に最大の敬意と感謝の意を表します。」
椅子に座った男は立ち上がり、一歩前に進んだ。
「うむ。余が領主デミルド・シュタイン・ブテラである。過日、そち等の働きにより、多くの兵士が救われたと聞いておる。大儀であった。今日は、歓迎の意を込めてもてなそう。」
領主は、身長160センチ位、小太りの中年で、口ひげを蓄えている。
お世辞にも美男子とは言えない。
「ありがとう御座います。心より感謝申し上げます。」
その後、ヒナ達は、一階ホール奥にある大広間へ通された。
100席以上はあるだろうか、テーブルの上には色とりどりの花が飾られ、大皿には肉料理や、魚料理、果物等が豪華に盛り付けられていた。
「それでは、異国より参られたキヨエオオシタ殿一行の功績を称えて乾杯をする。乾杯!!」
領主の発声で、乾杯が行われ、晩餐が始まった。
豪華な料理を目の前にして、生徒たちは興奮していた。
宿屋で食事は出るものの、質素な料理ばかりで、飛行機が墜落してから、ご馳走と呼べるべき食事を取るのは日本を出発して以来の事だった。
「うめーぞ、オイ」
レンは一心不乱に料理に手を伸ばす。
「美味しいですね。」
イツキも舌鼓を打つ。
その食欲に見惚れているのか、驚いているのか、同じテーブルに座っている複数の女性がレンとイツキを見つめている。
「見事な召し上がり様ですね。男性は、そうでなければなりませんわ。」
レンの正面の貴族風の女性が、にこやかに声をかけた。
「何て言ってんだ?」
レンがイツキに声をかける。
「食べっぷりが男らしいってさ。」
語学堪能なイツキが答える。
「そうか、そうか。」
レンは女性に興味が無いのか、再び料理に手を伸ばす。
「私は、イツキ・スギシタと申します。隣のガサツな男は、レン・タナカと申します。よろしくお願いします。」
イツキが挨拶した。
「ご丁寧な、ご挨拶、痛み入ります。私は、領主の三女、レイシア・シュタインと申します。お見知りおきを。」
領主の三女と名乗る女性は、領主とは似つかぬ美貌の持ち主で、年齢は15歳位、スラリとした体形に、銀色に近い色のロングヘアー、二重瞼で目鼻立ちの整った美少女だ。
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
イツキとレイシアは社交的な会話をしばらく続けた。
「ところで、レイシア様。貴方様は、お美しいですね。わが祖国にいらっしゃれば、間違いなくアイドルになれますよ。」
イツキは、元々、奥手だったが、この世界へ来て、神の加護なのか頭脳の回転が速くなるにつれ、度胸がついてきた。
それに外国語をしゃべっているせいか、日本語では、とても言えないような女性に対する誉め言葉も臆することなく話している。
「まぁ、イツキ様は、お口がお上手ですね。アイドルと言うのが何なのかわかりませんが、きっと誉め言葉でしょうね、人さまから、・・男性から美しいと言われたのは、生まれて初めてです。」
レイシアは、頬を染めた。
「あ、アイドルというのは、若い男性の憧れの様な存在です。綺麗で、華やかで、世の男性全てに幸せを届けてくれるような存在です。」
イツキはオタク程ではなかったが、何とか坂49等のアイドルグループのファンだった。
イツキの言葉を聞いて、レイシアは、なお赤くなった。
「ご歓談中のところ、申し訳ありません。私は、アキト・シマダと申します。領主様の三女様とお聞きしました。よろしくお願いします。」
アキトは、八重歯がキラリと光る、さわやか顔をレイシアに向けた。
「はい。レイシアです。よろしく。」
イツキに対する態度とは、うってかわって、淡々とした態度で挨拶を返した後、再び笑顔をイツキに向けた。
アキトがレイシアを追撃する。
「レイシア様は、お美しいですね。このテーブルに飾られた花のようだ。」
レイシアは、アキトに対して、冷たい視線を向けた。
「そうですね。私は飾り物ですから、儀礼的な誉め言葉でも、ありがたく頂戴いたします。」
レイシアは知っていた。
自分は、この世界において他人に褒められるような美人ではないことを。
ただ領主の三女であることから、レイシアに近づく者は、儀礼的にレイシアを褒めたたえた。
「レイシア様の髪は、お美しい。」
「レイシア様は、頭脳聡明でいらっしゃる。」
「レイシア様のお召し物、よくお似合いですよ。」
決して、レイシアが美しいとは言わない。
レイシアを心から、美しいと思う人はいなかったのだ。
この世界では、日本の美的感覚とかなりの相違があるようで、日本で平凡な顔立ちの人が美しいというふうに評価され、イケメン、美女と言われる人が、美的に評価されない。
しかし、イツキは違った。
その表情や態度からして、レイシアの事を本当に美しいと思っているようだ。
それにイツキは、レイシアの好みの顔立ちだった。
片やアキトの言葉は、言葉こそ飾り立てているが、儀礼的な匂いがする。
儀礼的な美辞麗句を散々、聞かされてきたレイシアには、直感的にそのことが判った。
それに、アキトの顔はこの世界ではブ男だった。
「いえいえ、お世辞ではないです。心から美しと思います。」
アキトが執拗に食い下がる。
「そうですか、ありがとうございます。」
レイシアはアキトに頭を下げた後、イツキに顔を向ける。
(おかしい。なんかへんだ。)
アキトは、違和感を覚えていた。
アキトは早熟で、この世には、イケメンと、そうではない男がいて、イケメンはあらゆる場面で有利に人生と言うゲームを進めることが出来る。
そう思っている。
小学生5年生のバレンタインデーで、下駄箱がチョコレートで一杯になり、下校時に沢山の女生徒からプレゼントをもらったことがあった。
それ以前から、自覚はあったが、その時に確信した。
「俺は、モテる。イケメンなんだ。」
中学生になって、なお一層、周囲の女生徒にチヤホヤされるようになった。
中学1年生の時に、中学3年生の女生徒から手ほどきを受けて、初体験を済ませた。
初体験の時にアキトは思った。
「こんな、気持ちの良いことが世の中にあったなんて。もっと欲しい。もっともっと色んな女と体験したい。」
アキトは肉欲に溺れた。
しかし、アキトは馬鹿では、なかった。
自分が望む女を意のままにするためには、悪評が立っては、まずい。
そこで、勉強をして成績を上げ、スポーツにも励んで、体を鍛え、日常生活も品行方正にした。
全て自分の肉欲を満たすためにだ。
高校生になってからは、自己の評判を上げるために、生徒会に入り、2年生になると、すぐに生徒会長に立候補した。
人気を得るために、生徒全体の為にというポーズを取り、人前では、自己犠牲を表に出して、生徒の為に尽力した。
アキトは、本来他人の事を思いやるような性格ではなかった。
しかし、肉欲の為に素性を隠していたのだ。
その反動で、心の中には「誰かを傷つけたい。」という欲望、黒い蛇が、とぐろを巻いていた。
ある時、アキトは、特定の下級生の女の子に、ことさらに親切にし、笑顔を振り向けた。
その娘に対しては、他の女生徒に対する態度とは、明らかに違う態度を取って見せた。
まるで、アキトがその娘に対して、恋心を抱いているような素振りで。
その娘は、すぐに落ちた。
アキトに対して、大きな恋愛感情を抱き、いつもアキトを想った。
自分がアキトに好かれるはずは無いと、思いつつも、アキトの親切な態度に
「もしかしたら、アキトさんも・・・」
と考えて、ある日アキトに告白をした。
「アキトさん、好きです。交際してください。」
生まれて初めての告白、初恋だった。
しかし、アキトは、
「ん?何考えているの?大丈夫?君と付き合うなんて無理だよ。無理、無理。」
アキトは、心の中で笑っていた。
(ばっかじゃないの、コイツ、ちょっと笑顔を向けたら、すぐ落ちやがった。キモチイイー♪)
アキトは他人の心をオモチャにして、弄ぶことに快楽を得た。
肉欲にも増して、快楽だった。
アキトには、恋愛感情というものが、欠落していた。
女性を、肉欲の対象としか見る事が出来ない。
清江に対しても、ヒナに対しても、その感情に変わりはない。
次の肉欲のターゲットはヒナだった。
晩餐会が、終わり、清江と木村が、主要な人物にお礼を言った後、一行は馬車で教会へ戻った。
その日は、まだ夕方の礼拝を済ませてなかったので、一同が礼拝堂へ入った。
礼拝堂へ、入ってヒナ達の目に映ったのは、何者かが、倒れたヘレナに向かって血に濡れた剣を振るおうとしている姿だ。
「何やってる。!!」
アキトがそう叫ぶと同時に、その男に対して魔法を打った。
ヘレナがこちらを振り向く
「アキトさん、助けてください。この男が、私とダニクを・・・」
ヘレナの傍では、グンターの部下、ダニクが血まみれで倒れている。
死んでいるようだ。
ヘレナも大怪我をしているようなので、暴漢が怯んだ隙にヒナがヘレナに近寄り、ヒールしようとした。
アキトの攻撃を受けて苦悶するその男の顔を見た時ヒナは驚愕した。
「ソウちゃん?」
生き別れになっていたソウがそこにいたのだ。
「本田君?」
ヒナの言葉で清江も気が付いたようだ。
ヒナは複雑な気持ちだった。
ずっと待ち続けたソウの生還。
しかし、それは意外な形で訪れた。
ヒナ達一行を助けてくれて、語学や加護の手ほどき、その他、不安なヒナ達一行に親切にしてくれたヘレナをソウが襲っている。
信じたくなかったが、ソウがヘレナを襲っているという事実は、目の前の情景とヘレナの言葉で間違いない状況だ。
しかもソウの傍では、ダニクが血まみれで死んでいる。
どうしようかと戸惑っているうちに、アキトとリュウヤがソウに戦闘をしかけた。
最初はアキト達が、優位に戦闘を進めていたが、驚いたことに、ソウは、突然体が一回り大きくなり、急激に強くなった。
そしてアキトとリュウヤを難なく倒した。
(ソウちゃんとは別人?)
ヒナがそんな事を考えながらもアキトとリュウヤにヒールを施したところ、清江がソウの顔を引っ叩いた。
怒りを込めて。
ソウはヒナに近づき
「ヒナ、ここは危ない。逃げよう。」
ヒナに手を伸ばす。
ヒナは怖かった。
見掛けはソウだが、ヒナの知っているソウより遥かに良い体格で、顔つきも怖い男が自分に迫ってくる。
「イヤ!!!」
ヒナは思わずアキトの陰に隠れた。
するとソウの目から涙が零れた。
鼻水も垂らしている。
ヒナは子供の頃のソウを思い出した。
ヒナとソウが、ソウの自宅で遊んでいる時に、野球のボールか何かが、ソウの自宅の窓ガラスを割った。
ソウの悪戯だと勘違いしたソウの両親が、ソウを叱った時、ソウは何も言えずに鼻水を垂らしながら泣いた。
その時のソウの顔と、今のソウの顔が被って見えた。
(やっぱりソウちゃん?)
ヒナがそう思った時、ソウは天窓のステンドグラスを突き破って逃げた。
(ソウちゃん・・・)
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