上 下
77 / 103
第五部 王国統一 編

第八話 マックスの矜持(きょうじ)

しおりを挟む
 キャスリー近郊。
 デイランを総大将とする、六千の軍勢は野営していた。

 デイランは軍営から離れた丘にいて、空を見ている。

 星がよく見える、晴れた夜だった。
 斥候《せっこう》は絶えず出していた。

 三日以内には、神星王国・帝国の連合軍と対峙することになる。

(マックスは、今頃……か)

 自分がどれほどの修羅場に直面しようとも、ここまで心が騒ぐということはないだろう。

 ロザバン居留地の時の夜襲の際には、何かがあればいつでも救い出せる距離にいた。
 しかし今は――。

 マックスを信頼している。
 それでも今回の作戦は命を落としかねない危険を伴う。

 だが、デイランはマックスを頼る他なかった。

(情けない……っ。
信頼する仲間を死地においやるしか術がないなんて)

 人の気配を察し、剣の束に手を当てた。

「私だ」

「……エリキュスか」

 紅髪緑眼の美丈夫が苦笑いしながら近づいてきた。
「総大将が、護衛もつけずに散歩か?
あまり感心しないな」

「すまん。一人で、考えたいことがあったんだ」

「邪魔をしたか?」

「いや、大丈夫だ。自分のしょうもなさに嫌気がさしたんだ」

「……そうか」

「エリキュス、作戦は――」

「いや、そうじゃない。
それはもう良いんだ。
私はお前を信じる。今回の作戦を決めたお前の決断を信じる……ようにする」

 デイランは笑った。
「ようにする?
どうしたんだ。
ずいぶんな変わり様だな。
お前が怒るのは当然なことだと思ったが」

「説教をされた。
私も反省したんだ。
命を共にするお前を信じなければな、と」

「説教? 誰に」

 エリキュスは苦笑した。
「内緒だ」

「……アウルか?」

「なぜ」

「当たりか」
 デイランは口元をゆるめる。

「何だ、知っていたのか。人が悪いな」

「そうじゃない。
お前に説教をたれる奴はうちじゃ、あいつくらいだなと思ったんだよ。
まあ、気にするな。
あいつは直感で生きている。
お前は理性で生きてきた。無理して変える必要はない」

「マックスは単独行動、か。
 軍営では一切みかけなかったが」

「今ごろ、あいつも命をかけた戦いをしている」

「……そうか。
婦人にそのような役目を負わせるとは、男として、情けないな」

「俺も同じことを思った。
だが、マックスしか頼れない」

「アウルをふくめて、お前たちは良い信頼関係で結ばれているんだな。
私にはそれがうらやましい……いや、まぶしいかな」

「エリキュス?」

「私の家は北方で、今は帝国の貴族だ」

「そう……なのか」

「そうだ。代々軍人を輩出《はいしゅつ》している家だ。
父も、兄も帝国軍人だ。
私は次男ということで、教団に早いうちから送られ、騎士団員として生きてきた。
家でも、教団でも、教えられたのは忠節心だ。
家においては国王への忠節、教団においては神《アルス》への忠節……。
しかしそれは今思うと、押しつけられた忠節だった。
だから、迷いはあれこそすれ、当然のように全幅の信頼をおける相手がいることがとても、うらやましい」

「がっかりだな」

 エリキュスは苦笑した。
「辛辣《しんらつ》だな……。
だが、分かっている……」

「違うよ。
俺はお前のことを信頼してるのに、お前はまだ俺をそうは思ってくれないってことが、さ」

 エリキュスは虚を突かれた顔をする。
「……な、何を」

「俺はお前に、マックスやアウルと同じように信頼して、背中を預けているつもりだ。
だからこそ、お前には今回、死地《しち》に同行してもらっているし、クロヴィスだって預けた」

 エリキュスはどういう顔をして良いのか分からないような、微妙な顔をする。
 少し頬を染め、目を伏せた。
「……そ、そうなのか。
いや、すまない。こういうことは、……そういうものなのか……」

「残念だ。お前が女だったら、抱いてるな。
今の顔、最高に色っぽかったぜ」

「なっ!?」
 エリキュスは耳まで真っ赤にさせた。
「それは騎士に対する侮辱だぞ!」

 デイランは笑った。
「冗談だよ。
肩の力が抜けたか?」

「……お、お前という奴は。
人が感動していたのに、最悪だな」
 いじけたようはエリキュスは背中を見せて歩き出す。

「怒るなって」
 デイランは追いかけ、肩を掴んだ。

「離せ」

「ったく、冗談が通じない奴だな」

「知るものかっ」

「冗談を言い合えるのは、良い関係だぜ」

「知らん!」

 エリキュスの反応に、デイランは笑いを噛《か》み殺すのが大変だった。

                   ※※※※※

 王国軍本営。
 三万という大軍である。
 篝火《かがりび》を焚《た》けば、まるで真昼のように周囲が明るくなる。

 フリードリッヒは本営で、まもなく異端者どもとぶつかるであろうキャスリー近郊の地図を見ていた。
 周囲は多少の起伏のある丘がいくつかある。
 兵をひそめておくのなら、そこだが、間者《かんじゃ》の報告によれば、敵は六千ほどだという。
 奇襲など恐るるに足りない。
 巨人の周りを小虫《こむし》を飛び回ったところで、巨人は倒れない。

 外が騒がしくなる。

 副官のコンラッドが「見て参ります」と言って、外に出て行く。

 しばらくすると、コンラッドが戻ってきた。
 色をなしていた。
「将軍。どうやら敵の間者を捕らえたということです」

「何だと」

「お会いになられますか」

「ここへ連れてこい」

 しばらくして、後ろ手を縛られて兵士に引きずられるように、現れたのは女だった。
 粗末な衣装だ。

 兵士が告げる。
「乗合馬車《のりあいばしゃ》を検問したところ、女が逃げようとしましたので捕らえました」

「……ただの商人よ」

 フリードリッヒは女の姿を頭のてっぺんからつま先まで、不躾《ぶしつけ》に見た。
「商人? ほう。荷物は?」

 兵士が答える。
「ただの麦や日用雑貨です」

「ふん! あんたら、相当、見る目がないね。
あれは値千銀《あたいせんぎん》なんだよ!」

「間者というのはどういうことだ?」

「これです。
麦粒の入った袋にこれが」
 兵士が書状を見せてきた。

 フリードリッヒは書状を開く。
 その文面を一瞥《いちべつ》し、目を見張る。

「これは……」
 思わず呟いてしまう。

 そこには、

“親愛なるヴァラキア総督殿
 以前からの申し合わせの通り、王国軍のことはよろしく頼む
 あなたの永遠の友 ロミオ・ド・アリエミール”

 とあった。

「女、これは何だ」

「知らないよ。
その麦はだいたい、私んじゃないんだからさぁ。
私が帝国に行くって知ったら、なら、この麦粒を届けて欲しいって……」

 フリードリッヒは兵士に言う。
「馬車の行き先は?」

「帝国領ヴァラキアです」

 女は媚《こ》びた目を見せる。
「なあ、頼むよ。
軍人さん。私は何にも知らないんだから。許してよぉ。
そんな手紙で、殺されたりはしないわよ、ね? ね?」
 女は言いながら、フリードリッヒの太ももを撫でた。

「触るな、汚らわしい!
売女《ばいた》がっ!」
 フリードリッヒは女を張り倒した。
 女が転がる。

「……おい、この女を拘束しておけ。
また後で尋問する」

「はっ!」

「ちょ、ちょっと! 待ってよぉっ!」

 女が引きずられながら軍営を出て行く。

 コンラッドが言う。
「将軍。この内容は……」

「異端者と帝国の密約、といったところか」

「帝国がまさか、そんな」

「ありえないことじゃあ、ないだろう。
勝ち目がないと考えたロミオが、帝国に、庇護《ひご》を求める……。
我が軍を挟撃し、そのまま王都を……。
――とにかく、あの女から詳しい話を聞く。
帝国に伝令、一日に進軍を送らせると伝えろ」

「……受けるでしょうか」

「今度の戦は我が軍が主力と連中は言っただろう。
とにかく飲ませろ。
念入りに斥候を飛ばしたいと言っておけ」

「か、かしこまりました」
 頭を下げ、コンラッドは退出していった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

悪役令嬢は家族に支えられて運命と生きる

恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:65

我輩は紳士である(猫なのに、異世界召喚されたのだが)

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:325

element square ~星降プロローグ

SF / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:2

だって僕はNPCだから 4th GAME

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:8

王侯貴族、結婚相手の条件知ってますか?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,228pt お気に入り:44

我が子を救ってくれたのは私を捨てた男の兄だった。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:205pt お気に入り:1,853

処理中です...