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第五部 王国統一 編

第六話 軍議~女参謀(マックス)の決意

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 エリキュスたちは街道を進んでいた。

「クロヴィス。サロロンの街が見えてきたぞ!」
 エリキュスは轡《くつわ》を並べている王弟《おうてい》に声をかける。

 部隊に所属している間は、他の隊員と同じように扱ってくれと言われたので、皇太弟だからと特別扱いはしていなかった。

 疲労の色が濃かったクロヴィスは笑顔になった。

 ここに来るまで、数週間、野盗相手の幾度もの戦いを潜《くぐ》り抜けてきたのだ。
 と言っても、クロヴィスはまだ手を血に濡らしてはいない。

 戦場の空気を少しでも知ることをエリキュスは重要視した。
 命を奪うことを、まだ十歳の少年の精神が許容できないと思ったのだ。

「クロヴィス。ようやくまともなベッドで眠れるぞ」

「は、はい――あ、いえっ!」

 隊員たちが声を上げて笑うと、クロヴィスは恥ずかしそうに俯《うつむ》いた。

「すみません。ご迷惑ばかりおかけして。
自分からついてくると言っておきながら、この体《てい》たらくで……」

 エリキュスはクロヴィスに馬を寄せる。
「……殿下。あまり焦らぬように。
突然、大人になることはできません。
無理に大人になろうとすれば、どこかで必ず、そのひずみは出て参ります。
少しずつで良いのです。
私も、この部隊の誰もがそうなのですから」

「……エリキュス殿」

「それまでは、我々がしっかりとお守りいたします。
殿下。
我々は大人なのです。
子どもを守るのも、大人の務め。
甘え、守られるのは子どもの特権なのですから」

「はい」

 エリキュスたちはサロロンの郊外にあるロミオの居館へ向かう。

 すると、館の方から馬が駆けてくる。
「エリキュス!」

 エリキュスは手を上げた。
「デイラン!
今、戻ったぞ!」

 デイランの姿に、クロヴィスは頭を下げた。
「デイラン殿。ただいま戻りました」

 デイランはうすく笑う。
「良かった。
顔色はそれほど悪くなさそうだ。
もっとひどい顔色だったら、ロミオが心配しすぎて倒れてしまうところだ」

「す、すみません。
兄上にも、皆様にもご心配をおかして」

「謝るようなことじゃない。
ロミオの前ではそんなことは言わない方が良いぞ。
今回、送り出したことを死ぬほど後悔してたからな。
もし、本当に今後、戦場に出たいと思うのなら、強がることを多少は覚えておいたほうが良い」

 エリキュスが眉をひそめる。
「おい、デイラン」

「分かりました、デイラン殿。
胸を張ります。
とても良い経験になったことは確かですから」

 クロヴィスの頼もしさに、デイランはうなずき、エリキュスに目を向ける。

「到着早々申し訳ないが、少し休んだら軍議だ」

「分かった」

 クロヴィスは顔を曇らせる。
「戦い、ですか?」

「そうだ。
神星王国と帝国が協同して攻めてくる」

「……いよいよ、か」
 エリキュスが独りごちた。

                  ※※※※※

 ロミオの居館にあてがわれた、デイランの部屋。

 デイランは戦場になるであろう地図を眺め、考えていた。

 神星王国と帝国。二つの国を同時に相手にする。
 言ってはみたが、かなり至難《しなん》の業だ。

 兵の質は王国や帝国よりも上だ。
 だが数が圧倒的に劣っている。

 奇襲戦法か、罠を張るか。
 それとも、他の街を犠牲にして防御陣地を築き、そこに敵をおびき寄せるか。

 地図には幾つもの書き込みがあった。
 しかし策はまとまっていない。

 いや、するべきことは決まっている。
 デイランたちが敵を迎撃するということだ。だが必勝の策がない。

 弓歩兵を利用する防御陣地の構築は、よちよち歩きの赤ん坊も同じこの国にとってはあまりに危険が大きすぎる。

 神星王国と帝国の大軍の前に、他の州が背《そむ》けば、防御陣地をつくって、敵を足止め出来たところで意味はない。

 他の州をつなぎ止める為にも、華々しい勝利が必要なのだ。

 一度、奇跡とも思えるような勝利を勝ち得て初めて、別の策へつなげられる。
 まさに今こそが、この国にとっての正念場。

 そしてデイランはまだその正念場に対する答えを出せないでいた。

 扉がノックされた。
 デイランが応じると、マックスが入って来た。

「はあい、デイラン」

「ずいぶんとご機嫌だな」

「うちの大将が困っているかなぁって思って、来てみたら想像以上に困っているから」

「想像以上に困っている」
 デイランは苦笑し、椅子に座った。

 マックスはテーブルに座ると、地図の書き込みを見つめる。

「ねえ、私に策があるわ」

「聞かせてくれ」

「実はね……」

 マックスは自らの策を披露《ひろう》する。

「――そんなこと、出来るはずがないだろ」
 デイランは即座にはねつけた。

「これなら、うまくいけば、敵の疑心暗鬼を煽ることが出来るわ。
最小限の犠牲で、ね」

 デイランは首を横に振った。
「失敗したら?
お前は死ぬぞっ」

「死ぬつもりなんかないわよ」

「だめだ!」

「なら、他に策はあるの?」

「……それを今、考えているところだ」
 デイランは立ち上がり、窓辺に寄る。
 夜の闇、サロロンの街の灯が見える。

 街道に面した小さな街が、今や、ファインツの中でも一、二を争う活況《かっきょう》を呈している。

「敵は集結しつつある。策を実行しようとするのなら、今から準備に取りかからないと時間がないわ」

「分かってる……」

「私だって“虹の翼”の一人よ」

「そんなことは当たり前だろう。
だからこそ、大切なんだ。
死地《しち》には送り出せない」

「心配してくれるのね。デイラン」
 足音がすぐ間近に聞こえる。
 そして、柔らかな感触が背に押しつけられる。

 マックスが抱きついてきたのだ。

「……でも、デイラン。
あなた、すっごく自分勝手よ」

「何だと」
 デイランは振り返り、マックスの強い視線を受け止めた。

「自分だけは死なないとでも思ってる訳?」

「俺は――」

「あなたが、ヴェッキヨの傭兵共と戦う時、私がどれだけ不安だったか、知らないでしょう。
ううん、あれだけじゃない、ラブロン平原で帝国と初めて戦った時も。
正直、王国なんてどうなろうが知ったこっちゃないわ。
あなたさえ、アウルさえ、仲間達さえ無事であれば、私にとってはそれで良い。
この国も、ロミオの命運もどうでも良い。
こうしているのは、あなたが、ロミオにこだわっているから。
戦場へ向かうあなたを見送る、私はただのか弱いだけの女じゃない。
――デイラン、あなたに策があるのなら、私は今の策を取り下げる。
でも、何もないのであれば、あなたも私の勝利を信じて、何も言わずに見送って」

「……マックス」

「デイラン。私にも戦わせて」

 考える余地などない。
 今のデイランには、マックスの提案を受け容れるしか道はない。

「……分かった。
マックス。頼むっ」
 頭を深々と下げた。

「仕方ないわね。
うちの大将に頭を下げられちゃったら……。
良いわ。私の命、つかってあげるわ」

「……だが、どんな時でも生きることは諦《あきら》めないでくれ。
必ず、助けに行く」

「お願いね」
 マックスは微笑んだ。

                      ※※※※※

 ロミオの執務室に、王国の主立った人々たちが集まっていた。

 国王のロミオ。
 皇太弟、クロヴィス。
 ロミオの秘書役を務めるマリオット。

 司令官のデイラン。
 参謀のマックス。
 遊撃部隊隊長のアウル。

 近衛部隊隊長のトリンピス。
 デイラン麾下《きか》で一軍を率いるエリキュス。

 テーブルの上に広げられた地図へ目を向けていた。

 マックスが指を差す。
 マックスの配下が農民に偽装し、遠巻きではあるが両軍を確認していた。

「およそ神星王国が三万。帝国が二万という陣容ね。
両国は、ファインツ州の北方にある、神星王国領コロネット州に集結している。
狙いはファインツの、北部の街、キャースリー。
そこを皮切りに順繰りに、攻めていくという格好ね」

 デイランは言う。
「二つの軍の動きはどうなると思う。
ばらばらに動くのか、それとも同時に動くか」

「おそらく、同じ風に動くと考えられるわ。
それは戦略というよりも、宣伝の意味合いが大きいと思う」

 ロミオが言う。
「両国の融和の、ですか?」

「そう。
それに帝国が勝手気ままにこちらに攻めかかるのを、神星王国側は認められないでしょう。
帝国としては領土的野心を剥き出しにすれば、ただでさえ不安定な同盟関係がいつ壊れてもおかしくない」

 ロミオはデイランを見る。
「デイラン殿。
どのように動きますか。
防御陣地を組むというやり方ですか?」

「いいや。
俺とエリキュスで出陣し、敵の出鼻を挫《くじ》く」

 大胆すぎる動きに、その場の列席者は息をのんだ。

 エリキュスが言う。
「出陣することは無論、異論はない。
しかし敵は五万。
我々は出せても、一万――いや、実戦に耐えうる者だけを考えれば、五千前後しかいない。
住人に避難命令を出し、防御陣地にて迎撃するべきではないのか」

「俺たちにとってはこれが初めての戦だ。
誰もが俺たちの動きを注視している。それは敵ばかりじゃない。国内においてもだ」

 反乱の可能性を示唆《しさ》され、エリキュスは驚いた顔をする。

 デイランは続ける。
「ここで少しでも敵に領土を明け渡すような真似をすれば、協力姿勢をとっている各州に、寝首をかかれる恐れがある。
俺達は見せなきゃならないんだ。俺達の軍の強さを。
この国の可能性ってやつを」

 エリキュスは問う。
「では、作戦は?
まさか、そのまま敵とぶつかる、ということはないだろう」

「敵の心を攻める」

「心?」

「二つの国の協力関係は表向きだ。
神星王国は帝国に、帝国は神星王国に――同盟を結んだからといって、人の心まで刷新《さっしん》できるわけもない。不信感がある。
そこにつけ込む」

「口で言うのはたやすいとは思うが……」

 マックスが前に出る。
「私にとびっきりの作戦があるわ」

「それは?」

「今は言えない。
けど、かなり自信があるわ」

 エリキュスは眉をひそめる。
「この中に、敵の間者がいるとでも言うのか?」

「そうじゃないわよ」

 アウルが鼻息荒く、エリキュスを睨《にら》んだ。
「おい、てめえ!
マックスが自信があるって言ってんだから、それに任せりゃ良いんだ!
つべこべ抜かしてんじゃねえっ!」

「策の内容を聞かなければ……。判断ができない」

「デイランは戦いに負けたことはねえ!
それで十分だろうがっ!」

 デイランはアウルはやんわりと宥《なだ》めた。
「アウル、落ち着け。
――エリキュス。とにかくマックスに任せてやって欲しい」

 エリキュスはロミオを見る。
「陛下……」

 ロミオはうなずく。
「デイラン殿が問題ないと言われている以上、私はそれを信じます」

 エリキュスはまだ何か言いたげだったが、引き下がる。
「陛下がそう仰るのであれば……」

 アウルが鼻息荒く声を上げた。
「よっしゃあ! 腕がなるぜっ!
偽もんの国も、帝国のやろうどももこてんぱんに叩きのめしてやろうぜっ!」

 マックスが迷惑そうに言う。
「ちょっと暑苦しいのはやめなさいよ。
今度の戦いはこれまでとは違うんだから。
イノシシみたいに突撃かまして、デイランに迷惑なんかかけないでよね」

「わ、分かってるさ!
変なこと言うんじゃねえっ!」

 場が笑いに包まれる。

 デイランはアウルの威勢の良さに、うなずく。
 そしてトリンピスを見る。
「トリンピスは、サロロンの街にてロミオたちを守って欲しい。
もし俺たちに何かあれば、ナフォールへ。
ロミオたちにもしものことがあれば、俺たちは戦う理由を失う」

「任せてくれ」

 よし、とデイランは小さくうなずく。

 全員の視線が、ロミオに向く。
「みなは、それぞれの役割をしっかり果たして下さい」
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