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第五部 王国統一 編
第五話 帝国の動き~ヴァラキア総督
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帝国領ヴァラキア州(旧王国名:シーブルック)。
そこには帝国軍の最前線基地が存在している。
基地のそばにある調練場では毎日、激しい訓練が続いていた。
出陣を一週間後に控えて、士気は旺盛《おうせい》である。
叱咤する将校の声にも力がこもっていた。
その様子をヴァラキア総督アンドレアス・ド・デラヴォロは、馬上から眺めている。
白いものの混ざった茶色い髪に、くすんだ灰色の瞳。
年齢は五十も半ばを過ぎていながらも、眼差しは鋭い。
深いシワが刻まれた、樹齢《じゅれい》を重ねた大樹のように堅《かた》い肌は、赤銅色である。
デラヴォロ家は代々、北方に領地を持つ軍人一族である。
その歴史は長く、元々は王国の初代、聖王・ブリュエスに付き従っていた騎士の家系。
北方の統治を委任された辺境伯家の補佐役として北方に遣《つか》わされたのだった。
それだけに、帝国が獲得した豊かな地であるヴァラキア総督を拝命したのは当然のことと言えた。
だが、ラヴロン平原の戦いの敗戦以降。
帝国は軍事行動の一切をとりやめた。
その為に、アンドレアスは無為《むい》な日々を過ごし続けてきた。
と言っても、軍人としては無為であっても、総督としては重責である。
なぜなら、ここヴァラキア州は今や帝国の一大食料庫となっており、帝国に麦を運び、帝国臣民《ていこくしんみん》の腹を満たしているのである。
それでも最前線だけあって、兵士の訓練は続けてきた。
それでも、目標があるとないのとでは兵士たちの意識も違う。
鍛錬《たんれん》の日々がようやく日の目を見ようとしている。
敵は、ロミオ。“少年王”と呼ばれた、先のアリエミール国王である。
ただ、今回の出陣には懸念《けねん》はあった。
己の軍にではない。
同盟を組む王国軍にである。
王国軍にはラヴロン平原の戦いまでは、帝国軍は連戦連勝であり、王国軍が数ばかりで、脆弱《ぜいじゃく》という認識は今もなお、ぬぐえない。
それが果たして、頼りになるのかどうか。
「将軍。そろそろ戻りませぬと……遅れてしまいます」
副官を務める、フランツ・ド・デラヴォロが声をかける。
「そうだな」
アンドレアスは馬首を巡らせた。
フランツは、その名前が示すとおりアンドレアスの嫡男《ちゃくなん》である。
肩幅が広く、がっしりとして堂々とした体躯《たいく》。
母譲りの紅い髪と、父の灰色の瞳、そして赤銅色の肌を持った偉丈夫《いじょうふ》である。
血の気が多いところが玉《たま》に瑕《きず》であるが、まさに軍人一族であるデラヴォロ家の嫡子《ちゃくし》にふさわしい。
基地へ向かうと、執務室へ戻る。
しばらくすると、来客が尋ねてきた。
「ここへ」
そして姿を見せたのは、王都からの使者。
オーランド・グルワースである。
同じ帝国に属しているが、軍事畑を歩き続けきたアンドレアスにとって、外交官としてあちこちに出没するオーランドとの面識はほとんどなかった。
帝都からはオーランドがこのたびの、王都における様々な策謀の責任者であることは聞いていた。
しかしそんな人間が、何用なのかとも思う。
作戦に口を出されるのは、アンドレアスとしては不服だが。
オーランドは言う。
「このたびは時間を作っていただきありがとうございます。将軍」
「王都よりわざわざご足労いただいて、申し訳ない。
出陣を控えて、こちらも自由に動くという訳にはいかないのです」
オーランドはまるで仮面をかぶったような、見え透《す》いた笑みを絶やさない顔で言う。
「いえいえ、そのようなことは気になさらずとも、よろしいのです。
将軍には両国の和平の為の出兵の指揮をとって頂くのでございますから」
「それで、用件というのは?」
「話が早くて助かります。
このたびの軍の動きについて、是非、お願いしたきことがございます」
「何でしょう」
「たとえいかなる事態が起きようとも、“先槍《さきやり》の誉《ほま》れ”は神星王国に取らせて頂きたい」
“先槍の誉れ”というのは、一番初めに敵にぶつかることであり、戦場においての華であり、最も名誉なことであると騎士の中では考えられていた。
「つまり、王国が動くまで手出しは無用、と?」
「左様でございます。
帝国と神星王国……両国は和平を結んだといえど、未だ帝国への不信感というものは健在なのです。
現在の友好は残念ながら、上層部だけのもの。
それを今度の出兵によって民にも分かる形で示したいのですよ。
“先槍の誉れ”を王国に譲るとなれば、です。
帝国の領土的野心がないことが広く伝わることになる。
あくまで今度の出兵は王国の統一に手を貸すためと、お心召《こころめ》されよ」
「善処《ぜんしょ》、致しましょう」
オーランドは眉をひそめる。
「それは困ります。
これは絶対に守ってもらわねば。
正直、これを守っていただかなければ、今度の出兵は意味が無いと言っても良いのです」
「約束はできかねます」
「将軍」
オーランドは弱り切った顔をする。
「グルワース殿。
戦は千変万化《せんぺんばんか》、とらえがたい生き物なのですよ。
刻々《こくこく》と状況は変化し、それに我々軍人は対応しなければならない。
そのようなことを規定されてしまえば、それは枷《かせ》になる。
戦のことは我々に任せて頂きたい……」
「……歴戦の将軍にこのようなことを申し上げるのは非常に、心苦しいのではありますが……それは違います」
「何が違うと?」
「確かに現場で指揮を執《と》るのは軍人の役目でございます。
しかしどこで戦をし、どのような目的を設定するかを決めるのは政《まつりごと》の役目。
戦いは、政のほんの一面に過ぎないのです。
それに、不肖《ふしょう》、わたくしめには皇帝陛下より王国国内のことに関する全権を与えられております。
私の言葉は皇帝陛下の御言葉として聞いて頂きたいのですよ」
アンドレアスの背後で立っていた、フランツが眉をひそめる。
「グルワース殿。あなたは我々を脅しになられるのですか」
アンドレアスが「控えよ。フランツ」と重々しく制した。
「……私に政《まつりごと》は分かりませぬ。
それ故、先槍については承知いたした。
しかし、敵が襲いかかってきた場合には、火の粉は振り払います。
陛下より預かった軍人たちをいたずらに死なせる訳にはいきません」
オーランドは満足そうにうなずく。
「それで、結構でございます。
ご協力頂き、心配の種が減りました。ありがとうございます。
そのお礼……と言っては何ですが、ご子息のことについて」
「子息……ですか?」
アンドレアスはフランツを見るが、「いいえ、違います」とオーランドは首を横に振った。
「エリキュス殿、ですよ」
「あれは、もはや世俗とは関係ない」
「関係ないが、今は異端者の元で精力的に動いているようです。
何でも一軍を率いているとか」
「話は以上でよろしいですか?」
「ええ。
とても有意義な話ができました」
オーランドは笑顔で席を立った。
二人きりになると、フランツは言う。
「父上。
エリキュスのことでございますが」
「あれのことは考えるな。
我々は軍人。
戦場にのみ集中せよ」
「はっ……申し訳御座いませんっ」
フランツは背筋を伸ばした。
そこには帝国軍の最前線基地が存在している。
基地のそばにある調練場では毎日、激しい訓練が続いていた。
出陣を一週間後に控えて、士気は旺盛《おうせい》である。
叱咤する将校の声にも力がこもっていた。
その様子をヴァラキア総督アンドレアス・ド・デラヴォロは、馬上から眺めている。
白いものの混ざった茶色い髪に、くすんだ灰色の瞳。
年齢は五十も半ばを過ぎていながらも、眼差しは鋭い。
深いシワが刻まれた、樹齢《じゅれい》を重ねた大樹のように堅《かた》い肌は、赤銅色である。
デラヴォロ家は代々、北方に領地を持つ軍人一族である。
その歴史は長く、元々は王国の初代、聖王・ブリュエスに付き従っていた騎士の家系。
北方の統治を委任された辺境伯家の補佐役として北方に遣《つか》わされたのだった。
それだけに、帝国が獲得した豊かな地であるヴァラキア総督を拝命したのは当然のことと言えた。
だが、ラヴロン平原の戦いの敗戦以降。
帝国は軍事行動の一切をとりやめた。
その為に、アンドレアスは無為《むい》な日々を過ごし続けてきた。
と言っても、軍人としては無為であっても、総督としては重責である。
なぜなら、ここヴァラキア州は今や帝国の一大食料庫となっており、帝国に麦を運び、帝国臣民《ていこくしんみん》の腹を満たしているのである。
それでも最前線だけあって、兵士の訓練は続けてきた。
それでも、目標があるとないのとでは兵士たちの意識も違う。
鍛錬《たんれん》の日々がようやく日の目を見ようとしている。
敵は、ロミオ。“少年王”と呼ばれた、先のアリエミール国王である。
ただ、今回の出陣には懸念《けねん》はあった。
己の軍にではない。
同盟を組む王国軍にである。
王国軍にはラヴロン平原の戦いまでは、帝国軍は連戦連勝であり、王国軍が数ばかりで、脆弱《ぜいじゃく》という認識は今もなお、ぬぐえない。
それが果たして、頼りになるのかどうか。
「将軍。そろそろ戻りませぬと……遅れてしまいます」
副官を務める、フランツ・ド・デラヴォロが声をかける。
「そうだな」
アンドレアスは馬首を巡らせた。
フランツは、その名前が示すとおりアンドレアスの嫡男《ちゃくなん》である。
肩幅が広く、がっしりとして堂々とした体躯《たいく》。
母譲りの紅い髪と、父の灰色の瞳、そして赤銅色の肌を持った偉丈夫《いじょうふ》である。
血の気が多いところが玉《たま》に瑕《きず》であるが、まさに軍人一族であるデラヴォロ家の嫡子《ちゃくし》にふさわしい。
基地へ向かうと、執務室へ戻る。
しばらくすると、来客が尋ねてきた。
「ここへ」
そして姿を見せたのは、王都からの使者。
オーランド・グルワースである。
同じ帝国に属しているが、軍事畑を歩き続けきたアンドレアスにとって、外交官としてあちこちに出没するオーランドとの面識はほとんどなかった。
帝都からはオーランドがこのたびの、王都における様々な策謀の責任者であることは聞いていた。
しかしそんな人間が、何用なのかとも思う。
作戦に口を出されるのは、アンドレアスとしては不服だが。
オーランドは言う。
「このたびは時間を作っていただきありがとうございます。将軍」
「王都よりわざわざご足労いただいて、申し訳ない。
出陣を控えて、こちらも自由に動くという訳にはいかないのです」
オーランドはまるで仮面をかぶったような、見え透《す》いた笑みを絶やさない顔で言う。
「いえいえ、そのようなことは気になさらずとも、よろしいのです。
将軍には両国の和平の為の出兵の指揮をとって頂くのでございますから」
「それで、用件というのは?」
「話が早くて助かります。
このたびの軍の動きについて、是非、お願いしたきことがございます」
「何でしょう」
「たとえいかなる事態が起きようとも、“先槍《さきやり》の誉《ほま》れ”は神星王国に取らせて頂きたい」
“先槍の誉れ”というのは、一番初めに敵にぶつかることであり、戦場においての華であり、最も名誉なことであると騎士の中では考えられていた。
「つまり、王国が動くまで手出しは無用、と?」
「左様でございます。
帝国と神星王国……両国は和平を結んだといえど、未だ帝国への不信感というものは健在なのです。
現在の友好は残念ながら、上層部だけのもの。
それを今度の出兵によって民にも分かる形で示したいのですよ。
“先槍の誉れ”を王国に譲るとなれば、です。
帝国の領土的野心がないことが広く伝わることになる。
あくまで今度の出兵は王国の統一に手を貸すためと、お心召《こころめ》されよ」
「善処《ぜんしょ》、致しましょう」
オーランドは眉をひそめる。
「それは困ります。
これは絶対に守ってもらわねば。
正直、これを守っていただかなければ、今度の出兵は意味が無いと言っても良いのです」
「約束はできかねます」
「将軍」
オーランドは弱り切った顔をする。
「グルワース殿。
戦は千変万化《せんぺんばんか》、とらえがたい生き物なのですよ。
刻々《こくこく》と状況は変化し、それに我々軍人は対応しなければならない。
そのようなことを規定されてしまえば、それは枷《かせ》になる。
戦のことは我々に任せて頂きたい……」
「……歴戦の将軍にこのようなことを申し上げるのは非常に、心苦しいのではありますが……それは違います」
「何が違うと?」
「確かに現場で指揮を執《と》るのは軍人の役目でございます。
しかしどこで戦をし、どのような目的を設定するかを決めるのは政《まつりごと》の役目。
戦いは、政のほんの一面に過ぎないのです。
それに、不肖《ふしょう》、わたくしめには皇帝陛下より王国国内のことに関する全権を与えられております。
私の言葉は皇帝陛下の御言葉として聞いて頂きたいのですよ」
アンドレアスの背後で立っていた、フランツが眉をひそめる。
「グルワース殿。あなたは我々を脅しになられるのですか」
アンドレアスが「控えよ。フランツ」と重々しく制した。
「……私に政《まつりごと》は分かりませぬ。
それ故、先槍については承知いたした。
しかし、敵が襲いかかってきた場合には、火の粉は振り払います。
陛下より預かった軍人たちをいたずらに死なせる訳にはいきません」
オーランドは満足そうにうなずく。
「それで、結構でございます。
ご協力頂き、心配の種が減りました。ありがとうございます。
そのお礼……と言っては何ですが、ご子息のことについて」
「子息……ですか?」
アンドレアスはフランツを見るが、「いいえ、違います」とオーランドは首を横に振った。
「エリキュス殿、ですよ」
「あれは、もはや世俗とは関係ない」
「関係ないが、今は異端者の元で精力的に動いているようです。
何でも一軍を率いているとか」
「話は以上でよろしいですか?」
「ええ。
とても有意義な話ができました」
オーランドは笑顔で席を立った。
二人きりになると、フランツは言う。
「父上。
エリキュスのことでございますが」
「あれのことは考えるな。
我々は軍人。
戦場にのみ集中せよ」
「はっ……申し訳御座いませんっ」
フランツは背筋を伸ばした。
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