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第三部 王国動乱~逃避行編
第二十七話 エリキュスの迷い
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「それは一体どういうことだっ!?」
ヴェッキョ・ド・ヴァラーノは側近の報告に、こめかみに青筋をたてて叫んだ。
叫ぶたび、醜い三重顎がたぷたぷと揺れる。
「分かりません。先程、砦より伝えられたことなので……。
サロロンを中心とした民たちの軍が周辺の砦を次々と落としていると」
各所の砦が多くの民によって襲われ、砦を守備していた傭兵たちは為す術無く逐《お》われるか、降伏、もしくは皆殺しにされているということだった。
「何故だ!
儂《わし》は、神《アルス》の使いにして、王国より爵位を受けし者だぞっ!?
反乱? ありえんっ!」
さらに反旗を翻《ひるがえ》したのは民だけではない。
閑職《かんしょく》においやった騎士たちもまた、その民の中に加わっているらしいのだ。
「ルルカを襲わせた部隊は!
一体いつまでかかっているのだっ!」
「そちらももう何人も使者を送ってはいるのですが、彼らもまた戻って来ず……」
「どいつもこいつも何をしているっ!?」
主人の剣幕にも側近は説明する言葉をもたず、ただうな垂れるしかなかった。
「ええい、無能どもめっ!
傭兵共を集めて、賊軍を討たせろっ!
賊の将一人につき、褒賞を与えると触れを出せ!
相手はたかが民だ。数が頼りなだけの連中だっ!
良いな。
これで失敗でもしてみろっ!
お前らを異端として処刑してやるっ!
さあ、早くいけっ!」
側近は顔を青ざめさせ、逃げるように部屋を去って行く。
(ここは儂の王国だ。誰一人として手出しをさせられるものかっ!)
※※※※※
トリンピスの協力により、反乱の輪は急速に広がっていった。
さすがは騎士なだけあって武芸に長《た》け、民を中心としていた、急ごしらえの軍もそこそこ締まっている。
何より、この民を中心とした軍勢の士気は高いのだ。
金で雇われた傭兵達は命をかけない。
だが、民たちは暴政を挫《くじ》かなければ命を奪われる。
その死にものぐるいさ、必死さが違う。
しかしヴェッキョもただやられてばかりでいられるはずがない。
きっと反撃を試みるはずだ。
それを跳ね返せるか。
民の軍がさらに勢いを得られるかはそこにかかっている。
もしその戦いに負ければ、民たちは蜘蛛《くも》の子を散らすように逃げていくだろう。
サロロンの臨時本部で、トリンピスたち地元の人間たちに話を聞きながら、デイランが今後の動きについて考えていると、来訪者があった。
エリキュスだ。
彼はロミオの正体を知って以来、沈黙を守っていた。
ただデイランたちにはしっかりと協力してくれる。
民たちをまとめる将校がいないと相談すると、自分の部下をつけてくれた。
彼らも民と話し合いながら、訓練をほどこすことで、民にも少しずつ兵としての自覚が芽生え始めていた。
デイランはトリンピスたちに目を向ける。
トリンピスたちは星堂を出て行った。
「どうした?」
エリキュスは深刻さ表情だ。
「うまくいきそうなのか?」
「おかげさまでな。
今は相手の出方待ち、ってところだろうな」
「分かってはいるだろうが……
陛下のことだ」
「お前が捕まえようとしている人のことだな。
ちなみにあいつが、俺の雇い主だ」
エリキュスは表情を曇らせる。
「……自ら出頭すれば、命ばかりは助けられるかもしれない」
デイランはあまりの戯言《たわごと》に、鼻で笑ってしまう。
「俺はインチキ裁判であやうく、こんがり焼かれるところだったんだぞ」
「……だが、陛下は王族だ。手出しは」
「名も無き平民なら火あぶりにされても良いってことか」
「……そういう訳では……」
「意地の悪いことを言ったな。
なあ、ロミオは何故捕まえられなくてはならないんだ?」
「叛逆《はんぎゃく》の罪がある、と」
「王が叛逆? なんなんだそれは」
「……詳しいことは分からない」
「詳しいことも分からないくせに、お前は安易に、出頭すれば……なんて言葉を使うのか?
家臣に叛意《はんい》があっても、王に叛意はない。
ヴェッキョのように民を苦しめて捕まるのは分かる。
だが、あいつは何をした?
あいつは王としての務めを果たそうとしているだけだ。
それを妨害しているのは他の家臣や、教団だ」
エリキュスは何も言えないようだった。
「お前だって本当は分かっているだろう。
ロミオを捕まえて、喜ぶ奴がいる。それに教団が乗っかっている……。
ロミオを引き渡せば、とんでもないことになりかねない。
王国の頂《いただ》きに、ヴェッキョみたいな奴が立つかもしれない」
端正な顔を歪めるエリキュスの肩をそっと叩く。
「お前にも譲れないものがあるんだろう。
信仰を否定するつもりもない。
だが、お前が神を信じ、その教義を守ろうとするのと同じように、俺はロミオを信じ、守る。
あいつにはそれだけの輝きがある」
「……輝き?」
「少しは民が浮かばれる世界に行くための輝き、さ」
「民が……」
そこへ、マックスが姿を見せる。
彼女は微笑する。
「あら、お邪魔しちゃった?」
「そうだな。
今度はどんな女装が良いか、相談していたところだ」
エリキュスは「おいっ」と声を上げた。
「冗談だよ。
で、何かあったのか?」
「傭兵の集団がこっちに近づいてるって、斥候から報告があったわ」
騎士たちと、馬の使い方がうまい人間を中心に、二人一組の斥候部隊を、十数組ほど送っていた。
「数は?」
「おおよそ、六千」
デイランたちはおおよそ四千。
ほとんどが訓練の経験のない民たちだ。
「旗は?」
「ばっちり。
みんな、怖々とながらちゃんと作ってくれたわよ」
「よし」
デイランはエリキュスを見る。
「お前はどうする?」
「無論、共に戦う」
デイランは笑い、「頼んだぞ」とエリキュスの肩をそっと叩いた。
エリキュスが先に出ていくと、マックスが猫のようにそっと近づいてくる。
「で、本当はなんの用だったわけ?」
「男同士の友情について」
「はあっ?」
デイランは「さあ、久しぶりの戦だ」と独りごちた。
※※※※※
デイランは、トリンピスたちを呼び集めた。
そこには軍人だけではなく、マックスやロミオ、そしてリュルブレも姿があった。
リュルブレはフードを脱ぎ、自らがエルフあることを示した。
みんな、驚いた様子だが、嫌悪をあらわにしているのは見受けられなかった。
「リュルブレは見事に矢を使う。
それがあればこそ、俺たちはこうして無事に旅が出来ているようなもんだ」
それから、デイランはロミオを
何故こんな所に子どもが――とトリンピスたちは思っているだろう。
「みなさん。
これまで正式に名乗らず、申し訳ございません。
私は、ロミオ・ド・アリエミールと言います」
トリンピスたちは顔を見合わせた。
トリンピスは戸惑う。
「ロミオ……ト・アリエミール……?
それは……国王陛下では……」
デイランは告げる。
「その通りだ。
ロミオはアリエミール王国の王だ。今は宮宰《きゅうさい》のルードヴィッヒに背《そむ》かれ、国を追われている身の上だ。
そしてロミオは無論、俺たちの大将になる」
それでも目の前の青年が王だと言われても、はいそうですかとはならない。
そこにエリキュスが入る。
「デイランは本当のことを言っている。
その方は、まがうこと無く、アリエミール王であらせられる」
トリンピスが不審げに問う。
「エリキュス。お前は……?」
「私は、星騎士団の騎士だ。
陛下を追い、ここまでやってきたのだ。
だが、安心して欲しい。今は陛下に協力している身の上だ」
エリキュスまで証言したことで、トリンピスたちは今更ながら片膝をついて、控えた。
しかしロミオは彼らを起こした。
「やめて下さい。
私はひざまずかれるような人間ではありません。
ヴェッキヨをここまで放っておいたのはアリエミール家の罪に他ならないのですから」
騎士たちは目を輝かせる。
トリンピスは深々とこうべをたれる。
「我ら、騎士……
陛下の為の命を捧げる覚悟でございますっ!」
他の騎士たちもそれに倣《なら》う。
ロミオはうなずく。
「よろしくお願いします」
ヴェッキョ・ド・ヴァラーノは側近の報告に、こめかみに青筋をたてて叫んだ。
叫ぶたび、醜い三重顎がたぷたぷと揺れる。
「分かりません。先程、砦より伝えられたことなので……。
サロロンを中心とした民たちの軍が周辺の砦を次々と落としていると」
各所の砦が多くの民によって襲われ、砦を守備していた傭兵たちは為す術無く逐《お》われるか、降伏、もしくは皆殺しにされているということだった。
「何故だ!
儂《わし》は、神《アルス》の使いにして、王国より爵位を受けし者だぞっ!?
反乱? ありえんっ!」
さらに反旗を翻《ひるがえ》したのは民だけではない。
閑職《かんしょく》においやった騎士たちもまた、その民の中に加わっているらしいのだ。
「ルルカを襲わせた部隊は!
一体いつまでかかっているのだっ!」
「そちらももう何人も使者を送ってはいるのですが、彼らもまた戻って来ず……」
「どいつもこいつも何をしているっ!?」
主人の剣幕にも側近は説明する言葉をもたず、ただうな垂れるしかなかった。
「ええい、無能どもめっ!
傭兵共を集めて、賊軍を討たせろっ!
賊の将一人につき、褒賞を与えると触れを出せ!
相手はたかが民だ。数が頼りなだけの連中だっ!
良いな。
これで失敗でもしてみろっ!
お前らを異端として処刑してやるっ!
さあ、早くいけっ!」
側近は顔を青ざめさせ、逃げるように部屋を去って行く。
(ここは儂の王国だ。誰一人として手出しをさせられるものかっ!)
※※※※※
トリンピスの協力により、反乱の輪は急速に広がっていった。
さすがは騎士なだけあって武芸に長《た》け、民を中心としていた、急ごしらえの軍もそこそこ締まっている。
何より、この民を中心とした軍勢の士気は高いのだ。
金で雇われた傭兵達は命をかけない。
だが、民たちは暴政を挫《くじ》かなければ命を奪われる。
その死にものぐるいさ、必死さが違う。
しかしヴェッキョもただやられてばかりでいられるはずがない。
きっと反撃を試みるはずだ。
それを跳ね返せるか。
民の軍がさらに勢いを得られるかはそこにかかっている。
もしその戦いに負ければ、民たちは蜘蛛《くも》の子を散らすように逃げていくだろう。
サロロンの臨時本部で、トリンピスたち地元の人間たちに話を聞きながら、デイランが今後の動きについて考えていると、来訪者があった。
エリキュスだ。
彼はロミオの正体を知って以来、沈黙を守っていた。
ただデイランたちにはしっかりと協力してくれる。
民たちをまとめる将校がいないと相談すると、自分の部下をつけてくれた。
彼らも民と話し合いながら、訓練をほどこすことで、民にも少しずつ兵としての自覚が芽生え始めていた。
デイランはトリンピスたちに目を向ける。
トリンピスたちは星堂を出て行った。
「どうした?」
エリキュスは深刻さ表情だ。
「うまくいきそうなのか?」
「おかげさまでな。
今は相手の出方待ち、ってところだろうな」
「分かってはいるだろうが……
陛下のことだ」
「お前が捕まえようとしている人のことだな。
ちなみにあいつが、俺の雇い主だ」
エリキュスは表情を曇らせる。
「……自ら出頭すれば、命ばかりは助けられるかもしれない」
デイランはあまりの戯言《たわごと》に、鼻で笑ってしまう。
「俺はインチキ裁判であやうく、こんがり焼かれるところだったんだぞ」
「……だが、陛下は王族だ。手出しは」
「名も無き平民なら火あぶりにされても良いってことか」
「……そういう訳では……」
「意地の悪いことを言ったな。
なあ、ロミオは何故捕まえられなくてはならないんだ?」
「叛逆《はんぎゃく》の罪がある、と」
「王が叛逆? なんなんだそれは」
「……詳しいことは分からない」
「詳しいことも分からないくせに、お前は安易に、出頭すれば……なんて言葉を使うのか?
家臣に叛意《はんい》があっても、王に叛意はない。
ヴェッキョのように民を苦しめて捕まるのは分かる。
だが、あいつは何をした?
あいつは王としての務めを果たそうとしているだけだ。
それを妨害しているのは他の家臣や、教団だ」
エリキュスは何も言えないようだった。
「お前だって本当は分かっているだろう。
ロミオを捕まえて、喜ぶ奴がいる。それに教団が乗っかっている……。
ロミオを引き渡せば、とんでもないことになりかねない。
王国の頂《いただ》きに、ヴェッキョみたいな奴が立つかもしれない」
端正な顔を歪めるエリキュスの肩をそっと叩く。
「お前にも譲れないものがあるんだろう。
信仰を否定するつもりもない。
だが、お前が神を信じ、その教義を守ろうとするのと同じように、俺はロミオを信じ、守る。
あいつにはそれだけの輝きがある」
「……輝き?」
「少しは民が浮かばれる世界に行くための輝き、さ」
「民が……」
そこへ、マックスが姿を見せる。
彼女は微笑する。
「あら、お邪魔しちゃった?」
「そうだな。
今度はどんな女装が良いか、相談していたところだ」
エリキュスは「おいっ」と声を上げた。
「冗談だよ。
で、何かあったのか?」
「傭兵の集団がこっちに近づいてるって、斥候から報告があったわ」
騎士たちと、馬の使い方がうまい人間を中心に、二人一組の斥候部隊を、十数組ほど送っていた。
「数は?」
「おおよそ、六千」
デイランたちはおおよそ四千。
ほとんどが訓練の経験のない民たちだ。
「旗は?」
「ばっちり。
みんな、怖々とながらちゃんと作ってくれたわよ」
「よし」
デイランはエリキュスを見る。
「お前はどうする?」
「無論、共に戦う」
デイランは笑い、「頼んだぞ」とエリキュスの肩をそっと叩いた。
エリキュスが先に出ていくと、マックスが猫のようにそっと近づいてくる。
「で、本当はなんの用だったわけ?」
「男同士の友情について」
「はあっ?」
デイランは「さあ、久しぶりの戦だ」と独りごちた。
※※※※※
デイランは、トリンピスたちを呼び集めた。
そこには軍人だけではなく、マックスやロミオ、そしてリュルブレも姿があった。
リュルブレはフードを脱ぎ、自らがエルフあることを示した。
みんな、驚いた様子だが、嫌悪をあらわにしているのは見受けられなかった。
「リュルブレは見事に矢を使う。
それがあればこそ、俺たちはこうして無事に旅が出来ているようなもんだ」
それから、デイランはロミオを
何故こんな所に子どもが――とトリンピスたちは思っているだろう。
「みなさん。
これまで正式に名乗らず、申し訳ございません。
私は、ロミオ・ド・アリエミールと言います」
トリンピスたちは顔を見合わせた。
トリンピスは戸惑う。
「ロミオ……ト・アリエミール……?
それは……国王陛下では……」
デイランは告げる。
「その通りだ。
ロミオはアリエミール王国の王だ。今は宮宰《きゅうさい》のルードヴィッヒに背《そむ》かれ、国を追われている身の上だ。
そしてロミオは無論、俺たちの大将になる」
それでも目の前の青年が王だと言われても、はいそうですかとはならない。
そこにエリキュスが入る。
「デイランは本当のことを言っている。
その方は、まがうこと無く、アリエミール王であらせられる」
トリンピスが不審げに問う。
「エリキュス。お前は……?」
「私は、星騎士団の騎士だ。
陛下を追い、ここまでやってきたのだ。
だが、安心して欲しい。今は陛下に協力している身の上だ」
エリキュスまで証言したことで、トリンピスたちは今更ながら片膝をついて、控えた。
しかしロミオは彼らを起こした。
「やめて下さい。
私はひざまずかれるような人間ではありません。
ヴェッキヨをここまで放っておいたのはアリエミール家の罪に他ならないのですから」
騎士たちは目を輝かせる。
トリンピスは深々とこうべをたれる。
「我ら、騎士……
陛下の為の命を捧げる覚悟でございますっ!」
他の騎士たちもそれに倣《なら》う。
ロミオはうなずく。
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