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第三部 王国動乱~逃避行編

第二十四話 連帯の輪

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ヴェッキヨが送り込んだ盗賊たちを打ち倒したルルカの住人は湧き返った。

 しかしこれはまだまだ始まりだ。
 ヴェッキョを打ち倒すにはまとまった数が必要なのだ。

 デイランたち、そしてルルカの村のザルック、エリキュスたちで向かったのは
 街道に面した人口、千人ほどの街、サロロンだ。
 そこには、この辺りの信者たちが通う星堂がある。

 物々しい雰囲気をまとっているデイランたちの姿に、街の人々は不可解そうな目を向ける。
 星堂に近づくと、その星堂から男が何事かと現れた。

 そこをまとめるのは、三十代くらいの男だった。
 服装から司祭であると分かる。

 同じ司祭でもヴェッキョと比べると、貧相な印象はぬぐえない細身で、目も眩むような豪華な装飾もない。
 それでもその瞳に宿る光は怠惰ではなく、真摯《しんし》なほどに硬質だ。

「何事ですか」

 デイランたちを先導していたザルックが跪《ひざまず》き、手を合わせる。
「司祭様。
どうか我々の話を聞いて下さいっ」

「ザルック……!?
彼らは、君の知り合いか?」

「はい。
ですが、知り合いと軽々しくは呼べません。
命の恩人です。どうかお話を……」

 司祭は、デイランたちを見、それからエリキュスを見る。
「分かった。では中へ」

 デイランたちは頭を下げ、司祭と共に聖堂に隣接した司祭の家へ招かれた。

「……何もありませんが」
 司祭からは白湯《さゆ》が出された。

 デイランは頭を下げる。
「すまない」

「……それでお話とは。
命の恩人というのは」

 デイランは口を開く。
「司祭様、あなたは先程ザルックの姿を見て驚かれましたよね。
あなたは、ルルカの村に何が起こりうるか、知っていたんですか?」

 司祭は表情を曇らせる。
「……はい。
州都《オルンヅ》より使者が参ったのです。ルルカの村は悪魔と認められた。
ヴェッキョ様の使者が向かう故、決して近づかぬように……と」

 ザルックは言った。その声は力強い。
「俺達は、ここにいるデイランのお陰で、ヴェッキョの手下を一網打尽にしました」

 司祭は目を見開く。
「ほ、本当ですか!?」

 デイランはうなずく。
「その通りです。
しかし大本《おおもと》を潰さない限り、本当の平穏は訪れないと確信しました」

「大本?」

「ヴェッキョです」

「なんと……」

「司祭様。あなたも分かっているのではありませんか。
ヴェッキョこそ諸悪の根源なんだと。
あれがいる限り、人々は苦しみ続ける。
彼を批判する者は悪魔や異端者と呼ばれ、殺されてしまう……」

 司祭は目を伏せる。

「あなたにこんな話をするのは他でもありません。
我々と共にヴェッキョを討つ為に立ってもらいたいんです」

「討つ?
私はただの司祭だ……そんなことは」

「だが、あなたは衆望《しゅうぼう》を得ています。
あなたが声を上げれば賛同する者はいるはず」

「みなに、あなた方の無謀な計画に乗って死ねと言うのですか!?」

「この街に来た時、感じたのは、子どもや若い男や女がいないことです。
この街は聖堂が置かれるほどで、人口も決して少なくない。
何故です?」

「……それは」

「全員、ヴェッキョに徴集されているからでしょう。
こんなことを未来永劫、続けていくおつもりですか。
確かにこの村は安全かもしれない。さすがに司祭のいる街や村を滅ぼそうとするほどヴェッキョはバカではない。
だが、その他の場所は?
当然非難されてしかるべき人間がのうのうと生き、罪のない人々が殺される。
ザルックの片眼が潰れた訳もご存じでしょう」

 司祭は俯《うつむ》く。

「司祭様」

 エリキュスの方を司祭は見る。

 エリキュスは星騎士団であることは言うつもりはなかった。
 あくまでエリキュスが勝手に動いているだけに過ぎない。

「私は別の街で傭兵として働いておりました。
そしてこの地域での恐ろしい惨状を目のあたりにしたのです……。
ヴェッキョ討伐の為に、心を一つにしなければなりません。
だが我々は所詮、余所者《よそもの》。
ヴェッキョを倒すにはこの州に住まう人々の協力が不可欠なのです。
無辜《むこ》の民がこれ以上、虐《しいた》げられ、殺されるなど起きてはいけないことなのです。
無論、無理矢理人々を戦いに駆り立てようなどとはもうしません。
戦う意思があるものを集めて頂くだけで結構なのです」

 しばらく沈黙がおりた。
 司祭は目を伏せ、考え続けてくれていた。

 そうして口を開く。
「……分かりました。人々に言ってみましょう」

「ありがとうございます」

 外に出てきた司祭に、人々が集まってくる。

「みんなに、話したいことがある」

 そうしてデイランたちがヴェッキョたちの兵を倒したことを告げる。

「君たちの子どもたちもまた、ヴェッキョの元に連れていかれている者も多いだろう。そして、帰ってこなかった者も……。
戦えとは言わぬ。
だがもし、戦う意思が少しでもあれば、ここにいるデイラン殿たちと共に立ち上がって欲しい」

 ザルックが前に出る。
「ルルカにいる者で動ける奴はみんな、デイランの元で戦う。
デイランのお陰で、数百人もいる野盗どもをあっという間に倒せたんだ!
デイランがいなかったから俺たちは皆殺しにされていた……!
頼む。もし協力してくれると言うのなら……立ってくれ!」

 しんと静まりかえっている。
 誰もが戸惑っている。

(駄目か)
 デイランとしてもこれだけで諦める気はない。
 他の農村部を回り、少しでも数を増やすつもりだ。

 欲得ずくではない司祭の力を借りられれば、話が早いかも知れないと考え、この街を最初に選んだのだ。

 と、群衆の中から声が上がった。
 それは中年を過ぎた頃の男だ。
「俺はやるぞっ!
ヴェッキョこそ悪魔だ!
俺の妹も連れて行かれた。
俺はこうして生き残ったが、妹は……。
あいつに一矢報わなきゃ、死ねないっ!
おい、みんな、いつまでもあの男に好き勝手をさせ続けるんだ!?」

 そうすると、その男に触発されたように、男達が立ち上がった。
「俺たちもやる!」

 次々と声があがり、結果的に百人前後の人々が名乗りを上げてくれた。
 これだけでも十分すぎる。

 ザルックが頭を下げる。
「みんな、ありがとう! 恩に着るよっ!」

 デイランたちはさらに村々を巡り、反ヴェッキョの人々の糾合《きゅうごう》を急いだ。
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