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第三部 王国動乱 編

第七話 サン・シグレイヤス

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 デイランは、奇異な光景に出くわした。
 巨大な街に人々が入っていくのだが、その姿がみんな同じなのだ。

 白いフード付きの長衣をまとい、その腹の部分には紅い星の紋章が描かれている。

(ここが、サン・シグレイヤス、か……?)

 高い門の向こうでは、宗教施設のものと思しき幾つもの尖塔が見えている。
 王都より規模は小さいものの、賑わいは相当なものだ。

 デイランを乗せた檻車《かんしゃ》は正門ではなく、裏門から入る。

 そこで、エリキュスと別れることとなった。
 しかし互いに話し合ったのはあの夜っきりだ。

 デイランは去りゆくエリキュスの背中を見つめる。
 彼は一瞬だけチラッとこちらを見て、指揮官のサンフェノの後についていった。

 残された兵士が檻車の扉を開け、デイランを乱暴に引き出した。
 背中を小突かれ、進むよう強いられる。
 前後左右を武装した兵に囲まれながら向かったのは、白亜の星殿《せいでん》の中だ。
 
 人気の無い神殿を進み、いくつかの小部屋と、いくつかの通路を通り、回廊を抜けた。
 歩いている最中、何人もの兵士と擦れ違う。

 宗教らしい出で立ちの人間とは一切、見ない。

(本当にここは宗教の街か。軍事都市じゃないのか?)

 その先に、地下へと続く階段が口を開ける。
 その階段は長い。
 地の底までも続くかと思えるような長い階段を下りていく。

 等間隔に配置された、壁に埋め込まれた灯火が光源だが、頼りない。
 その為に、先頭を行く兵士が松明を持って進まなければいけないほどだ。

 太陽を受け輝きを放つ星殿の清らかさまではこの空間には及ばない。
 ジメジメと湿り、怖気を振るうような雰囲気が充ち満ちている。

 やがて階段が終わる。
 あとは、横に人が二人並べる程度の石造りの狭い道が真っ直ぐ延びる。
 その通路の左右に並んでいるのは檻だった。

 檻の中には囚人が何人もいる。
 彼らは松明の明かりに眼を細め、格子の向こうからデイランのことを眺めている。

 奥に空いた檻の鍵が開けられ、デイランは背中を強《したた》かに蹴られて放り込まれた。

「俺の裁判はいつだ?」
 無駄だと知りつつ呼びかけたが、やはり無視されて終わるだけだった。

 そうして足音が遠ざかり、光が翳《かげ》る。

 しばらくして。

「おーい、新入り。
お前、何をしたんだ」

 その声は向かいの牢屋から聞こえた。
 中年のような声だ。

「何も」

「へへ、何もしてねえのか。
ここにいる奴はなーんにもしてねえ奴らばーっかだ!」

 少しずつ闇に眼が馴れていく。
 そこにいたのは、少しハゲた中年男だ。
「俺もそうだ。
ただ横暴な坊主どものやってることを地方長官に告発したんだ。
捕まえて下さい、ってな。
そしたら、そいつらが坊主共にご注進してよぉ、
んで、俺は捕まっちまった」

「本当か?」

「まあ嘘と思っても良いけどな。
で、お前は?」

「エルフとドワーフと関係があるのが悪いと言われて捕まった」

「へえ。つまんねえことだなぁ」

「あんたも裁判にかけられるのか?」

「裁判だぁ?」
 男はケッと吐き捨てた。
「あんなもん、裁判じゃねえよ。つるし上げって言うんだ」

「どういうことだ?」

「判決はおきまりだ。
神《アルス》を穢《けが》した罪で、火あぶりさ。
これまで何人も連れて行かれた。そして誰一人として戻って来なかった。
つまりそういうことだ」

「だが俺は無実だ。何もしてない」

「そんなのは連中には関係ねえのさ。
あいつらは自分たちを神《アルス》の遣いだと本気で考えてるんだ。
連中は自分たちの権威を守る為だったら、容赦はしないのさ」

「……全員、火刑になるのか」

「そうだ」

「どこで?」

「は?」

「どこで処刑になるんだ」

「どこって、星殿前にあるオイディプス広場さ」

「外に出られるんだな」

「おい、お前、何を考えてるんだ」

「別に」
 デイランは目を閉じる。
 今できることは体力の温存だ。

                   ※※※※※

 無事に任務を終えたエリキュスは、サンフェノ卿――フィリッポス・ド・サンフェノと友に宿舎に戻る所だった。

 頭にあるのはデイランのことだ。

 話した感じでも、あの男はどこか落ちつきのある、不思議な印象があった。
 事前の情報として傭兵団の頭領だということは聞いていた。
 しかしエリキュスが知っているどの傭兵とも違うように思えた。
 まず分かりやすいのは荒っぽさだ。
 傭兵をやる連中は総じて荒っぽい。
 傭兵の誰もが、戦で周囲が目を瞠《みは》るほどの活躍をして自分の名前を大陸中に轟かせたいと思っている。
 功名心が強く、命知らずで、そして野蛮。
 傭兵は戦がない時は、野盗と化す。
 頭領は部下達を食わせていなければならない。
 その為に周辺の村々を襲っては物資を奪い、女を犯す。
 そうして戦になれば国家は大枚をはたいて一つでも多くの傭兵団を味方に引き入れようとする。
 つい昨日まで野盗として無力な人々を苦しめ続けたかと思えば、戦で活躍すればたちまち英雄だ。
 この制度をどうして国家が許しているのかと昔から思う。
 だから、傭兵たちは独特の血の臭いを常にまとう。

 しかし、デイランにはそんなものはなかった。
 彼とて人を殺しているだろう。だがその眼は濁ってはいなかった。
 最初に剣を交えた時、こんな戦場ではなく、もっと正々堂々、一対一で打ち合いたいと思った。
 彼が無実だというのなら、きっと無実なのだろう。
 そうなれば間違っているのは教団となる。

 そう……。
 教団は間違っている。
 それは教団を指導する人間たちが信仰を守ることよりも、己の欲を追求するからだ。
 間違いは正されなければならない。
 しかし今のエリキュスは、あまりにも無力だ……。

「……サンフェノ卿」

「何だ?」

「あの男、デイランはどうなるのでしょうか」

「どうなる、とは?」

「軽い刑罰で済む、のでしょうか。
たとえば懲役刑であるとか、強制労働であるとか」

 すると、フィリッポスは嘲笑《あざわら》った。

「お前は甘い。
あいつと何かを話した程度で、心を許したか?」

「それは」

「連中は教団の敵。
そんな人間に言いくるめられるなど恥ずべきことだぞ」

「……申し訳ございません」

「連中を含め、教団の命に背いた者は、神《アルス》の敵だ。
生かしてはおけぬ」

「そんな……。ですが、彼は」

「捕まえたということは、証拠があるということ。
これまで捕らえてきた者はそういう者だ。
無実の人間を捕らえるなどするはずがない。
お前は疑うのか?」
 フィリッポスの眼に鋭い光るがはしる。

「……いえ、滅相もありません」

「下らんことは聞くなよ」
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