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第二部 ロザバン居留地平定戦

第七話 両軍の思惑

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 ムズファスの族長、カルゴ・ススはもたらされた報せに全身を震わせるや、

「ぐるうわあああああああああああああ……っ!!」

 空気をピリピリと振るわせる怒号が部屋に響くと同時に、杯やごちそうをのせた大皿が引っ繰り返り、けたたましい音をたてて砕ける。

 給仕やお供についていた女ドワーフや女エルフたちが悲鳴を上げて逃げ惑う。

 族長に知らせをもたらしたドワーフこそ、生きた心地がしなかった。
 カルゴにもたらされた情報は、サーフォークの元へ行かせたウズラマを始め、何人ものドワーフたちがほぼ全滅したという知らせだった。
 そして生き残った数名の言うことによれば、王国軍がエルフに味方しているというのだ。

「サーフォークどもめえっ!
すぐに兵を向けろ! 全員、皆殺しだっ!」

 その剣幕に、伝令のドワーフはさらに首を縮こまらせる羽目になる。

「すでに兵を向けました。
……で、ですが、サーフォークたちの村落はもぬけの殻で、人っ子一人、残ってはいませんでした……っ」

 カルゴはいきりたち、肩に担ぐほどの巨大な戦斧を振り回す。
 家具が薙ぎ倒され、壁を抉る。

 誰もが逃げ惑い、部屋を出て行く。

 たった一人で、肩を大きく上下させてただ一人部屋にいるカルゴは声を上げた。

「くそどもおぉぉぉぉぉ……!」

                  ※※※※※

 静寂を破り、喚声《かんせい》がこだます。

 先頭を切って駆けるのはアウルだ。
 得意の得物、鉄棒をブンブンとうならせながら敵ドワーフのただなかへ飛び込んでいく。

「おらおらァッ! かかってきやがれぇっ!!」

 鋼の筋肉を持つドワーフたちを薙ぎ倒し、近づかせない。
 
 ドワーフたちもアウルの勢いに完全に飲まれ、腰が引けていた。
 だが悠長にはしていられない。
 ドワーフたちの頭上には次々と火矢が放たれるのだ。

 眼前のアウルを相手にしながら、無数の矢、さらにはアウルに続くドワーフたちの集団に気を配らなければならないのだ。

 ムズファス族の駐屯地はたちまち、炎に包まれていく。
 
 叫びと、悲鳴、うめきが交錯する。
 
 次々とムズファス族のドワーフたちのある者は討たれ、ある者は逃げだし、ある者は跪《ひざまず》いて命乞いをした。

 戦が終わるのはあっという間のことで、夜の静寂が戻り、虫の音が響き渡るようになった。

                   ※※※※※

 サーフォークの隠れ集落――エルフやドワーフたちは常に暮らしている集落の他に、幾つかの緊急避難用の集落を持っている。これは人間たちとの戦争の経験で培《つちか》われた知恵だという――の一つに、デイランたちはいた。

 ひとつのテーブルに乗せた、ロザバンの地図を見下ろしながらデイランは言う。

「――おおよそ、六割方の族長たちが俺たちに味方している。
残りはほぼ、ムズファスに人質を取られている奴だ。そういう奴らの士気は低い。
それはこれまでの戦を鑑《かんが》みても同様だ」

 室内にはデイランたちの他、サーフォーク族の長《おさ》・アミール、ロイジャ族の長・ゾック・ヤーク、アウル、マックス、リュルブレたちが勢揃いしていた。

 他のドワーフ、エルフ族たちは、それぞれサーフォーク、ロイジャにそれぞれの全権を委任していた。

 最初は同族と争うことに懸念を持っていたロイジャ族だったが、アミールの説得によりこのままでは同族間の恨みの連鎖が広がりかねないと了承してくれた。
 無論、王国への協力はなし。
 あくまでこの地から帝国の影響を排除する為だ。

 ムズファスへの脅威はどの部族も抱いているものであり、和平派の重鎮・サーフォークとロイジャが再び手を結んだことで、その麾下《きか》に続々と他の部族たちが集結してくれる格好になった。

 だが、本当に他の部族たちの背中を押したのは、サーフォークがムズファスの軍勢を、一兵も損じることなく、打ち払ったということがあってのことだ。

 軍勢の増加により、集団的な動きが可能となり、反抗の契機《けいき》となった。

「敵はこれまで広げてきた支配領域のほとんどを失った格好だ。
今や連中は裸同然……。
だが、敵の本拠にはカルゴはいる。これまでの相手とは違うだろう。
心してもらいたい」

 明朝を期《き》して、ムズファス族本拠地への総攻撃をしかける手はずだった。

 と、ゾックが眉をひそめた。
 ゾックは豊かな髭《ひげ》を生やし、ツルツルのハゲ頭が特徴的な男だ。
 他のドワーフたち同様、隆々とした筋肉は見事なもので、身の丈を越える戦斧を悠々と扱える。
 その一方で性格は温厚で、初対面の時は身体を鍛えるのが趣味なだけの好好爺《こうこうや》のような印象を持ったほどだ。
「帝国の兵が来るということは考えられないのかね。
カルゴを失えば、帝国はこの地への橋頭堡《きょうとうほ》を失うということになるが」

 その不安は口にしないだけで、みんなが持っているものだろう。

「その不安はない」

「何故そう言えるのかね。根拠があってのことかね?」

「無論だ。これまでの戦いを思い返してくれ。
どの駐屯地を襲撃した時にも帝国軍の」

「この地より帝国の影響を排除する為に、心してくれ」

                 ※※※※※

 ムズファス族の集落で女子どもは安全な場所に逃がされ、男しかいない。

 ドワーフたちは戦斧や矢の鏃《やじり》――己の得物を磨き、他の場所では敵に見立てた木製人形を斧で両断にしては周りから拍手喝采を受ける者がいる。

 篝火《かがりび》を煌々《こうこう》と焚《た》いて、夜襲に警戒をしているようには見えるが、それは完全に形だけだ、

 ドワーフ一人一人はこうまで追い詰められながらも楽観的な色が強いように見える。
 それほど自分たちの力――族長、カルゴ・ススの力を信じてやまないのか。

(それとも、ただ馬鹿なだけか……。
どちらにせよ、これが未開の蛮族どもの限界か

 帝国の使い、オーランド・グルワースは冷ややかに眺める。

 彼は護衛の兵士と供に、カルゴの屋敷へ上がった。
 さすがのカルゴも今回ばかりは女を侍らさず、巨大な斧の手入れに余念がない。

 部屋を見回す。
 壁や床には深い亀裂が走っている。
 カルゴが苛立ち紛れに斧を振り回した痕跡だ。

 カルゴが顔を上げた。
「何だ、てめえかっ。
まだいたのか? もうとっくに逃げたのかと思ったぞ?」

「国境線に一万の兵を揃えてございます。
あなたのお許しが得られれば、すぐにでも出動できますぞ」

 カルゴにはいつでも帝国は軍を動かす用意があるということを伝えていた。
 無論、千年協約により人間族の侵入は禁止されてはいるから、公然とは動けないから、あくまでカルゴに泣きつかれた為の、必要最低限の手助けという形だ。
 たとえ種族が違えど、助けを求められては、帝国騎士の名が廃《すた》る――ということだ。
 もちろん正規軍は使えないから、あくまで少数精鋭の義勇軍、国境周辺の人々の自由意思という体裁《ていさい》はとるが。

 だが、カルゴはその申し出をことごとく断ってきた。
 武器の提供だけで十分だと。
 その結果がこの体たらくだ。

「その減らず口をとっとと閉じて、回れ右して帰れ」

「本当に勝てるとお思いか?
連中は総攻撃を近々、仕掛けてくる……。そちらが圧倒的に不利――」
 
 ブゥンッ!
 風がうなったかと思えば、オーランドの間近に、斧の刃が迫っていた。
 あと、数ミリ。

 数ミリ、動けば、たちまちオーランドの頭蓋《ずがい》はかち割られる。

 護衛の兵士たちも、剣の束に手を添えることも出来なかった。

 カルゴが口の端を歪《ゆが》める。
「そんだけ口が達者な人間の脳みそがどんだけ詰まっているか、一度調べて見たかったんだ。
どうだ? 俺に見せてくれるか? え、お利口サン?」

 オーランドの全身の毛穴が開き、脂汗《あぶらあせ》が滝のように流れる。
「……よ、余計な口出しを致しました……。
お、お許し、下さい……っ」

 カルゴはハッと鼻を鳴らした。
「分かりゃあ良いんだ。分かりゃあっ。
お前ら人間の力を借りたんじゃあ、このカルゴ・スス――一生の名折れだ。
安心しろ。勝ってやるさ。
ガハハハハッ!」

 全く生きた心地がしないまま、オーランドたちは屋敷を出た。

 外に出ると護衛の兵士が心配そうに言う。
 それほどにオーランドの顔からは血の気が引き、髪のように真っ白になっていた。
「大丈夫ですか」

 オーランドは吐き捨てる。
「ああ……。
全く、蛮族が」

 もう一人の兵士が呟く。
「……我々の力を借りれば、勝利は明らかであるというのに。
蛮族にも一部の矜持《きょうじ》、という訳ですかね」

 オーランドはジロリと睨んだ。
「愚かなことを言うなッ」

「あっ、も、申し訳あません!」

「……良いさ。あの馬鹿が断ることは目に見えていた」

「では、国境の軍は無駄になりますね」

「ふん、そんな訳がないだろう。
良いか?
何も起こらなければ、おこせば良い。
村がドワーフ共に襲撃されて黙っていれば、それこそ帝国の名折れよ。
明日、我が国の国境線の村は焼かれる。
犯人はドワーフ。その証拠にドワーフの亡骸が村にはちゃんと残る」

 兵士たちがにやつく。
「なるほど。
……それは確かに、その通りですな」

 オーランドはほくそ笑み、独りごちる。
「外交術はゴリ押しと、詭弁《きべん》よ」      
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