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第一部 ラブロン平原の戦い

第七話 新しい任務

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 ロミオと向かったのは彼の私室だ。

 居間部分には大きな長テーブルと椅子が十脚ほど置かれている。

 ロミオは椅子に座ると、デイランたちにも席を勧めた。
「……不快には思わないで下さい。他の者の前では、立場というものを取り繕《つくろ》わなければいけませんので」

 デイランは苦笑する。
「わざわざそんなことに断りを入れる必要はないさ。俺たちの雇い主なんだからな」

「そう言って戴けると助かります」

「それで帝国の動きだが……」

 マリオットが口を開く。
「それに関しては私から話そう。
帝国軍は領内に退却したまま、今の所は動きはない。敗戦がよほど答えたと見える。
こちらを警戒して、動向を探るという意味も含まれているのかもしれん」

「なら、しばらくは膠着状態か?」

「いいや、そうは言えない。連中は様々な所に手を伸ばしている。
今動きが活発なのが、ロザバン居留地だ」

「居留地?
エルフやドワーフを追い込んだ場所か」

 マリオットは一枚の地図をテーブルに広げる。
 それは大陸地図だ。
 マリオットが指を指したのは王国領西方の地。

「その通り。およそ五百年前……。
我らの先祖と、先住民であるエルフとドワーフは互いに血を流し合った。
そこへアルス神聖教団の仲介に入り、千年協約……を結んだ。中身はドワーフとエルフが人間族の用意した居留地へ移住する。
代わりに、人間族はエルフやドワーフに対する虐殺を未来永劫、とりやめる」

 マックスが冷めた眼差しで独《ひと》りごちる。
「殺しはやめても、迫害は続く……ね」

 マリオットはうなずく。
「その通りだ。そうして種の絶滅を防ぐ為にエルフやドワーフは協約に同意し、居留地へ向かった。
その後は居留地はエルフとドワーフそれぞれの有力な首長によって治められた。
だが先日、それぞれの種族の首長たちが相次いで死んだ。
それによって、まとまっていた部族間に対立の火種が芽生え始めた。
居留地での生活を潔しとする者と、人間族との戦争を再び行えという集団だ。
そして帝国側が後者に目を付け、密かに支援しているという情報が入った。
後者に支援をし、前者を駆逐――主戦論に居留地を統一させようと言うんだ」

 デイランは眉をひそめた。
「有力首長の死にも帝国が関わっているのか?」

「それは分からない。だが関わっていてもおかしくはない。
相次いでエルフ、ドワーフの首長が死ぬとはあまり考えられない。彼らは人間よりも長い月日、生きる。病にも強い。
首長が相次いでというのはなかなか考えられない……。
首長たちは種の保存を最優先する和平派がなる、ということが暗黙の了解だった。
彼らが死ねば結束に歪みが生じるという結果は明らかだ」

「ならば、こちらも動けば良い。これまで何かをしたのか?」

 ロミオが言う。
「いいえ。千年協約によって、彼の居留地への人間族の立ち入りは禁止されております。
それに我々王国が介入すれば、和平派も主戦論へ傾きかねない。
和平はあくまで人間族の介入なしに事態を制御したいと望んでいるんです」

 マックスが頬杖を突く。
「帝国の介入は良い訳?」

「これは想像の域を超えないのですが、敵の敵は味方と考えたのかもしれません。
彼らが恨みを持つのは王国です。あの時、帝国は存在していませんからね。
彼らの故郷を取り戻すと言えば、一時的に帝国の支援を受け容れることにも賛成はするかもしれません」

 デイランは地図を眺める。
「俺たちにこの争乱を止めて、帝国側の介入を排除しろ、というのか? だが俺たちも王国軍だ」

「ですがそれを知っている人は少数です。まだ地方単位には広がってはいない。
それにあなた方はハーフを多くを抱えている。それが彼らの心情を多少なりとも癒すことに繋がるかも知れない」

 ロミオの楽観論に、デイランは笑い飛ばす。
「分かっていないな。ハーフは人間族よりも嫌われるんだ。
何しろ居留地を抜け出し、人間と交わったんだ。
純血を尊ぶ連中からすれば蛇蝎《だかつ》の如く嫌って当然だ」

「ですが、あなた方以外の適任者を我々は知りません。他の者には任せられない。
居留地が帝国側の影響下に落ちれば、我々は二方面作戦を強いられてしまうんです。
それに……」
 ロミオはマリオットをちらりと見る。

 マリオットが言う。
「それに、この居留地が混乱すれば、デイラン……君たちにも多大な影響をこうむる」

「どういうことだ?」

 マリオットは居留地から少し東にいった辺りを指し示した。
 そこにはナフォールという見慣れた地名があった。

 文字の読めないアウルが「何て書いてあるんだ」とマックスに聞く。

 マックスは舌打ちをして言う。
「ナフォール。私たちが報酬として貰った土地よ」

「まじかよ! じゃあ、その居留地が帝国のもんになっちまったら、大変じゃねえか!」

 デイランはマリオットとロミオとを交互に見る。
「なるほど。最初からここの処理も俺たちだけに任せる腹づもりだった訳か」

 口を開きかけたマリオットを、ロミオは「良い」と制した。
「デイラン殿。あなた方も商売をされている以上、分かっているはずです。
あれだけの戦いだけで、肥沃《ひよく》な土地など手に入る訳がない。それはあまりに見合っていない報酬です」

 デイランは笑う。
「大した王様だよ、ロミオ」

 ロミオは「ありがとうございます」と微笑む。
「ですが、これは我々双方に理があることです。
成功すれば、王国としては帝国の脅威を排除でき、あなた方にとっても後顧の憂いを無くすことができます」

「だが俺達が出かけて言って、誰が取り合う? 伝手は何もないぞ」

「分かっています。だから、これを」

 マリオットが書状を取り出す。
「これは陛下から、保留地のエルフ、ドワーフの前首長への申し入れの書状だ。
これを元にどうにか協力を仰ぐよう説得して欲しい」

 書状には蝋《ろう》で封印され、開封すればすぐに分かるようになっている。

「説得……つまり、全部俺たち任せか。
だが、やらない訳にもいかない……。どう思う、二人とも」
 デイランは、マックスとアウルに話を振る。

 マックスは気に入らなさそうに、ロミオとマリオットを睨む。
「やらざるを得ないじゃない。喜んでるみんなに、あの土地を諦めろなんて今さら言えないわよ」

 アウルもそれには同意する。
「とにかく、拳で何とか出来る問題なら、何とかしてみせるさっ。
デイラン。そうだろ!」

 デイランはうなずく。
「まあ最初から選択肢はないからな。分かったよ。王様。
その役目、受け容れた」

「ありがとうございます。皆さん、感謝いたします」
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