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第五部 王国統一 編

第二十七話 追撃戦

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 睨《にら》み合いから四日目。

 物見《ものみ》が駆けて、本営のリュルブレとエリキュスに知らせを運ぶ。

「申し上げます!
王国軍に動きがございます。軍がこの地を離れている模様!」

 エリキュスはうなずく。
「分かった。
ご苦労」

「はっ!」

 エリキュスはリュルブレを見た。
「――ついに、だな」

 リュルブレはうなずく。
「ああ」

 すでにデイランからの知らせで、輸送部隊は潰したという報告を受けている。

 真夏のかんかん照りの下、神星王国軍は食い物はおろか、飲み水にさえ苦労している状況なのだ。
 これ以上の長滞陣《ながたいじん》は無理だろう。
 
 一斉に攻め寄せるか、サロロンへ向かっている本隊と合流するかするだろうと考えていた。
 彼らは選んだのは合流だ。
 それは当然のことだ。
 結局、この陣を敵軍は抜けなかったのだ。

 エリキュスは別の兵士に「デイランに速やかに報告を」と命じた。
 兵士は陣を出て行く。

「さて、ここからだが……。
リュルブレ」

 リュルブレはかすかに虚空《こくう》を見つめる。
「敵は三万。
こちらは一万弱。
それも実戦経験はこれが初めての弓歩兵が主軸《しゅじく》だ」

 一応、野戦を想定して、実戦経験のある歩兵を二千ほど入れはあるが、敵の数からすれば微々たるものだ。

「それも敵は我々に対する押さえを残していない。
そうかと言って、容易に背後を襲わせてはくれないだろうな」

「いくら飢えた軍といえど、本隊と合流させる訳にはいかない。
デイランが兵がまとめるまでの時間を作ることも必要だ」

「いこう」
 リュルブレは言った。

 速やかにエリキュスたちは全軍に出陣命令を発した。

 エリキュスたちの騎馬隊を先鋒《せんぽう》に、街道を突き進んだ。

(こちらは一万か……。まるで冗談みたいな数だ)
 エリキュスは自軍を見守り、そう思ってしまう。

 相手は三万。その差は圧倒的だ。

 しかし、これまで数千の兵で――それこそエリキュスが直接指揮する兵は数百だ――数万と対峙《たいじ》し続けてきたことを思うと、一万近い軍勢は破格だ。

 そして敵の進撃速度から逆算して、およそ数キロの距離までついていけたと思った矢先、喊声《かんせい》が背後より響く。

 エリキュスは馬首を返した。
(伏兵かっ!)

「全軍、慌てず、陣形を固めろ!」

 エリキュスは部隊の後衛へかけつける。

 土煙があがり、敵騎馬隊が猛進してくる。
 丘の影にでも身を伏せていたのだろう。

 弓兵が矢を射るだけの距離を確保する。
 エリキュスも猛然と駆けていく。
 騎馬同士でぶつかる――直前。

「――放てっ!」
 敵めがけ騎射を見舞った。

 すると騎馬隊は先頭がやられる代わりに、素早く二股に分かれた。
 以前、殿《しんがり》を務めた軍と同じ動きだ。
 同じ指揮官なのだ。

 エリキュスたちは身を翻《ひるがえ》して駆けながら、後ろを振り返り、弓を射る。
 追跡していた二列の騎馬隊、その先頭を射貫いた。

 馬が崩れる。
 しかしさらに馬は二股に分かれて駆けてくる。

 前回、同じものを見た。
 それでも前回、敵はあくまで殿《しんがり》を務める為に一歩踏み込むことはしなかった。

 しかし今は違う。
 敵は深く踏み込んでくる。

 エリキュスは馬首を返すや、単騎で敵中を突破した。
 敵騎馬隊は二股に分かれたことでその間に空間ができている。
 その道を駆けた。
 敵騎馬隊は、エリキュスの突飛すぎる行動に、慌てふためき、列を乱す。

 そこに矢が落ちる。
 エリキュスは敵中を突破した。
 つい数秒まで自分がいたところに矢の雨が降りかかる。
 馬の激しい嘶《いなな》き、人間の戸惑う声とが交錯するのを背中で聞く。

 これはリュルブレと打ち合わせていたことだ。

 素早く、麾下《きか》の騎馬隊がエリキュスの元に集まってくる。
 数が少ないからこそ、臨機応変な動きが数になる。

 そのまま、矢雨を受けて混乱している騎馬隊の側面を穿つために、突撃する。

 しかし。
 まるでその動きを読んでいたかのように、敵の別の騎馬隊が割り込み、正面からぶつかってくる。
 圧力が強い。

 敵将が声を上げる。
「賊めっ! 覚悟せよ!」

「賊? どっちがっ!」
 リュルブレは敵将に負けじと、声を張った。

 他の将よりも飾りの豪奢な甲冑に身を包んだ男が突出し、エリキュス目がけ剣を薙《な》いでくる。

「っ!」
 エリキュスは斬撃を受け止めたが、肘《ひじ》の辺りまで痺《しび》れるような圧力に、思わず顔を歪めた。
 そのまま馳《は》せ違った。

 実力は伯仲《はくちゅう》している。

 エリキュスは本隊と合流しようと駆けるが、割り込んできた部隊はそうはさせじと執拗《しつよう》に絡みついてくる。
 敵の動きも洗練され、精鋭と分かった。

 数はほぼ同数。
 敵騎馬は五百前後だ。

(王国にもこんな手練れがいたなんて……)

                    ※※※※※

 エリキュスが敵中に消えていったところを見計らい、リュルブレは矢を射るよう命じた。

 本来であれば、味方をも巻き添えにしかねない荒技だったが、数が劣勢である以上、仕方が無かった。
 しかしエリキュスならば、きっと避けきってくれてるだろう。

 敵勢は明らかに混乱し、土煙を濛々とたてる。

 リュルブレは叫ぶ。
「続けて矢を構えよ。
敵をこちらに近づけるな!
――歩兵、前へ!」

 歩兵が弓歩兵を守るように前面に出る。

 そこに物見が駆けてくる。
「申し上げます!」

「どうしたっ」

「後方より敵が迫っております!」

 後方――つまり、敵本隊だ。

「……挟み撃ちか」
 リュルブレは奥歯を噛みしめる。

 リュルブレは揺れる麾下《きか》の兵士たちに「落ち着け! 弓を射続け、敵を乱せ!」と声を上げ、敵の本隊と対峙《たいじ》する為に、駆けた。
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