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第五部 王国統一 編
第十六話 コンラッド・ド・ヒパー
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キャスリー近郊の戦いが終わり、コンラッド・ド・ヒパーが王都に戻ってから一週間が経つ。
調練場で、麾下《きか》の五千の兵に、歩兵との連携を教え込ませていた。
騎馬は歩兵に寄り添い、側面を守る。
そして敵の騎馬が向かってくれば、それに応じて動きを変える。
一瞬の判断の遅れが全軍を危機にさらす。
コンラッドは自軍の動きを見ながら、今こうして自分が将軍という立場にいることがまだ信じられない思いで一杯だった。
敗戦の後、それまで教団の影響が薄かった軍に、ついに手が入った。
上層部の貴族たちは敗戦の責任を取るという形で次々と退《しりぞ》き、星騎士団の人間たちがとってかわった。
現場を率いる騎士たちも、同様だった。
同僚たちの姿がなくなっていった。
しかし、コンラッドだけは留任だった。
それは周囲のものも驚き、コンラッドが一番いぶかしんだ。
生き恥をかかせようというのかとも思ったが、与えられた兵力は少なくなかった。
それがコンラッドをなおさら、混乱させた。
コンラッドは敗軍の将であり、総大将であったフリードリッヒ亡きあと、誰よりもまず責任をとらなければならない立場にあるはずなのに。
固辞したが、認められなかった。
そして今、こうしている。
コンラッドは貴族だ。
しかし領有する土地は小さく、自分のことを貴族だと思ったことなどなかった。
両親は華美できらびやか、贅沢《ぜいたく》な暮らしとは無縁だった。
田舎のちょっとした土地持ちで、屋敷で友人たちを集めた小さなパーティーはあったが、舞踏会などの世界は夢のものだった。
コンラッドは田舎で一生終わることを肯《がえ》んじず、出世を望んだ。
のし上がる手段は二つだった。
文官と、武官――王都で位を望むこと。
コンラッドは迷わず武官の道を選んだ。
小さな頃から馬にまたがり、村の子どもたちを従えて野山を駆けまわったものだ。
しかし出世するにも貴族の階級がものを言った。
自分よりも明らかに能力が劣っていながらも、家柄が上等というだけで出世していく者たちを見送り、地方軍で一部隊の指揮官という役回りを続けていた。
それを見出《みいだ》してくれたのがフリードリッヒだった。
フリードリッヒ自身も貴族だが、出世できるほどの出自ではなかった。
それでも、コンラッドや他の部下たちに目をかけてくれた。
フリードリッヒはコンラッドにとって軍の中の父であり、誰よりも慕った。
帝国との戦いにも参戦できないながらも、いつかは自分たちに出番が――それだけを考えて、腐ることなく訓練に励《はげ》んだ。
そして、コンラッドはフリードリッヒと共に王都へ招集され、大軍の指揮を任された。
それが前の戦いだった。
フリードリッヒは失敗を犯した。
帝国は通謀《つうぼう》などしていなかった。
自分たちは、あの女に振り回され、自滅したのだ。
だが今ふりかえってみても、あの時の自分に、堂々と帝国に横っ腹を見せている敵軍に対し、帝国と共に戦いに踏み切る決断が出来たとは思えなかった。
結局、上辺はつくろえても、帝国への敵愾心《てきがいしん》を押さえられなかった。
結果、曇ったままの目のまま戦場へ出た。
負けるのは必定だったのだ。
※※※※※
コンラッドが訓練を終え、報告書を書いていると呼び出しがあった。
王都にある星騎士団の本営が、この王都の軍の最高責任だった。
「失礼いたします」
星騎士団の人間に案内され、入室する。
マンフレート・ド・ダンジュー。
中年をいくつか越えた男で、フリードリッヒよりも若い。
暗い茶色の髪に、口ひげと顎ひげを生やしている。
灰青色の目つきは鋭く、それが時に傲慢《ごうまん》に見え、コンラッドは万フレートが好きではなかった。
今も、コンラッドを値踏みするような眼差しをしている。
「コンラッド、よく来た。かけたまえ」
マンフレートの副官である、フィリッポス・ド・サンフェノがにこやかに言う。
「はっ」
「軍の具合はどうかな」
「はい、いつでも出陣できます」
「出陣は一ヶ月後だ。君も参戦するのだ」
驚きながらも、それを顔に出さず、うなずく。
「かしこまりました。それまでに今以上に鍛《きた》え上げます」
フィリッポスは「結構」とうなずく。
「君を軍に残したのは、その素晴らしい用兵術のためだ。
殿《しんがり》を務め、味方の被害を最小限に抑えた。
君ほどの人材を地方へおいておくとは、王国というのは本当に見る目がない」
「……光栄です」
「君は、異端者と戦った。
彼らは馬より矢を射ると参戦した兵たちは口々に言っていた。
騎馬隊はそれに為す術がなかったと。
異端者であるばかりか、蛮族の真似事を連中はしている……。
これは全く……あきれ果てるとは思わないか?」
「は……」
「今度の戦いにおいては我ら、星騎士団も出陣する。
神を《アルス》を愛し、神を愛にされた我が軍はどのような異端者になど負けぬ」
「無論で、ございます」
「君には先陣を任せる。
傭兵隊をまとめ、かのものたちを打ち破り、我らの為に道を空けて欲しい」
「身に余る光栄、ありがたき幸せに存じます。
必ずや、先陣の役目を果たしてみせます」
先陣の役割、それは相手に突っ込み、身を挺《てい》して、敵の動きを引き受けること。
敵の罠にかかること、だ。
フィリッポスは酷薄《こくはく》な笑みを見せた。
「君ならそう言ってくれると思っていたよ。
王国のため忠節をつくしたまえ。
先の汚名を払拭《ふっしょく》できる好機だ」
コンラッドはうなずく。
この為に、自分はここにいる。
騎士として、生かされているのだ。
調練場で、麾下《きか》の五千の兵に、歩兵との連携を教え込ませていた。
騎馬は歩兵に寄り添い、側面を守る。
そして敵の騎馬が向かってくれば、それに応じて動きを変える。
一瞬の判断の遅れが全軍を危機にさらす。
コンラッドは自軍の動きを見ながら、今こうして自分が将軍という立場にいることがまだ信じられない思いで一杯だった。
敗戦の後、それまで教団の影響が薄かった軍に、ついに手が入った。
上層部の貴族たちは敗戦の責任を取るという形で次々と退《しりぞ》き、星騎士団の人間たちがとってかわった。
現場を率いる騎士たちも、同様だった。
同僚たちの姿がなくなっていった。
しかし、コンラッドだけは留任だった。
それは周囲のものも驚き、コンラッドが一番いぶかしんだ。
生き恥をかかせようというのかとも思ったが、与えられた兵力は少なくなかった。
それがコンラッドをなおさら、混乱させた。
コンラッドは敗軍の将であり、総大将であったフリードリッヒ亡きあと、誰よりもまず責任をとらなければならない立場にあるはずなのに。
固辞したが、認められなかった。
そして今、こうしている。
コンラッドは貴族だ。
しかし領有する土地は小さく、自分のことを貴族だと思ったことなどなかった。
両親は華美できらびやか、贅沢《ぜいたく》な暮らしとは無縁だった。
田舎のちょっとした土地持ちで、屋敷で友人たちを集めた小さなパーティーはあったが、舞踏会などの世界は夢のものだった。
コンラッドは田舎で一生終わることを肯《がえ》んじず、出世を望んだ。
のし上がる手段は二つだった。
文官と、武官――王都で位を望むこと。
コンラッドは迷わず武官の道を選んだ。
小さな頃から馬にまたがり、村の子どもたちを従えて野山を駆けまわったものだ。
しかし出世するにも貴族の階級がものを言った。
自分よりも明らかに能力が劣っていながらも、家柄が上等というだけで出世していく者たちを見送り、地方軍で一部隊の指揮官という役回りを続けていた。
それを見出《みいだ》してくれたのがフリードリッヒだった。
フリードリッヒ自身も貴族だが、出世できるほどの出自ではなかった。
それでも、コンラッドや他の部下たちに目をかけてくれた。
フリードリッヒはコンラッドにとって軍の中の父であり、誰よりも慕った。
帝国との戦いにも参戦できないながらも、いつかは自分たちに出番が――それだけを考えて、腐ることなく訓練に励《はげ》んだ。
そして、コンラッドはフリードリッヒと共に王都へ招集され、大軍の指揮を任された。
それが前の戦いだった。
フリードリッヒは失敗を犯した。
帝国は通謀《つうぼう》などしていなかった。
自分たちは、あの女に振り回され、自滅したのだ。
だが今ふりかえってみても、あの時の自分に、堂々と帝国に横っ腹を見せている敵軍に対し、帝国と共に戦いに踏み切る決断が出来たとは思えなかった。
結局、上辺はつくろえても、帝国への敵愾心《てきがいしん》を押さえられなかった。
結果、曇ったままの目のまま戦場へ出た。
負けるのは必定だったのだ。
※※※※※
コンラッドが訓練を終え、報告書を書いていると呼び出しがあった。
王都にある星騎士団の本営が、この王都の軍の最高責任だった。
「失礼いたします」
星騎士団の人間に案内され、入室する。
マンフレート・ド・ダンジュー。
中年をいくつか越えた男で、フリードリッヒよりも若い。
暗い茶色の髪に、口ひげと顎ひげを生やしている。
灰青色の目つきは鋭く、それが時に傲慢《ごうまん》に見え、コンラッドは万フレートが好きではなかった。
今も、コンラッドを値踏みするような眼差しをしている。
「コンラッド、よく来た。かけたまえ」
マンフレートの副官である、フィリッポス・ド・サンフェノがにこやかに言う。
「はっ」
「軍の具合はどうかな」
「はい、いつでも出陣できます」
「出陣は一ヶ月後だ。君も参戦するのだ」
驚きながらも、それを顔に出さず、うなずく。
「かしこまりました。それまでに今以上に鍛《きた》え上げます」
フィリッポスは「結構」とうなずく。
「君を軍に残したのは、その素晴らしい用兵術のためだ。
殿《しんがり》を務め、味方の被害を最小限に抑えた。
君ほどの人材を地方へおいておくとは、王国というのは本当に見る目がない」
「……光栄です」
「君は、異端者と戦った。
彼らは馬より矢を射ると参戦した兵たちは口々に言っていた。
騎馬隊はそれに為す術がなかったと。
異端者であるばかりか、蛮族の真似事を連中はしている……。
これは全く……あきれ果てるとは思わないか?」
「は……」
「今度の戦いにおいては我ら、星騎士団も出陣する。
神を《アルス》を愛し、神を愛にされた我が軍はどのような異端者になど負けぬ」
「無論で、ございます」
「君には先陣を任せる。
傭兵隊をまとめ、かのものたちを打ち破り、我らの為に道を空けて欲しい」
「身に余る光栄、ありがたき幸せに存じます。
必ずや、先陣の役目を果たしてみせます」
先陣の役割、それは相手に突っ込み、身を挺《てい》して、敵の動きを引き受けること。
敵の罠にかかること、だ。
フィリッポスは酷薄《こくはく》な笑みを見せた。
「君ならそう言ってくれると思っていたよ。
王国のため忠節をつくしたまえ。
先の汚名を払拭《ふっしょく》できる好機だ」
コンラッドはうなずく。
この為に、自分はここにいる。
騎士として、生かされているのだ。
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