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番外編:俺に恋愛相談しないでください!
しおりを挟む※ヴァルクが騎士学校に入学して一ヶ月程経過した頃のお話です。
「あー......、何もする気が起きない.......」
「だからってここに入り浸るな。貧乏冒険者」
ギルドの四階に位置するここは、ギルド長の執務室だ。
意外にも豪華な造りで、座り心地の良いソファなんかも置いてある。おまけに限られた人しか入ることができないので、静かで入り浸るには丁度良い場所なのだ。
そんな座り心地の良いソファに寝転がりながら呟くと、珍しく真面目に書類仕事をしているロベルトが顔も上げずに言った。
「だって最近依頼受けに行くと"黒の悪魔を連れて来た奴だろ!"って騒がれるんだもん」
男のテイマーはかなり珍しいらしく、特定されやすい。
あまり一人にならないようにはしているが、毎回誰かに付き添ってもらうのも申し訳ないので最近は出歩くことすら億劫になりつつある。
行きたいのはやまやまだが、朝のギルドは特に混むし空いた時間に行けばめぼしい依頼はほとんどない。
それでもお金を稼がなきゃ生きてはいけないので行くには行くが、行動を始めるのは専ら昼過ぎからだ。
よって、朝は暇なのである。
「あ?そういう時は俺の名前出せって言ったろ」
手を止め、上げた顔には眉間に皺が寄っている。
「......告げ口みたいでなんかやだ」
「んなこと言ってる場合かよ。実害があってからじゃ遅いんだぞ」
「わかってるけど.....」
「いや、お前はわかってない。誰だ。俺がシメてきてやる」
椅子から立ち上がり、すぐにでも行動に移しそうな勢いだ。
「やめて!ったく、どうしてそう暴力的な解決しかできないかな...」
「言葉だって暴力になり得るだろ。現にお前は傷ついてるじゃねえか」
「.............」
なんでわかるかなぁ.....。俺ってもしかしてそんなわかりやすい?
でもざっくり傷ついたわけじゃないし、本当に少しだけだし。それに傷ついたからって傷つけていい理由にはならない。
「それでもまずは平和的な解決をお願いします。...でも、心配してくれてありがと」
「.......ったく、お前は甘すぎる」
ため息をつきながらも椅子に座ってくれたのでほっと胸を撫で下ろす。
再び真面目な顔つきで書類と向き合うロベルトを見て知り合えて本当によかったな、としみじみ思う。会えていなければとっくにどこかでのたれ死んでいたんじゃないだろうか。そういう意味ではセロに感謝...はできないな。
少しの間、カリカリと書類にペンをはしらせる音だけが響いていたがノック音によって遮られた。
「誰だ」
気配を感じないからか、ロベルトは少し警戒している。
俺も寝転がっていた身体を起こして座り直した。
「ふふっ、そう警戒するな。私だ」
笑いながら入ってきた人物は、騎士団長のアウレスだ。
なんでこんなとこに団長さまが!?いや、こんなとこって言うのも失礼だけど!
「お前か...、気配を消して来るなって言ってんだろ」
「すまない。癖みたいなものでね」
「で?」
「何か用がなければ来てはいけないのか?」
「あ?」
「冗談だ。そう睨むな」
頭上で交わされる会話に、空気に徹しながら耳をそばだてる。
ほんと仲いいよな、この二人。しかもロベルトが押されてるのが新鮮で面白い。
「こんなところに来るほど暇じゃねえだろ」
「まあ暇ではないな」
「だったら——」
「勿論時間を作ってきたのだ。あまり邪険にされると流石に傷つく」
「..........チッ」
かくして、今回も団長さんの勝利で幕を閉じた。
勝敗も決したし、俺は出て行った方がいいよな。なんか大事な話するかもだし。
いつもならもう少し居座っているが、団長さんに挨拶をしてから席を立とうとするとなぜか制された。
「今日はサクヤに話があるんだ」
「俺にですか?」
「ああ。最近朝はここに居ると聞いて丁度いいと思ってな」
何が丁度いいんだろ。それに団長さんとの共通の話題なんてロベルトかヴァルクしかないし....もしかしてヴァルクになんかあったとか!?
団長さんでも校内に入ることはできないようで、何かあれば知らせがくると言っていた。その何かが起きたんじゃ!?
「ふっ、見ていて飽きんな。全て顔に出ているぞ?」
「え」
団長さんはくつくつと喉の奥で笑いながら向かい側のソファに座った。
俺、そんな顔に出てる?
「心配せずとも知らせは受けていない」
考えていたことをぴたりと当てられ、正直複雑な気分だ。
わかりやすいなんて今まで言われたことないんだけど!今のってどんな顔してたんだろ...。心配そうな顔?でも全部顔に出てるってなんかはずいな....。直そうにもどうすれば...。あ、真顔..いや、団長さんみたいに笑顔保てばいいのか?
「別に直す必要はない。ロベルトもそこが気に入っているようだしな」
「おい、余計なことを言うな」
ちょっと待って、俺一言も喋ってないんですけど!勝手に顔と会話しないでください!ってか今のはどんな顔してたらわかるわけ!?これは俺がわかりやすいんじゃなくて団長さんが凄いだけなのでは!?
「凄くはないさ。ロベルトもわかるだろう?」
「お前ほどじゃねえよ。あんま揶揄ってやるな」
だから勝手に会話しないでくださいってばー!
思わず顔を手で覆う。
俺ずっとこうしてなきゃいけないの!?
咄嗟に顔を隠したものの、やめるタイミングがわからない。かと言ってこのまま話を聞くのはさすがに失礼だろう。
ちら、と指の隙間から様子を窺うと、団長さんも笑顔でこちらを窺っていた。
ぎゃっ、という心の叫びとともに指を閉じる。その直後に押し殺すような笑い声とため息が響いた。
団長さんって結構いじわるですね!?
恥ずかしいのもプラスされ、いよいよ手をどかすタイミングを見失ってしまった時、ロベルトが「いい加減にしろ」と諌めてくれたので事なきを得た。
団長さんも謝ってはくれだが、終始笑顔で本当に反省しているかは甚だ疑問だ。
「それで、俺に話ってなんですか?」
これからが本題だというのに、疲れがどっと押し寄せてくる。
もう既に帰りたい。今日は依頼も受けずに帰ってベッドでゴロゴロしたい。
「聞きたいことがあってね」
「聞きたいこと?」
「ああ。意中の人に振り向いてもらうにはどうしたらいいと思う?」
「へ!?」
「ゴホッ!ゴホッ..ゲホッ...!」
団長さんの言葉に、俺だけでなくロベルトも驚いていた。何か飲んでいるわけでもないのに盛大にむせている。俺より驚いているのを見て逆に冷静になれた。
仲良いのにそういう話はしたことないのかな。まあそういう話してる二人なんて想像できないけど。
「相談する人間違えてませんか...?」
「いや、適任だよ」
「えぇ....」
明らかな人選ミスだ。相談に乗れるだけの経験がまずない。
「そもそも、団長さまに振り向かない方なんているんですか?」
「いるさ。サクヤだってそうだろう?」
「俺はまぁ....。あ、その方もお相手が?」
「いや、居ないよ」
「ちょっと待て、ここでそんな話をするな」
ようやく復活したらしいロベルトがかなり苦い顔で遮った。
友達の恋愛話は聞きたくないタイプか?俺は別にどっちでもいいけど。団長さんがいれば絡まれることはないだろうし。
ただ、団長さんは移動する気がないようでここで話すことのメリットをつらつらと述べ、結局ロベルトが言い負かされた。
「それなら畏れ多いとか?」
かくして恋愛相談は続いている。
「ふっ、そんな子猫のような性格ではない」
それは暗に俺が子猫みたいってことですかね!
自分ならどうするか、と考えながら喋っているのはどうせお見通しなのだろう。
めっちゃ笑ってるし。...この人相談する気あんのかな。
「....タイプじゃないんじゃないですか?」
団長さんならきっとほとんどの人が振り向くだろうに、望みの薄い人を好きになっちゃうなんて人生ままならないものだ。こればっかりはどうしようもないけどさ。...まあ、この状況も楽しんでいそうではあるけど。
「タイプではないだろうな。しっかりしているようで抜けていて、守ってやりたくなるような人が好きだから」
「えぇ....、真逆じゃないですか.....」
団長さんのことをそれほど知っているわけでもないが、しっかりしていて頼り甲斐のある印象が強い。その上騎士団長を務めるだけあってきっと強いのだろう。守ってあげたくなる、とは残念ながら思えない。それは俺が弱いからでは決してなく。
絶望的では...?ってかいやに具体的だな。好きな人いるんじゃ...?
「.....あの、....諦めようと思ったことはないんですか...?」
「ない、と言い切れれば格好もつくのだろうがな。昔、何度か思ったことがある」
「昔って....、そんな前からなんですか?」
それならロベルトも知ってるのかな。
ちら、と目を向けると片手で顔を隠して表情は見えないが、ペンを持っている手はプルプルと小刻みに震えている。
......この反応はどっちなんだろう。どっちにしろ仕事は捗っていなさそうだ。
「そうだな。いつからか覚えていない程には前だな」
益々絶望的じゃないですか.....。
諦めた方がいいんじゃないか、と口から出そうになって慌てて止めた。きっとそれができなかったからこうして相談に来たのだろう。相談に乗れているかは別として。
「あの時諦めていた方が楽だったと今更ながら思うが...もう無理だな。諦めるには好きでいる時間が長すぎた」
おぉ...、かっこよ....。団長さんにここまで言わせるなんてどんな人なんだろうか。
俄然応援したくなって記憶の片隅にある情報を引っ張りだし、本当に効果があるかはわからないが知りうる限り全てを伝えた。
押してダメなら引いてみろ、プレゼントを渡す(ただし高価な物はダメ)、軽めのボディタッチ(ただし相手が嫌がったらすぐにやめる)、ギャップ萌え、意地悪しない...etc
自分の引き出しが少ないことに嘆きつつも団長さんは思ったよりもちゃんと聞いてくれ、先程お礼を言って部屋を出ていった。
「ロベルトは団長さんの好きな人知ってるの?」
静かになった部屋でなんとなく気になってロベルトを振り返ると、机に突っ伏していた。
こんな姿を見るのは初めてだ。
寝てる.....?
まさかな、と思いながらも静かに近づくと勢いよく顔を上げた。その顔は、この短時間で一体なにが起こったのかと思うほどげっそりとしている。
「え、大丈夫?」
「うるせぇ、お前も早く依頼受けてこい!」
なぜか怒られた。
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