年下上司の愛が重すぎる!

文字の大きさ
上 下
53 / 60

49話

しおりを挟む

翌日、佐原は当分休みのため、俺は安心して仕事をしていた。

逃げるように病院を立ち去った後、佐原の家から適当に着替えを見繕って看護師さんに渡したため、会わずに済んでいる。

冷静になってみると、告白の代わりにキスだなんてどう考えてもおかしい。
付き合っているならまだしも、まだ付き合ってもいないのに同意なくしたのはよくなかった。——いや、まだってなんだ。そもそもなんでキスなんてしたんだ!俺は!

きっと身体が先行していた所為で、貞操観念がぶっ壊れていたんだろう。
言葉で伝えるよりも、行動で伝えた方が言い方は悪いが楽だと思ってしまったのだ。どうかしている。

でもまあ、あの場から逃げることもできたし、猶予もできた。あとは佐原が復帰するまでに覚悟を決めればいい。

そんなことを考えながら朝のミーティングを終え、パトロールにでも行こうかと腰を上げた時だった。


「姫崎さん」

効き馴染みのある声が、俺の名前を読んだ。

「え?」

だが、その声の持ち主は今、ここにいるはずがない。それに、昨日はもっと掠れていたはずだ。
まさかとは思いつつも聞き間違えるはずもなく、声のした方へ顔を向ければ、やはりそこにいたのは佐原だった。
なぜか、鬼のような形相をしている。

「あれ、警部って退院午後じゃなかったですっけ?」

近くにいた影山が話しかけると、顔は一瞬でいつも通りになっていた。見間違えたのかと思うほどの早技だ。

「一晩寝たら熱も下がったので早めてもらいました」

回復早すぎないか!?
顔はまだ痛々しいが、声はほとんど元通りだ。

「わざわざ報告に?」

「いえ。ちょっと姫崎さんに用が....」

そう言って向き直った顔は、やはり鬼のような形相だった。心なしか、目の焦点も合ってないような気がする。

「ひっ...!」

思わず引き攣ったような悲鳴が出てしまい、後ずさった。
な、なに!?なんで怒ってんだよ!?勝手にキスしたから!?それとも逃げたから!?つかなんで非番なのに来てんだよ!

佐原が近づいて来る分、俺は後ろに下がっているため距離は全然縮まらない。

「.......姫崎さん?なんで逃げるんです?」

「お、お前の顔が怖いからだろ...!誰でも逃げるわっ!」

「えー、そんな怖い顔してました?」

影山が覗き込むと、佐原はにっこりと微笑んだ。そして、また向き直ると怖い顔に逆戻りしている。

「...警部が怒るなんて....。姫崎なんかやったのか?」

千葉の位置からは怒っている佐原の顔が見えているので、信じられないといったような面持ちだ。

....やったといえばやった。が、そんなに怒ることか?勝手にしたことは悪いと思っている。それでも、俺がされてきたことを思えばかわいいものじゃないか?

本当のことを言うわけにもいかずに黙っていると、肯定だと受け取ったようだ。千葉はため息をつき、影山は「悪いことしたら謝らないとダメですよー」なんて言っている。余計なお世話だ。

「神野さん、姫崎さんお借りしてもいいですか?」

そうこうしている内に、佐原はなぜか神野さんに確認をとりだした。

「ええ。そもそも姫崎くんも休んでもらうつもりでしたので、好きにしていただいてかまいませんよ」

「神野さん!?」

こんな怖い顔をしている奴にあっさりと売るなんて!と非難すれば、いつものようににっこりと笑顔で返される。
いつもそうだ。いつもこの圧のある笑顔で何も言えなくなってしまう。

この時も謎の圧に気圧されていると、いつの間にか近づいてきていた佐原に担ぎ上げられた。

「うおっ!」

俵のように軽々と肩に担がれ、屈辱と羞恥が同時に襲ってくる。

「お、おろせっ...!謝る、からっ...!」

「別に謝ってほしいと思ってません」

「は!?」

ならなんで怒ってんだよ!
佐原の進行方向とは逆向きに担がれているため、顔が見えない。
俺から見えるのは、「姫崎さんって軽くはないですよね?」「見た目ほどな」などと呑気に会話している影山と千葉、それから笑顔で手を振っている神野さんだけだ。

「ちょっ!下せって...!」

抱えたまま歩きだしてしまい、背中をバシバシと叩いて抗議するが止まってくれない。それどころか返事もしない。

「おい!見てないで助けろ!」

我関せず、という体で見ているだけの二人に助けを求めるが、神野さんと同様に微笑みながら手を振られてしまった。
う、裏切り者め!!

三人の姿がどんどん遠ざかっていく。
まずい。どこに向かっているかわからないが、このままでは人目についてしまう。
この課はかなり奥まった場所にあるため、ほとんど人は通らない。とはいえゼロではないし、もっと進めばもちろん人は大勢いる。

「佐原っ、頼むから!」

「..........」

ようやく噂も落ち着いてきたというのに、またあの状況に逆戻りするのはごめんだ。

「おいって!返事くらいしろよ!」

「..........逃げるでしょう?」

ようやく反応があったと思ったら昨日と全く同じことを言った。ただ、あの時は弱っていて声が掠れていたのもあったが、不安げだったのに対し、今のは怒気を含んでいる。

「逃げない!約束するから!」

「..........」

どんだけ根に持ってんだよ!

「なあ、まじで逃げないから...。また変な噂立てられたくないんだよ。頼む」

真摯に頼めば、ようやく足を止めてくれた。
下ろしてくれるまでに少し間があったものの、足が地面についたことでほっと息を吐く。
だが、まだ完全に信用したわけではないようで、右手をがっちりと掴まれて歩みを再開させた。

はたから見たら、この光景もまあまあ異様だろう。
人でも殺しそうな顔を晒しながら、男の手を引いて脇目も振らずに人混みの中を足早に通り抜けているのだから。警察の人間だとわかっていなければ職質もんだ。

周りでは佐原の異様さに気づいてぎょっとする人もいれば、気づかずに通り過ぎてしまう人も意外と多い。
その後ろで引きずられている俺のことなんて誰も見ていなかったが、極力顔を伏せて後に続いた。

それから外に出てタクシーに乗るまでずっと無言だ。正直怖い。
運転手に告げた場所で佐原の家に向かっていることはわかったが、到着するまでずっと無言で顔も背けているため表情がわからない。

運転手もさぞかし居心地が悪いだろう。元々喋らないタイプなのか、気を遣っているのか、逃げ場などないのにも関わらず、未だ痛いくらい強く握られている手を見ても何も言ってこないのはありがたかった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

イケメン大学生にナンパされているようですが、どうやらただのナンパ男ではないようです

市川パナ
BL
会社帰り、突然声をかけてきたイケメン大学生。断ろうにもうまくいかず……

冴えないおじさんが雌になっちゃうお話。

丸井まー(旧:まー)
BL
馴染みの居酒屋で冴えないおじさんが雌オチしちゃうお話。 イケメン青年×オッサン。 リクエストをくださった棗様に捧げます! 【リクエスト】冴えないおじさんリーマンの雌オチ。 楽しいリクエストをありがとうございました! ※ムーンライトノベルズさんでも公開しております。

お酒に酔って、うっかり幼馴染に告白したら

夏芽玉
BL
タイトルそのまんまのお話です。 テーマは『二行で結合』。三行目からずっとインしてます。 Twitterのお題で『お酒に酔ってうっかり告白しちゃった片想いくんの小説を書いて下さい』と出たので、勢いで書きました。 執着攻め(19大学生)×鈍感受け(20大学生)

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

処理中です...