年下上司の愛が重すぎる!

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47話 佐原視点

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深夜しんや、待たせたな」

俺の後ろの方へ声をかけると、うっすらと見覚えのある青年が階段の下から顔を覗かせた。
まだ仲間がいたのかと警戒するが、深夜と呼ばれた青年はこちらを見向きもしない。

「ほんとに待ちくたびれましたよ。...その顔じゃ満足してないみたいですね」

「ああ...。悪いが頼んだ」

「りょーかいです!」

「損な役回りですまんな」

「とんでもない!むしろ役得ですよ。暴れられるし、雅信さんの役にも立てるんだから」

俺らそっちのけでなにやら親そうに話している男の顔を眺めながら記憶を辿っていると、急に意識をこちらに向けた。

「どーも、こないだマンションで会ったぶりだね」

「マンション....?あっ!あの時の!」

「ひどっ。忘れてたの?」

そうだ。眼鏡をかけていてもっと気弱な雰囲気だったからすぐにはわからなかったけど、前に鳥の死骸が家に届けられた時に話を聞いた人だ。

「なんで、ここに....」

「あれ?わかんない?意外と頭悪いんだね。あの時言ったことはぜーんぶ嘘。寝れなくなったっていうのも、記憶なくしてポチったってのも。あ、荷物受け取ったのはほんとだけどね」

まあ、そうだよな...。だけどあれが全部演技だったなんて。すっかり騙されてしまった。
でもこれで雅信が電話番号を知っていた理由がわかった。
あの時、何かあったら連絡がほしいと去り際に連絡先を渡していたのだ。

「じゃあ、幽霊には取り憑かれてなかったんだな?」

「そ」

「そうか。よかった」

「はぁ?」

俺としては、誰であったとしても幽霊の被害に遭ってほしくないのでごく自然に出た言葉だったのだが、心底驚かれた。

「あんたバカなの?それとも天然タラシ?騙されたんだよ?」

「それは不甲斐ないと思ってる。けどそれとこれとは別だろ。幽霊に取り憑かれたら、死ぬことだってあるんだから」

「そうだけどさぁ....」

なんか調子狂うな、と続けながら手首や足首をくるくると回す。

「あの配達員は?」

「あの人にはただ荷物運んでもらっただけ。安心してよ。あの人も幽霊に取り憑かれわけじゃないから」

どうやらあの配達員は仲間ではなく、お金で雇われただけのようだ。
幽霊の仕業でないのはよかったが、騙されすぎじゃないか?俺。心なしか姫崎さんも呆れ顔になっている気がする。

「そんじゃ。護符剥がしてくれる?」

「は?」

この流れでなぜそんな話になるのか。
しかもこんな敵だらけの場所で、唯一のアドバンテージである護符を外すわけがない。
俺が動かずにいると、深夜はニヤリと笑って一瞬姫崎さんの方へ視線を向けた。

「従わなくてもいいけど、その時はお姫様が代わりに傷つくことになるよ?」

「なっ!」

またそのパターンか...!
さすがに歯噛みしていると、後ろで姫崎さんのくぐもった声が響いた。
何を言っているかなど、容易に想像できる。
どうせ絶対剥がすな、とか俺のことはいいからさっさと逃げろ、とかろくでもない言葉だ。

構わず護符を剥がせば声が大きくなったが無視した。

「それで全部?」

「ああ。信用できないなら殴ってみればわかる」

「んじゃそーするっ!」

「ぐぅっ...!」

語尾に力を込めながら、思いっきり腹を殴られた。
まさか本当に殴られるとは思わず反応が遅れたのもあるが、思ったより重い。

「んんんー!?」

後ろで姫崎さんが声を荒げているが、痛みで気にしている余裕がない。
咳き込みながらもなんとか顔を上げると、次の拳が眼前に迫っていた。

「っ!」

咄嗟に身体を引けば、チリッとした痛みが頬に走る。

「あ、お姫様を無傷で返して欲しかったら避けるのも禁止ね。雅信さんが満足したら返してあげるからさ」

「っ、くそっ....」

サンドバッグにでもするつもりかっ...?
開放する意思があったことは驚くが、"満足したら"など曖昧すぎて当てにならない。
そもそも、こんなに重いパンチを何度もくらっていては身体の方がもたないだろう。


「佐原っ!」

いつの間に口枷を外されたのか、姫崎さんが少し必死な、あまり聞いたことのないような声色で俺の名前を叫んだ。
だがその直後、姫崎さんの方を確認する間もなく深夜の右脚が脇腹を直撃した。

「がっ....!」

横に吹っ飛ばされ、壁に打ちつけられぬよう咄嗟に頭を庇う。
そのため頭を打たずには済んだが、すぐには立ち上がれなかった。

「佐原っ...!っ、馬鹿野郎!お前一人なら逃げれるだろ...!」

この期に及んでまだそんなことを言う姫崎さんに、少し苛立ちを覚える。

「.....例え俺が死んでも、姫崎さんを置いていくことなんてできません...!」

「ふざけるな...!お前、それで俺を守ってるつもりかよ....!」

姫崎さんも苛立ったように声を荒げた。
しかも暴れているのか、「大人しくしてろ」という声まで聞こえる。

そんなに、人に頼りたくないんだろうか。それとも俺に?
少しは信頼してくれていると思っていたのに、俺が自惚れてただけ?

言いたいことはたくさんあるのに、痛みで思考がまとまらない。
それを深夜が待ってくれるはずもなく、胸ぐらを掴んで立たされたかと思えば先程掠めた頬とは反対側に拳を叩き込まれた。

ぐら、と頭が揺れ、痛みとともに口の中に血の味が広がる。

「っ、佐原!クソッ...!叔父さん!やめさせてください...!」

「はっ、馬鹿言え。やっといい顔するようになったな。どんな気分だ?自分の所為で大切な奴が傷つくのは」

「っ....」

「ははっ!そうだ、その顔だよ」

「.....佐原は、関係ないでしょう....!」

「そうだな。関係ないな。たがら言ったろ、で巻き込まれたんだよ」

「っ、」

姫崎さんと雅信のやり取りが少し遠くの方で聞こえる。
だが、聞き捨てならない言葉だけは嫌にはっきり聞こえ、壁に身体を預けながらゆっくりと立ち上がった。

「姫崎さんの、せいじゃない....。ここに来たのは、俺の、意思だ....」

口を開く度に、どこかしらがズキン、と痛む。
それでも、姫崎さんに自分の所為だなんて思ってほしくない。

「......てめぇ、いちいち腹立つな」

「それは、お前が失ったものばかり、見てるからだろ」

「あ゙?」

「後ろばかり向いてるから、姫崎さんを恨むことしかできないんだ」

「てめーに何がわかんだよ!生意気なこと言いやがって!自分が今どんな状況か分かってねえみたいだなっ!」

「ぐっ...!」

ものすごい剣幕で近づいて来たかと思えば、右脚で腹を蹴られて身体が揺れる。
スピードも重さも、深夜より劣ってはいるが立ち上がるのも一苦労な状態では避けることも、受けきることもできずに地面へ身体を打ちつけた。

ろくに受け身もとれず、息が詰まる。
するとその直後、ガラスが割れるような派手な音が部屋中に響いた。

「なんだ!?」

「窓が...!」

どうやら窓が割れたらしい。驚いている声からして、男たちにも予想外の出来事のようだ。
姫崎さんは無事かと上体を起こすと、今度は発煙筒でも投げ込まれたのか白い煙がどんどん視界を奪っていく。

「うわっ!」

「おい待て!」

そんな中、姫崎さんを捕らえていたであろう者たちの焦った声が聞こえてきた。

「雅信さんっ、すみません!奴に逃げられました!」

「チッ....!てめえなんかしやがったな!」

姫崎さんが逃げた...!?俺はなにもしてない。...もしかして煙幕これも姫崎さんが...?でもどうやって.....。

「叔父さん...!ここはもう包囲されてます...!諦めてください...!」

そう叫んだ姫崎さんの声が思ったよりも近い。
ずるずると身体を引きずって声のした方へ手を伸ばせば、何かにぶつかった。

「佐原っ?」

小声ではあったが、姫崎さんの声だ。

「ひめ、ざきさんっ...!」

よかった、無事だ。よかった....。
視界は悪いが、見た感じ怪我などもしていなさそうでうっかり泣きそうになってしまった。

「姫崎さん、これは....」

「後で説明する。動けるか?」

「はい.....」

姫崎さんは物の配置でも覚えているのか、視界も悪く腕を縛られているままなのに迷うことなく進んでいく。
物陰に隠れて拘束を解けば、視界はだいぶ良くなっていた。

姫崎さんの言っていた通り、出入り口は捜査員が固めている。
だというのに、男たちは暴れることもなく落ち着いていた。

「姫崎さん、大丈夫ですか?」

「ああ。お前はここにいろ」

「えっ、ちょ、姫崎さん!」

咄嗟に手を伸ばしたが、なにも掴むことができずに空を切った。
姫崎さんが無事で気が緩んだからか、一気にだるさが襲ってきて思ったように身体が動かせない。

「叔父さん......」

「.....あーあ、早かったなぁ。もう少し遊べるかと思ってたのによ」

「叔父さんが言ったように、俺はあの日からずっと逃げてました。本当に申し訳ないと思ってます」

「...今更おせえんだよ」

「...そうですね。なので、また会いに来てもいいですか?」

「.........」

「ちょ、姫崎さん!?」

やっと追いついたと思ったらなにを言い出すんだ。そもそも姫崎さんは悪くないのに。
腕を掴めば「お前向こうにいろって言ったろ」と怒られた。

「今度は、間違えたくないんです」

そう言い切る姫崎さんの眼に迷いはなく、あまりにも綺麗で思わず見入ってしまった。

「.......今更おせえって言っただろ。それに、俺はもうお前に関わるつもりはねえ」

乱暴な口調こそ同じだったものの、その言葉に険はない。
あれほど姫崎さんに執着していたのに、あっさりしすぎじゃないか?

「.....随分、あっさり諦める、んだな.....」

先程よりも身体がだるく、熱も上がっているのがわかる。少しでも気を緩めれば倒れてしまいそうだ。
でも、まだ駄目だ。まだ倒れるな、佐原壱。姫崎さんの安全が確保できるまでは——。

ふー、と深く息を吐けば姫崎さんが心配そうに顔を覗き込んでくる。だけど、この状態であまり顔を近づけないでほしい。ふらついている俺を支えてくれているから身体が密着しているし、熱で正常な判断ができずにキスでもしてしまいそうだ。

暫く無言だったので答えてくれないかと思ったが、大きなため息をついてから口を開いた。

「.....別に、最初からそうするつもりだっただけだ。捕まったら終わり、ってな。こいつらにいつまでも付き合わせるわけにもいかねえし」

それだけ冷静に考えていたのなら、なんでこんなことを。他にもっとやりようはなかったのか?
途切れ途切れにそう言えば、ギロリと睨まれた。

「うるせえな。どうにもできねえことだってあんだよ。お前にはわかんねえだろうがな」

もう話すことはなにもない、とでも言うようにくるりと背を向けたことで捜査員も動き出した。
だが、

「おい、そいつらはなんもやってねえよ」

姫崎さんを拘束していた奴らが連行されているのを見て、雅信は静かに言った。
今更なにを、と思ったが真っ先に反論したのはまさかの本人たちだ。

「雅信さん!俺らだって...!」

「そうですよ!それに俺らが——」

「初めから決めてあっただろ」

決して高圧的ではないが、有無を言わさないような圧がある。
黙り込んでしまった彼らをどうすればいいのか指示を仰ぐように、捜査員の視線が一斉に姫崎さんの方を向く。

「なにもしてねえよな、誠」

今更、なに都合のいいことを——。そもそも逮捕されるのは想定してたんじゃないのか?
ふざけるな、と身を乗りだそうとした時、姫崎さんに片手で制された。

「...そうですね。連れてくのはあの二人だけでいい」

前半は雅信へ、後半は捜査員に向けてそう言った。あの二人、とは雅信と深夜だ。
少し戸惑いながらも従った捜査員は、二人を連れて階段を下りていく。
その後ろ姿を見送りながら姫崎さんに詰め寄った。

「っ、姫崎さん!なんで...!」

「うわっ、危な———佐原っ!?」

だが、身体はとっくに限界を迎えていたらしい。
俺の名前を呼ぶ姫崎さんの声が遠くに聞こえたのを最後に、意識がぷっつりと途切れた。
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