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46話 佐原視点
しおりを挟むだが、話の内容が思ったよりも重すぎて、そんなことを考えている余裕が全くなかった。
この男——姫崎さんの父親の弟である姫崎雅信が話したことを要約すると、"姫崎さんが11歳の頃、母親が亡くなったショックで病んだ父親に襲われた——"というものだった。
そんな過去があったなんて....。
こいつから聞いたということもあり、到底信じられる話ではなかったが、本当のことなのだろう。背けられないようにされている姫崎さんの顔は真っ青だ。
以前、電車で起こしたパニックを間近で見ていたので何かしらあったのだろうとは思っていたのだが、まさかこれほどとは思わなかった。
自分が11歳の時なんて友達とバカなことをして遊んでいた記憶しかない。
あの時、"あの程度"だなんて言っていたけど、そんな過去があったなら尚更"あの程度"どころじゃない。誰だってトラウマになるレベルだ。
セックスが苦手なのはこれが原因..だよな?
他にもあるかもしれないが、きっとこれが根っこだろう。
...もしかしなくても、昔精神病院で会ったのは誰かの付き添いとかじゃなく、姫崎さん本人が通院してたんじゃ....。え、待って。それじゃあ自分も大変な時に俺にあんな優しくしてくれたってこと?
うわー、もう好き。早く抱きしめたい。
距離を置いていた分、余計に触りたい衝動に駆られる。
それに、これほどの過去がありながら俺に身体を許してくれたってことは、自惚れてもいいってことですよね?
期待を込めた視線を送れば、姫崎さんは驚いたように目を見開いた。
理由はわからないが、顔色が少し良くなった気がする。
触る練習をして、多少は克服できているようだったが、あんな状態では気分も悪くなるだろう。というか俺も嫌だ。例え服越しでもあまり触らないでほしい。
隠したがっていた姫崎さんには申し訳ないけど、俺は知れてよかった。
だって、これで知らなかったことが一つ減ったし、なにより助けになれることがあるかもしれない。姫崎さんはほとんど弱みをみせないし、頼りたがらないから可能性としては低いかもしれないけど。
「...お前、普通もっと引くだろ」
姫崎さんと見つめ合うこと数秒、姫崎雅信が不機嫌そうに言った。
「引く...?」
今の話のどこに引くところがあったのだろう。
首をかしげると益々眉間に皺がよった。
「父親に犯られたんだぞ!?他人のんな話、もっと嫌悪感とかあるだろ!」
嫌悪感?姫崎さんに?
そんな感情、この先なにがあろうとも一生湧かないだろう。
だって姫崎さんはいつだって綺麗でかっこよくて、俺には眩しいくらい輝いて見えるから。いつでも俺を正しい方へ導いてくれる。
「姫崎さんに対してそんな感情抱くことは絶対にない」
「チッ...信者かよ....」
「時間の無駄だ。さっさと本題に入れ」
「.....これもわりと本題だったんだがな...」
なにやらぼそぼそと呟き、大きなため息をついている。
ため息をつきたいのはこっちだっていうのに。
「あんただってそう思ってないんだろ?」
さっき"他人のそんな話"と言った。
わざわざそんなことを言うってことは、身内であるこいつはそうは思わなかったということだ。
「.....まあ、確かに俺だって最初は気の毒に思ってたさ。身内がしたことだ。多少申し訳ないともな。だが!その身内がしたことで、なんで俺まで非難されなきゃならん!俺は何もしてねえのに!」
当時のことを思い出したのか、握りしめた拳を机にドン!と振り下ろす。
姫崎雅信が言うには、この件は父親が精神を病んでいたことや姫崎さんがまだ子供だということもあって警察には通報せず、おおごとにはしなかったらしい。
だが、人の噂というのは怖いもので、隠そうとするほど真実ではない勝手な憶測が飛び交う。
仲の良かった家族が、母親の死を境に笑顔が消えた。
最初は心配する声が多かったようだが、暫くして母方の祖父母が姫崎さんを引き取り、母親の死後も行っていた学校を休んでから一変した。
何かあったのでは、と噂をし始め、姫崎さんが精神科へ通っているという情報を得るとそれは更に悪化。
父親が自殺してから、想像以上に噂が広まった。
目立つ家族だったことも、噂を助長する要因になったのだろう。
そして、姫崎さんが対人恐怖症になったが為に置いていた距離を、周りはやましさ故だと誤解した。
学校にも行かず、親戚にも会わず、部屋にこもりきりなんて"何か"あったにちがいないわ。
"何か"したから会わせてもらえないんじゃないかしら。
まさか、あんな真面目そうな人が?
一度湧き上がった疑惑はどんどん膨れ上がっていく。
また、雅信が小学校の先生だったことも悪い方へと加速させた。
だってあの人教師でしょう?
聖職者でも犯罪を犯す人は犯すわよ。
あの方、亡くなった奥さんのこと好きだったんじゃないかしら。
よく遊びに来てたものね。
息子さん、奥さんに似て綺麗な顔立ちしてるでしょう?
まさか.....
やだ、あの人うちの子の担任なのに。
てんで的外れな噂は、ついに小学校の先生方にまで届き、雅信がいくら否定しようと立場は悪くなる一方だった。
そして、ついには自主退職を勧められてしまう。
教師のそういった情報は他校に伝わってしまうのが早く、辞めた後他に雇ってくれる学校はなかった。
「おかしいだろ!なんで俺が辞めなきゃなんねえんだ!」
ここまで一気に話した雅信は、少し息が上がっていた。
.....確かに、理不尽な話だ。
けど———
「それで姫崎さんを恨むのは違うだろ」
「こいつが一ミリも悪くないと言いきれるか!?こいつが一度でも会ってくれたら職を失わなくても済んだかもしれないのに!」
興奮する雅信に、きっぱりと言い放つ。
「ないな。気の毒だとは思うがそれだけだ。姫崎さんはまだ子供だった。まず守らなきゃいけないのはその心だろ」
「はっ、お前はそう言うよな。こいつが大事だもんな」
その時、姫崎さんが「んんー!」とくぐもった声を上げた。
だが、口枷を外させることなく話を続ける。
「知らなかったとでも言いたいのか?違うだろ。お前の場合、知ろうともしなかったんだろ?学校に通えるようになっても、こっちのことなんざ関係ねえって感じでよ。それとも忘れてたか?自分が一番の被害者だとでも思ってんだろ」
「やめろ!お前だって同じだろ!」
「あ゙あ゙!?」
「お前だって自分のことしか考えてないじゃないか!学校に通えるようになったって、心が完全に癒えたわけじゃない!」
俺の言葉に歯をギリ、と鳴らす。
「あー、むかつく。こんなことならまどろっこしいことなんかしなきゃよかったぜ」
まどろっこしい自覚はあったのか。
それには激しく同意のため何も言わなかったが、向こうも返事を求めていたわけではなさそうだ。
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