年下上司の愛が重すぎる!

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8話

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あの後、特に何か起こるわけでもなく無事に家までたどり着いた。
一応警戒はしていたが、不審者どころか怪しい奴すら見当たらず、完全に肩すかしを食らった気分だ。警戒するに越した事はないのでいいのだが。


そして毎朝のルーティン。
人間観察のために車内をぐるりと見回すと、いつもとは少し違う事が起きた。

目の前の人物と、目がばっちり合ってしまったのだ。
俺より目線の高いその男は、背後に黒いもやを背負っている。目が合うとにっこり笑いかけてきた。知り合いだったか?と記憶を探るも見覚えはない。

いつの間に目の前に来ていたのかと、少し緊張が走る。もしかしたら既に操られているかもしれない。こんな人混みの中で暴れられたら厄介だ。

「この時間はいつも混んでて嫌になりますね。....顔色が少し悪い様に見えますが大丈夫ですか?」

話をして気を逸らしつつ、自分に護符を貼ってから祓ってしまおう、と懐に入れようとした左手を突然掴まれた。

「いっ...!?」

物凄い力で掴まれ、思わず顔をしかめる。しかも掴んだのは目の前の男ではなく、隣にいた別の男だった。その男も、背中にもやがかかっている。

二人も!?
今まで幽霊がつるんでいるところなんて見た事がない。もしかしたら偶然かもしれないが、とにかく見落としていた事の反省は後にして、今はこの二人をどうにかしなくては。

だが、今度は自由な方の手まで掴まれた。

「なっ....!」

三人目!?どうなってんだよ!
三人とも背が高く、多分周りから俺の事はあまり見えないだろう。それすらも計画の内だとしたらかなりまずい状況だ。

『暴れてもいいけど...、どうなっても知らないよ?』

しー、と人差し指を唇に当て、周りにちらりと視線を向ける。確かに、ここで暴れられたら被害は計り知れない。しかも腕を拘束されているので防ぎようがない。相手の目的がなんなのかは分からないが、大人しくしておいた方が良さそうだ。

「........何が目的だ」

車内のアナウンスが、いつも俺が降りている駅名を告げた。できればいつもの駅で降りたいが、多分許してはくれないだろう。

『目的?そんなのあんたに決まってんだろ』

「は........?っ!?てめえどこ触ってやがる...!」

目の前の男は俺の股間に手を当て、あろうことかやわやわと揉みしだき始めた。

『しー、静かにしないと周りにバレるぞ?』

「っ...!っやめろ...!」

『一回やってみたかったんだよねー。痴漢プレイ。あんたのその綺麗な顔がどんな風に崩れてくか楽しみだ』

両脇にいた男たちも、俺の尻に手を這わせ始める。背筋にぞくりと悪寒が走り、反射的に蹴り上げてしまうところだった。運良く一人はそれで倒せても、残りの二人は無理だろう。

前の手は撫でるように下から上へ動き、後ろの手は片方が感触を確かめるように動くのに対し、もう片方は欲望のままに揉みしだかれる。
自分の身体を、無遠慮に動く手が気持ち悪くて仕方ない。吐き気までしてくる。

そして、なかなか反応を示さない事に痺れをきらしたのか、ズボンのジッパーを下ろし、下着の上から陰茎を包み込んだ。
先程よりも強い刺激に、びくりと身体が震える。

『んー、気持ちよくない?』

「い、やだ....っ、やめろっ....!」

抵抗できないならできないなりに、何か有益な情報を聞き出さなければいけないのに、頭の中が真っ白で何も思い浮かばない。

「ひっ!」

それどころか、両脇にいる男の息が上がり、硬くなった熱の塊を脚に押し付けられ、追いやっていた子供の頃の記憶が一気に蘇ってきた。
恐怖でカタカタと身体が震えだす。

——落ち着け、大丈夫だ。あの頃とは違う。俺は強い。だから大丈夫。

そう言い聞かせたが、震えは治らなかった。

『あれ?震えてんの?そんなタイプには見えなかったけど』

「っせえ....!」

『ははっ、いいねぇ。その調子』

いつの間にか、いつも降りる駅に着いていたらしい。
だが、それに気づくことも、さらには電車が止まっている間は手が離れていた事さえも気づかなかった。

いつまでも震えていたらなめられるだけだ。わかってはいるのに、身体は言うことを聞かない。吐き気は強まる一方で、涙まで滲んできた。
屈するな。俺は強い。情報を引き出すんだ。
そう心の中で呟いても、あっという間に嫌悪感で覆われてしまう。

電車が動き出すと、再び身体をまさぐり始めた。

「やだっ....、やだっ....!」

やだ!気持ち悪い!離せ!いやだ、怖い。誰か、助けて——
自分でもどうしようもないくらい手から逃れたくて、勝手に身体が抵抗しだしたが、掴まれた手はびくともしない。

『可愛いけどちょっとうるさい』

「んぐっ...!」

目の前の男が俺の口に指を突っ込み、唾液をかき混ぜるように口内を侵す。
段々脚にも力が入らなくなってきて、ぎゅっと目を閉じる。


———その時だった。


チッ、と誰かの舌打ちが聞こえたと思ったら、右手を掴んでいた手が離れた。
何事かと目を開ければ、目の前の男がまたな、と笑い影がすーっと抜けていく。左隣にいた男の中に入っていた霊も逃げたようで、意識を失った身体がのしかかってきた。

「姫崎さん!」

なんで、ここに、
二人分の体重を支えきれずに倒れそうになった身体を支えられた。ゆっくりと座らせてくれ、何だ何だと騒ぐ人らに、「警察です!お静かに、少し離れていてください」と指示を出しながら俺の顔を伺う。

困ったような、悲しいような、怒ってるような、ぐちゃぐちゃの顔だ。

「さ、はら....?」

「っ...、とりあえず、降りましょう。すみません、駅員さんを呼んでくれますか」

近くの人にそう告げると、自分の上着を脱いでふわりと俺に被せた。それでようやく自分の状況を思い出す。

「ぁ...やっ...、さわ、るなっ...!」

助けてもらっといて最低な態度をとっていることはわかっているが、嫌悪感で未だに身体が震えている。
脚に力が入らないことも忘れ、無理矢理立ち上がろうとしてぐらついた身体を結局佐原に抱き止められた。

「やっ..、やだっ....!」

ぎゅっと抱きしめられ、先程の嫌悪感がぶり返す。

「大丈夫。何もしません。落ち着いて。深呼吸しましょう?」

腕の力は振り解けないほど強いのに、耳元で囁かれる声は驚くほど優しい。

「吸ってー....、吐いてー.....。吸ってー....、吐いてー....、...そう。上手です。もう一度....」

その言葉に、なぜか素直に従っていた。何度か繰り返し深呼吸をしていると、自分でも力が抜けてきたのがわかる。それと共に佐原の腕も緩み、ぽん、ぽん、と子供をあやすときのように背中を叩かれた。

それにひどく安心し、俺は意識を手放した。

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