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3話
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大学に着き、確認をしてもらうと、どうやら丁度講義を受けているらしい。ひとまず憑いているかどうかだけでも確認をしたかったので、部屋まで案内してもらった。
大勢の生徒が講義を受けているが、すぐに発見できた。取り憑かれている人は、背後に黒いモヤのようなものが現れるのだ。そしてその黒いモヤがあるのは一箇所だけ。
「ビンゴだな」
「はい。影山さんに連絡しておきます」
「ああ——いや、俺がする」
頷きかけて、はたと思い止まる。仮にも上司。連絡ぐらい俺がした方がいいだろう。
「いえ、これくらいさせてください」
にこやかに笑う様子に、何故か少し罪悪感を感じる。
.....本人がいいって言ってるんだしいいよな?
それから、普段あまり使わない部屋を貸してもらい、講義後に森下紗知を連れてきてもらうようお願いした。
念の為部屋の四隅に式札を貼っておく。そうすれば、万が一幽霊が暴れてもちょっとやそっとじゃ建物に傷がつくことはない。
「流れを確認しとくぞ」
まず、話が成り立つようなら神社でお祓いに行くよう進言する。すぐに祓ってもよければ楽なのだが、そうもいかない。警察は、緊急事態でもなければ除霊することを許されていないのだ。
お金を貰って除霊をしている神社に対し、警察はお金を貰ってはいけない。タダで除霊してくれると広まれば、神社側にとっては営業妨害になりかねないし、人手が足りないのに警察に人が殺到しても困る。
そのため、まずは神社へ行くよう勧めなくてはいけない。面倒ではあるが、必須だ。
そして、もしその場で幽霊が身体を操るようなら即除霊。その時は佐原には他の生徒がここに近づかないように誘導をしてもらう。
佐原は少し不服そうな顔をしていたが、避難誘導も立派な仕事だ。まあ、既に他の教員に頼んでこの部屋に続く廊下は封鎖してもらったので、人が来ることはないかもしれないが。
その他細かい事も含めて打ち合わせしていたら、授業の終わりを告げる鐘が鳴った。
「姫崎さん、無茶はしないでくださいね」
「は?」
佐原が部屋を出る直前、そんな言葉を投げた。
念の為、森下紗知を連れてくるのに佐原が同行することにしたのだ。
返事は期待していなかったようで、しんとした部屋に一人取り残される。
..............。
なんなんだ!あいつは!朝もボディーガードとかなんとか言ってたし!初対面で、しかも下位式神しか使役できないやつになんで俺が心配されなきゃならん!
時間差でふつふつと怒りが湧いてくる。今までもこの顔の所為で何度もなめられてきたが、その都度結果を出して見返してきた。
舌打ちで怒りを収め、鳥の姿をした式神を喚び出す。羽を広げればかなりの大きさになるこの式神を、俺はリューイと呼んでいる。人一人くらいなら余裕で運べる、頼もしい相棒だ。今日も頼むな、と顎下を撫でれば嬉しそうにクルクルと喉を鳴らす。
それからほどなくして佐原が森下紗知を連れて戻ってきた。
「なんでこんなところに——って、え!?めっちゃ美人!えっ、ほんとに男!?待って、写真撮ってもいい?」
「どーも、警察です」
部屋に入るなり矢継ぎ早に紡がれる言葉を全て無視して、警察手帳を見せる。
「え!?警察!?なんで!?もしかしてお兄さんも!?」
警察手帳を見て驚いた森下は、後ろを振り返って佐原も出していた手帳を確認すると、俺と佐原を交互に見る。
「最近、寝れてないでしょう?」
「え、なんで知って....」
「SNS、見させてもらいました」
ちらりと視線を後ろにやり、目だけで退出するよう佐原に指示を出す。少し躊躇っていたが、素直に従った。
その間、森下紗知はなにやら喋っていたが大した内容ではなかったので無視を決め込み、本題へと入らせてもらう。
「寝れないのは幽霊に取り憑かれている所為です」
「ぶっ!幽霊?ははっ、お兄さん幽霊信じてんの?」
「国も認めていることですよ」
「国はわかんない事とか言えない事を幽霊のせいにできるからでしょ?みんなそう言ってるよー」
それもあながち間違いではないが、幽霊がいるのも事実。やはり信じてくれないか。
「....信じなくても構いませんが、体調が悪いのは事実でしょう?」
「それは....」
「このまま何もしなければ...貴女、死にますよ」
「は....?なんの冗談....?」
「冗談でも脅しでもありません。自殺者が年間何人いるかご存知ですか?」
なんで急にそんな話に、とでも言いたげな目で首をふるふると横に振った。
「約三万人です」
「!?」
「その内の約四分の一が幽霊によって亡くなったことがわかっています。勝手に体を使われ、屋上から飛び降りたり、車道へ飛び出したり。自分の意思とは関係なくある日突然死んでしまうんです。ああ、でも意識がないので痛みはないらしいですよ」
にっこりと笑いかければ、少し顔が青ざめた。あと一息だ。
「ただ、痛みがないからなのか、亡くなったことがわからずにその後幽霊になってしまうこともあるんだとか」
「っ、わかったよ!行けばいいんでしょ!」
「よかった。できれば今すぐ向かってほしいのですが」
「え、でもこの後も講義が....」
「先生には伝えてありますので大丈夫です。神社もいくつかピックアップしてありますので」
森下紗知はうげ、という顔をした直後、さらに顔を歪め頭まで抱えだした。
「どうし——」
「いっ....た....!」
「っおい!?」
突然糸が切れたかのようにがくりと膝から崩れ落ち、咄嗟に身体を支える。もしやと思い除霊の札を取り出す。
もう緊急事態だということにして除霊してしまおうか。実際気を失っているわけだし、もしかしたら悪影響が生じるかもしれない。
霊力を込めた札を額に貼れば除霊できる。ほんのわずかな思案の最中、ガチャリと扉が開いた。
その音に気を取られた直後、もの凄い衝撃が腹に走る。
「ぐっ.....!」
「姫崎さん!」
勢いよく後ろへ吹っ飛ばされたが、リューイが後ろに回ってくれたので、壁にぶつからずに済んだ。反射的に後ろへ跳んでなければ骨が何本かイっていたかもしれない。
「姫崎さん!大丈夫ですか!?」
「チッ....。大丈夫だから下がってろ....!」
油断したところを見られてしまい、なかば八つ当たりのように吐き捨てる。ゆっくりと立ち上がる森下紗知から目を離さずに、痛む体に鞭を打って自分も体勢を整えた。
もう、体を操られている。先程の馬鹿力がなによりの証拠だ。霊体では大した影響力はないが、人の体を操れば人間には出しえない力を発揮できる。馬鹿力然り、物を触らずに動かす事ができる奴もいる。
立ち上がった森下紗知と目が合い、緊張が走った。
だが———
『ごめんなさい!わざとじゃないの!加減がわからなくて....』
「..............」
おそらく、油断させ隙を突いて逃げるつもりだろう。悪いがもう油断はしないぞ。当然、逃すつもりもない。
『あのね、ずっとあなたに祓って欲しいって思ってたの。だけどちょっと欲が出ちゃって、できればお話もできたらなって。もちろん二人きりで』
もじもじと顔を赤らめながら話す様子は、とても嘘をついているように見えない。もしこれが演技だとしたら、大した演技力だ。逆に本当だとしても、どういうつもりで言っているのか皆目見当もつかない。
「そんなの許可できるわけないでしょう」
未だ出て行っていなかった佐原が、毅然とした態度で答える。
いや、なんでお前が答えるんだ。つーか下がってろって言っただろ。
文句を言ってやろうと口を開いた直後、空気がピリッと張り詰めた。
『は?あなたには聞いてない。邪魔しないでくれる?』
やばい。
「待て!わかった。そいつは退席してもらう。それでいいか?」
「なっ.....」
『ほんと!?嬉しい...。できればその綺麗な鳥さんも....』
俺の後ろにいるリューイを見て遠慮がちに言った。その言葉に、俺よりも佐原の方が驚いたように目を見開く。また余計な事を言われる前に口を開いた。
「もちろん」
「姫崎さん!?」
「その代わり、俺の質問にも答えてもらうぞ」
『もちろん!何でも聞いて!』
ぎゃーぎゃーと騒いでいる佐原を、リューイに頼んで部屋の外へと連れ出してもらった。二人きりになった空間に、一瞬静寂が訪れる。
別にそれほど騒がなくとも、リューイの他にもう一体式神を使役できる俺にとってはそれほどやばい状況じゃない。むしろ、相手はそれを知らないだろうからチャンスでさえある。
「で?何の話がしたいんだ?」
『あのね、あなたの名前を教えてほしいの』
名前?何のために....。
理由はわからないが教えたところでさして問題はないだろう。
「........姫崎誠だ」
『誠さん!素敵な名前!』
「なんでそんな事を聞きたがる?」
『一目見たときから素敵だなって思ってたの。祓われるなら絶対にこの人がいい!って』
.....これはどう受け取ればいいんだ....?それに、やはり嘘をついているようには見えない。
「ならなんでこんな回りくどいやり方を?」
『だって、こうでもしなきゃ誠さんの記憶に残らないでしょう?その他大勢と一緒にしてほしくなかったの』
......そんなことのためにここまでするか?他にも何か理由があるはずだ。
そんな俺の考えを見透かしたのか、ふふっと笑った。
『本当にそれだけ。誠さんも霊になればわかると思うけど、人間だった時にはあった倫理観が綺麗さっぱりなくなっちゃうの。だから自分が欲しいと思ったものはどんな手を使っても手に入れる。例えそれが犯罪だとしてもね』
「.......なるほど。それは厄介だな」
『あとね、私の他にも狙ってる人多いみたいだから気をつけた方がいいよ』
「狙う?」
『うん。私は新参者だから詳しくは知らないけど綺麗な人がいるって噂になってたらしいから。多分誠さんの事だと思う』
なんだそれは。幽霊の間でも噂とかあんのか?だいだい、綺麗な奴なんぞ他にいくらでもいるだろ。
『あ、信じてないでしょ。まあ信用できないのはわかるけど。それでも一応伝えておきたくて』
「...忠告どうも。それで?満足したか?」
『うん!お話しできて楽しかった!ありがとう!』
満面の笑みでお礼を言われるとなんだか調子が狂う。
「....どういたしまして。俺も最後に一ついいか?」
『もちろん!』
「何でそいつに取り憑いた?知り合いか?」
『違うよ。少しくらい頭が悪い人の方が操れる確率が高いの。頭の良い人とか真面目な人は体調が悪くなるとすぐに病院に行ったり、お祓いに行ったりする人が多いから』
「......そうか.....」
そんなことも考えているのか。適当に取り憑いて楽しんでいるだけだと思っていたのに。
『それが最後?』
「ん?ああ....。大人しく祓われてくれんのか?」
『うん!』
またも屈託のない笑顔で頷くが、これが全て演技だという可能性も捨て切れない。
「なら目を閉じて、手を上に上げろ」
『はーい』
俺の指示にも素直に従う。だが、油断は禁物だ。すぐにでも喚び出せるよう式札に手を添え、自身に護符を貼り付ける。
些細な動きも見逃さないよう、ゆっくりと近づく。
だが、懸念していたようなことは一切なく、いとも簡単に額に札を貼り付けることができた。
「.................」
額の札と共に、黒いモヤもすーっと消えていく。完全に消えると、再び力の抜けた体を支え、少しの間立ち尽くす。
本当に話がしたいだけだったのか....?
あまりにも呆気なかったため、気を削がれてしまった。いや、大した被害もなく除霊できたのはいいことなのだが。
「リューイ」
リューイを呼べば佐原も一緒に入ってきた。
「姫崎さんっ!大丈夫ですか!?」
こいつはいちいち距離が近いな。森下紗知を押し付けてさりげなく距離をとった。
「...ああ。救急車を頼む」
「わかりました。姫崎さんも病院行ってきてください。報告は俺がしておきますから」
「は?俺は別に——」
「俺の所為で...。本当にすみません」
申し訳なさそうに頭を垂れる。それが無性に苛立つ。なに勝手に自分の所為とか思っちゃってるわけ?
「自惚れんなよ。あれは俺が油断してただけだ」
「っ、姫崎さんっ....!」
後は頼んだ、と言い残して大学を出た。
大勢の生徒が講義を受けているが、すぐに発見できた。取り憑かれている人は、背後に黒いモヤのようなものが現れるのだ。そしてその黒いモヤがあるのは一箇所だけ。
「ビンゴだな」
「はい。影山さんに連絡しておきます」
「ああ——いや、俺がする」
頷きかけて、はたと思い止まる。仮にも上司。連絡ぐらい俺がした方がいいだろう。
「いえ、これくらいさせてください」
にこやかに笑う様子に、何故か少し罪悪感を感じる。
.....本人がいいって言ってるんだしいいよな?
それから、普段あまり使わない部屋を貸してもらい、講義後に森下紗知を連れてきてもらうようお願いした。
念の為部屋の四隅に式札を貼っておく。そうすれば、万が一幽霊が暴れてもちょっとやそっとじゃ建物に傷がつくことはない。
「流れを確認しとくぞ」
まず、話が成り立つようなら神社でお祓いに行くよう進言する。すぐに祓ってもよければ楽なのだが、そうもいかない。警察は、緊急事態でもなければ除霊することを許されていないのだ。
お金を貰って除霊をしている神社に対し、警察はお金を貰ってはいけない。タダで除霊してくれると広まれば、神社側にとっては営業妨害になりかねないし、人手が足りないのに警察に人が殺到しても困る。
そのため、まずは神社へ行くよう勧めなくてはいけない。面倒ではあるが、必須だ。
そして、もしその場で幽霊が身体を操るようなら即除霊。その時は佐原には他の生徒がここに近づかないように誘導をしてもらう。
佐原は少し不服そうな顔をしていたが、避難誘導も立派な仕事だ。まあ、既に他の教員に頼んでこの部屋に続く廊下は封鎖してもらったので、人が来ることはないかもしれないが。
その他細かい事も含めて打ち合わせしていたら、授業の終わりを告げる鐘が鳴った。
「姫崎さん、無茶はしないでくださいね」
「は?」
佐原が部屋を出る直前、そんな言葉を投げた。
念の為、森下紗知を連れてくるのに佐原が同行することにしたのだ。
返事は期待していなかったようで、しんとした部屋に一人取り残される。
..............。
なんなんだ!あいつは!朝もボディーガードとかなんとか言ってたし!初対面で、しかも下位式神しか使役できないやつになんで俺が心配されなきゃならん!
時間差でふつふつと怒りが湧いてくる。今までもこの顔の所為で何度もなめられてきたが、その都度結果を出して見返してきた。
舌打ちで怒りを収め、鳥の姿をした式神を喚び出す。羽を広げればかなりの大きさになるこの式神を、俺はリューイと呼んでいる。人一人くらいなら余裕で運べる、頼もしい相棒だ。今日も頼むな、と顎下を撫でれば嬉しそうにクルクルと喉を鳴らす。
それからほどなくして佐原が森下紗知を連れて戻ってきた。
「なんでこんなところに——って、え!?めっちゃ美人!えっ、ほんとに男!?待って、写真撮ってもいい?」
「どーも、警察です」
部屋に入るなり矢継ぎ早に紡がれる言葉を全て無視して、警察手帳を見せる。
「え!?警察!?なんで!?もしかしてお兄さんも!?」
警察手帳を見て驚いた森下は、後ろを振り返って佐原も出していた手帳を確認すると、俺と佐原を交互に見る。
「最近、寝れてないでしょう?」
「え、なんで知って....」
「SNS、見させてもらいました」
ちらりと視線を後ろにやり、目だけで退出するよう佐原に指示を出す。少し躊躇っていたが、素直に従った。
その間、森下紗知はなにやら喋っていたが大した内容ではなかったので無視を決め込み、本題へと入らせてもらう。
「寝れないのは幽霊に取り憑かれている所為です」
「ぶっ!幽霊?ははっ、お兄さん幽霊信じてんの?」
「国も認めていることですよ」
「国はわかんない事とか言えない事を幽霊のせいにできるからでしょ?みんなそう言ってるよー」
それもあながち間違いではないが、幽霊がいるのも事実。やはり信じてくれないか。
「....信じなくても構いませんが、体調が悪いのは事実でしょう?」
「それは....」
「このまま何もしなければ...貴女、死にますよ」
「は....?なんの冗談....?」
「冗談でも脅しでもありません。自殺者が年間何人いるかご存知ですか?」
なんで急にそんな話に、とでも言いたげな目で首をふるふると横に振った。
「約三万人です」
「!?」
「その内の約四分の一が幽霊によって亡くなったことがわかっています。勝手に体を使われ、屋上から飛び降りたり、車道へ飛び出したり。自分の意思とは関係なくある日突然死んでしまうんです。ああ、でも意識がないので痛みはないらしいですよ」
にっこりと笑いかければ、少し顔が青ざめた。あと一息だ。
「ただ、痛みがないからなのか、亡くなったことがわからずにその後幽霊になってしまうこともあるんだとか」
「っ、わかったよ!行けばいいんでしょ!」
「よかった。できれば今すぐ向かってほしいのですが」
「え、でもこの後も講義が....」
「先生には伝えてありますので大丈夫です。神社もいくつかピックアップしてありますので」
森下紗知はうげ、という顔をした直後、さらに顔を歪め頭まで抱えだした。
「どうし——」
「いっ....た....!」
「っおい!?」
突然糸が切れたかのようにがくりと膝から崩れ落ち、咄嗟に身体を支える。もしやと思い除霊の札を取り出す。
もう緊急事態だということにして除霊してしまおうか。実際気を失っているわけだし、もしかしたら悪影響が生じるかもしれない。
霊力を込めた札を額に貼れば除霊できる。ほんのわずかな思案の最中、ガチャリと扉が開いた。
その音に気を取られた直後、もの凄い衝撃が腹に走る。
「ぐっ.....!」
「姫崎さん!」
勢いよく後ろへ吹っ飛ばされたが、リューイが後ろに回ってくれたので、壁にぶつからずに済んだ。反射的に後ろへ跳んでなければ骨が何本かイっていたかもしれない。
「姫崎さん!大丈夫ですか!?」
「チッ....。大丈夫だから下がってろ....!」
油断したところを見られてしまい、なかば八つ当たりのように吐き捨てる。ゆっくりと立ち上がる森下紗知から目を離さずに、痛む体に鞭を打って自分も体勢を整えた。
もう、体を操られている。先程の馬鹿力がなによりの証拠だ。霊体では大した影響力はないが、人の体を操れば人間には出しえない力を発揮できる。馬鹿力然り、物を触らずに動かす事ができる奴もいる。
立ち上がった森下紗知と目が合い、緊張が走った。
だが———
『ごめんなさい!わざとじゃないの!加減がわからなくて....』
「..............」
おそらく、油断させ隙を突いて逃げるつもりだろう。悪いがもう油断はしないぞ。当然、逃すつもりもない。
『あのね、ずっとあなたに祓って欲しいって思ってたの。だけどちょっと欲が出ちゃって、できればお話もできたらなって。もちろん二人きりで』
もじもじと顔を赤らめながら話す様子は、とても嘘をついているように見えない。もしこれが演技だとしたら、大した演技力だ。逆に本当だとしても、どういうつもりで言っているのか皆目見当もつかない。
「そんなの許可できるわけないでしょう」
未だ出て行っていなかった佐原が、毅然とした態度で答える。
いや、なんでお前が答えるんだ。つーか下がってろって言っただろ。
文句を言ってやろうと口を開いた直後、空気がピリッと張り詰めた。
『は?あなたには聞いてない。邪魔しないでくれる?』
やばい。
「待て!わかった。そいつは退席してもらう。それでいいか?」
「なっ.....」
『ほんと!?嬉しい...。できればその綺麗な鳥さんも....』
俺の後ろにいるリューイを見て遠慮がちに言った。その言葉に、俺よりも佐原の方が驚いたように目を見開く。また余計な事を言われる前に口を開いた。
「もちろん」
「姫崎さん!?」
「その代わり、俺の質問にも答えてもらうぞ」
『もちろん!何でも聞いて!』
ぎゃーぎゃーと騒いでいる佐原を、リューイに頼んで部屋の外へと連れ出してもらった。二人きりになった空間に、一瞬静寂が訪れる。
別にそれほど騒がなくとも、リューイの他にもう一体式神を使役できる俺にとってはそれほどやばい状況じゃない。むしろ、相手はそれを知らないだろうからチャンスでさえある。
「で?何の話がしたいんだ?」
『あのね、あなたの名前を教えてほしいの』
名前?何のために....。
理由はわからないが教えたところでさして問題はないだろう。
「........姫崎誠だ」
『誠さん!素敵な名前!』
「なんでそんな事を聞きたがる?」
『一目見たときから素敵だなって思ってたの。祓われるなら絶対にこの人がいい!って』
.....これはどう受け取ればいいんだ....?それに、やはり嘘をついているようには見えない。
「ならなんでこんな回りくどいやり方を?」
『だって、こうでもしなきゃ誠さんの記憶に残らないでしょう?その他大勢と一緒にしてほしくなかったの』
......そんなことのためにここまでするか?他にも何か理由があるはずだ。
そんな俺の考えを見透かしたのか、ふふっと笑った。
『本当にそれだけ。誠さんも霊になればわかると思うけど、人間だった時にはあった倫理観が綺麗さっぱりなくなっちゃうの。だから自分が欲しいと思ったものはどんな手を使っても手に入れる。例えそれが犯罪だとしてもね』
「.......なるほど。それは厄介だな」
『あとね、私の他にも狙ってる人多いみたいだから気をつけた方がいいよ』
「狙う?」
『うん。私は新参者だから詳しくは知らないけど綺麗な人がいるって噂になってたらしいから。多分誠さんの事だと思う』
なんだそれは。幽霊の間でも噂とかあんのか?だいだい、綺麗な奴なんぞ他にいくらでもいるだろ。
『あ、信じてないでしょ。まあ信用できないのはわかるけど。それでも一応伝えておきたくて』
「...忠告どうも。それで?満足したか?」
『うん!お話しできて楽しかった!ありがとう!』
満面の笑みでお礼を言われるとなんだか調子が狂う。
「....どういたしまして。俺も最後に一ついいか?」
『もちろん!』
「何でそいつに取り憑いた?知り合いか?」
『違うよ。少しくらい頭が悪い人の方が操れる確率が高いの。頭の良い人とか真面目な人は体調が悪くなるとすぐに病院に行ったり、お祓いに行ったりする人が多いから』
「......そうか.....」
そんなことも考えているのか。適当に取り憑いて楽しんでいるだけだと思っていたのに。
『それが最後?』
「ん?ああ....。大人しく祓われてくれんのか?」
『うん!』
またも屈託のない笑顔で頷くが、これが全て演技だという可能性も捨て切れない。
「なら目を閉じて、手を上に上げろ」
『はーい』
俺の指示にも素直に従う。だが、油断は禁物だ。すぐにでも喚び出せるよう式札に手を添え、自身に護符を貼り付ける。
些細な動きも見逃さないよう、ゆっくりと近づく。
だが、懸念していたようなことは一切なく、いとも簡単に額に札を貼り付けることができた。
「.................」
額の札と共に、黒いモヤもすーっと消えていく。完全に消えると、再び力の抜けた体を支え、少しの間立ち尽くす。
本当に話がしたいだけだったのか....?
あまりにも呆気なかったため、気を削がれてしまった。いや、大した被害もなく除霊できたのはいいことなのだが。
「リューイ」
リューイを呼べば佐原も一緒に入ってきた。
「姫崎さんっ!大丈夫ですか!?」
こいつはいちいち距離が近いな。森下紗知を押し付けてさりげなく距離をとった。
「...ああ。救急車を頼む」
「わかりました。姫崎さんも病院行ってきてください。報告は俺がしておきますから」
「は?俺は別に——」
「俺の所為で...。本当にすみません」
申し訳なさそうに頭を垂れる。それが無性に苛立つ。なに勝手に自分の所為とか思っちゃってるわけ?
「自惚れんなよ。あれは俺が油断してただけだ」
「っ、姫崎さんっ....!」
後は頼んだ、と言い残して大学を出た。
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原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に!
見どころ
・転生
・主従
・推しである原作悪役に溺愛される
・前世の経験と知識を活かす
・政治的な駆け引きとバトル要素(少し)
・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程)
・黒猫もふもふ
番外編では。
・もふもふ獣人化
・切ない裏側
・少年時代
などなど
最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。
イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした
天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです!
元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。
持ち主は、顔面国宝の一年生。
なんで俺の写真? なんでロック画?
問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。
頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ!
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