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第四章
第92話 甘い時間、再び
しおりを挟む波間をゆらゆらと漂うように身を任せていると、ふわっとした浮遊感の後、身体が沈み込むような感覚を覚えてゆっくりと目を開ける。
あれ、ここは……
ていうか今何時だろう。
見慣れない天井が目に入り、辺りを見回そうとして身体を起こそうとすると、急に後ろから強く抱きしめられた。
「……んっ。ふぇ?」
「…おはよう、この。よく寝てたみたいだけど少しは疲れ取れたかい?」
頭の上から寝起きでちょっと気の抜けた渉の声がして振り返ると、そこには蕩けるように甘い視線で私を見つめる渉のドアップがあって、思わず吃驚して声を上げた。
「わわっ!渉……びっくりした!」
「ふあぁ…なんだよ、それ。人をオバケみたいに。」
渉は欠伸をしながらそう言って笑うと、大きく伸びをした。
その様子を眺めながら、私も伸びをする。
初めてのセックス。
話に聞いていた初めてとは全然違っていて、思っていたよりも激しかった。
痛かったけれどその分快感も凄かったし、何より幸福感が半端なくて、その流れで初日なのに2回もいたしてしまった。
後悔はしてないけれど、おかげで疲労困憊で途中から意識が朦朧としてしまい、その後はぐっすりと眠りこけてしまったのだが、どのくらい寝てたいたのか全く検討もつかない。
ただ、寝て起きたら頭がスッキリしているので、一晩明けてきっともう朝なんだろうなと思っていたのだが……
周りを見回すと何故か朝の割には暗い。
カーテンがしまっているから?と疑問に思って渉の背後の窓を覗こうと顔を上げると、渉が不思議そうに私の顔を覗き込んできた。
「ん?何?またしたくなった?」
「違っ…てか、顔、ち、近い…」
「なぁんだ。残念。それで、どうしたの?」
悪戯っぽく笑いながら渉は更に顔を近付けて、額に、頬にキスを落としてくる。
ちらりと見える瞳には薄らと欲の色が見えてドキリと心臓が跳ねる。
「い、いや、大した事ないんだけど…随分暗いけど今は朝なのかなって。ていうか、私、どのくらい寝てた?」
顔中にキスを落としながら欲望の火が灯った瞳で覗き込む渉の顔を、グイッと押し返しながら訊ねると、渉はやれやれと長い腕を伸ばして枕元の時計を手に取って確認する。
「んー、今は夜の10時を過ぎたくらいかな。」
「え、まだそんな時間なの?随分と長く寝た気がしたから、てっきり朝まで寝ちゃったと思ってたよ。」
告げられた時間を聞いて再度吃驚して声を上げると、渉は何かを思い出したように楽しそうにくつくつと声に出して笑い始めた。
「熟睡してたからだね。それにしても……くくっ…ヨダレ垂らしてぐっすり眠っていたみたいだけど、そんなに気持ちよかった?」
渉は自分の口元に指を当てて、たらりと垂れたようなジェスチャーをする。
「はへっ?!うそっ?!私、ヨダレ垂らしてた?!」
「うん、もう、そりゃーバッチリと。」
慌てて口元をゴシゴシと拭うと、渉は私の頬をムニっと摘むと満面の笑みを浮かべて、はははと笑った。
最悪だ……
とんだ間抜け面を見られてしまい、あまりの恥ずかしさに咄嗟に顔を覆って渉に背を向けると、背後から噛み殺した笑いが聞こえる。
「は、恥ずかしい……」
「大丈夫。俺しかみてないから。」
「そんな、渉に見られたのが恥ずかしいの!あぁ…もうお嫁に行けないよぉ……」
頭が沸騰しそうな程熱くなる。
パタパタと手で顔を仰いでいると、後ろからふんわりと抱きしめられ、熱を帯びた掠れた声が耳を打った。
「いやいや、行けるだろ?嫁。」
「無理…こんなマヌケ顔の醜態さらして……誰がお嫁に貰ってくれるのよぉ……」
さめざめと言う私を渉はくすりと笑うと、腕の力を緩め、私の身体をくるりと反転させる。
「だからさ、このは俺の許嫁だろ?ちゃんと予定通り俺が嫁に貰うから大丈夫だよ。」
熱を帯びた瞳で愛おしそうに私の目を覗きこんで、言い聞かせるようにゆっくりと告げた。
ダイレクトな言葉が胸に響いた。
「…そ、そうだね。」
そう言うと私は両手で顔を覆った。
心臓がドキドキと早鐘を打ち鳴らしている。
渉の言葉が嬉しくて胸がいっぱいで、返せたのはたった一言。
それが精一杯だった。
渉の熱い視線で見つめられて恥ずかしくて渉の顔を直視出来ない。
視線を感じて指の間からちらりと渉の顔見ると、ほんのり頬を染めて嬉しそうに私を見つめる渉の視線とかち合った。
それだけで十分だった。
恐る恐る手をはずして渉を上目遣いで見上げると、渉は優しく顔を綻ばせて私の頭を撫でた。その笑顔に、不覚にもキュンとしてしまった。
渉は目を細めて私を見ると、何故かぷるぷると肩を震わせた。
「そうだよ。だから…安心して?よ、ヨダレ垂らしたマヌケ顔も…ぶっ…愛してるからさ。」
どうやら震えていたのは笑いを堪えていたようだった?
言いながら吹き出して結局は最後までは堪えられなかった渉に、キュンとした乙女心は無残にも打ち砕かれる。
「もう!なんでこんな時に……バカ!バカ渉!!!」
あまりにも腹が立った私は、だらしなく笑み崩れた顔でそう言う渉の胸を遠慮なくぽかぽかと叩いた。
叩かれた衝撃に渉は一瞬呻いたが、直後、堰を切ったように声に出して笑い出す。
「ははははっ!このは本当にかーわいいなぁ。」
こっちは真剣なのに、全く何が可笑しいのか。
若干イラッとしながら渉を上目遣いで睨めつけるが効果はなく……
逆にめちゃくちゃ嬉しそうな顔で微笑みかけてくる始末。
くそぅ… キュンとした乙女心を返して欲しい。
「煽てたってダメだもん!もう渉なんて知らない!」
「知らないとか言わないでよ。どんな香乃果だって愛してるってことじゃんね?」
あまりにも腹が立ったのでふいっと顔を背けると、渉は頬を擦り寄せて甘い声を出した。
「うぅぅ……ご、誤魔化されてなんて上げないんだから!」
そうは言ってはみたが、昔から渉の甘えたお強請りモードに弱い私は、実はめっちゃグラグラしていた。
仔犬のように目を潤ませた私のツボを突いてくるこの表情に、最早理性は瓦解寸前で、あぁもう仕方ないなぁ、と絆されかけた時……
渉は悪戯っぼく片目を瞑り舌をちろりと出した。
「ははは、やっぱダメかぁ。」
頭をガシガシと掻きながらそう言って楽しげに笑う渉を見て、何だか怒っている事が馬鹿馬鹿しくなってきた。
呆れた目で渉を一瞥すると、苦笑いを浮かべて渉の頬をムニっと摘む。
「もぅ……バカ。」
渉はそっと私の手に自分の手を重ね幸せそうに破顔すると、再度渉は顔を近付けてくる。
私は目を閉じると渉の与える甘いキスを受け入れた。
そのままベッドで渉とイチャイチャと甘く幸せな時間を過ごしていると、キスの寸前で突如渉のお腹がぐぅと鳴った。
「はは……すげぇ音したな。」
渉は顔を上げると、気まずそうに情けない顔をして笑った。
そう言えば、『アイツ緊張し過ぎて朝から何も食べてないと思うから渡してあげて。』と聖に言われてた事を思い出す。
「香乃果も腹減ってない?ルームサービスでも頼もっか。」
そう言うと渉はするりとベッドを降りると、ペットボトルのお水のルームサービスのメニューを手に取り戻ってくる。
「あ、あの。実は……」
渉のから差し出されたメニューとお水を受け取りながら、シーフードレストランからサンドイッチをテイクアウトしてきた事を伝えると、渉は目を丸く見開いた。
「へぇ。それはありがたいなぁ。ありがとう。じゃあ、軽くお風呂に入ってからそれ、食べよっか。」
嬉しそうに笑ってそう言うと、渉は玄関の紙袋を拾いにいくついでにバスタブにお湯を張ってくる、とバスルームに向かった。
「あ、それなら私も……」
と、バスルームへ向かおうと身体を起こすと、先程同様に身体中に激痛が走り、バキバキと音をたてる。
痛くて涙目になって固まっていると、玄関の方からサンドイッチの入った紙袋を手にして戻って来た渉が私を見てポツリと言う。
「だ、大丈夫……じゃなさそう、だね?」
渉は小走りでベッドサイドに戻ってくると、紙袋をヘッドボードに置き私の横に座った。
「だ、誰のせいで……痛っ!」
キッと渉を睨めつけると、渉は心配そうに覗き込みながらするりと私の頭を撫でた。
「うん、俺のせいだな。って、あぁ、もう無理しないで。」
苦笑しつつも心配そうにそう言うと、渉はするりと私の膝裏に腕を差し込んでお姫様抱っこの様に横抱きに抱き上げた。
「わ、わた、渉っ?!」
急に抱き抱えられて視界が高くなりパニックになって身を捩る私を、渉は蕩けるように甘い瞳で見つめて抱きしめると、耳元で甘い声で囁く。
「動けないのは、このが俺を受け入れてくれたからだよね。なら、これは俺のせいだから、俺が、こののことをお風呂入れてあげる。」
「え、え、いや、いい…いいから!遠慮します!」
腕から逃れようと身を捩ってみたり胸を押し返してみたものの、スポーツで鍛えている渉に私が勝てる訳もなく……押しても引いてもビクともしない。
しまいには恍とした表情を浮かべて心底嬉しそうに私を見つめ出す始末。
「ははは、そんな、遠慮しないで。ね?」
若干白目になりながら、そりゃ遠慮もするだろうよ、と心の中で密かにツッコミを入れるが、直ぐに正気に戻り頭をブンブンと横に振る。
「する!するから!」
「恥ずかしがらなくてもいいんだよ?もう、俺の香乃果は、ほんと可愛いなぁ。」
にっこりと笑みを浮かべ激甘砂糖漬け発言をする渉の耳には、拒否の言葉は聞こえていないようで、私が何も言っても聞き入れては貰えそうにもない。
デロデロに蕩けきって恍としている渉を見て、若干引きつつも、嬉しそうに笑み崩れる様子に、ガックリと項垂れると、何だか馬鹿馬鹿しくなってきた。
それに、嬉しそうにしている渉をみていると、心がじんわりと暖かくなって、抵抗する気がだんだんと失せていく。
そして、渉にそんな表情をさせているのは紛れもなく私で、私の事を愛するが故だと思うと嬉しくもあったり……
ここまでごちゃごちゃと御託をならべたが、平たく言ってしまえば、なんだかんだ言っても私は渉が好きなのだ。
となれば、これ以上抵抗する意味はない。
相変わらず愛しさ全開の瞳で見つめてくる渉に、私もふわりと微笑むと、するりと首に腕を回した。
「もう…仕方ないなぁ。でも……あんまり、みないでね?」
そう言って赤くなった顔を隠すように渉の胸に頬を擦り寄せると、渉は耳元で甘く囁いた。
「ていうか、今更でしょ。それに、こんなに可愛い香乃果をみないなんて絶対に無理。これは断言できるよ。だから、諦めて?」
絶句して顔を上げると、満面の笑みを浮かべて渉が続けた。
「頭のてっぺんから足の先まで、余すことなく俺のものにしないとね。」
そう言うと、渉は固まっている私を嬉々として抱いたまま、ルンルンな足取りでバスルームへと拉致っていった。
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