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第四章

第83話 ドアを開けたその先に……

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 ゆっくりと目の前のドアが開くと、そこには記憶よりも随分と背も伸びて逞しくなった渉が、眉根を寄せたくしゃくしゃな顔で微笑んで立っていた。


「……う、そ……なん、で……?」

「ふふ、なんでって……なんでだと思う?」


 瞠目して固まる私に、渉は困ったように微笑んだまま首をこてりと傾げて訊ねた。


「ど…どうして……」


 ずっと会いたくて焦がれていた渉を目の前にすると、色んな感情が綯い交ぜになって、一気に溢れだそうとするのを、必死に抑え込むと、震える手でドアを指差して言う。

 振り絞って出た言葉はたったこれだけ。

 どうしてここにいるの?
 どうして渉はここに私が居ることがわかったの?

 それよりも……

 これは私の想いが見せている幻影では?

 言いたい事は沢山あった。
 ぶつけたい言葉も沢山あったのに……それなのに、胸が詰まって結局どれも言葉にならなかった。



「どうしてって……あ、なんでドアが開いたのかってこと?」


 渉が言葉に詰まってドアを指さしている私の指の方向に視線を落とした後、あぁ、と得心したように言うと、私は肯定の意味を込めてコクコクと首を縦に振った。


「うぅ~ん…いやさ、実は……」


 渉はバツの悪そうに困ったような顔をする。
 そして、ふぅと深呼吸をしてから、気まずそうに視線を逸らして言った。


「…さっきっから香乃果がドアの前でやってることずっと見てたんだよね。何してんだろうなぁー…って。で、あんまり遅いから、つい迎えにきちゃったんだ。」


 渉はそう言うと、頭をガシガシしながらははと笑った。


「へ……?も、もしかして…見て、たの?」


 渉の言葉にぴしりと固まる。

 見てたって……
 意気地がなくてドアの前をウロウロしたりしていたアレを?
 ちょっと待って!めっちゃ恥ずかしいんですけど!!!

 途端にぶわっと顔に熱が集まり、真っ赤になったのがわかった。


「あー…まぁ、なんつーか……全部見てました。はい……でも、仕方なくない?!香乃果、なかなか入って来ないんだもん。」

「で、でもっ…緊張して……なかなかベル押せなくてっ……」

「ベルって。ていうか、何のためのソレよ。」


 渉は私の手を指さして言う。


「あ………………確かに。」


 指摘されてハッとして手の中にあるカードキーに気が付くと、気まずさからさっとポケットにしまった。


「はははっ、何だよ。それ。」


 眉尻を下げて笑うその表情に胸がぎゅうっと締め付けられるように苦しくなって、じわじわと涙が込み上げてくる。


「あの…わた、る……?」

「うん、香乃果。」


 会いたくて……会いたくて、会いたくて堪らなかった渉。
 その渉が今、私の目の前で笑っている事が信じられなくて、おずおずと名前を呼ぶと、渉は心底嬉しそうに破顔した。
 じわじわと込み上げてくる涙で視界が歪んでいく。


「ほん、とに……?渉…なの?」

「うん。俺だよ。ほら。」


 確かめるようにもう一度名を呼ぶと、渉は困ったような顔でわらってそう言い、私の手を取りそのままグイッと引き寄せ部屋の中に引き込んだ。


「え?!わ、わ、わ、渉?!」


 気が付くとあっという間に私は渉の腕の中に抱き込まれていた。耳元に熱い息がかかり吃驚して声を上げると、渉は更に抱きしめる力を強くした。


「渉?!ちょっ…な?!」

「ふふふ……どう?これで俺だって信じてくれる?」


 泣いている?

 渉の震える声が耳元で聞こえると、ドキリと心臓が跳ね上がり、一瞬、時間が止まった。


「香乃果……会いたかった。」


 渉の髪が頬に触れ、渉の匂いが鼻腔を掠める。
 今自分は紛れもなく渉の腕の中にいるのだと実感すると、途端に顔に熱が集まった。

 その様子を見て、渉は切なげな息を吐くと、私の頭に顔を埋めて頬をすり寄せた。


「香乃果…好き。めちゃくちゃ好き……それから…今までごめん。」


 掠れた渉の声が頭上から聞こえたかと思うと、ぎゅうっと強く抱きしめられた。


「香乃果……この、好きだよ。小さい頃からずっと……」


 苦しそうにそう言う渉の言葉に、目尻から涙が溢れ滑り落ちる。
 私を抱きしめていた渉が、ゆっくりと身体を離して私の顔を覗き込むと、ポロポロと零れる涙を優しく拭う。

 見上げると優しく私を見詰める渉視線と絡まる。
 想いが溢れて涙と共に言葉として零れた。


「……私も……私も、渉が好き。渉に嫌われても、ずっと、ずっと好きだったの。」

「―っ!」


 泣きながら、それでも無理やり笑みを作りそう言うと、渉は瞠目して固まった。しかし直ぐに眉根を寄せてくしゃくしゃっと泣きそうに顔を歪め、そして、私の手を取り熱く潤んだ瞳で私を見つめた。


「この……ずっと好きだったのに、勘違いして傷付けてごめん。俺のせいで悲しませてごめん。許してくれ、なんて都合のいい事は言わない。だけど、これからはもう絶対に悲しませたりしないから…だから、愚かな俺に一度だけ…もう一度だけ、俺にチャンスを貰えないだろうか?」


 渉は私の手をぎゅっと握り、真摯な表情で懇願するようにそう言った。
 渉の熱の篭った目で見つめられて、私は恥ずかしさのあまり思わず目を瞑り顔を逸らすと、渉は私の頬に手を添えそっと上を向かせた。


「この……お願い。目を開けて俺を見て?」


 そう言われて恐る恐る目を開けると、困ったような悲しそうな顔で私を見つめる渉と視線が絡む。
 真剣な渉の瞳に見つめられ、私の心臓は早鐘を打った。


「ねぇ、香乃果。好きだよ。一緒にいたい……ダメ…かな?」


 そう言うと、渉はコツンと額を合わせて私の瞳を覗き込む。
 その瞳の奥には不安でゆらゆらと揺れていた。

 ダメな訳ない。
 だって…私もそれを望んでいたのだから。

 私は不安そうに見つめる渉の頬に手を添えると、フルフルと首を横に振った。


「ダメじゃない…私も、渉と一緒にいたい。」

「このっ……香乃果!」


 私の言葉に渉は目を見開くと、涙を一筋零した。
 そして、くしゃくしゃっと破顔すると、そのまま私をぎゅうっと抱きしめた。


「やっと……やっと言える。香乃果、本当に好き。心の底から……もうずっと離れない。これからは俺と一緒にいて?」


 そう言って抱きしめる渉に愛おしさが溢れる。
 少し震える渉の背中に両腕を回すと、ばくばくと強く脈打つ心臓の鼓動から渉の想いが伝わってきて、胸がぎゅうっと締め付けられた。


「私も、渉の事が好きだよ。うん…もう離れたくない。だから、私の事、離さないで?」

「あぁっ!香乃果好きだっ!」


 私も想いを込めて告げてと渉の胸にすり寄ると、渉にまた強く抱きしめられた。
 一度想いを言葉にすると、気持ちが溢れてきて堰を切ったように止まらない。


「……好き…好き…渉。っく…大好きぃ……」


 溢れる涙と一緒に言葉が零れる。
 泣きじゃくりながら壊れたおもちゃのように、何度も何度も「好き」と言う私の背中を、渉は「うん、俺も。」と言いながら、優しく宥めるように擦ってくれるその手の心地良さに、私は身を委ねた。

 ふわふわと幸せな気持ちに包まれていると、ふいに渉が口を開いた。


「ねぇ……香乃果嫌だったら言って欲しいんだけど……」


 見上げると、瞳を潤ませてほんのりと頬を染めた渉が私を熱の篭った目で見つめている。


「……キス、しても…いいか?」


 おずおずとした口調で言いながら、ゆっくりと渉の顔が近づいてくる。見つめる渉の目が答えを待っていた。私は渉の意図を理解すると、小さくこくりと頷き、そして静かに目を閉じた。

 そっと唇に熱くて柔らかな物が触れると、それはすぐに離れて行った。
 目を開けると、眉根を寄せて切ない顔の渉と視線がかち合う。


「もっと……もっと、触れたい……」


 そう言うのと同時に渉の唇が触れると、何度も何度も私の唇を啄むように渉はキスを落とした。

 啄んだり、時には唇を舐めたり食んだり……渉からのキスの雨は止むことはなく、息をする間もない程降り注ぐ。

 段々と息が苦しくなって、胸を押し返してみたり離して欲しくて身を捩ってみたりするが、余計に強く抱き込められてしまう。


「んっ…わた…る…苦し、い……っ。」


 キスの合間に息をして名前を呼び制止すると、渉は熱い吐息を零す。


「まだだよ……まだ、全然足りない……」


 ペロリと唇の端を舐めながらそう言うと、渉は噛み付くようにキスをした。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

ようやくふたりの気持ちが重なりました。
次回R18です。
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