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第四章
第71話 突然の電話
しおりを挟む1月に入ると、賑やかなクリスマスホリデーとニューイヤーホリデーが終わり、それと共に長いようで短かった冬休みも終わりを告げ、新しく第3クォーターが始まって半月程。
休み明けの鈍った頭を慣らしている間に、気が付くと2月がもう目前に迫ってきていて吃驚した。
私の通う大学はクォーター制を採っているので、9月から5月までの期間のうち冬季休みを除いて4分割すると、1つのクォーターの期間も2ヶ月程度と少しばかり短い。
バタバタしているうちに、あっという間に1つ目のクォーターが終わっていて、そして気が付いた時には2つ目のクォーターか終わっていたばかりか、冬休みまで明けているという……
9月に入学したばかりだというのに第3クォーターで折り返し地点。
もう?!と思う気持ちと、あれ?4月で学年上がるんじゃなかったっけ?と言う長年の習慣からくる年間スケジュールの感覚が、ごちゃっと綯い交ぜになって私の頭を混乱させる。
未だに長年染み付いた4月始まりの刷り込みが抜けなくて、こちらにきてもう2年…そろそろ慣れてもいい頃だというのにと、自分でも呆れるし、習慣って恐ろしいな、と思わず失笑してしまう。
それはさておき……
新しいクオーターが始まったばかりとは言えども、全体的には折り返し地点を迎えている。
更に、このクォーターからは進級に関わって来るわけで……
日本の大学とは違い、こちらの大学は入学は差程苦労しないが、進級や卒業に関してはかなりシビアなので、スタートから気を抜けないのも現実。うかうかしている間にあっという間に時間は過ぎ、2月後半から3月頭の大事な試験に向けて一気に追い込みをかけなければならなくなるのだ。
そうならない為にも、一瞬足りとも油断はできない。日々コツコツとそれでいて、今まで以上にペースをあげなければと緊褌一番、気合いを入れ直した。
そんな気の抜けない日々を過ごしていると、ある日、突然電話が掛かってきた。
まさか、この一本の電話がきっかけで、止まっていた運命の歯車がまた動きだすとは……
この時の私には全く知る由もなかった。
◇◇◇
試験まであと2週間まで迫ってきたある日、大学の授業が終わり、部屋で学校の課題をやっていると、めったにならないスマホに突然電話が掛かってきた。
表示画面を見ると、父からで、いつもは事前にメールで連絡してくる父には珍しく、この日は事前連絡無しで掛けてきたのでちょっと吃驚した。
とはいえ、出ないという選択肢はないので、直ぐに通話ボタンを押して電話を取ると受話口からいつも通りの、のんびりした父の声が聞こえてきて拍子抜けした。
しかし、のんびりした口調ではあるが、若干何時もよりも声が固いように感じ、また、アポイント無しの父の珍しい行動に何かあったのでは?と不安になり、ドキリと心臓が跳ね上がる。
「もしもし。香乃果、元気してるかい?」
「あ、うん。元気でやってるよ。……ていうか、いきなり電話なんて珍しいね。もしかして、何かあったの?」
自分で訊ねて起きながら、口に出すと余計に不安になり、ドキドキと波打つ心臓の鼓動と不安でグラグラする頭に翻弄されながらも、なるべく平静を装って受け応えをした。
「んー、なんだか声を聞きたくなっちゃってね……ダメだったかな?」
そんな内心嵐が吹き荒ぶ私とは対照的に、父は変わらずのんびりとした雰囲気と口調でそう言った。
「い、いや、ダメとかそういうんじゃないんだけど……いつもはメールなのに、なんか珍しいなって思って。もしかして何か緊急の用事でもあった?」
「お、鋭いね!」
一気に緊張感が強まる。
緊張で口が乾いてパサパサして、上手く喋れそうにない。
私の心配を他所に、当の父は楽しそうに悪戯っぽい口調で話を続けた。
「…って言っても、残念ながら緊急って程ではないんだけど……そういえば僕ね、こっち来てからゆっくり休みが取れる事がなくてさ。前にお休み取れたのって香乃果と過した時位なんだよねぇ。なんか疲れちゃってさぁ。香乃果の声聞きたくなっちゃったの。」
ふふふ、と笑って言うその様子から、先程感じた不安はどうやら私の独り合点だったと理解した。
安心して一気に気が抜けると、盛大な溜息と共に繰り言が漏れ出た。
「はぁぁぁ……なんだぁ、もう、吃驚させないでよ。何かあったかと思って心配したじゃない。」
「ははは、ごめんごめん。」
「ごめんじゃないよ……それにしても…あの時からお休みって取れてないって…それ、結構前だよね?」
全然申し訳なくなさそうに笑いながらそう言う父に若干呆れつつ訊ねると、父は全く意に介した様子もなく、あっけらかんとそして楽しそうに質問に相槌を打った。
「うん、そうそう。結構前でしょ?クリスマスも年末年始も碌に休めてなくてねぇ。ようやく溜まった代休の消化で3月初旬くらいに休みがもぎ取れそうなんだよ。それでね、その休みの使い方について香乃果にお願いがあって電話したんだよね。」
いきなりの電話から脈絡のない話をしてるからなんのこっちゃと思っていたが……"休み、お願い"と、この言葉で漸くピンときた。
なるほど。先程からやたら休みについて言ってくるなぁと思ったら、父からの突然の電話は遠回しのデートのお誘いだったのか……
父とは大学の入学式の時に会ったきり、久しぶりのデートのお誘いだったので嬉しく思うと同時に、いつもと違った父の行動に漸く得心がいった。
だけど、なかなか核心に触れてこない。もしかしたら誘うタイミングでも見計らっているのだろうか。
それからも他愛のない会話が続き、流石に痺れを切らした私は、誘い易いように助け舟を出すべく父に問い掛けてみる。
「そうだったんだね…お疲れ様。お休み取れてよかったけど、お願いって何か私ができる事あるの?」
「うん、香乃果の留学の件と大学の入学式で何回かバンクーバーにはきたけれど、いずれもバタバタしててゆっくり観光出来なかったでしょ?それに、前回のお休みの時はこっちのシアトルの観光を一緒にしたから、今度はバンクーバーの観光をしたいなって。と、言うわけで今度のお休みに付き合ってくれない?」
私が問いかけると明らかに父の口調が変わった。
「ふふっ、いいよ。それで…お父さんは何処か行きたいところあるの?」
わかり易いなぁと思わず笑いが溢れる。
そして、嬉しそうに話す父にもちろん直ぐにOKの返事して行きたいところを訊ねると、電話口の父はやった!と心底嬉しそうに声を上げた。
「実は、ずっと前…それこそ若い頃からホエールウォッチングに行ってみたかったんだよね。そっち、結構盛んでしょ?香乃果小さい頃からイルカとかクジラとか好きだったよね?行ったことある?」
「うん、こっち来て1度だけ。伊織パパに連れて行ってもらったんだけど、その時はクジラにもシャチにも遭遇出来なくて。リベンジしたいなって思ってたから、丁度いいかも。」
嬉しそうに話す父にそう返すと、何故かそれまで嬉しそうにしていた空気が一転した。
父は小声で「パパ……か。」と呟くと、軽く咳払いをしてからしおしおとしょんぼりしたような声で言った。
「あー…なんだ、香乃果は伊織くんの事、パ…パパって呼んでるんだねぇ……」
「あぁ、うん。伊織パパからそう呼んでって言われて、そう呼んでる……んだけど……どうかしたの?」
私がそう答えると、父は暫しの沈黙の後、拗ねたようにボソッと呟いた。
「あのさ……僕も、パパって呼ばれたいなぁ…って。」
「へ?」
いきなりの父の言葉に耳を疑う。
思わず吃驚して聞き返すと、父は低く唸るような声を上げた後、一気に捲し立てるように言い直した。
「あぁっ!だからね、僕は昔からお父さんじゃなくてパパって呼ばれたかったの!でもね、お母さん達の意向で……だから、こっちにいる間だけでいいから、僕もパパって呼んで欲しい……なぁ、とか……ダメ、かな?」
出だしこそ勢いは良かったものの言ってて恥ずかしくなったのか、徐々に勢いは緩やかになり、最後は消え入りそうな声で希望を伝える父に、呆気に取られる。
しかし、最初はぽかんとしたものの、何だかふつふつと笑いが込み上げてきて、遂には吹き出してしまった。
「ふふっ、ふふふっ……」
「え?何?何で笑う?」
「ふふ、何でもないよ……うん、わかったよ。パパ。」
私が笑いながらそう言うと、電話越しに父の息を飲む声が聞こえた。
「パ、パパ……?え、いいの?」
「もちろん、パパ。」
おずおずと訊ねる父にそう答えると、父の息が僅かに震えたような気がした。
「……そう、か。うん、ありがとう。」
噛み締めるようにそう一言言ったあと、パッと空気を変えるようにに父は明るい声で言う。
「あ、あぁ、なんか話が逸れてしまったね。それじゃあ、ちょうどいいから、デートはホエールウォッチングに行く、でいいかな?」
「うん。もちろん!シーズン的にもちょうどいいし、私も行きたかったから。」
「OK!じゃあ予約はこっち…パ、パパがしておくよ。後でメールで候補日を送るから行ける日の返事くれる?」
言い慣れないのか少し気恥しそうに言う父に、再び笑いが込み上げてくるが、そこではたと気が付く。
「あ、待って待って!そういえばね、前回行った時、残念ながらクジラに会えなかったの。そうするとね、次回使える無期限のバウチャーが貰えるの。後で写真撮ってメールに画像添付して送るから、それで予約してくれれば私の分はかからないから……」
私が言い終わらないうちに、父は優しい声で私の言葉を遮る。
「ありがとう、でも大丈夫だよ。それくらいはパパに出させて?それは香乃果が次に行く時に使いなさい。」
「でも……」
「それくらいパパにカッコつけさせてよ?ね?」
父の言葉は有難いが、伊織パパと行った時、次回分のバウチャーに書かれている金額をみて吃驚してのだが、ホエールウォッチングは意外と高い。
ただでさえ留学でお金を掛けてしまっている事もあり、流石に少しでも安く…と思ったのだが、逆にやんわりと断られたので、今回はそれを素直に了承する事にした。
「うん、わかったよ。じゃあ有難く、これは恋人とのデートにでも使わせて貰おうかな?」
「んんんっ?!ちょ、ちょっと待って?!今君聞き捨てならない発言したけど……香乃果、今恋人いるの?!」
了承はしたが断られた事の仕返しでちょっぴり意地悪のつもりで言った発言に明らかに父は動揺した。
私の意味深な言葉に慌てる父に、私は面白くなって更に言葉を続ける。
「ふふふっ、秘密……と言いたいところだけど、残念ながら。大金出してもらって勉強しに来てるのに、そんな事してる余裕はないよ。でも、これから出来るかもしれないし?ね?」
「はぁぁぁ、なんだ……もう、驚かせないでよ。パパ、心臓止まるかと思った。って、これから?!いやいや、ダメだよ。香乃果、こっちで恋人とか…結婚とかなったら……あぁ、そんなの耐えられるか……」
私がそう言うと父は盛大な溜息を吐き、電話口で涙目になりながらぶつぶつと呟きだした。
しまいには「心配過ぎるし、何なら今からあっち向かうか?」などと恐ろしい事を言い始めたので、ここらで辞めて置こうと父の言葉に被せるように言った。
「ご、ごめんね。冗談だよ。だから、こっち来ないで……?でも、私も最初びっくりしたから、これでおあいこだね。」
私の言葉に父は無言になると、暫くしえホッと安堵の息を吐いた。
そして、バツが悪そうにポツリと呟いた。
「あー…なんだ、そういう事ね。これは一本取られたね。」
その後、他愛ない話を数分した後電話を切ると、直ぐに候補日が数日送られてきた。
学校の試験のスケジュールを確認し、候補日の中から試験休みの2日目に当たる日と講義のない日の2つに絞り込んで返信すると、試験休みの2日目の日に確定したと父から返信があった。
そのメールには、『試験後のご褒美だよ』と言うメッセージが添えられていた。
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