【R18】初恋やり直しませんか?

夢乃 空大

文字の大きさ
上 下
65 / 118
第三章

第56話 父娘の時間-後編-

しおりを挟む
 
「バタバタ決まった留学だったけど、香乃果は元気でやれてる?ホームシックとかになってない?」


 父はエンジンを掛けサイドブレーキを外して車を発進させると、私にそう訊ねた。

 日本での高等部2年生終わり頃、縁あって突如始まったカナダでの生活は、最初から順風満帆という訳ではなかった。

 慣れない異国の地で言葉も通じない中、周りの環境に慣れなくて大変だったし、最初は不安だらけで日本が恋しくなった事はある。
 だけど、語学学校が始まると直ぐにそんな不安を感じる余裕もないくらい忙しくなって、更にセカンダリーが始まるとあまりの忙しさに目が回る程だった。
 そんな目まぐるしい日々を伊織いおり叔父さんや奥さんの浬々りりさん、プライマリースクールに通う娘の真理亜まりあちゃんに美理亜みりあちゃん、キンダースクールに通う末っ子の恵也よしやくんに囲まれて楽しく過ごしているうちに、有難い事に最初に感じたホームシックを忘れる事ができていた。


「うん、大丈夫だよ。最初は正直授業に着いていくのがやっとだったし、余裕もなかったけど、優しい叔父さんファミリーのお陰でホームシックにはあんまりならなかったかな。」


 私は笑顔を向け、そのままの気持ちを父に伝えると、父も安心したように顔を綻ばせた。


「そっか。まぁ、それなら安心。よかったよ。」


 父は私の言葉に安堵の溜息を吐き優しく微笑んでそう言うと、片手でハンドルを操作しながら私の頭をぽんぽんと撫でた。

 父に頭を撫でられたのは何年ぶりだろう。
 それがなんだか擽ったくてふふと笑み零す。


「ん?どした?」

「なんでもないよ。」

「そう?」


 父が信号待ちの時に訝しげに顔を覗き込んで来きたので、気恥ずかしくて顔を逸らすと、パッと目の前の信号が変わり父は車を発進させる。
 車を走らせて暫くすると、何かを思い出したように父が口を開いた。


「ところでさ、香乃果が渡航したクリスマスの日、渉くんと話をしたんだよ。」


 不意に出た父の言葉にドキリと心臓が跳ね上がり、思わず聞き返してしまった。


「え…渉と?どんな話?」

「んー…気になる?」

「そ、そりゃ…気にならないと言える程、気持ちの整理が着いている訳では無いけど……」


 渉との話……
 一体どんな話をしたのか、気になるかと聞かれれば当然気になる。
 だけど、もう2年も前の話で、既に渉と穂乃果は許嫁として仲良くやっているだろう。
 そう思ったらズキリと心が痛んだが、私は慌ててその痛みから目を逸らした。
 それに、今更当時の聞いたところで何か変わるのだろうか、という思いもあるにはあって心中は複雑だった。

 知りたい……だけど渉と穂乃果のハッピーエンドなんて聞きたくない。
 知りたくない……だけど、ちょっぴりふたりの顛末を知りたいって思う私もいる。

 我儘で自由奔放な穂乃果に、あの気の優しい渉が振り回されるだけ振り回されて、ちょっぴりでも渉が後悔すればいいのに。

 いや、もしかしたらもう既にちょこっと後悔してるかもしれないって思ったら……やっぱり知りたくなった。

 大事な妹と大事な幼馴染の幸せを願えない自分の心の狭さには自嘲するしかないけれど。

 もう吹っ切れたと思ってたのになぁ……

 直接的な事でもなく、たった一言渉の事と聞いただけなのに、あっという間に心はあの時に戻ってしまう。

 我ながら諦めが悪くて嫌になる。

 ふぅと息を吐いて黙り込んでしまった私を見た父は、ニヤリと笑うと意地悪そうに言った。


「ははは、素直じゃないねぇ。気になるなら気になるって言えばいいのに。」

「そんな事……って、あぁっ!もう……気になる!気になります!そう言えばいいんでしょ?!」


 父の言葉にムキになってそう返すと、父はくつくつと喉を鳴らして楽しそうに笑いながら、何かを考えて、そして、諭すような口調で言った。


「そうだなぁ…色々と思うところはあるけれど、一言で言うと……君たちの間には圧倒的に言葉が足りてなかった…って事かな。」

「言葉が足りない……?」

「そ。何があったか知らないけれど、きちんと渉くんと話は出来てたのかな?」


 父に指摘されて思い返して見る。

 そう言えば、小学校に上がってから徐々に渉と過ごす時間が減っていった。そして、それと比例して交わす言葉も減っていって、最後には殆ど口をきいていなかった。


「……出来てなかったと思う。」


 私がポツリとそう言うと、父はわかっていたような口調で相槌を打った。


「うん、そうだろうね。あの日の事だって、もしかしたら何も言わなかったんじゃない?ねぇ、香乃果は渉くんの気持ち聞いたの?それと、自分の気持ち、ちゃんと渉くんに伝えた?」


 図星を指され返す言葉がなかった。

 確かに、私はあの時、自分の気持ちを伝える事をしなかった。

 いや、あの時だけじゃない……

 渉に距離を置こうと言われた時だって、自分の気持ちを伝える事をせずに目を逸らし、挙句、航くんに逃げた。
 そして今度は、会って直接自分の気持ちを伝える勇気がないからって話し合う事から逃げて、自分の言いたい事だけ言って遠いカナダの地へ逃げてきた。

 それだけではなく、渉の気持ちも聞かずに……

 途端に罪悪感で胸が押し潰されそうになり、涙が滲んで来て、私はハンカチでぐいと目元を押さえた。

 そんな私を見る事なく、父は前を向いて車を走らせながら私に訊ねる。


「それで…香乃果はあれから渉くんと連絡取ってる?」

「メールのメッセージは着てるみたいだけど……」


 ポツリと答えると、父は吃驚したような声を上げて、ブレーキを踏んだ。


「わわっ!吃驚したぁ!」

「あぁ、ごめんごめん……ていうか、まさか開けてないの?」


 私がこくりと頷くと、父は力なく、そっかぁ…と呟き、再び車を発信させた。


「なかなか気持ちの整理がつかなくて…」


 私の言葉を受けると、父は深く溜息を吐き黙り込んでしまった。
 どちらからも言葉を発する事のない静かな車内には、オーディオから流れる流行りの音楽が流れている。

 暫くその音楽をBGMに車の窓の外の流れる景色を呆然と眺めていると、父が徐に口を開いた。


「まぁ、渉くんの気持ちについては僕からは何も言える事はないし、言うつもりは無いけどね。だけど、もし香乃果の気持ちが落ち着いて、気が向いたら読んであげたらいいんじゃないかな?」

「うん…そうだね。」


 父の優しい口調に再び涙が滲んできて思わず俯くと、父はパッと明るい空気に変えるように楽しそうに話題を変えた。


「そうそう。そんな事より…今日はお父さんの家に行く前に、卒業&入学祝いでアウトレットでお買い物しよう!何か欲しいものある?」


 父の気遣いが嬉しくて、私も気持ちが浮上する。


「うーんと、通学用のカバンが欲しいかな?あと、時計!それと……」

「えぇ、まだあるの?……ええぃ!仕方ない!今日は無礼講だ!ドンと任せなさい!そうと決まればレッツラゴー!」


 調子に乗ってアレもコレもと言うと、一瞬青ざめた父だが、やがて気合いを入れると、覚悟を決めたかのようにそう言うと、ナビを操作して目的地をアウトレットに設定している。

 楽しそうにナビを設定している父を横目で見ながら、シアトルから帰ってきて気持ちが落ち着いたら、渉からのEメールを開いて見ようかな、とふと思っていた。
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら

夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。  それは極度の面食いということ。  そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。 「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ! だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」  朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい? 「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」  あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?  それをわたしにつける??  じょ、冗談ですよね──!?!?

ホストな彼と別れようとしたお話

下菊みこと
恋愛
ヤンデレ男子に捕まるお話です。 あるいは最終的にお互いに溺れていくお話です。 御都合主義のハッピーエンドのSSです。 小説家になろう様でも投稿しています。

彼氏に別れを告げたらヤンデレ化した

Fio
恋愛
彼女が彼氏に別れを切り出すことでヤンデレ・メンヘラ化する短編ストーリー。様々な組み合わせで書いていく予定です。良ければ感想、お気に入り登録お願いします。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

闘う二人の新婚初夜

宵の月
恋愛
   完結投稿。両片思いの拗らせ夫婦が、無意味に内なる己と闘うお話です。  メインサイトで短編形式で投稿していた作品を、リクエスト分も含めて前編・後編で投稿いたします。

冗談のつもりでいたら本気だったらしい

下菊みこと
恋愛
やばいタイプのヤンデレに捕まってしまったお話。 めちゃくちゃご都合主義のSS。 小説家になろう様でも投稿しています。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

処理中です...