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第三章
第54話 懊悩煩悶
しおりを挟む「なぁなぁ瀬田さぁ、お前この間の子と別れたんだって?」
昼休み、学食でいつものメンツでランチをしている時、目の前でスマホをいじっていた小森が唐突に声をあげた。
この間の子って誰だ……?
俺は吃驚して、咀嚼していたサラダが気管にはいって噎せながらも、グルグルと記憶を遡って考えてみると、つい最近そんな話をしたようなしなかったような女にぶち当たる。
多分ソイツで合ってる…はず……
俺はコップの水を一気に飲み干して咳払いをひとつすると、小森の質問に答えた。
「あぁ…そうだな、別れたよ。なんか俺が合コンに行くのが嫌だとか言われたから。」
「うへっ?!そんな理由?めっちゃ可愛かったのになんでよ~勿体ないオバケがでるぞ?」
あの件以降、猫実に女慣れの練習と称した合コンやナンパに引っ張り回されるようになって1年が過ぎた。
そうして揉まれること1年、今の俺は、上辺だけはすっかり遊びに慣れたように振る舞う事が出来るようになって、あの時のような初心な俺はすっかりとなりを潜めていた。
でもそれはあくまで上辺だけ、根底では何一つ変わらない。
軽い優男を演じながらも、やっぱり心の伴わないセックスはしたくなくて、その場限りの付き合いはおろか、その後に交際する事になってもキスと少しの触れ合い止まりで、最後まではした事がなかった。
正確にいえば、お持ち帰りだって猫実達には何度も勧められたし、女と付き合えば相手からセックスも求められた。
付き合う前に好きな人が居ることも話をしてあるし、好きになれるかどうかわからない事も織り込み済みでの交際なはずなのにだ。
だから最初のうちはやんわりと断っていたのだが、相手からグイグイ来られると段々と断りきれなくなって逡巡した挙句、流れでコトに及ぼうとはした事はある。
だけど、残念ながら何をしても肝心のムスコが起たなかったという……
流されたとはいえ、コトに及ぼうとした俺が言える事ではないが、猫実達がいうように、気持ちよければいいとはどうしても思えなかったのだ。
男には上と下と2つ脳があるとはよく言うが、俺の脳はどうやらひとつしかないようで、やっぱり気持ちの伴わないセックスは出来ないんだと思い知らされた。
だけど、俺だって健康な年頃の男子であって、セックスに興味がないわけではない。
いや寧ろ、常日頃から猫実や小森達にセックスの気持ちよさや素晴らしさを懇々と語られている訳で……これで興味を持つなという方が無理な話だし、切実な問題として、自分の思いとは裏腹に、好奇心旺盛な年頃男子としては、未知なる領域に足を踏み入れてみたいという興味が大いにある。
とはいえ、ヤツらのようにやれればいいと思えない俺がセックスをする方法は、ズバリ『好いてる女とする』この方法一択しか道がないのだ。
そして、俺の好いてる女というと、"香乃果"な訳であって……
困った事に香乃果の事が好き過ぎて、他の女に1ミリも目が行かない状態なのである。
ハッキリ言って、香乃果とセックスがしたい。
いや、香乃果としかセックスしたくないのだ。
だけど、肝心の香乃果はバンクーバーで…物理的な距離は勿論の事、渡航直前に許嫁解消の意志を伝えられているくらい、心の距離だって離れてしまっている。
その香乃果との関係を正すのは一朝一夕では到底無理な話で……
今連絡したとしても、そもそも返事が返ってくるかもわからない。
現に何通かメールを送っているが、まだ一度も返信が来た事がないし……
こんな状態で、俺の気持ちを伝えたところで応えてくれるとも限らない。というか、今の状態では振られる可能性の方が高いと思う。いや、寧ろ振られる未来しか見えない。そう思う度に、切なさと淋しさに押し潰されそうになる。
だから……
そんな時は、一時的でも他者の温もりを求めてしまう。
淋しさを紛らわすように人肌を求めて縋ってしまう自分の弱さと浅ましさには失笑しかないが、一度知ってしまった人肌の温もりと心地良さには到底抗えなかった。
セックスまではしなくても、ただ抱き合うだけでも十分に淋しさは紛れるから……
気持ちの伴ったセックスなんて、一体いつ出来るようになるのかわかったもんじゃないし、今はそれ以前の問題なのだ。
だから、相手には心から悪いとは思っている。
でも、辞められないのだからしょうがない。
俺は短く嘆息して、頬を膨らましてわざとらしくプンスカ怒る小森に、冷たい視線を送ると、続きのサラダを口に運びつつ訊ねる。
「そうはいうけどさ、小森がそれ言われたらどうすんの?」
「う~ん、『俺には君だけだよ?』ってとりあえず言っておくけど。」
「けど?」
そう言って小森は少し何かを考える素振りをすると、次の瞬間ニカッと笑って言った。
「まぁ、合コンは辞めないよな。」
「はは、そう言うと思ったわ。で、俺もそう言ったら『じゃあ合コン行く代わりに、ケータイにGPS入れて?』って。」
彼女に言われた事をそのまま伝えると、小森と周りのヤツらの顔がサァッと青くなった。
「えっ……ナニソレ。ガチ引くんですけど……えー、監視したい…ってコト?!うわぁ…ないわ。」
ドン引きした小森は青い顔でそう呟くと、何かに気が付いたようにあっと声をあげた。
「それってホテル行ったらバレちゃうってやつだよね?!ヤバくない?修羅場?!下手したら殺人事件起きちゃうヤツ?!……あの見た目でガチの束縛屋かぁー…メンヘラじゃん。うん、俺でも別れるわ。」
そう捲したてると、何故かひとりで納得したようにウンウン頷き、エビフライにグサリとフォークを突き立てて口に運んだ。
「まぁ、好きな人からの束縛は嬉しいくらいだけど、好きでもないヤツにそれ言われてナイわって思ったから別れたんだけど……」
ポテトフライを摘みながらそう言うと、モグモグとエビフライを食べていた小森の動きが止まった。
「えっと、瀬田くん。確認なんだけど、冷めたんじゃなくて、初めから好きじゃなかったって事?てか好きになれなかったわけ?」
目をまん丸にしてそう言う小森に、俺はコクコクと頷くように首を縦に振る。
「なんで?!」
エビフライの刺さったフォークを机に叩きつけると、小森は俺に食い気味に詰め寄った。
か、顔が近い……
俺は小森の肩をグイと押し遣り軽く去なす。
「まぁ、そうだな…付き合っているうちに情が湧けば、少しでも好きになれるかなとは思ってはいたけどね。結局は好きになれなかったし、もういいかなって。」
「うわぁ、渉くん鬼畜すぎるわ!俺、泣いちゃう。」
「……キモ。てか、お前らみんな人の事言える立場かねぇ?」
小森がくねくねしながら大袈裟に泣き真似するのを無視して、パスタを啜りながら突っ込むと、小森は一考してニッコリと笑って答えた。
「んー、言えないわねぇ?」
「だろ?て事は、お前らもみんな鬼畜だな。てか、くねくねすんな、気持ち悪いな。」
「いやん、渉くん冷たい!!!でもそこがまたイイ!!!抱いて!!!」
小森がガバリと抱きついて来ようとした時、沈黙を守っていた向かいの猫実が口を開いた。
「ご馳走様。ふたりともじゃれつくのはいいけど、時間、気にした方がいいと思うよ?……じゃ、お先。」
猫実に指摘されて時計を見ると、昼休み終了まであと10分となっていた。
「うっわ。やっべ……」
俺はよくわからないモードになった小森を捨ておき、急いで目の前の食事を掻き込んだ。
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