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第三章

第53話 猫実の交遊範囲が謎です

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「うん?なになに?さては……あったのかな?事と次第によっては俺、瀬田の事、売らないといけなくなるんだけど?」


 サラッと恐ろしい発言を宣った猫実は、瞠目してピシリと固まっている俺を見て楽しそうに笑うと、俺の鼻をツンと突っついた。


「ふっは…渉きゅん、固まっちゃって…かーわい。」

「は?え?う、売るって?!ちょ…誰にだよ?!」


 猫実に突っつかれてハッとして我に返ると、猫実の『売る』発言について動揺して取り乱してしまった。


「うーん…賢太郎さん?それとも双子の兄貴の慎太郎さん?」


 動揺する俺をスルーすると、猫実はしれっと思いもよらない名前を出した。

 ていうか、賢太郎さん、双子だったんだ……

 ってそれよりも何だ?この話の流れ。
 売られそうになっている事にも吃驚だが、初めて聞く情報ばかりでわからない事が多すぎてプチパニック状態だ。

 何より… 売られる理由なんて無いはずなのに何故俺が売られないといけない?!

 そして、紗和さんや賢太郎さんとの関係も気になる。
 紗和さんは大学4年生の21歳、賢太郎さんは紗和さんよりも一周ひとまわり更に上…一見接点がなさそうだが……

 猫実の交遊範囲、広すぎだろ。

 なんだかもう意味がわからなすぎて混乱してきた。
 頭の中がごちゃごちゃで感情がセーブ出来ず、思わず捲し立てるように猫実に問いを投げかける。


「え?え?え?え?っていうか、そこどういう関係よ?それと、賢太郎さん本人に売るならまだしも兄貴に売る理由なくね?!」

「んー…… 関係ねぇ。賢太郎さんと俺が親族?てか遠い親戚?情報は賢太郎さんに売るのが一番面白いんだけど、そこは温厚な慎太郎さんに売った方がまだ瀬田のダメージが少ないかなって。俺の友達に対する優しさってヤツよ。だから何かあったら遠慮なく売るよ?」

「おい!優しさってなんだ?!優しさ見せるなら売るなよ!!……て言うか、お前さっき『ヤるだけなら婚約者がいてもいなくても関係ない』とか言ってなかったっけ?!」


 俺が猫実の発言の矛盾にツッコミを入れると、猫実はピタリと笑うのを辞めて、目を泳がせながら暫く考え込み、あっ!という顔をした後、真顔でポツリと宣った。


「………言ったね。」

「ホラ!お前言ってる事とやってる事違くね?!」

「あはは。」

「あはは、じゃねぇわ!」

「まぁ、細かい事は気にしない気にしない。ところで瀬田、賢太郎さんには会った?」


 猫実は誤魔化すように白々しく笑うと、素知らぬ顔でサラッと話題を変えてきたので、俺はまたもやツッコミを入れる。


「気にするわ!むしろそこ大事!…で?会ったけど?何?」

「いや……あの人、凄いだろ?」


 猫実はニヤリと片口角をあげて笑うとそう言った。

 凄いって……一体何が凄いのか?

 猫実の唐突な言葉に疑問符が湧く。
 確かにイケメンで仕事が出来そうな人ではあったけれど、何か隠された凄い特技があったりするのだろうか。
 そこまで長時間関わった訳ではないので、そんな特技を披露するような場面に出くわす事もない。
 ますます何の事やらわからなくなり、思わず聞き返してしまった。


「凄い?凄いって何が?」


 俺がそう言うと猫実は待ってましたと言わんばかりの表情を浮かべて、身体を乗り出して食い気味に言った。


「何がって……紗和さんに対しての執着がだよ。」


 思ってもいなかった回答に面食らって絶句していると、猫実は楽しそうに続けた。


「あの人紗和さん好き過ぎて軽いストーカーだから。仕事が出来て、見た目爽やかでそんな素振りもない。それなのに、周囲への牽制は怠らないとか……ある意味徹底していて凄いよね。」

「えぇ…ストーカーってマジかよ……」


 あぁ、そう言えば……

 俺はホテルで目が覚めた当時の記憶を呼び覚ました。

 確かに、胸いっぱいのキスマークや軽い牽制やらはあったけれど、ホテルの部屋に男とふたりっきりにする心配からの事だろうな…と勝手に解釈していたが、猫実の言う通りストーカーだとしたら……

 もしかしたら盗聴器とか仕掛けられてた……?

 そう考えると、兄への電話が終わったと同時に部屋に入ってきた事にも合点が行き、サァッと血の気が引いていく。

 マジで間違いがなくてよかった。
 万一、何かあったら危うく消されるところだっただろうなと、ほっと胸を撫で下ろすと同時に、考えただけで背筋がぶるりと震えた。

 そんな俺を尻目に、猫実は話を続けた。


「あの日だって、紗和さんとこのホテルに連れてかれたでしょ?あれも多分、賢太郎さんの指示だよ。きっと。」

「あー、そうかも。賢太郎さんが俺を運んでくれたって……」


 介抱の為とはいえ、異性とふたりっきりなんて賢太郎さん的に許せなかったんだろう。
 それに自分のところのホテルなら、俺を客室に運び介抱していたという口実で紗和さんと一緒にいる事もできる。

 なるほどな…と賢太郎さんの手並みに感心していると、横から猫実は思い出したかのように口を挟んだ。


「そうそう、それで、タクシーまで運んで乗せたのは俺ね。」


 な、何だと……

 猫実の言葉に衝撃を受けて瞠目する。


「はぁ、何だよ。そこまでやったんならお前が介抱してくれたら良かったのに……そしたらこんな訳わからない状況にはならなかったんじゃね?」


 俺が呆れ気味に言うと、猫実は真顔で首をこてりと傾げてとんでもない事を言った。


「いやいや、それは無理っしょ?だって俺はその後、綺麗なお姉さんとホテル行ったし?」

「ホテル…ってお持ち帰りかよ!!!」

「そうそう。おっぱいおっきくて最高だったよ?」


 しれっという猫実に思わずツッコむと、猫実は楽しそうに両手をわきわきと動かしながら笑った。
 その様子にまたボッと赤面して両手をブンブンと振り慌てて取り繕った。


「いやいや、そんな事聞いてないし!!!」

「あはは、あれれ?童貞の瀬田には刺激強かった?どう?そろそろ1回経験しとく?」

「な、な、何をだよ?!」

「何って……アレよ。セックス。」

「セッ……は?お前……い、いや。俺は…遠慮しとく。」


 そんな俺に猫実は追撃の手を緩めることなく、ニヤリと意地の悪い笑顔を浮かべると、俺のネクタイをグイと引っ張って距離を縮めて来る。


「ふぅん……何?お前好きなヤツでもいるの?操立てとかしちゃってる感じ?」


 猫実はそれまでの雰囲気をガラリと変え、目を細めて艶然と笑みを浮かべてそう言うと、掴んでいた俺のネクタイをパッと離した。


「別に……そんなんじゃないけど…ただ、今はいいかなって。」


 俺は乱れた着衣とネクタイを直しながらそう言うと、キッと強い視線で猫実を見据えた。


「ほぅ。今はいいけど?じゃあ、いつならいいわけ?別に何もないなら、軽い気持ちでサクッと経験だけでもしといたらいいんじゃない?案外気持ち良くてハマっちゃうかもよ?」


 俺の視線を受けた猫実はそう言うと、獣のような顔でペロリと唇を舐めた。
 その妙な色気にあてられて不覚にもドキリと心臓が跳ねる。


「軽い気持ちって……俺は、セックスするなら好きな人としかしたくないんだよっ!」

「へぇ。瀬田って意外とロマンチスト?随分と意外な事言うんだね。」

わりいかよ。」


 そう言って俺は猫実からぷいと視線を逸らした。
 自分で言った言葉と猫実に『ロマンチスト』と言われた事で恥ずかしさがじわじわと込み上げてきて、顔に熱が集まる。

 そんな俺に猫実は軽く嘆息すると、次の瞬間、吃驚するようなとんでも持論を展開してきた。


「んー、悪くはないんだけどさ……セックスなんて所詮スポーツみたいなものじゃない?ストレス発散っていうか?気持ちいい事して、 汗かいて出すもの出して、スッキリ!はい、おしまい!みたいな。そこに気持ちって必要ある?」


 言ってる事は確かによく聞く話なのだが、俺には理解ができず、思わず白目になる。
 内心ではこんな事思っていても、まさか悪気なく口に出すヤツがいるとは思っていなかった。
 俺はあっけらかんとそう言う猫実に、若干の侮蔑の視線を向けながら呆れたように吐き捨てた。


「はぁ、なんだそれ。俺には全然ぜんっぜん理解できないわ。」


 俺の反論の言葉を受けた猫実は一瞬瞠目するが、またすぐにいつものように貼り付けたような笑みを浮かべると、やれやれと首をふるふると緩やかに横に振った。

 そして、腕を組んで顎に手を当てると諭すような口調で言う。


「まぁ、理解できないならそれはそれでいいよ。でもさ、今現在で好きな人いないとしても、今後の為にも尚更女慣れしといた方がよくない?」

「は?なんでまた…そんなん、必要ないと思うけど……」

「う~ん…じゃあお前さ、例えば明日から好きな人と付き合うとして、スマートにエスコート出来なくて嫌われたらどうするの?初めてだからゴメン!やり直し!とはならなくない?困るのはお前だと思うんだけど?」

「あー…まぁ、それは……」


 そう言われて考えてみると、確かに猫実の言うことには一理ある気がしてきた。

 ガッカリされて愛想を尽かされるのは御免蒙りたいとは思う。
 だけど、本当に無理に女慣れする必要はあるのだろうか、と考えた。

 香乃果は深澤と交際経験がある。それだけに、俺に経験がないのが気になっていたところだった。

 その前提で、もしも…もしも香乃果と付き合えたとする。
 俺のデートの経験は穂乃果との最後のデート一度きりなのだ。しかも、プレゼントの時に失敗している。

 あの時の穂乃果のガッカリした顔を思い出す。
 香乃果に、あの顔をされたら…… 想像するだけで、ぶるりと戦慄した。

 俺が難しい顔をして黙り込むと、猫実はくつくつと喉を鳴らして笑い、こう言った。


「難しく考えなくてよくない?軽い気持ちで。とりあえず、今週も一緒に合コンいこうな?」
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