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第三章
【閑話】片想い?-後編-
しおりを挟む「わ、渉っ?!おまっ…どこっ…」
コールが止むと、静かな室内に受話口から兄のキンキン声が漏れ聞こえ始めた。
聞こえてきた声音から、相当心配を掛けていた事が伺いしれて、反省する。
しかし……心配をかけていたのは申し訳ないとは思うが、些か取り乱しすぎではないだろうか……
過保護過ぎる兄に俺は若干呆れ顔になるが、紗和さんは全く意に介した様子もなく、至って落ち着いて応対していた。
「あ、もしもし。瀬田くんの御家族の方でしょうか?初めまして。私、瀬田くんのご友人の猫実くんの友人で望月 紗和と申します。」
紗和さんが話だすと、兄の素っ頓狂な声がスマホから聞こえた。
「あ、いえいえ。あの、実は今日… 仲の良い友人達で集まっていたんですが……あ、あぁそうですね、ハッキリ言ってしまうと、合コンです。そこで……」
店側の不手際で誤ってアルコールを提供されてしまい、それを俺が誤って飲んでしまった事
そして、気分が悪くなって吐いてしまったので休ませる為、自分の親が経営するホテルへ連れて来た事
それらの事の顛末を丁寧に且つ簡潔に説明した上で、それと併せて、アルコールが抜けているか心配なので、そのまま宿泊させる旨を伝えてくれた。
「そういう事ですので……もし、ご心配でしたら、お兄様もこちらに来て頂ければ……あ、いえいえ、はい、到着しましたら、ロビーにおります支配人を呼び出して頂ければ大丈夫ですので…… はい、それではお待ちしております。
……はい、話は着いたよ。て、事で今日は泊まっていきなさい。お兄ちゃん、バイト終わりで近くにいるって言ってたから、そのままこっち来てくれるみたいだから。…ぷくく、しかし、君のお兄ちゃん、過保護だね?」
そう言って紗和さんが楽しそうに声を上げて笑うと同時に、入口の扉をノックする音が聞こえた。
「あら?電話切ったばかりなのにもう着いたの?そんなに近くに居たのかしら?」
紗和さんがそう呟いたので、まさか?と思いながらも、俺は過保護な兄を迎えに部屋の入口へ向かいつつ、扉をの外の人に声を掛けた。
「聖兄?」
呼び掛けの返事はなく、再度トントンとノックする音が聞こえたので、恐る恐る扉を開けると、そこにはスーツをビシッと着こなした背の高い大人の雰囲気漂うホテリエが立っていた。
「こんばんは。お客様、中に入ってもよろしいでしょうか?」
突然の事にぽかんと立ち尽くしていると、そのホテリエは俺ににっこりと綺麗な笑顔を向けてそう言った。
「あ、はい。どうぞ。」
「ありがとうございます。では、失礼致します。」
「渉くん?どうした?何かあったの……って…賢太郎さん?!」
中々戻ってこない俺を心配したのか、早足でこちらにやってきた紗和さんはそのホテリエの顔を見て息を飲むと、吃驚した声を上げた。
「紗和さんの戻りが遅いので…お迎えにあがりました。もしかして、お取り込み中でしたか?」
賢太郎さんと呼ばれたホテリエは、困ったような笑顔を向けながらそう紗和さんに告げると、にっこりと綺麗な笑顔を浮かべ紗和さんを愛おしそうに目を細めて見つめた。
その見つめる視線に紗和さんは、顔を真っ赤にしてふいと視線を外すと、先程までと打って変わってしおらしくぺこりと頭を下げた。
「もう終わったところだから大丈夫です。賢太郎さん…あの…迎えに来てくれてありがとうございます。」
「いえ、婚約者として当然の事ですから。よろしければ、自宅まで送らせてもらえませんか?」
賢太郎さんはするりと紗和さんの腰に腕を回してとろりとした優しい声色で紗和さんに言った。
「え、送ってくださるの?すぐに準備してきますわ。」
嬉しそうにはにかんだ紗和さんは、足早に客室へ戻り帰り支度を始めた。
あぁ、なるほど。この人が紗和さんの婚約者で想い人なのか。
2人のやり取りを見てそんな事を思っていると、賢太郎さんは俺の視線に気が付いたのか、ふいにこちらに視線を動かした。
そして、視線が絡むと、明らかに綺麗に作られた笑顔を浮かべて軽く会釈をして言った。
「大変な目に遭われましたね。お兄様の件は後任に引き継いでおりますので御安心ください。それでは私達はここで失礼しますが、お客様はごゆっくりお過ごしくださいませ。」
その言葉はホテルからの言葉というには、少し棘がある様に感じたのは気の所為だろうか。
ふと顔を上げて賢太郎さんの顔をみると、貼り付けたような笑みを湛えたまま、じっと俺を見ている。
この笑顔はよく見ていたので、大体の状況は掴めたが……
とりあえず、敵意も他意もない事を伝えるべく、丁寧に御礼を述べた。
「いえ。ほんと紗和さんには助けていただいて感謝してます。あ、あと…あなたにも。ここまで運んで頂いたそうで…ほんとにありがとうございました。」
「いえいえ、こちらこそ。あなたには感謝してるくらいです。」
「え?感謝……?」
「あなたには申し訳ないけれど、あなたが潰れてくれたから、紗和さんに悪い虫が付かないで済んだわけですから。」
そう言うと、賢太郎は片口角を上げてニヤリと笑った。
そこで、先程まで感じていた軽い違和感の正体に気が付く。
「悪い虫って…賢太郎さん、もしかして……」
俺がそう言うと、賢太郎さんは先程まで貼り付けていた仮面のような笑顔をすっと消し、シーと片目を瞑って唇に指を当てると不敵に微笑んだ。
「賢太郎さん、お待たせいたしました。渉くん、ごめんね。それじゃあゆっくりしていってね?また連絡するから!」
そこに支度を終えた紗和さんが荷物を持ってやって来てそう言うと、賢太郎さんはまるで大切な宝物のように紗和さんを抱き込んだ。
「わわっ……け、賢太郎さん?!」
「ふふ、すいません。では行きましょうか。」
慌てて焦る紗和さんを胸に抱き込んだまま、賢太郎さんは俺に不敵な笑みを浮かべてウインクすると、そのまま紗和さんをエスコートして部屋を出口に向かった。
そして、扉に手をかけると、くるりと俺の方を振り返って
「それでは私達は帰ります。あ、そうそう、お兄様が来られるまでに私達が使用したベッドのシーツ交換をするように手配してありますのでご安心くださいね。」
と、さりげなく爆弾を落として帰って行った。
「隣のベッドでヤッた報告とか……それ要らないから!」
ふたりが去った後、ぽつんとひとり豪華な部屋に残されて独り言ちると、ゴロンとベッドに横になって考える。
紗和さんは、政略結婚で相手からの気持ちはないといっていたが、目の前の婚約者 賢太郎さんからは、紗和さんに対しての確かな愛情を感じたし、ハッキリと"悪い虫"と発言している。
「賢太郎さん、明らかに俺を牽制してたよな……」
紗和さんから見て4つも年下のクソガキにすら嫉妬を隠さずに牽制するって……
どこからどう見ても、賢太郎さんは紗和さんが好きだろうし、こんなの明らかに両想いだ。
それなのに、紗和さんは片想いだと思い込んでいるのは何故だろうか。
年齢?立場?それともプライド?
原因はわからないが、いずれにしても、相手も近くにいる事だし、何かおかしな事さえ無ければそのうち解消するだろう。
だけど、俺の方は……
「はぁ…結局辛い恋してるのは俺だけってことかよ。羨ましいわ。」
どうにもならない悶々とした思いを吐き出すと、リネンを頭から被って身悶えた。
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