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第二章
【閑話】 兄の心弟知らず
しおりを挟むどうしてバレたのか……とでもいいたそうな顔をして渉は、不自然にキョロキョロと目線を動かして何かを考えているようだった。
パーティが決まってからここのところ、よく考え込んでいたり、何か物思いに耽っては思い詰めたような溜息をついたり……そして、今日に至っては、気もそぞろで俺の嫌味にすら反応がない。
ていうか、挙動不審すぎてバレバレだ。
どうせ今もどうにか話を逸らそうと頭の中で思考を巡らせているんだろうが、その様子が手に取るようにわかってしまう。
だけど、申し訳ないけど今回ばかりは見逃してあげるつもりはなかった。
今まで"見ざる言わざる聞かざる逃げモード"だった.ヘタレでへっぽこな渉だったが、喜ばしいことに漸く渉自身でこの拗れた関係を前進させる気になったのだ。
なんと、ここまで2年掛り。
本当に……長かった。
記憶のすり替えの件で相当凹んだのか、暫くマイナス思考に陥っていた渉が、前向きに色々と考えているようなのだが……
なんと言うか、やる気だけが空回りしている痛い子みたいになっているような気がしてならないのは、事情を知っている俺だけだろうか?
本人が一生懸命解決させようとしているのは、滲み出る雰囲気でよくわかる。
わかるのだが…しかし……
恐らく極度の緊張からだろうけど……
渉くん、目が据わってるんだよね、目が。
自覚があるかどうかはわからないけれど、渉は元々クールな面立ちなので、目が据わると途端に人相が悪くなる。
例えていうならインテリヤクザ?
このまま緊張でガチガチの…インテリヤクザな状態で香乃果と話をするの?
そんなの上手くいくようには到底思えない。
であれば、俺がやれる事はひとつ。
"きっちりと覚悟を持たせつつ、緊張を解く"ように誘導してやる事だと思う。
う~ん…些か難しいミッションではあるが、何とかやってやろうじゃないの。
ていうか……本当に眉間の皺が怖いよ。
俺は不安ながらもそう心の中で決めると、すぐにアクションを起こす。
目の前で眉間に皺を寄せてうんうん唸っている渉を小突くと、俺はにっこりと綺麗な笑顔で先程の答えを促した。
「……で?どうなの?」
あ、また渉の目が泳いだ。わかり易いなぁ。
まぁ、概ね答えはイエスなんだろうけど、覚悟を決めて貰うためにも自分の口で言ってもらわないと。
視線を所在なさげに動かしながら逃げ道を探している渉に、俺は笑顔で圧をかけると、一瞬怯んだ後、逃げられそうになさそうだと諦めたようだ。
渉は短く嘆息して肩を落とすと、自信なさげにポツリと返事をした。
「……そ、そうだけど……」
「はぁ、やっとかよ。ていうか、お前、それ香乃果に相手いるのわかって言ってるんだよな?」
まぁ、目の前で告られてるの目撃してるくらいだから相手の事を認識はしてる…とは思うが、念の為聞いてみようと渉に視線を向ける。
すると、俺の視線に渉は溜息を吐きながら、バツが悪そうに視線を逸らすと、頭をガシガシと掻きむしってベッドにドカッと座った。
「そんなの言われなくてもわかってるよ。付け入る隙を与えた俺が悪かった事も。」
「なんだ、わかってんじゃん。」
苦虫を噛み潰したように言った渉に俺は自業自得とでも言わんばかりの口調でそう言った。
もちろん本心ではないが。
そう、香乃果には今相手がいる。それも、超優良物件の。
中等部から生徒会に所属している文武両道で見た目も爽やかな好青年で俺の後任の現生徒会長。そして、国内でも大手の医療機器メーカーの御曹司だ。
これだけでも残念ながら渉に勝ち目はないのに、加えてかなり一途な男で、なんと幼稚舎の頃からずっと香乃果の事が好きだったそうだから、片思い歴で言えば、途中フラフラしてた渉なんかよりも断然長い。
それに、学校でも香乃果と奴の仲の良さは有名だった。
実際に、俺も奴が香乃果の事を溺愛して大事にしている所を何度も見ていたし、奴と同じ生徒会に属している為か良く話も聞いていた。
だからなのか、家族のフィルターさえ無ければ、奴を激推しして応援してやりたいと思ってしまう程、真面目で一途で…それくらい良い奴なのだ。
あくまで家族のフィルターさえ無ければ、なので、実際の所は渉に頑張って貰いたいと思っているのだが……
現段階で奴と渉を比べてしまうと、正直、今の渉には分がないと思う。
何故なら、香乃果を捨てたのは他でもない渉自身なのだから。
もしも、仮に渉の頑張りで香乃果の気持ちがひっくり返せたとして…果たしてあちらも長年の想いを実らせたこの状況を手放すだろうか。
俺は、おいそれと手放す訳がないと思っている。
それに、香乃果の気持ちだって。
2年も続いてる訳だし。
何れにしても、生半可な気持ちでは太刀打ち出来ない相手なのは間違いないのだが……
渉はその事に気が付いているのか……
脳筋単細胞な渉の事だから、情報収集という名目で密かに相手のことを調べたりしてないだろうし、多分…いや十中八九気がついていないだろう。
ここまで渉を見ていたがまだ肝心の覚悟が見えてこない。
本当に大丈夫なのだろうか……
行き当たりばったりな中途半端な気持ちで臨んだら、呆気なく玉砕するのが目に見えている。
「で?どうすんの?相手強敵だよ?現生徒会長様だしね。俺が見てる限りでは、香乃果めっちゃ大事にされてるし。」
本音では渉に頑張って欲しいが、現実もきちんと把握して貰わなければ、戦うにも戦えない。だから、少々嫌味ったらしく事実を伝えた。
すると、打ちのめされたのか渉は額に手を当てて俯いてしまった。
「…そう、だよな…だとしても……」
そこまでいうと、渉は両手で頬をバチンと叩くとばっと俯いていた顔をあげ、強い視線で俺を見据えた。
「例えそうだとしても、もう目を背けるのを辞めようと思ってる。今の…香乃果の相手には悪いけど、理由を説明して気持ちを伝えて、その上で香乃果に選んで貰いたい……すぐにじゃないかもしれないけど。時間がかかるのは覚悟の上。」
そう言った渉の目に先程まで見えなかった決意と覚悟が見えたような気がした。
俺は心の中で安堵の息を吐くと、片口角を上げて渉の覚悟の最終確認をする。
「へぇ、覚悟決まったんだ?」
「あぁ。そんなのとっくに決まってるよ。だけど、正直ビビってはいる。」
「フラれるかもって?」
「6:4…いや7:3?8:2?……とにかく、フラれる確率が高い事なんて認識してるよ。だけど、とにかく、今日は謝りたいのと、これからの俺の覚悟と本気をわかってもらえればそれだけでいいんだ。」
そう言うと、渉はスッキリとした顔をしていた。
「ふぅん。なら、兄ちゃんからはもう何も言わないよ。で?いつ言うの?」
「……とりあえず、パーティ終わってからにしようと思うんだけど…その前になるべく自然見えるように話しかけられるかが課題。」
渉はそういうと吹っ切れたように笑った。
緊張も解けたようだしもう目は据わっていない。眉間の皺も大丈夫だ。
渉の様子に安心した俺は部屋に戻る為、寄りかかっていたドアから身を離すと、渉に冗談っぽく声を掛ける。
「うーん、まぁそこは頑張れ。」
「えー?まさかのノーアドバイス?!」
「そこまでお膳立てしてやる義理は…あるかもしれないけど、ないな。」
「あるの?!ないの?!どっちなの?!」
ニヤニヤしながら煽ると、渉は立ち上がり目をぐわっと見開いて頭を抱えて大声を出した。
「ははは、とにかくリラックスして臨みな。緊張してもいい事ないよ。じゃ、俺シャワー浴びてくるから。その後お前も入れよ。」
「はぁ、そうする……」
「今の俺らマジで臭いからな。このままだと香乃果に嫌われるぞ?」
「~~~っ!!!わかってるよ!!!もう、はよ風呂行けや!!!」
流石に煽りすぎたのか、本気で怒りだしそうなので、早々に部屋から退散する為ドアを開けた。
最後にチラリと渉の顔を見ると、リラックスした顔してたからもう大丈夫だろうな。
「ははは、んじゃーまた後でなー。」
俺は含み笑いをして、ひらひらと手を振りながら渉の部屋を後にした。
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