【R18】初恋やり直しませんか?

夢乃 空大

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第一章

第16話 執着の先

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 そんな渉もいつからかあまり感情を顔に出さなくなった。

 運動をしている為身体は程よく筋肉が付き鍛えられているのに、表情筋だけは鍛えられなかったのか、それとも表情筋が死んでしまったのか?と疑ってしまう程に渉は無表情で冷たい表情をしていることが多くなった。

 兄弟妹仲は決して悪くないし、家族仲も良好なので思い当たる理由が無いので思い当たる節がない。

 その中で唯一可能性が高いものとしては、多分思春期特有のアレ…"反抗期"である。あくまでこれは、当時の俺の推測だが。

 ただ、非常に残念なことに俺には反抗期というものがなかったので、可能性は高いがあくまで推測の域を出なかった。

 少し俺の話になるが……前述した通り、俺には"反抗期"らしい反抗期がなかった。

 反抗期がない、と言うと聞こえはいいのだが悪く捉えると、自己主張が出来ないのでは?と見られてしまいがちなのだが、俺の場合はそうではなく、きちんと主張する所は主張していたので、そういった類のものではない。

 もちろん、だからと言って過度な自己主張はしないし、するつもりもなかったので両親と衝突する事がなかっただけだったりする。
 何故なら俺自身が自分の主張を押し通すよりも、周りの和を重んじる気持ちの方が強かったから、自分の主張を押し通すよりも寧ろみんなの意見を取り纏めてより良い方向へ導く方が、俺にとってのプライオリティが高かったのだ。

 と、言うのは、俺の育ってきた環境が、隣の幼馴染達を引っ括めて実質5人兄弟姉妹きょうだいのようなものだったから。
 その中でも俺は長男1番上だった事もあり、我を通すなんて事が許される環境ではなかった。
 何でも自分がやらなければいけなかったし、下の子…香乃果と渉の面倒も見なければならない。

 甘える、という選択肢ははなからなかったので、自然とそうなっていった。

 それに、割とひとりで何でも出来たので親達からしたら手もかからないし信頼も厚かった。
 加えて、渉が生まれ翌年に下の妹達が生まれると、弟妹達を守ってやるのは自分だという使命感を持つようになったりと、どちらかというと親寄りの考えを持つようになったのが反抗期がなかった要因だと思っている。

 だから、俺は一度も家族を疎ましいと思った事もないし、寧ろ家族に対しては幼い頃から変わらない特別な想いを抱いている。

 中でも特に共に育ってきた渉と香乃果に対する想いは、特別中の特別でそれは執着と言ってもあながち間違ってはいない程だ。

 しかも渉は兄弟姉妹のちょうど真ん中っ子な上、俺と香乃果がベタベタに甘やかしてきたおかげで、とても子供らしく天真爛漫にのびのびと育ってきた。

 そして俺はそんな渉が可愛くて仕方がないのだ。

 それは、中学生になり第二次性徴期を迎えて身体付きも大人びて来た今でも変わることなく、隙あらばベタベタに甘やかしてやりたいくらい渉の事が可愛いと思っている。

 今の俺の状態は世に言う『ブラコン』と言うやつなのだろうが、全く気にしていないし、周りになんと言われても俺は可愛い弟を愛でるのを辞めるつもりはない。

 一方、同じく共に育ってきた香乃果に対しての想いは、もちろん、香乃果も可愛い妹なのは間違いないのだが、学年は違えど誕生日も1ヶ月違いでほぼ同い年なので、どちらかと言うと『戦友』や『同志』に近い気がする。
 それ故に、共に渉を甘やかし慈しんできた者としての敬意や親愛の感情が強く、同じ弟妹なのだが渉に抱いている感情とは全く異なっている。

 そう、俺も渉には並々ならぬ執着があるのだ。

 そう考えると、執着の度合は違えど俺と穂乃果はやはり同類なのだろう。

 そして、そんな素直で子供らしかった渉が小学4年生頃から少しずつ素っ気ない態度になり、世話を焼いていた香乃果に対して噛み付くようになった。

 時期的にもそれは反抗期で間違いなかったので、その裏に穂乃果の思惑があった事に、不覚にもこの時の俺は気が付いていなかったため、結果ただの反抗期だと思い何もしてこなかった。

 あの時はまさかこんな事になっているとは思っていなかったので、仕方がないといえば仕方がないのだが……

 そして、程なくして本格的な反抗期を迎えた渉は笑わなくなった。

 元々渉は普通にしていれば整った顔をしているので見た目は悪くない…いや、寧ろいい方なのだが、笑うと顔がクシャッとしてとても子供っぽく可愛らしくなるのがコンプレックスなようで、そのコンプレックスが反抗期に入った渉の表情を無表情にしたのだろう。

 しかし、その無表情と反抗期の態度が意外にも周りからの受けが良かったようで、しばらくすると周りからは『クールでかっこいい』とか『あの冷たい目が堪らない』とか言われる様になっていた。
 最初こそ調子づいていた渉も、徐々に反抗期が収まっていくに連れ家族の前では元の渉に戻っていったが、相変わらず学校ではかっこつけてクールぶっている。
 一度クールなイメージが定着してしまった為、辞めるに辞められなくなってしまった感は否めないが……

 かっこつけてクールぶってはいるが、根本的に渉は純粋で単純で可愛らしく愛すべき弟なのだ。

 そんな渉だからこそ、狡猾な穂乃果の策に嵌ってしまったのだろう。

 いつから?

 恐らく、穂乃果がある時から香乃果の真似をするようになった頃からだから、8年程前から……

 思えばその頃から、穂乃果の持ち物や服装が以前の香乃果が身につけていたような物に変わって、逆に香乃果の持ち物等が以前の穂乃果が身につけていたような物に変わっていた。

 成程、穂乃果はそっくりそのまま香乃果と入れ替わって、渉の記憶の中の香乃果に成りすましたのか。

 結果、随分と昔に纏まったはずの許嫁の話が頓挫しそうになっている。

 これは一種の洗脳に近い。そして、それを若干5歳児が思いついて実行しやり遂げるとは…
 今更ながら穂乃果の恐ろしさに背筋がゾクリと粟だった。

 ここまで考えると、流石に何の咎もないのに渉に一方的に嫌われてしまった香乃果が哀れになってきた。


 そこで俺は自問自答をする。

 このまま香乃果が渉に誤解されたままでいいのか?
 いや、それは良くないだろ。
 でも穂乃果の、何をしてでも渉を手に入れたいという執着も理解できる。
 じゃあどうする?誤解という名の洗脳を解く?
 それとも静観する?


 俺は幼い頃から仲良しな両親達と可愛い弟妹、そして、隣の家族とは親戚でもないにも関わらず、長い間ひとつの家族のように一緒に過ごしてきた。
 だから、俺にとってはお隣も全部引っ括めて『家族』だし、他とはちょっと違うかもしれないが、その『家族』が俺にとっては渉の次に大事なのだ。

 そんな家族が、今、穂乃果のしたことで少し亀裂が入り、取り返しのつかない事になりそうになっている。

 大事な家族を壊すのは誰であろうと…例えそれが穂乃果であっても許さない。
 だけど、そんな穂乃果だって俺の大事な家族なのだ。

 俺はだから、なるべくみんなに公平にしないといけない。

 だって『家族』なんだから。

 家族を守りたい。
 だから今のギスギスした状況をどうにかしたい。
 それよりも…可愛い渉を悩ませたくない。

 みんなが納得いくような結果にする為の道筋が見つからず、やり場のない思いがぐるぐると頭を巡っている。

 考えた結果、穂乃果の悪事を暴露する事は今はしないことにした。
 だってそれは家族を壊すことになるから。
 そうなると……

 さて、どうやってこの誤解洗脳を解くかな……

 ただのじゃれ合いかと思っていた渉と香乃果の喧嘩は、実はじゃれ合い等ではなかった。
 渉が一方的に香乃果を嫌うように穂乃果によって意図的に作られた状況だった。

 これが真実だ。

 確かに穂乃果の立場からすれば、それまでの渉への所業を鑑みてもゼロスタート所かマイナスからのスタートなのだから使える裏技は使いたい気持ちもわからないでもないが、でもそんなのフェアじゃない。

 それとなく渉が穂乃果と香乃果を勘違いをしていたという風に誘導していくしかないのだろうが、正直8年にも及ぶ洗脳状態を解くのは一筋縄ではいかないと思う。
 だけど、嫌われながらも渉を一途に思い続けていた香乃果にもチャンスはあるべきだと思うので、俺が介入する事くらいはいいだろう。

 ただ……

 夕方、渉が家の前で香乃果と男子生徒が抱き合っている姿を目撃したようなので、もしかしたら、香乃果はもう渉への想いを断ち切って、その男子生徒と付き合ったという事も考えられる。

 そうなると、俺の介入は今更で時既に遅しなのかもしれない。

 だけど、このまま誤解されたままよりも、今までの誤解を解いた上できちんと気持ちに区切りをつけた方が本人的にもいいはずだ。

 そして全ての誤解が解けた時、香乃果の気持ちの整理がついて
 渉も穂乃果を選ぶなら、その時は穂乃果の作戦勝ちだと言う事だ。または、香乃果の気持ちが再燃して渉も香乃果に気持ちが向かう可能性も無いことはないが、どちらに転んだとしても俺も兄として祝福してやるつもりだが……

 後者の場合、穂乃果がまた何か仕掛けて来ないことを切に願う。
 その時は、俺が何とかするしかないな。

 頭の整理がついて心が決まったので、ふぅと一息吐くと、目の前で目を見開いて固まってしまっている渉をチラリと見る。

 完全にフリーズしている様子から、今日の所はこれ以上は難しそうだなと悟る。

 時計をみると、間もなく23時になろうかという所だった。
 俺は深い溜息を吐くと、フリーズして固まっている渉に帰宅を促す為に肩をポンと叩いた。


「渉、もういい時間だし、そろそろ帰ろっか。」


 そう言いながら空を見上げると、深い紺色の空一面に大小入り混じった満天の星がキラキラと輝いていた。
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