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第一章

第13話 記憶違い?異なる認識-前編-

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 兄との通話が終わると程なくして、兄が必死な顔で自転車を漕いで息を切らせてやって来た。


「お前、何やってんだよ!心配しただろうがっ!この馬鹿野郎!」


 普段冷静な兄とは思えない程の大きな声がしたかと思うと同時に、頭をゲンコツで思いっきり殴られ瞼裏にチカチカと色鮮やかな星が散った。


いでっ!!!そんないきなり殴らなくてもいいじゃん?!」


 あまりの痛さに、俺は咄嗟にクラクラする頭をさすりながら涙目で兄を睨めつけた。


「はぁ?!それが心配して自転車で探し回ってくれた兄に対する態度かね?」

「うっ……それは…ごめんなさい……」


 兄の剣幕に気圧されて言葉が詰まった俺を、兄は自転車を止めながらチラリと横目で見るととりあえず安心したのか、盛大に大きな溜息を吐いた。


「いや、無事ならいいんだ……ていうか渉さ、そんなになる程ショックだったの?香乃果のこと……」


 一息吐き落ち着きを取り戻した兄に息を吸う暇も与えられず、いきなり核心を突かれて、俺は瞠目して固まった。

 そんな俺の様子を見て、兄はふぅと息を吐くと片口角を上げて苦笑するように呟いた。


「はぁ、なんだ…図星かよ。」


 兄は昔から人の感情の機微に聡いところがあったので、きっと初めから全てお見通しだったのだろう。小さく何度も頷きながらそう呟いた兄の顔は、全てを悟ったような表情をしていた。
 俺はその兄の表情から、この事か目を背けることは出来ないと理解をし腹を括ると、ポツリポツリと心の内を話し始めた。


「やっぱ聖兄には敵わないや。うん、そう。聖兄の言う通りだよ。香乃果の事がショックだった。香乃果のことなんて気にもしてなかったはずなのに……」


 そう呟く俺の横に兄は腰を降ろすと、徐に頭をわしゃわしゃっと掻き混ぜるように撫でながら言った。


「なんだ、お前、香乃果に振られて一丁前にセンチメンタルになってるのか?」


 ニヤニヤ顔の兄に揶揄われてムッとした俺は頭を掻き混ぜる兄の手を振り払った。


「ふ、振られてねーし!寧ろ俺の方から振ったっつーか……」

「は?お前、香乃果振ったの?」

「振ったっつーか、距離置いたっつーか……」


 兄は余程吃驚したのか、俺が言い終わる前に弾かれたように俺の肩をガシッと掴んだ。
 流石剣道やってるだけあって握力がある。がっちりと掴まれた肩が結構痛い……

 んーと、距離置こうって言うのはあれは振った事になるのか?

 自分の言葉に自信が無くなってきて、しどろもどろと思わずしり切れとんぼになる。
 そんな俺を見て兄は深い溜息を吐き、俺の肩を掴んでいた手を離すと、心底呆れるように俺に言った。


「何があったか知らないけど、渉さ、前から思ってたけど…お前少し浅慮過ぎない?香乃果の件もそうだけど……穂乃果の事だって。」

「穂乃果?今この話で穂乃果関係ある?」


 兄が何故ここで穂乃果の名前を出して来たのか訳が分からなくて、俺は目をぱちくりさせていると、兄は少し何か考えるような素振りをして言う。


「う~ん……関係あるっちゃあるな。それで?お前は香乃果の事どう思ってんの?」

「嫌いだよ、あんなヤツ。だって俺と香乃果、会えばいつも喧嘩ばかりしてただろ?」


 俺と香乃果は犬猿の仲なんだから、いい感情なんてないに決まってる。そんなこと兄だってわかってるはずなのに、今更どう思ってるかなんて愚問だろう。質問の意図がわからず思わず兄に質問返しをすると、兄は眉間に皺を寄せて難しい顔をした。


「う~ん、喧嘩…っていうか、一方的にお前が突っかかってただけじゃない?香乃果からは喧嘩売ってなかったと思うけど。」

「そんなことないだろ?香乃果のやつ、会えば口うるさくグチグチと……」

「うん、言ってたな。でもさ、それはお前が朝が弱くてボケボケしてたからじゃん?寝癖そのままだったり口の周りの食べカスやらの後始末をしてなかったり、制服もダラしない着方をしていたのを世話焼いてただけだよね?それをお前が鬱陶しがってただけだと思うけど。」

「……事実、鬱陶しかったじゃん。そんなん、香乃果が世話焼かなくても穂乃果がやってくれるし。まぁ、それだけじゃなかったしな。遊んでばっかりいないで勉強しろとか。」

「それって別に喧嘩売ってなくない?香乃果の世話焼きじゃん。アイツはただ面倒見がいいだけで他意はないと思うけどな。」


 そう言われて見れば、喧嘩と言うよりも注意を受けていたのを俺が鬱陶しく思って言い返していたことの方が多かったような気がしてきた。
 思い返して見ると悪口を言われてると言うよりも、母親とか先生にグチグチとお小言を言われてるような感じだったのかもしれない。だが、グチグチ小言を言うのと面倒見がいいのは全然違う。

 それに比べて、穂乃果はいつだって優しく俺に寄り添ってくれたし、俺の出来ない事を補ってくれた。面倒見がいいと言うのはこう言うことだと思うのだが、兄の言葉を借りると、面倒見がいいのは香乃果だ、と言うことになる。俺の認識とは完全に真逆だ。
俺は、いつも正しい事を言うはずの兄の先程の発言と俺の記憶の齟齬に若干の違和感を覚えた。


「は?面倒見がいいのは穂乃果だろ?香乃果はただ、口煩くて我儘で……」

「穂乃果が面倒見がいい?なんで?」


 俺の言葉を受けた兄はキョトンとした顔をして、逆に聞き返してきた。やはり、俺と兄の認識に相違があるようで少々頭が混乱してきたので、ここで俺は記憶と状況の整理をする事にした。


「俺、小さい頃はすごく泣き虫だったろ?」

「うん、今もな。」


 俺の言葉に兄はすかさずツッコミを入れてきた。
 いやいや、それはわかってるけど、そのツッコミ今はじゃない。


「う、流石に今はもう泣き虫じゃないと思うんだけど…ま、いいや。でさ、すげぇ甘えただったじゃん?」

「うん、それも今もだな。」


 またもや俺の言葉に被せるように突っ込んできた。
 最早否定する気も失せた俺は半目になりながら言葉を続ける。


「…もう何でもいいけどさ。それで、泣き虫で甘えたな俺は年子で優が生まれた時、妹が出来て嬉しかったんだ。だけど反面、物凄く寂しくて堪らなかったんだわ。」

「うん、知ってる。だから、俺と香乃果はいつだってお前の傍にいたじゃん。」

「は?俺の傍にいて世話を焼いてくれたは穂乃果だろ?」


 悉く俺の記憶や認識と違う事を言う兄の言葉に完全に頭はパニックになった。そんな俺の様子を見た兄は、大きく溜息を吐くと俺を落ち着かせるようにゆっくりと口を開いた。


「本人達の事だし黙ってようと思ってたけど、このままみんなが拗れるの見てるだけなのも、長兄として若干後味悪いから言うけどさ……子供の頃から穂乃果の事が好きだったっていってたけど、それはお前の本当の気持ちなのかな?」


 その言葉に俺の思考は完全に停止した。
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