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第一章

第11話 私の王子さま

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 あのピクニックの日、みんなで大事な人の為に花冠を作ろうって流れになった時、私はわっくんに、私の為に花冠作って?ってお願いをした。

 この時には、わっくんとはもうかなり仲良くなっていたから、もちろんいいよ、って返答が貰えると信じて疑っていなかった。
 それなのに、わっくんから返ってきた返事は意外なものだった。


「このちゃんに花冠渡してこの間のことごめんなさいするから、ほのには作れないよ。ごめんね。」


 そう言ったわっくんの顔は決意に満ちていて、今までみたいな甘えん坊なわっくんじゃないみたいだった。

 その顔をみて、やっぱりわっくんの一番はお姉ちゃんなんだって思い知らされたような気がして、心の中がモヤモヤっと黒い物で埋まっていくような気がした。

 悔しい。お姉ちゃんばっかりずるい。

 折角わっくんとの距離が縮まったと思ったのに。
 折角わっくんの一番になれそうなのに。
 またお姉ちゃんにわっくんを取られる、そう思った。
 そんなの絶対嫌だったし、許せないって思った。

 だから私は、出来上がった花冠をわっくんから無理やり奪って踏み付けて、お姉ちゃんとわっくんを思いっきり詰った。

 出来上がった花冠がぐちゃぐちゃになるのと同時に、わっくんの表情も次第にぐちゃぐちゃに歪んでいく。
 そんなわっくんを見てチクンと胸が痛くなったけど、私は止める事が出来なくなっていた。


「ちょっと!ほの、辞めて!」


 勢いづいている私をお姉ちゃんはそう制止すると、迷わず私の足元に飛び込んで花冠を拾ってわっくんへ手渡した。
 わっくんは大きな瞳を潤ませてお姉ちゃんを見つめると、恐る恐る差し出された花冠を受け取った。
 そのわっくんとわっくんを庇うお姉ちゃんの姿に、全身の血液が沸騰しそうになり、激しい怒りで頭に血が昇っていた私は、感情に任せて大声でふたりに向けて喚いた。


「お姉ちゃん、謝りなよ!」

「大事な人にあげるためにって言ってたのに、こんな下手くそなの穂乃果貰ってもうれしくなんかないもん!こんなぐっちゃぐちゃなの絶対にいらないんだから!!!」

「ほのは悪くないもん!」


 正直、自分でも何を言ってるかわからなかったし、詰れば詰る程胸の痛みが強くなるのに、黒い感情がどんどん溢れ出て止まらなかった。
 わたしがふたりを詰る程、わっくんとお姉ちゃんは悲しそうな顔になっていった。
 一頻り喚いてはたと気が付いた時、目の前に傷ついた顔をしたお姉ちゃんとわっくんがいて、どうしようもなく自分が惨めになった。
 そして居た堪れなくなった私は、思わずお姉ちゃんとわっくんに背を向けて、勢いよく両親の方へ駆け出した。
 駆け出しながら、それでもきっとふたりなら追いかけて来てくれるって思っていた。

 だけど私の思いとは裏腹に、ふたりは追いかけて来ることはかった。

 そして、気が付くとふたりはあの場所から居なくなっていた。



「ほの、あのふたりに何かしたでしょ?」


 さっきまでみんなで楽しく花冠を編んでいた場所を呆然と眺めていると、いつの間にか隣に来ていたさとくんが隣から声をかけてきた。

 チラリとさとくんを見上げると、呆れたような困ったような、それでいて心配をするような表情で私を見ていた。


「大丈夫?今にも泣き出しそうだけど。」


 さとくんは私の頭に手を置き、するりと撫でると優しく声を掛けてくれた。この優しい声音に不覚にもじんわりと涙が滲んで溢れそうになり、私は咄嗟に溢れた涙を腕でゴシゴシと拭いながらポツリと言った。


「…わ、わっくんの花冠…壊して、お姉ちゃんにあたった。」

「えぇ…なんでまたそんなこと…」

「だってお姉ちゃんばっかりずるいんだもん!みんなお姉ちゃんが好きで……さとくんだってほのよりもお姉ちゃんばかり…」

「うぅ~ん……このもほのも俺にとっては大事な妹なんだけどなぁ。」


 私の言葉を聞き、さとくんは呆れたようなため息を吐きながら呟いた。


「うそ!だってさとくん、ほのの事怒ってばっかりだもん!ほのの事が嫌いなんだ!」


 さとくんの言葉に噛み付くように反論する私に、さとくんは怒らずに優しく窘めるように言い聞かせた。


「それは、ほのがこのと渉にわがまま言って困らせてばかりだからでしょ。」

「う、そ、それは……」

「好きとか嫌いとかではなくてね、ダメなものはダメ。このも渉も優しいから嫌だって言わないでしょ。だから代わりに俺が言ってるだけだよ。俺はみんなのお兄ちゃんだから。」


 さとくんの言葉に返す言葉がなくて俯いていると、不意にさとくんは優しく頭をぽんぽんと撫でながら花冠を頭に載せてくれた。


「ほのさ、せっかく可愛いんだから、もうわがままとか辞めな?性格悪いと損するよ。」


 そう言うとさとくんはふっと笑うと、私を置いて両親の方へ歩いて行ってしまった。だけど、私の足はその場に根を張ったかのように動かなかった。



 ◇◇◇



 しばらくすると、ふたりは先程の事など何も無かったかのように手を繋いでにこにこして帰ってきた。

 頭にはお互いが作った花冠を載せて。

 その幸せそうな姿に、私の胸はどうしようもなく痛くて苦しくなったが、そんな私の気持ちなんて知る由もない母親は機嫌良さそうにニコニコしながら、仲良さそうにしているお姉ちゃんとわっくんに話しかけた。


「あらあら、香乃果の頭の花冠、差し色のピンクのお花が綺麗で、可愛いね。」

「うん!渉が作ってくれたんだよ。」


 お母さんが言う通り、白とピンクの花冠はとっても可愛くて、悔しいけれどお姉ちゃんにとてもよく似合っていた。


「えっとね、ぐちゃぐちゃなのをこのちゃんが、直してくれたの。…おばちゃん、あのね……」

「うん、わっくんどうしたの?」


 お母さんの言葉に嬉しそうに破顔したお姉ちゃんの隣で、頬を紅潮させもじもじしているわっくんの顔をお母さんが覗き込むと、わっくんはごくんと息を飲み、意を決したように口を開いた。


「あのね、えっとね……あの……このちゃん、お、お嫁さんにしていい?」

「「「「えっ?!?!」」」」


 わっくんの言葉にその場にいた全員が目を見開いて吃驚すると、真剣な顔で真っ赤になっているわっくんに一斉に注目をした。


 そうして、その場で大興奮をしたお母さん達によって、わっくんとお姉ちゃんは(仮)の許嫁となった。
 あくまで(仮)なのは、まだ本人達が幼いという事で、きちんとした意思確認は改めて渉が中学生になってからにしようと話は纏まった。

 わっくんも、お姉ちゃんも、お母さん達も、みんなとても幸せそう。
 だけど、私はその輪に入ることはできず、ただそれを蚊帳の外からみている事しかできなかった。


 お姉ちゃんはずるいよ。
 私の欲しい物全てを持っているのに。
 私が先にわっくんがいいって言ったのに。


 私が欲しいのはわっくんだけ、それだけなのに。


 お姉ちゃんはわっくんが好きで、わっくんはお姉ちゃんが好き。お姉ちゃんは優しいから、お姉ちゃんがわっくんを嫌いにならないと思う。

 たったひとつだけの私が欲しい物も全部持っていくなんて、やっぱりお姉ちゃんはずるい。
 お姉ちゃんなんて、わっくんに嫌われてしまえばいいんだよ。

 そっか……
 お姉ちゃんが嫌われるように仕向けたらいいんだ。

 幼いながらにしたたかだった私は、その時は本気でそう思ったし、そのために色んな事もした。

 わっくんの中の良かった思い出は全部私と一緒にやったって言って、逆に嫌な思い出はお姉ちゃんとやったと言うふうに、上手く話をすりかえた。

 そして、それは意外にすんなりと上手くいった。
 理由は簡単、私とお姉ちゃんの見た目の雰囲気を逆にしたからだ。

 私とお姉ちゃんは大きさも見た目もほぼ同じだったので、例えば、今までは何となくピンク等の暖色が私、水色等の寒色がお姉ちゃんというふうに、身につけるものの色合いや髪型、雰囲気を変えて区別をしていたのだが、私はこの日から真逆を希望するように趣向を変えた。

 それは、特にお姉ちゃんも拘りはなかったようで、お母さんにもお姉ちゃんにもすんなり受け入れられた。

 それから、傍若無人なわがままは辞めて、立ち居振る舞いも言動もお姉ちゃんをそっくり真似たり嫌いな勉強だって努力した。

 そうすることによって、わっくんの中のお姉ちゃんとの記憶を少しずつ上書きしていった。

 最初は記憶違いとか勘違いからのスタートでもかまわない。
 それでも私の事を好きになって欲しかった。

 だって、高学年になるに従って徐々に忙しくなるお姉ちゃんの代わりにわっくんと一緒いたのは私だもの。

 その間に、世話焼きなお姉ちゃんにベッタリだったわっくんの自立心や自尊心を高めて、世話を焼こうとするお姉ちゃんに反発させるように仕向けたりもした。

 そうして気が付いた時には、私の願い通りに、わっくんはお姉ちゃんと顔を合わせる度に突っかかるようになっていた。

 その度に傷付いた顔をするお姉ちゃんを見るのは少しばかり胸が痛かったけれど、でも、これでわっくんが手に入るなら……

 これでようやく、私はわっくんが私の王子さまになってくれるって、そう思っていた。

 だけど……

 私の王子さまのわっくんは、お姉ちゃんが中学生になった時、お姉ちゃんの許嫁になった。

 お姉ちゃんはずるい。
 
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