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トラヴェエ王太子の責務と恋
□ヒューゴの私室にて
しおりを挟む途中、思わぬアルベールとの邂逅があり、すっかり遅くなってしまい、少々焦りながら歩を進めた。
自分なりに急いで来きたのだが、ヒュー兄様の私室前に到着した時には、辺りはすっかり暗くなっていた。
こんなに遅くなるとは思っていなかったので、ついここまで来てしまったが、よく考えたらヒュー兄様だってお疲れだろうこれは挨拶そこそこに帰宅しようと決めた。
こんなに遅くに訪ねるのは失礼に値するかなと思いながら、衛兵にはその旨を伝えて訪問を伝える。
「アイリーン様、お気になさらなくても殿下なら大丈夫ですよ。」
何が大丈夫なのかよく分からないけれど、衛兵はそう言って私を私室の前の控えの間に通してくれた。
通されてすぐ、侍女がティーセットを用意してくれた。
私室の前室である控えの間は、広々として応接セットもありここでプライベートな来客をもてなしたり出来るようになっていて、私も幼い頃はよくここで読書などをしていたなぁと懐かしい気持ちになった。
「では、我々はここで失礼いたします。どうぞ、殿下とごゆっくりとお過ごしください。」
私がカウチに腰掛けると、衛兵はにっこりと笑顔でそう言い恭しく礼をして退室していった。
「さてと。」
のんびりとお茶を飲んでいると、何か忘れているような気がしてきた。
そういえば、先程の衛兵は私室の方へ声掛けしていただろうか……
あれ?そのまま退出してた…という事は声掛けしていなかったよね?
どうやら、これは私が自分でヒュー兄様を呼び出さないといけないという事のようなので、私は持っていたカップをソーサーに置くと、私室の扉前まで行きコンコンとノックをした。
暫く待ってみたが返事はない。
アルベールもヒュー兄様は私室だといっていたし、衛兵に確認したら私室にいることは間違いないとのことなので、もしかしたらお疲れで寝てしまったのかもしれないな、と思った。
補佐官である兄ですら、あの政務の量なのだ。王太子である彼の政務の量を考えると、疲れて寝てしまっていることも納得できる。
念の為、何度かノックをしてみたが悉くなしの礫。
衛兵に状況を伝えると、相当お疲れのご様子だったようで、このまま朝まで目覚めない可能性もあるかもしれないと、申し訳無さそうに衛兵に告げられたので、私は少し考えて今日は下城することにした。
衛兵にお礼と下城の旨を伝えて控えの間を出ようとした時、私室内から人を呼ぶ声が聞こえた。
「お目覚めになられたようですね。」
衛兵はそう言うと私室の扉を開き、どうぞ、と入室を促してくれたので、私は恐る恐る扉の向こうの私室を覗き込むと、部屋の中は灯りは点いておらず真っ暗だったので、やはり寝ていたのだろう。
ヒュー兄様の私室は二間で、手前が机や書棚、テーブルセットのある生活スペースで、奥がベッドルームだ。
奥のベッドルームでゆらりと人影が揺れた。
「…えっ、リーナ?何故ここに…」
ようやく絞り出したヒュー兄様の声は震えていた。
ベッドルームからこちらに向かってくるヒュー兄様の表情は暗くてよく見えないが、声には明らかに戸惑いの色が浮かんでいた。ヒュー兄様がベッドルームから手前の部屋に出てくると同時に部屋に灯りが灯る。
それを合図に、私はヒュー兄様の前まで足早に進んだ。
「ヒュー兄様、おはようございます。ようやくお目覚めですか?」
私はいつものように下からヒュー兄様の顔を覗き込んだ。
すると、ヒュー兄様のシルバーの切れ長の瞳が一瞬大きくなり震えたように見えた。
遠目にはわからなかったが近くまでやってくると、いつもは綺麗に着こなしている服が乱れていることに気が付く。表情も硬く、顔色も蒼白で心做しか疲れているように見受けられた。
いつものヒュー兄様なら、見上げると優しく笑いかけてくれるのに今日は硬い表情のまま…もちろん目は笑っていない。
どうしたのだろうと、不安感に襲われ、もう一度ヒュー兄様の瞳を見上げるとふいと目を逸らされた。
「…あ、あぁ。少し眠っていたようだ…。リーナ、どうしてここに?」
目を逸らされたことに、少しムッとした私はヒュー兄様を睨め付ける。
「リーナ、こっちにおいで」
ヒュー兄様に手を引かれカウチに移動すると、掛けるように促される。しかし、腹の虫がおさまらない私は、不思議そうにしているヒュー兄様から視線を逸らさないまま、先程の質問に対する回答を一気に矢継ぎ早に捲し立てた。
兄のジュストに用事を頼まれたこと
ヒュー兄様の執務室に行ったけどいなかったからこちらにきたこと
何度もノックしたのに出てこなかったからそろそろ屋敷へ帰ろうと思っていたこと
一通り言い終わってひと息つくと、ヒュー兄様がぽかんとした表情をしていた。
そして、先程目を逸らされた事への仕返しのつもりで、今度は私がふいっとヒュー兄様から視線を逸らした。
すると、ヒュー兄様は困ったような苦笑を零して笑顔を浮かべると、私の機嫌をとるように頭を撫で始めた。
昔からそうだ、ヒュー兄様は私が不貞腐れると気が済むまで優しく頭を撫でてくれる。そして、今日も何度も宥めるかのように撫でている。
最初は今日こそ絆されてなるものか!と意気込んでいたものの、撫でる手の心地良さに段々と毒気が抜かれ、最後にはううっとりと目を瞑ってしまう。
心地良さに身を委ねてしばらくすると、ヒュー兄様の手つきが最初のものと違い、だんだんと熱を帯びはじめてきた。手つきが宥めるというよりも、もっと欲を含んだようなそんな触れ方に変わっていき、いつもと違う感覚に擽ったいようなそうでもないような…変な気分になってくる。
このままでは危ない、そう私の頭が告げてきて、私はとっさに制止の意味を込めてフルフルと首を振ると、その様子にヒュー兄様は、はっとした表情をした後苦しそうな笑顔を見せた。
その苦しそうな表情にちくんと胸が痛む。
いささかやりすぎてしまったかと思い、ヒュー兄様の瞳を覗き込んだが、苦しそうな色は消えていなかった。
もしかしたら、私があまり可愛くないことばかり言うから悲しませてしまったのかもしれないと、申し訳無さと共に不安感が襲ってきた。
未だ苦しそうなヒュー兄様を見て、意地を張らずに素直に気持ちを伝えればよかったと後悔し始めた私は少しばかり素直になって会えて嬉しい、と素直に気持ちを伝えて笑顔をつくった。
次の瞬間、ドンという衝撃と共に視界が何か真っ白なもので遮られていた。
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