【R18】黒猫は月を愛でる

夢乃 空大

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第二章 黒猫の恋人

【閑話】事の顛末-中編-

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 屋上は25階の大会議室から非常階段を上がった所にある。
 俺はエレベーターで25階まで行き階段を上がると、屋上の入口の扉を開いた。
 時刻はまもなく20時。この時間になるとさすがに辺りは薄暗く一見人影などは見えないが、だんだんと暗闇に目が慣れてくると周りのビルの明かりの助けもあって、なんとなくアタリが付くようになる。
 目指す場所に近づいて行くと、タバコの匂いと吸った時の火の灯りで猫実の場所が特定出来た。

 側まで行くと、猫実は手摺りに寄りかかりタバコを吸っていた。
 俺が近づいても全く気が付かない程、ぼうっと何かを考えているようだった。


「よっ!猫ちゃん最近調子どうよ?」

「瀬田か…珍しいな。禁煙中じゃなかったか?」

「はっ!禁煙なんて辞め辞め!ただでさえ仕事でストレス溜まるのに、この上、禁煙のストレスなんて俺には耐えらなかったわ。」


 俺はそう言うと、猫実の胸ポケットから勝手にタバコを抜いて咥えた。
 猫実は苦笑いしながらライターに火をつけ差し出す。


「瀬田。ここに来る、ということは俺を探してたんだろ?で、何か用か?」


 猫実はこっちに振り向きもせず、相変わらず手摺りに寄りかかりながら涼しい顔してタバコをふかしている。

 いけ好かない男だと思いつつも、俺には聞きたいことがあった。本部長からの伝言もあるのだが、話を有利に進める為に、それはカードとしてとっておくことにして、情報を聞き出すべく、俺はここから駆け引きを始めた。


「んー、用って程でもないんだけど……そーいや猫ちゃんさ、オンナでも出来た?」

「は?突然なんだ?」

「いやさ、最近、合コンにも飲み会にも全然顔ださないじゃん。あんなに女をとっかえひっかえしてた猫ちゃんが、最近大人しいからさ。俺はてっきり束縛屋ソクバッキーな彼女でも出来たかと思ったんだけど。違う?」

「…別にそういうんじゃないよ。ただ、仕事が忙しいだけ。」


 ふーん。そうくる?

 あくまでシラを切り通そうとする猫実に、俺は仲原さんなのかそう出ないのかを探るべく、思い切ってカマをかける事にした。


「ふーん。なぁ、社内だろ。もうヤッた?」

「ヤる以前にそもそも認知すらされてない。」


 言い終わった後、猫実のしまった!という表情が物語っている通り、猫実の想い人は社内で確定だ。ということは、該当するのはひとりしかいない。

 仲原さんで決まりだ。


 確信を持った俺は、その後、猫実を無理矢理行きつけの個室居酒屋に連れ込み、これまた無理矢理仲原さんのことを聞き出した。


 まさか、こんなにすんなり話してくれるとは思ってもいなかったが。


 付き合いが長かったからこそわかる事だが、派手な生活をしていて取り巻きも多かったけれど、常に猫実はひとりきりだった。
 いつでも壁を作って一線を引いて、人を信用せず、そして本心は絶対に晒さない。


 そんなアイツが俺はずっと心配だった。


 少なくとも、俺は猫実の事をずっと友達だと思っていたから、だからアイツにとって、俺が取るに足りない取り巻きの中のひとりだったという事に気がついた時、心底イラついたし、悲しかった。

 そんな猫実が憎らしくて、猫実に寄ってくる女共を手当り次第、籠絡して奪ってやったこともある。
 ぶつかり合って、もっとアイツの中に俺の存在を刻みつけてやりたかったのに……それでも、アイツは心を開いてくれなかった。

 大学3年の夏頃。そんな猫実に俺は向き合うのが辛くなって、就活が忙しくなった事を口実に少し距離を置き、徐々にフェードアウト。
 そして、そのまま大学を卒業した。

 10年の関係も終わってしまえば呆気なくて、心にぽっかり穴が空く喪失感はあれど、寂しいという感情は不思議と湧かなかった。
 ただ、猫実に何も言わずに、勝手に関係を切ってしまった事が棘のように引っかかり、罪悪感ともなんとも言えない気持ちだけが残って後味が悪かった事は覚えている。

 大学卒業後、幼馴染で今の嫁の父親に認められたくてなんとか内定をもらって入社したこの会社で、偶然なのか将又必然なのか…皮肉にも俺はまた猫実と出会ってしまった。

 入社式の会場で俺は猫実に気が付いた。
 一緒にいた頃よりも更に物憂げな表情で、周りとは一線を画したオーラだったからすぐにわかった。
 まさか同じ会社とは思わなかったから、あまりの驚きに呆然と立ち尽くしていると、気付かないで欲しいという俺の願いも虚しく、猫実もすぐに気がついた様子でこちらをみていた。

 でも、俺は罪悪感と気まずさと居心地の悪さから、猫実から目を逸らしてしまった。

 式が終わりエントランスに向かうと、そこにはこちらをしっかりと見据えた猫実が立っていたので、流石に無視する訳にはいかず、気まずいながらも俺から声を掛けた。


「久しぶりだな。お前もこの会社だったんだな。」

「あぁ。なんだ、世間は狭いな。」

「…ほんとだな。」


 相変わらず口数は少なく素っ気ない対応に、やはりコイツにとって俺は取るに足らなかった存在だったんだと思い知らされたようで、胸がジリジリと焼け付く思いがした。
 もう無理だ、そう思ったところで、猫実がポツリと呟いた。


「中学高校大学まではわかるが、まさか会社までとか……もうここまでくると腐れ縁ってやつだよな。結局、お前とは一生縁が切れなそうだ。」

「……えっ?」

「ま、これからもよろしく頼むよ。悪友どの。」


 そう言って楽しそうにくつくつと笑った猫実の笑顔を俺は一生忘れることは出来ないだろう。

 一方的に関係を断ち切った俺に、猫実は何事も無かったように今までと変わらず接してくれた、そして、一生の縁だと笑って言う。
 たったそれだけで、ウジウジと悩んでた事が馬鹿馬鹿しく思えて、俺の不貞腐れた気持ちは消え去っていった。
 そしてそれは、きっと、これは一生俺の一方通行の片思いなんだろうなと、悟った瞬間でもあった。
 でも、それでもいいや、と思えたのは、あの時の猫実の笑顔がほんのり嬉しそうだったから。
 そこで、初めて素の猫実を見た気がして、俺も嬉しかった。

 結局の所、俺は猫実となんでも話せて心の内を曝け出しあえる親友になりたかったのだ。
 それは今からでもきっと遅くはないだろう、俺は猫実の心からの笑顔を見てそう思えた。

 もう一度猫実と向き合おうと心に決めたあの時から10年、今まで猫実の不快にならない程度のいい距離での関係を続けてこれたと思う。

 少なくとも、勝手に不貞腐れて猫実に背を向けた時よりも格段に心の距離は縮まっていると、俺は勝手に思っている。


 そんな矢先の猫実の"なつき"発言だ。


 人に興味がなく誰にも心を開かない、猫実が心を開き、しかも、恋をしたのだ。吃驚もしたが、非常に喜ばしいことだと思っている。心の底から。

 しかも相手は、社内でも評判のいい仲原さんだ。猫実との釣り合いもとれている。
 仕事は真面目、私生活も慎ましやかで、人物人柄共に申し分ない。なんでも、会社の役員方々もご子息のお見合い相手にと密かに狙いを付けている話もちらほらと聞く。
 反対する謂れはない。寧ろ積極的に応援したい。

 今までまともな恋愛をしてこなかった猫実だ。
 恐らく、これがコイツにとっての初恋だろう。

 俺はどうにかして、その初恋を叶えてやりたかったし、力になりたかった。

 いい距離?そんなのクソ喰らえだ。もうすぐ出会って20年になる。一生縁が続くのであれば、そろそろ、嫌がろうが何だろうが踏み込ませて貰う。


 そしてそう意気込んで、猫実に突っ込んだ話を聞いた俺は、初心を酷く後悔することになった。

 猫実は仲原さんの事を長い間想っているが、想いを告げられていないどころか、一度も顔を合わせられていない。
 理由は恐ろしい程多忙な事と、仲原さんに現在進行形で恋人がいること。だが、主な理由は確実に後者だと断言できる。

 何故ならば…
 話を聞けば聞く程、猫実のヘタレっぷりが露呈してきたからだ。

 忙しすぎてアプローチ出来なかった間に恋人を作られ……
 会いに行こうとしてもヘタレ過ぎて会いに行けず……
 仲原さんを悲しませたくなくて、その後もアプローチらしいアプローチができていないと……
 極めつけは……まだ一度も顔を合わせて話が出来ていないと……

 そして、そうこう逡巡しているうちにあっという間に3年経ってしまった、と、そういうことらしい。

 素晴らしい程のすれ違いっぷりに愕然とした。

 それで、つい先日、その仲原さんの恋人が二股をかけていたのが発覚したのだが、なんと、それでもなお、猫実は仲原さんに想いを告げる勇気も奪い取る気概もないと言う。

 うん、前半は完全に自業自得なので置いておいてたとして……
 問題は後半部分だ。

 控えめに言って……

 吃驚する程のくそヘタレだな。


 そして、話を聞けば聞くほど、本気で頭が痛くなった。

 今までのスマートに女遊びしていた手馴れている猫実は微塵もなく、駆け引きなども砂の一粒分もない。

 想うだけ
 見てるだけ

 って……なんじゃそりゃ。お前、童貞か?
 まるで、恋を覚えたての中坊かと思う程のピュアっピュアさじゃねぇかよ。

 その癖、本部長に半ば脅迫まがいの後暗い取引持ち掛けて、外堀から埋めにかかるようなとんだ策士な部分も持ち合わせている。

 恋愛童貞を拗らせると黒魔術師になるんだな……
 いや、猫実の場合、最悪最強の大魔王か。

 仲原さんもめんどくせぇ奴に目をつけられたな、と若干可哀想になったが、これは猫実の初恋で本気の恋……恐らく最初で最後の恋だろう。
 漸く見つけた猫実の幸せだ。俺はこのくそめんどくせぇ親友の初恋を、何とかして成就させてやりたいと、本心からそう思った。

 
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